94話 救出と信頼
壁の隙間から大仰に手招きしているアルベールの姿を見て、怪我をしている様子がない事に安堵する。
〖よかった・・・どうやら無事みたい〗
〖どうだかな。それに、あのような奴等がどうなろうと妾達には関係ない故、気にする必要は無いと思うがのう〗
〖関係ないって事はないでしょ。元はと言えばあたし達がここにきたのが原因なんでしょ?そう言ったのはミヤビじゃない〗
〖確かそう言ったが、それは別にお前が故意にこの状況を作り出した訳でもあるまい。大体、冒険者というのは状況を見て危険を回避してこそじゃろう。見誤った結果、命を落とす様な事になったとしても、それは自身の選択の因果故にお前が気にするような事ではない〗
〖だけど・・・〗
〖あまり気にしてもしょうがない事じゃぞ。ほれ、さっさと奴の元へ行くぞ。急がんと死人が出るかもしれんしな〗
〖え?〗
〖リエル様・・・強い血の匂いがします〗
〖うむ。無事だと言い切るにはまだ早そうじゃな・・・む?〗
〖それを先に言いなさいよ!〗
〖うわっ・・・とと!〗
〖あっ!お待ち下さい!リエル様!〗
怪我人がいる可能性をミヤビが口にした途端、リエルは一目散にアルベールの元へ走っていく。
突然走り出したので背中にくっついていたブランも宙へ放り出されて少々アタフタしてしまうが以前のクエレの様な無様に落下とはならず、持ち前の身体能力を発揮してしっかりと着地を決めてみせる。
辺りに気を配り警戒していたナシタも頭に乗せたクエレと共にリエルに追従する。
ブランも後を追おうと大地を蹴って飛び上がるのだが、通って来た道の方をジッと睨みながら忙しなく耳を動かし何かを探るミヤビの仕草を視界の端で捉えた事で立ち止まる。
〖ミヤビさん?どうかしましたか?〗
〖・・・今し方、強い魔力を感じたりはせんかったか?〗
〖強い魔力ですか?申し訳ありませんが私はそれほど魔力感知に秀でた才能を持っている訳ではないので・・・リエルさんとの契約で飛躍的な成長をさせて頂いた能力ではありますが、ミヤビさんのようにはとても・・・〗
〖ふむ・・・正直妾が感じたのもほんの一瞬じゃった故確証は無い・・・魔素溜まりの噴出でも感知したか・・・〗
〖ミヤビ!ブラン!何やってるの!?早く来なさいよ!〗
〖うるさいのぉ・・・今行くから先に奴等の様子でも見ておれ〗
リエルの呼びかけを適当に遇らうと、ミヤビは視線を入口の方へと戻す。
それに釣られてブランも顔を同じ方向へと向けるのだが、視界の先に特に変わったものがある訳でもなく、ブランは首を傾げてしまう。
〖どうしますか?何物かが近くに潜んでるとなると、ミヤビさんを欺く程の実力を保有している事になりますが・・・確認しに行きますか?〗
〖ミヤビ!ミヤビったら!?ちょっと来てちょうだい!〗
再び飛んできたリエルからの言葉。
リエルの慌ただしい声を聞いた二人はお互い顔を見合わせると、ブランは苦笑いを見せ、ミヤビは面倒くさそうな表情を返している。
〖あのドラゴンの脅威が残ってるうちから余計に問題を増やす必要もなかろう。・・・どちらにせよ、あの様子ではダンジョンを引き返す事になるのは明白じゃし、感知した魔力が生物であれば近付いた際に何か動きを見せるやもしれん。ここは敢えて後手に回ってみるのも良いと思うがどうじゃ?〗
〖了解しました。私も警戒を怠らないよう心掛けておきます〗
〖うむ〗
感じた魔力の正体を確認しておきたいという気持ちが無い訳ではないのだが、どうせ戻り道になるなら態々ここで手間を掛けるまでも無い。
何よりあのドラゴンがここに戻ってくる可能性がある以上、バラバラに行動するのは得策では無いというミヤビの判断にブランも理解を示す。
結論を出した二人は少し遅れながらもリエル達の所へ向かって歩き始める。
壁面の亀裂に体を滑り込ませるようにして中へと入ると血の匂いが一段と強くなり、既に治療に取り掛かっているリエルの後ろ姿からも、怪我人が急を要する状況なのが分かる。
〖何やらリエルが騒いでおったが、どんな状況なんじゃ?〗
〖はい。無事なのは先程の男だけで、他の三人は魔力が枯渇して気を失っているようです。それと――〗
〖ふむ、リエルが騒いでおったのはその瀕死の男の所為か。で、なんぞ問題でもあったか?〗
〖それが――〗
「・・・傷が塞がらない」
ミヤビは治療魔法を行なっているリエルが呟いた言葉で回答を得る。目を向けてみればリエルが腰を下ろしている場所には大きな血溜まりが出来上がっており、この充満するのも血の匂いにも納得する。
