93話 強敵の予感 その3
随分間隔があいてしまいお待ちしていた方には申し訳ないです。
「なぁ、ここに隠れてからどれくらい経った?」
・・・
声を潜めた男の問い掛けに答えは帰ってこない。
それもそのはず、傍には腕があらぬ方向へとへし曲がり、太腿には裏側まで貫通している大きな噛み跡、そこから夥しい程の血を垂れ流している男性の姿。
そんな状態で仰向けに倒れている男の両隣には必死に治療を続けているの男女の姿があるが、とても二人には質問に答えられるような余裕は無かった。
倒れている男はこの集団の中、冒険者としての経験が最も豊富なグラーグで、相方であるソレイユはその重傷をなんとかしようと治癒魔法をかけ続けている。
一緒にいるノアも額に大粒の汗を浮かべながら魔力でソレイユのサポートに回っているが、グラーグの傷口からは血液が体外へと流れ出ていく。
「き、傷口は具合は・・・どんな・・・感じだ?」
朦朧とする意識の中で、辛うじて言葉を口にするだけの気力を維持しているグラーグがソレイユへと問い掛ける。
「喋らなくていいよ。大丈夫、直ぐに塞ぐから貴方は意識を保つ事を考えて」
「そうか・・・全く・・・ついてないな。結局・・・最後まで俺は神様なんて・・・信じる気にはなれなかったぞ。は、はは・・・」
「そんな事無いですよ。きっと何とかなりますから、喋るのをやめて気力を保つ事に集中して下さい」
落ちつているように振舞っているが、ソレイユの口調には焦りの色が見え隠れしている。
亀裂の入り口付近で外の様子を警戒しているアルベールにも、グラーグにその時が訪れるまでに残された時間がもう僅かしかないのが十分に予感できた。
だが、動くことが出来ない。
亀裂の外、その広い空間には、この集団の中で最も手練の男にいとも容易く死の淵へ誘う何かが潜んでいるのを知ってしまったから。
(まともに動けるのは俺しかいない。イザベラもあんな様子じゃ・・・)
アルベールが振り返った先では、疲労困憊のイザベラが地面にぐったりと体を預けていた。
正体不明の何かに襲われ、何も無い空中へと引っ張り上げられたグラーグを助ける為に、イザベラはグラーグ周辺の空間へと魔法を立て続けに放ち続けた。
それが功を成したのかは分からないが、けたたましい咆哮が響き渡ると同時に宙吊りになったグラーグは宙吊りから解放されて地面へと帰ってくる。だが、その引き換えにイザベラはすべての魔力を放出しきる事となってしまう。
なんとか全員で近くの亀裂に飛び込んだが最後、イザベラも魔力の枯渇によって身動きが取れなくなってしまったのだ。
この絶望的な状況でも、何とか打開策を見つけようとするアルベール。
だが名案というのは中々出てこないから名案なのであって、経験の浅いアルベールには現状をひっくり返せるような答えは出せなかった。
そんな思案の最中、何かを強く叩きつけるような音が洞窟の中で反響する。
じっと岩陰で様子を探り始めてからしばらく経ったリエル達。
一向に変化しない状況をどうにかしようと考えたリエルはある事を思いつく。
〖もういっそのことあの亀裂まで一気に走っちゃおっか?〗
思い付いたのは策とは言えない、余りにも単純、力押しのような考え。
〖リ、リエル様、それは流石に危険では無いかと思うのですが〗
〖そうですよ!相手はドラゴンなんですよ!せめて何が潜んでいるのか確証を得てからの方が――〗
その無鉄砲な考えにはナシタとブランも黙ってはいられず、揃ってリエルに異議を唱える。
〖だけど、もうしばらく経つけど何も見つからないじゃ無い。ミヤビの感知でもそんな気配はないんでしょ?〗
〖う、うむ。感じるのは亀裂の中からしか・・・。じゃが、流石にお前の考えを容認するには相手が危険すぎる。状況から見て相手は強力な種である可能性が強い。そして、知能の方も高いじゃろう〗
〖何でこの状態でそんな事が分かるのよ?〗
〖いいか?あの程度の人間を仕留められないような存在が妾の感知に引っかからないなどあり得ん事じゃ。つまり、何か意図があって人間共を泳がせている可能性がある〗
〖・・・先の人間達は囮で、真意は他にあると?〗
〖他って?〗
〖恐らく妾達じゃろう。あの門をくぐった時の事を考慮すれば、ここのダンジョン核は既にこちらの存在に気づいておる筈。妾達を脅威と認識した故に、核が自身を守る為に強力な魔物を召喚したと考えればしっくりくる〗
