95話 それぞれの思惑
静かな室内。
テーブルを挟み、お互いが向き合う形で椅子に座るアメジスタとイシュバル。
「・・・私は依頼の話と聞いてきたんだけど?」
アメジスタはイシュバルに聞き返すように声を上げる。
「冗談だと思うのは無理もないだろうが私の依頼は言葉の通りで、ダンジョンに現れたというドラゴンから素材を手に入れてきてほしいという単純なものだ」
「簡単に言ってくれるわね。自分の言葉の意味が分かっていないのかしら?」
イシュバルから返された言葉にアメジスタは不信感を露わにする。
ドラゴンの強さには種類によって強弱の差はあれど、ドラゴン特有の能力はどれも強力と言って間違いなく、下位のドラゴンですら並みではない事をアメジスタは理解している。
だからこそ、ドラゴンの相手をする事を簡単に言っているイシュバルの神経を疑ってしまう。
しかしイシュバルは少しも動じる事なくテーブルの上に用意したグラスに手を伸ばして、余裕ある態度で口に運ぶ。
「これは手厳しい。私は十分に理解しているつもりだよ。それに、最強の種族に数えられるドラゴンを倒せるだけの実力を持っていると証明できるのは君達にとってメリットだと思うがね。龍殺者――いい響きじゃないか。私は君の組織に更なる箔を付けるチャンスを提供しようと言っているのだよ」
「・・・本当にあのダンジョンに現れたの?言ってはなんだけど、あそこはそこまで強力な魔物が現れる場所じゃないわよ」
「まだ確認段階ではあるんだが――ギルドマスターの言葉を借りるなら信用できる者からの報告という話だよ」
「ふーん・・・」
「素材だって私が総取りするつもりは無い。それとは別に報酬も約束しよう。美味しい話だと思うんだがね?」
「随分と気前がいいのね。らしく無いんじゃない?」
「勿論、素材に関しては優先的に確保させてもらうが、必要であれば私も譲歩する余地は持ち合わせている。どうかな?受けて貰えないかね?」
ドラゴンの素材は全て無駄なく利用する事ができ、血や内臓などは貴重な触媒として錬金術に用いられ、それから作り出されるアイテムは例外なく強力な力を宿した物になり、鱗や角、牙といった部分を武具として加工すれば高い性能を発揮する逸品として生まれ変わり、装備者が手にする恩恵は計り知れない。
つまり、今回の仕事は危険に見合うだけの見返りが約束されている仕事なのだ。
「うちの組織でそのドラゴンの素材入手に成功したとしても、結果を誤魔化して報告するかもしれないわよ?ドラゴンは強力な魔物だし、素材にはそれだけの魅力があるもの」
「君等はプロだ。偽りの報告をしたのが私にバレた場合を想像できない愚か者ではあるまい」
アメジスタはその言葉の裏を理解し、声にこそ出しはしないが眉をひそめてイシュバルを睨む。
だがその表情はすぐに消え去り、戯けるように肩をすくめる。
「分かってるわ。それで?ダンジョンに入る為の手引きは任せていいと考えていいのかしら?」
「勿論だとも。私の名で討伐部隊という名目の許可書を準備させる。ただ、顔は隠した方がいいだろう。君のような幹部の事は過去の事件からしっかりと国に情報を集積されている筈だからな」
基本、ダンジョンは魔物が生息する危険地帯であり、冒険者や特別な許可を持っていない者は入場出来ないように制限されている。
一定のランクに達した者だけしか入れないようなダンジョンもあり、比例するように現れる魔物も強力になっていく。
だが、危険に見合うだけの貴重な素材が得られる事もあり、冒険者にとってダンジョンは絶好の稼ぎ場でもあるのだ。
「依頼の内容は分かったわ。ただ、相手がドラゴンとなれば私一人でこの話を承諾する事は出来ないわ。猶予は?」
「現在ダンジョンに入れるのはランクC以上の冒険者のみに限定されているが、状況がはっきりすればそのラインの引き上げ、もしくは一時的な入場禁止処置を講じる可能性もある。そうなった場合、ドラゴン討伐の為に王都から魔装騎士団を呼び寄せなければならなくなるだろう。つまり、それほど時間に余裕があるとは言えないな」
「なら、夕刻までにもう一度此処に来るから、その時に返事をさせて貰うわ。言っておくけど、断る事になっても恨むのは無しよ」