確認の為にミヤビはリエルの側に移動すると、血の気が引き顔を青くして横たわっている男を視界に入る。
(・・・傷は深いが・・・しかし、これは――)
太腿に穿たれた噛み跡にリエルが施しているのは第四節の中位魔法【グランヒール】。
位が上がるとほとんどの魔法効果は下位の魔法と比べて飛躍的に上昇する為、本来ならこの程度のダメージであれば十分な効果を発揮するはずの魔法にも関わらず、グラーグの傷には回復の兆しは見られなかった。
〖・・・恐らくこれがグリムリーパーと言われる所以の能力なんだと思います〗
ミヤビとは逆側から、リエルを挟み込むように現れてグラーグを確認したブランは自分の知っている事を口にする。
〖先程の話の続きになりますが、グリムリーパーが邪龍として五指に数えられる理由はドラゴン特有の耐性や力の強さ、高い知能、狡猾さなどもさる事ながら、最も恐ろしいのは死の呪いを与える能力を持っている為だと聞かされてます〗
〖死の呪い・・・それが治療魔法を無効化している力の正体という訳か〗
〖母も呪いの詳細までは知らなかったので具体的な効果は私も分かりません。ですが、その呪いの効果がこの人に影響を与えているのは確かだと思います〗
〖そんな・・・それじゃその呪いを何とかしないとこの人は・・・〗
「どうですか?何とかなりますか?」
呪いの事など全く知らないアルベールが不安そうな表情でリエルに訪ねてくる。
しかし、返す言葉が見つからないリエルにはただ黙って治療魔法を掛け続けている。
その姿を見てグラーグに残された結末を察してしまったアルベールは言葉を失い肩を落とす。
〖・・・ブランは同じドラゴンでしょ?呪いを解く方法とか心当たりはないの?〗
〖すいません・・・そもそもドラゴンという種族は強力な個であるが故に別の種のドラゴンと積極的に関わる事はしないのです。種が違えば性格や考え方に大きな違いが出てくるので、そこから争いに発展してしまう可能性が高いんです〗
〖そんな・・・じゃーナシタ!ナシタは何か思い付かない?〗
〖わ、私ですか?う、うーん・・・〗
話を振られたナシタは暫く考えこむ素ぶりを見せるが後に続く言葉は出てこない。
となれば残ったのは一人しかいない。
満を持して一同の視線はミヤビへと集中する。
〖ミヤビ!あんたいつも威張ってるんだから何か死の呪いについてしってるんじゃないの!?いや、出しなさい!〗
〖何じゃその言い草は。妾とて知らんものは知らん〗
〖じゃーどうしたら良いのよ!?〗
リエル達が到着してから数分、既に意識の無いグラーグから命の火が消えるまでに残された時間が多く無いのは誰の目から見ても明らかだ。
頼みの綱であるミヤビでも答えを持ち合わせていないとなれば、万策は尽きたかに思えた。
〖まぁ、方法が無い訳ではないんじゃが・・・それを試す前に確認したい事がある――〗
そう切り出したのはミヤビだった。
〖リエルよ。今でこそクエレはこんななりをしているが、元が何なのか忘れたか?〗
〖そ、そうです!リエル様!クエレは確か――〗
〖え?な、何ですか?クエレさんがどうかしたんですか?〗
〖・・・あ!そ、そうか!クエレもドラゴンだったじゃない!〗
ミヤビが何を言いたいのか理解すると、リエルの行動は早かった。リエルは治療魔法を中断するとナシタの頭の上で寝そべりぐーたらしているクエレを鷲掴みにすると、項垂れているアルベールに背を向け小さな声でクエレに問いかける。
「クエレ、貴方グリムリーパーの死の呪いについて何か知らないの!?」
「え?え?何よ突然。あーびっくりしたぁ」
「ごめん、でも時間がないの!何か知ってる!?」
「え、えーと、何?グリムリーパーの能力?それって確か、グリムリーパーの魔力が通った攻撃で付けられた傷は癒すことが出来ないって特性だったと思うけど・・・」
「それって絶対的な物なの?」
「まさか。あくまで下界レベルでの話であって、私は勿論、多分今のミヤビだってそれくらいどうにでも出来ると思うわよ?」
「え、そうなの!?でもミヤビは知らないって・・・」
「性質を知らないからと言っても、それは手が無い事と同意義じゃ無いでしょ?」
「そういう事じゃ」
二人の間に割って入ったミヤビが短く肯定すると、改めてクエレに問いかける。