〖理屈はわかりますが・・・私は兎も角、ミヤビ様でも感知できない魔物を召喚するだけの力をこのダンジョンが有しているとは思えないのですが〗
〖察しの悪いやつじゃのぉ。クエレの言葉を思い出せ〗
〖・・・あっ!分かった!〗
〖私はよくは知りませんが、多分神法具という物が関係してる訳ですね〗
〖うむ。このダンジョンが神法具の力を使っているのであれば妾と同等レベルの魔物を呼び出すことも十分可能じゃろう。そこで――〗
徐々に状況が整理されていく最中、ミヤビの言葉に耳を傾けていたリエルは服の袖を引っ張っているクエレの存在に気付いて顔を近づける。
「どうかした?」
「暇過ぎてお腹が減ったわ。何か食べ物ちょうだい」
「あぁ、クエレには念話じゃ聞こえないしね。・・・はい。もうちょっと大人しくして――」
リングの中から作り置きしておいたカラアゲを一つ取り出してクエレへと渡そうとした時、リエルはそれに気付く。
「――ミヤビ、アレ何?」
淡々と言葉を続けていたミヤビを後ろ手て叩きながらリエルは少し高い位置を注視し、念話も忘れて問い掛ける。
〖なんじゃ急に。と言うか静かに――〗
話の最中に呼ばれたミヤビは面倒くさそうな声を出しながら振り返るのだが、直ぐにリエルと同じ物に気付いて視線は宙へと固定される。
そこにあるのは鉱石や奇怪な昆虫の放つ光とは別の、靄がかかったような小さな光球が二つ、空中で静かにリエル達を照らしている。
だが、次の瞬間二つの光球が何かに遮られるかの様に消え失せると、直後少量の砂がパラパラとリエル達の頭上から落ちてくる。
〖・・・いかん!〗
ミヤビは声を上げると即座に魔法障壁をドーム状に展開して守りを固める。
直後、大きな衝撃音がダンジョン内に響き渡ると、ミヤビが展開した障壁に亀裂が走る。
〖仕掛けてきたか!この距離でも感知できないとは、やはり此奴、相当に手強い!〗
〖何処!?〗
〖目の前じゃ!〗
弓を取り出し敵を探しているに敵の位置を告げると、ミヤビは障壁から飛び出し、何も見当たらない眼前に向けて攻撃を繰り出す。
〖【狐火・百火繚乱】!〗
スキルの発動と共に小さな火球がミヤビの周囲を埋め尽くす勢いで生み出され、薄暗かったダンジョン内に昼間のような明るさが広がっていく。
だが、その小さな光源一つ一つに秘められた破壊の力は想像を絶するほど荒々しいものだった。
ミヤビは生み出した火球の群れをコントロールし狙った空間へと射出する。
そうして放たれた無数の火の球はダンジョンの床や天井、壁面などに次々と着弾して弾けると、火球のサイズからは考えられない規模の炎が一気に燃え盛っていく。
その熱量はたちまちダンジョンの岩肌を赤熱化させるほどで、まるで押し込められていた炎が全てを飲み込もうと無限に広がり続けるかのような勢いであった。
「キイイイヤァァアアアアアアアアァァァァァ!!!」
燃え盛る炎の中から上がったのは、何処か悲鳴にも聞こえる耳をつんざかんばかりの大きな叫喚。
その鳴き声は聞いた者の心を掻き乱すような不気味な音の波を発しており、リエルは不快感に耐えかねて弓を手放し耳を覆う。
〖っ・・・この鳴き声・・・気持ち悪い〗
〖これは・・・一部の邪龍だけが使える呪いの咆哮です!〗
〖何だと!?リエル様!お気を確かに!!〗
〖だ、大丈夫。ちょっとクラっとしただけ・・・〗
ブランの言葉を聞いて慌てて声をかけてきたナシタに、リエルは少し辛そうではあるが問題ない事を告げると、落とした弓を拾い上げて大きく深呼吸する。
〖でも、避難している人達が耐えられるかわからない以上、この音は・・・さっさとやめさせないとっ――ねっ!!〗
リエルは水平に構えたアルターキエラに魔力を流し込むと魔刃を形成し、荒れ狂う炎の中で怪しく揺らめいている謎の影へと狙いを定めて引き絞った矢を解き放つ。
魔力によって硬質化した装甲をまとった魔甲虫の体を容易く両断してしまう程の切れ味を誇るアルターキエラの魔力の刃。
ミヤビの感覚をもってして、過剰と言わしめるその破壊力であれば、正体不明の相手でもダメージを与える事ができるだろうと信じて疑わなかったリエルだが――
――キィィィィン!!