「流石にドラゴンが相手ともなればそれも致し方あるまい。その時はもう一つの話を聞いてもらうだけだ」
「・・・じゃ、またね。領主様」
もう一つの依頼という言葉は引っかかるが、どうせ録でもない内容なのは分かりきっているので、アメジスタはあえて確認する事はせずに部屋を後にする。
部屋から出ると先程の男――ジェイドが向かい合うようにして部屋の前を警護していた為、自然と二人の視線は交差する。
だが、ジェイドに言葉を交わす意思は無いのか黙ってその場で椅子に座っている。
(・・・こんなのが領主だと、警護を任させれている人間は苦労するでしょうね。まぁ組織にとってあの無能は都合がいいんで、頑張って警護してちょうだい)
多少の同情を目の前の男に抱きながら、アメジスタはその場を後にする。
領主から依頼を聞いたアメジスタだったが、得られた情報はというとダンジョンにドラゴンが現れたかも知れないという不確定な内容のみ。
酒場の飲んだくれ共がしている噂話にも劣るレベルの情報にはアメジスタも頭を悩ませてしまう。
(ほんと、使えない奴。払いが良くても毎回こんな調子じゃーねぇ・・・)
湧いてきた感情によりアメジスタの表情は冴えない。
だが相手はこの町の領主。組織にとって彼との繋がりは失うには勿体無いのも事実なのはアメジスタも理解している。
となれば機嫌をとっておくのも大事な仕事だと自分に言い聞かせると、依頼を如何するか他の幹部と協議するべく、館の廊下を急ぎ足で進んでいく。
早々に中央玄関前にある階段までやってくると、外を目指して階段を下っていく。
「ご苦労様です。また無茶な注文でもされましたか?」
下の階から言葉を投げてきたのは白髪混じりのオールバックと優しい表情がよく似合った執事と呼ぶのがしっくりくる老紳士。
「貴方も大変ね、クロムト」
「いえいえ。お気遣いなど無用でございます。これが私の仕事ですから」
一階へと下りてきたアメジスタに対して丁寧な対応を見せる老紳士。
するとアメジスタは徐に手を入れたマントの中から小さな袋を取り出し老紳士へと近寄っていくと、それを老紳士の手に持ったお盆の上に乗せ、今度は周囲にいるメイド達には聞こえないように話を続ける。
「ドラゴン退治だそうよ」
「・・・それはまた大事だな」
アメジスタの一言でクロムトから和かな表情は消えさり、演出していた執事の立ち振る舞いからはだいぶ異なる空気を感じさせている。
「今までも無茶な注文は少なくなかったけど、まさかドラゴン討伐とはね。それで、依頼は受けるので?」
「それをこれから他の幹部と協議するのよ。恐らく請け負う形にはなるでしょうけどね」
「そうか。まぁボスや古株の貴方なんかはドラゴンとやり合った事があるみたいだし、得られるものを考慮すればそうなるか」
「報酬をふんだくる為にそれらしい反応は返しておいたけど、それくらい出来ないと本気で思っているのかしらね。組織の名を上げるいいチャンスとか言い出した時は笑いを堪えるのに苦労したわ」
「そいつは大変でしたね。とは言っても、俺から言わせれば十分やばい相手だと言わざるを得ないんで、あの領主さんの考えはわからんでもないんですがね」
「情報収集専門の貴方達と実行部隊とで力比べしたって無意味な話よ」
「了解。それじゃ俺はこのまま任務を継続だと思って構いませんかね?」
「それなんだけど、ちょっと問題があってね」
そう前置きしたアメジスタはさっきまでの雰囲気を取り払い、組織の幹部として口を開く。
「とあるチームがしくじったおかげで衛兵どもの動きが活発になってる。念の為、周囲の動きにはいつも以上に気を配っておけ。情報を集めるお前達が捕まる事は許されない」
クロムトも情報収集を担当するチームに属している以上その話は聞き及んでいたのだが、アメジスタの圧の込められた口調で改めて告げられると緊張に貫かれる感覚を覚え、自然と気が引き締まってしまう。
「分かりました。他の者にも気を引き締めるように通達しておきます」
「そうして頂戴。それじゃ、私は行くわ」
アメジスタはマントのフードを一層深く被り直すと、館の裏口への方へ向かい歩き出すのだった。
ミヤビがグラーグに掛けられた呪いを浄化する作業に取り掛かってからどれくらい経っただろうか。