「そこで確認したい。呪いの正体がグリムリーパーの持つ魔力の性質であるなら、それをもっと強い魔力で上書きしてしてしまえいいと妾は考えているが、この推測に誤りはないか?」
「それでいいと思うわ。ただ、グリムリーパー自体かなり強力な邪龍だから中途半端な魔力じゃ駄目。やるなら徹底的にやらないと効果は無いでしょうね」
「ふむ・・・」
確認を経てすべき事が明確になったのはいいが、ミヤビの表情はいいとは言えない。
「はぁ・・・妾は無関係な者にそこまでする必要は無いと思うんじゃがな・・・彼奴が死ぬことでお前が心に蟠りを残す事になっても後が面倒じゃし、やむを得んか」
「なんて事いうのよ!あんた困ってる人を見ても何とも思わないの!?」
「わかったわかった、耳元で騒ぐな。方法がハッキリした以上やる事はやってやる。ただ、これから妾がやる事に文句を言うでないぞ?」
「何よそれ・・・あんたが言うと凄く嫌な予感がするんだけど・・・」
リエルの予感を裏付けるかのように、ミヤビの口角は嫌らしい角度へと変化する。
「ど、どうかしたんですか?何やら考え込んでいるみたいですが・・・」
気を持ち直したアルベールがリエル達の様子を不審に思い、背後から声を掛けてくる。
それを誤魔化そうと振り返ったリエルが言葉を口にしようとするが――
「おい小僧、ちょいとこっちを見ろ」
なんと口を開いたのはリエルでは無く、ミヤビの方が先であった。
「え、しゃ、喋った!?これはい――」
「ふふん」
ミヤビが不敵な笑みをアルベールに向けた瞬間、アルベールの言葉は続きを見せる事なく、驚きの表情のまま動きを止める。
だが、その表情からも徐々に力が抜けていき、瞳から光が失失われていく。
やがてアルベールは完全に意識というものが感じられない人形のような状態へと成り果ててしまう。
「よしよし、ちゃんと効いておる。後はあの人間をどうにかするだけじゃな」
「ミヤビ様、その人間に何をされたのですか?」
「そいつは今、この男の治療が上手くいったという都合の良い事実を幻術世界で享受している真っ最中。事が済んだ後に問題が残らんようにこっちを済ませれば万事解決じゃ」
「それって催眠術って事?」
「まー似たようなものじゃ。そんな事より、こっちをさっさと済ませてしまう方が先じゃ無いのか?」
「この人、元に戻せるのよね?」
「何かショックを与えれば正気に戻るじゃろう」
「・・・害は無いのよね?」
「しつこいのぉ。先に言ったが文句ならきかんぞ。問題を残さずに手っ取り早く済ますならこうするしか無いんじゃ」
「馬鹿!他にもちょっと席を外してもらうとかやり方はあるでしょ!」
「ふん、そんな悠長なやり方ではこの男に必ず疑問が残る結果になるじゃろう。クエレの話をちゃんと聞いておったのか?これから行う魔力の放出は強力なものになるというのに、この男の意識を残したままで行える訳ないじゃろうが、間抜けめ」
「ぐっ・・・そ、そうかもしれないけど、あんたなら他にもやり方はあったんじゃないの!?」
「・・・時間の無駄じゃな。礼を言われても、文句を言われるいわれはない」
リエルから批難を受けた事で気分を害したのか言葉を交わすのをやめ、その姿を人型へと変化させる。
そして愛用の薙刀を炎の中から引っ張り出すと、それをためらう事なくグラーグの太腿へと突き立てた。
「ミヤビ!?何やってるのよ!」
「五月蝿い!黙って見ておれ!」
ミヤビはリエルの言葉を一蹴すると、薙刀を通してグラーグの体の中に自身の魔力を流し込んで行く。
すると、グラーグの体は瞬く間に炎に包まれ、かと思えば傷口から漏れ出した紫色の魔力がその炎に抗うかのように暴れ始める。
「リエル、あれがグリムリーパーの魔力――つまりあの人間の中に溜まっていた呪いの正体よ。ミヤビはその魔力を内部から焼き尽くすために、ああして刃で体を貫いたのよ」
唖然としていたリエルに、クエレはミヤビが何をやっているのか理解できるように説明する。
それと、二人のやり取りを見て思った事を口にする。
「リエル、私はあんたが言いたい事、分からなくもないけど、ミヤビもあれで結構考えてやってるのよ。だからもう少し信用してあげなさい」
「あ、あたしは別に・・・そんなつもりじゃ」
「少なくともアイツは時間の差し迫ったこの状況でなすべき事をなしたと私は思う。リエル、貴方はどうなのかしら?」
クエレの言葉を受けた事でリエルは俯いてしまう。
ミヤビに頼ったのは自分なのに、当の本人は文句ばかり。ミヤビのやる事に目くじらをたてる事しかしなかった。