「シャアギャアアアァァァァアアア!!?!?」
炎の中、ゆらめく影の中心へと寸分のズレもなく命中した魔刃だったが、意外にも最初に聞こえてきたのは金属音。
それから少し遅れて苦痛混じりの叫びがダンジョン内に木霊する。
〖どうやら効果はあったようじゃぞ〗
〖はい!これは呪いの咆哮とは別のもの、今の一撃でダメージはあったと思います〗
〖流石はリエル様です!〗
〖それにしてはおかしな音がしたけど・・・〗
〖うむ、ならばそろそろ正体を改めさせてもらうとするかのう〗
ミヤビの言葉に呼応するかのように燃え盛っていた炎が霧散すると、赤熱色の光と共に岩肌から上がる煙のカーテン、そこに巨大な影を照らし出している。
その煙も徐々に薄れていくと、中から今まで存在を確認させることのなかった凶悪なドラゴンが唸り声を鳴らしながらリエル達の前へと姿を露わにする。
「コロルルゥゥゥ・・・」
現れたのは異形と称するに相応しい、遭遇した者に不吉を予感させる禍々しい風貌のドラゴン。
象徴とも言える翼の翼膜は所々穴が開いてボロボロで、毒々しい色合いをしている体の表面には血管のような筋が枝分かれして張り巡っており、その中を呼吸に合わせてなぞる様に紫色の光が脈打っている。
〖これはまた・・・見るからにやばそうなのが出てきたけど。どう?知ってる?〗
〖知らん。別に妾は他の種族に詳しいわけでは無いからのぉ。ドラゴンならブランが知っておるん――〗
「ヴォオオオオオォォォォォォオオオオ!!!」
低かった唸り声はたちまち咆哮へと変わり、体表の筋の中を紫の光がドラゴンの頭部目指して収束する。
上顎から下に向け蛇の様に伸びている鋭い牙が特徴的な顎の隙間から紫の光が漏れる始めると、ドラゴンはリエル達に向けてそのエネルギーを放出する。
〖落ち着きのない奴め!〗
空かさずミヤビが先ほどと同じように魔法障壁をドーム状に展開すると、ドラゴンから浴びせられる紫色の炎をシャットアウトして見せる。
〖あの風貌と魔力感知を欺く隠密能力・・・紫の炎・・・聞いた事があるような・・・〗
〖心当たりがあるの?〗
〖以前母上の話してくれた中に似たような特徴を持つドラゴンがいた気がするのですが、確か・・・〗
ブランが記憶の中から敵の正体を掴みかけた時、その思考をミヤビの声が妨げる。
〖すまんが余りのんびり思い出している暇はないらしい!この紫の炎、クソ忌々しい事に魔力を侵食する力を持っておる!!〗
普段の様子とは違う、逼迫した様子を見せるミヤビを嘲笑うかのように、展開されている魔法障壁をシミの様な模様がじわじわと覆い始めていた。
〖このまま炙られ続ければ障壁が持たん。一旦障壁を解除しこの場を離れ距離を取るぞ。リエル、もう一度奴に向けて攻撃を頼む。妾の炎ではイマイチ効果が見られんみたいじゃがアルターキエラの魔刃なら――〗
そう言って顎をしゃくるミヤビはドラゴンの首から下、胸部にあたる部分を見るようにリエルに促す。
他の者もそれに従い目を凝らしてよく見てみると、ドラゴンの体色のせいでぱっと見では確認し難くはあるが、体の表面を伝ってドス黒い体液が流れ落ちているのが確認でき、流れを遡った所には浅めではあるが鋭利な刃で付けられたような切れ込みが入っている。
〖決定打とは言えんが、妾の炎よりもしっかりした効果がある。なにより早急にこの状況を抜け出したいのが妾の本音じゃ〗
〖分かった。それじゃ、あたしが矢を放ったらすぐに移動するから、ナシタ、クエレを振り落とさない様に注意して。ブランも落ちないでよ〗
〖了解しました〗
リエルの指示に了解を示したナシタは、こんな状況にもかかわらず自分の頭の上で呑気にカラアゲをパクついているクエレの体に、体毛の一部を形態変化させたロープを巻きつけて固定する。
一瞬何をするんだと文句を言いたげな顔をしたクエレだが、リエルが弓を構えて魔力を込め始めた事で察し、一気にカラアゲを平らげる。
準備ができたことを確認したリエルは、先程よりもさらに強めにアルターキエラへ魔力を込めていく。
〖魔力の侵食能力・・・あっ!それってもしかして――〗
「話は後!いくわよ!!」
〖うむ!奴の炎が止んだら妾に続け!いい考えがある!〗