グラーグを包むようにして燃え盛っていた業火は徐々に小さくなりはじめ、数分もしないうちにその輝きを霧散させる。
「・・・終わったぞ。自然な形に見せるために傷の跡は残る程度に留めておいたがな」
そう言いながら火の粉を散らすかのように薙刀をしまったミヤビが、リエルに歩み寄ってくる。
「・・・うん・・・ありがと」
礼を言うリエルだが、グラーグの命が助かったというのにその言葉には力は無く、表情も暗い。
原因は紛れもなくクエレの言葉にあり、あれがリエルの感情に与えた影響はそれだけ強い物だった。
「どうした?お前の望み通りあの男は無事じゃぞ?」
「あ、あのねミヤビ・・・その・・・」
話を切り出そうとしたリエルだが、続く言葉が出てこない。
今までと変わらない、ありのままの態度で接すれば良いはずなのに、それが出来ない。
唇は微かに動きはするが、その心の内がミヤビに伝わることはなかった。
ミヤビも黙ってリエルの言葉を待っているが、静けさだけが二人の周りを取り囲んでいる。
「ミヤビ様、この男はどうされますか?」
ナシタがその静寂を破るように声を上げると、虚ろな目で宙を見つめている棒立ちの男を前足で指し示す。
根本的な思考はミヤビと対して代わりないナシタだが、リエルによって作り変えられた存在としての強い繋がりは主人の精神状態をより敏感に感じ取る事ができるという特徴を持っている。
結果、リエルの不安定な感情を察知したナシタは場の空気を変える事が望ましいと判断し行動にでたのだ。
「ん、軽くショックを与えれば催眠状態は解除できるが・・・」
「つまり、叩けば良いのですね」
「そうじゃが、人間とは脆い生き物じゃから加減を――あっ!バカっ!」
「あっ――」
ミヤビとリエル、咄嗟に二人からでた言葉の直後、勢いよく飛び跳ねたナシタが、アルベールの頭部めがけて前足を叩きつける。
――バチィィン!!
っという大きな音が響き、衝撃でアルベールの体は中々の勢いで前のめりに倒れ込む。
慌てて駆け寄ったリエル達が恐る恐るアルベールの顔を覗き込むと、案の定、白目を向いていた。
「・・・ナシタ」
「も、申し訳ございません、リエル様。つ、つい力が入ってしまって」
「まぁ・・・死んではおらんようじゃが――念の為、治療魔法はかけておいた方が良さそうじゃな。どうする?妾がやるのか?」
「ううん、平気。あたしがやるわ」
「ふむ・・・ならそれはリエルに任せるとして――」
ミヤビは横たわる四人の人間をみて溜息をつく。
「問題はこの役立たずどもをどうやって連れて帰るかじゃな。あのドラゴンの事を考えればあまりのんびりもしてられんというのに。ええい、ナシタの阿保が!いらん手間を増やしおって!」
「め、面目御座いません・・・」
「大体だな!お前はいつも考えが足りんのじゃ!普通に考えてあんな力で殴ったらどうなるか分かるじゃろうが!」
ミヤビに鬼の形相を向けられたナシタは堪らず尻尾を股下へと隠し、体は一層縮こまってしまう。
「ミ、ミヤビさん、それくらいで良いじゃないですか。ナシタさんも反省し――」
見かねたブランが意見を口にするが、ミヤビの苛烈な視線に晒された途端に声が出なくなる。
だが、まだ若いとは言ってもドラゴンであるブランはミヤビの発する圧力に屈することなく口を動かし言葉を絞り出す。
「――そ、そうだ!二人ぐらいなら私が運べますから、残りの二人は――そう!ナシタさんに責任を持って運んでもらうのは如何でしょうか!?」
必死さが有り有りと感じられる口調で案を出しているブランを、ミヤビが変わらぬ視線で睨みつけているのをみて、クエレが面倒くさそうにしつつも割って入る。
「ミヤビ~、何か気になるのことでもあるの?随分イライラしてるように見えるけど?」
どこか意味ありげな台詞を口にしたクエレ。
「・・・うるさい!何でもないわ!」
そうクエレに返したミヤビはその場から逃げるように亀裂の外へと出て行ってしまう。
ビクビクしながら見送ったブランとナシタは、ミヤビの姿が見えなくなったタイミングで大きく息を吐き出して安堵する。
「・・・あいつも頑固だからねぇ」
一言もらしたクエレは大きな欠伸と共に体を伸ばすと、ミヤビの後を追うように亀裂の外へと向かうのだった。