結局、グラーグの命を救ったのはミヤビだと言うのに・・・。
美しい装飾品に彩られた廊下を二人の人物が歩いている。
一人はこの館の主人に仕えている女性メイド。その後ろをフード付きのマントを被った、体格から見るに女性と思われる人物が付いて歩いている。
しばらくして目的の場所へと到着したのか、廊下に響いていた一人分の足音が止まり、代わりに扉をノックする音が響き渡る。
「イシュバル様・・・御呼びした方がお見えになられましたが・・・お、御通ししても宜しいでしょうか?」
メイドの声は若干の震えが混じっている。
それは背後にいる人物が理由なのだろうが、何がそこまで恐怖を感じさせているかはメイド自身にも分からなかった。
「御苦労、通してくれ」
中から短い返事が返ってくると、メイドは小さく息を吐き、それからゆっくりと振り返ってその人物に頭を下げる。
「中でイシュバル様がお待ちです。私はここで失礼させて頂きます」
「えぇ、御苦労様」
後をついてきた女性から発せられたのは、妖艶な色気を含んだ美しい声色。
その風貌からのギャップに耳を疑ってしまうほどに予想と反するものだった。
役目を終えたメイドが頭を上げてその場から立ち去ろうと動いた時、自分と自分へと向けられている視線が交差する。
その瞬間、彼女は冷たい水を背中に流し込まれたかの様な強烈な悪寒に襲われる。
まるで肉欲を滾らせた獣を思わせる二つの瞳が、ジッと自分を見つめていたから。
「あら、どうしたのかしら?顔色が悪いわよ?」
そう言葉を発しながら伸ばされた手はメイドの頬へと当てられる。
「ひっ!」
一瞬、短く小さな悲鳴が廊下に響く。
「貴方、なかなか可愛い顔してるじゃない。フフフッ」
「ん?お前達、そこで何をしているんだ?」
かけられたのは何処かやる気のなさそうな印象を感じさせる男性の声。
その声を聞いたメイドは、女性の後ろにいる騎士を見て必死に声を上げる。
「ジェイドさん!お、お助け下さい!」
「ん?何だか分からんが・・・そっちの人は?」
「クロムト様が連れてきたイシュバル様のお客様なのですが――」
ジェイドと呼ばれた騎士は訝しげな視線をフードの人物に向けると腰に差している剣へと手を伸ばす。
だが、それが抜かれる前にフードの人物はメイドから離れて口を開く。
「残念、邪魔が入っちゃったわね」
「・・・メイドの君。君はもう行っていいぞ。後は私が引き継ごう」
「か、畏まりました。申し訳ありませんがお願い致します」
メイドは騎士に頭を下げると、早々にその場から立ち去り、騎士とフードの女性が残される形となる。
「さて、イシュバル様なら中にいると思うが、入る前に用件を伺っても?」
如何にも怪しい人物を前に、ジェイドは視線は自然と鋭い物へと変化する。
「あら怖い顔。でも、私が呼ばれたのは雇い主の意向なんだから貴方がどうこう言える事じゃないわよ?それでも聞きたい?」
「・・・やれやれ」
ジェイドはそう一言漏らすと、女性の傍を通り抜けてイシュバルの居る部屋のノブを捻り扉を開く。
「イシュバル様、お客様ですよ」
「うむ。よく来てくれたなアメジスタ殿。依頼の話をしようじゃないか。ささ、座れ座れ」
「ええ勿論。そうさせて貰うわ」
ジェイドの横を通り過ぎると、アメジスタと呼ばれた女性は陽気な声を返してから部屋へと足を踏み入れる。
イシュバルと向き合う様にしてゆっくりとソファーに腰を下ろすと、被っていたフードを下ろしてその顔を見せる。
露わになった栗色の短髪を軽く頭を振って踊らせると、テーブルの上にあるグラスに一緒に置かれている酒瓶から琥珀色の液体を移すと、それを優雅に口へと運ぶ。
「んー!流石は領主様。いい物をお持ちです事」
「何、それ程でもないさ。早速だが依頼の話だ。飲りながらで構わないので聞いてくれ。あーっと!ジェイド。悪いがお前は席を外してくれ」
「はぁ・・・言ってはなんですが――いえ、了解しました」
何か言いかけたジェイドだったがそれを途中で飲み込むと、速やかに部屋から退出する。
これからどんな話が行われるのかは予想はつくし、巻き込まれて悪事の片棒を担ぐのが嫌だったからだ。
「・・・伏魔殿だな」
ポツリと言葉を漏らすと、ジェイドは廊下にある椅子に腰掛け、自分が呼び出されない事を願うのだった。
お疲れさまでした。
ここまで読んで頂いてありがとうございます。
楽しんで頂ければ幸いです。