力強い声と共に放たれた矢は一射目よりも一回り大きな魔力の刃を先端に纏い、吹き付けられる炎を切り裂きながらドラゴンへと向かって突き進んでいく。
そんな、炎を物ともせずに迫って来る圧縮された魔力に気付いたのか、直ぐにドラゴンも炎を吐くのをやめて回避行動に移る。
巨体に似合わない機敏な動きで向かって来る魔刃の軌道から大きく距離をとったドラゴンの横を、風切り音と共にアルターキエラの魔刃が通り過ぎていく。
「グルルルルゥゥゥゥ・・・グゥ?」
放たれた攻撃を危なげなく回避してみせたドラゴンは、リエル達を威嚇する様に喉を鳴らし、余裕たっぷりといった感じで暗闇に消えた矢の方からゆっくりと視線を戻す。
だが、その先に居たはずのリエル達は何処にも見当たらず、焼け焦げた跡が残されているだけだった。
ドラゴンはキョロキョロと辺りを見渡すが、その瞳が動く者を捉えることは叶わなかった。
「ギュララララァァァァァァ!!!」
突如ドラゴンから上がる咆哮。
同時に体を起こしてボロボロの翼を大きく広げると、魔力が暴風のような勢いで周囲に放出され始める。
その様子を一言で言い表すなら嵐。
自分に傷を与えておきながらまんまと逃げ果せた相手に対する収まりのつかない怒りがドラゴンを中心に撒き散らされている。
怒りに支配されたドラゴンは地面に残された魔力の残滓を感知すると、今まで駆使していた隠密能力は使わず、魔力の後を追って一目散にダンジョンの奥へと消えて行くのだった。
〖ふふん。間抜けめ。隠れるのが自分の専売特許だと思うたら大間違いじゃ。せいぜい偽りの標的を追い回すがいい、クククッ〗
空洞内に数多く点在する自然にできた岩の柱の一つ、その陰から頭を出してニヤついた表情を見せたのはミヤビ。
そう。これがミヤビの考えた作戦。
リエルが放った魔刃にドラゴンが気を取られている隙に全員でこの柱の影へと逃げ込むと、ミヤビは即座に魔力感知を阻害する結界で自分達を包み込む。
次にミヤビは自身の能力で【飯綱】と呼ばれる小さな魔狐を呼び出し、それを囮役として洞窟の奥へ走らせたのだ。
あとは見ての通り。
ミヤビの作戦にまんまと引っかかったドラゴンは、召喚された【飯綱】の魔力を追いかけてダンジョンの奥へと消えて行ったという訳だ。
〖ククククッ!ドラゴンとはいってもオツムの出来はお粗末な者じゃな!プックククッ〗
〖あの様な手でドラゴンを出し抜くとは!流石はミヤビ様!お見それいたしました!〗
〖そうじゃろうそうじゃろう!〗
〖すぐ調子に乗らない方がいいと思うけど〗
〖はい。あのドラゴンの事です。すぐに囮だと気付いて引き返して来るでしょう。早急に私達も行動した方がいいと思います〗
〖そういえばブラン。さっき何か言いかけてたけど何だったの?〗
〖あのドラゴンの事ですよ。アレは【グリムリーパー】と見て間違いないと思います。紫色の炎に魔力侵食の能力、高い隠密能力といった特徴が母から聞いた話と一致します〗
〖【死神】とは、間抜けの割には大層な呼び名を持っておるのう・・・まぁ妾の炎を物ともせず、アルターキエラの魔刃も一度受けただけで危険だと判断する点を考慮するなら名前負けとも言えんか〗
〖はい。【グリムリーパー】はドラゴンの特徴である炎への強い耐性もさることながら、狡猾で用心深く、邪龍の中でも五指に入る存在だと聞いてます。ですが、もっとも恐ろしいのは――〗
「おい、君!早くこっちに来い!隠れるんだ!」
敵の正体が段々と見えてきた時、何処かで聞いた事がある声がリエルへと掛けられる。
ミヤビもブランの話に聞き入っていたのとドラゴンが戻ってくる可能性に注意を払っていた為、大した魔力を持たないその人物への反応が遅れる。
〖今日は色々と騒がしい日じゃな全く〗
〖どこからでしょう?〗
〖あっちから聞こえ――あっ!〗
リエル達の視線を一身で受けたのは他でもない。
先にダンジョンに入った五人のうちの一人、アルベールが、隠れていた亀裂の中から身を乗り出していた。
お疲れさまでした。
ここまで読んで頂いてありがとうございます。
楽しんで頂ければ幸いです。
おさぼりしていた間に色々と本を読み漁ったらすっきりした!




