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9話 強者と弱者

 ベジャールは一人、村に向かって全力で疾走していた。プライドなどすべて投げ捨てた、脱兎の如き逃走であった。狩るものから一転獲物になってしまった今のベジャールにとって、プライドなんて陳家な物をあの世まで大事に持っていくつもりなど毛頭なかった。生き残れば勝ちなのだと自分に言い聞かせながら駆け抜ける。


 己の駆け抜けてきた道に神経を集中しながらも走る速度は落とさずにひたすら逃げるベジャール。


 しかし数分後、自分の足跡を猛スピードで追ってくる存在の気配を察知し、自分が逃げ切れないであろう事を覚悟する。だが覚悟を決めても戦う気は毛頭なく、ベジャールは素早く近くに草むらに身を隠した。


(これで見失ってくれないだろうか?いや、それは虫が良すぎるか。こんな事なら冒険者でもやって細々と暮らしていれば良かったな。)


 命の終わりを覚悟したベジャールが最後に思った事は、意外にも己の生き方に対する後悔の思いであった。なまじ実力があった為、この様な仕事に馴染んでいってしまった自分の意志の弱さを嘆くのだった。


 近ずいてくる死神の気配を感じながらベジャールがそんな事を考えていると、死神は姿を現した。それは、自分の知っている者ではあるが予想とは違った事に困惑する。ベジャールの目に映ったのは少女の姿だった。少女はベジャールの存在に気づく事なく驚異的な速度で走り去っていった。


 ともあれこれは助かったと普通なら安堵するのだろうが、今のベジャールの心中はもっと別の物で覆い尽くされていた。


 それは驚きと恐怖が混ざり合ったような、しかし混ざり合う事なくお互いを喰い合うような、そんな感情の渦の真っ只中にいるといった感じだ。


(な、なんだあれは!?・・・もしかして俺は死んじまったのか?これが普通の世界だったらあんなとんでもない魔力を持った存在がこの世にいるわけ無いだろ!?なんだって俺がこんな目にわなきゃならないんだ?)


 己の運が悪いのか、はたまた今までの行いが招いた因果なのか。兎に角この場は難を逃れる事ができたと判断し、、正常な思考を取り戻しつつあったベジャール。


(あれは村に向かう方向だが・・・何があった?魔獣の姿もないし、なんであの子供が一人だけでここに居たんだ?あの三人の事はどうだっていいが魔獣の姿が見えないのは少し気になるがどうしたものか。)


 あの場に置き去りにしてきた三人の仲間の事を少し考えてはみるが、あの魔獣相手に生き残るなんて無理だろうと判断する。時間稼ぎぐらいにはなっているなら儲けものくらいの考えでベジャールは仲間の事を思考から捨て去り、自分がこの後どうするべきかを考え始める。


 と、その時、ベジャールの全身が強烈な悪寒に襲われる。咄嗟に身を隠し気配を隠す事に集中する。間違いなく今一番会いたくない存在の登場だという事を疑う余地はなかった。その予感は的中し、先ほど少女がきた方向から四本足で走る獣のシルエットをベジャールは確認した。見ただけで心臓が止まってしまいそうな恐怖とは裏腹に、胸の鼓動は周りに聞こえるのではと思えるほど大きく自分の中で響いていた。じっと息を殺し、気配を隠し、魔獣を目で追いながら、それが離れていく様子を確認したまらず息を吐き出す。


「はぁ~・・・」(た、助かった・・・助かった・・・よな?)


 極度の緊張状態から解放されたベジャール。先ほどまで体を包んでいた悪寒は感じられなくなっている事に安堵し、その場にうつ伏せになって心の中でガッツポーズをとっていた。


(はぁ・・・。しかし、どうしたものかな。逃げようにも日が落ちて来てるし、村の反対側に向かってもな・・・。とりあえず村の方へ行くしかないか。はぁ、行きたくない・・・)


 考えを固めたベジャールはしばしそのまま疲労困憊の精神を休めるべく、休息をとるのだった。


 -----------


 リリーナ達とクライネが対峙した時まで遡る。


 仲間の援護を受けようとしないクライネに対して、リリーナは素早く魔法を放つ。


「【ウィンドカッター】!」


 直進んする刃、左右に膨らみながら向かっていく刃、上下から挟み込むように目標に向かっていく刃、計五個の風の刃がクライネに向かっていく。一回の魔法発動でこれほどの数を放てるのも、リリーナがこの道を長く歩んできた結果だろう。それに合わせるようにエリックが素早い動きで矢を射る。直進する刃の陰に隠れるように狙いすました一射。どのような結果になろうと対応するべくテルマも腰を落として構える。


「これはこれは。さっきも見てたけど思った通り、かなりやるみたいだな。けどこっちも・・・」


 若干悠長にしていた、クライネは刀を正眼からやや外して右下の方に傾ける。そして低い態勢を取りリリーナに向かって地面をけった。左右から飛来する刃は後方を通り過ぎ不発に終わる。しかしまだ三つ残った風の刃がクライネを捉えそうになった瞬間、クライネは刀を払う。三つの刃が収束し始めた位置を狙って払われた刀が風の刃を消し去った。後ろに隠れていた矢を軽く頭を横に動かし躱すとそのまま前進・・・せずに素早く伏せる。その直後、頭上を矢が通りすぎ後方へ消えた。


「っと!?・・・危ない危ない。やるね。陰にもう一発かましてくるなんて。通用しなくて残念だったね」


「くっ!速い!」


「魔法を切るとは・・・。なるほど、魔技(アーツ)か・・・!」


 リリーナの言葉に「ご名答」といった様子で刀の背で肩を叩いているクライネの刀身がほのかに灰色の光を放っている。


(魔法除去系の魔技とは・・・。やはりかなりの使い手じゃな。手数で何とか隙を作るくらいしか儂には・・・。っ!!)


 相手の分析をしていたリリーナ目がけて素早い動きでクライネは駆け寄りながら突きを放つ。すかさずテルマが割って入りその剣を弾くが、刀の一撃は予想以上に重く、態勢を崩され、正面ががら空きになったテルマは、続けざまに放たれた蹴りを躱すことができなかった。


 躱すことができずにテルマは腹部に強烈な蹴りを見舞われ、耐えることができずに、口から血を吐き出しその場に崩れ落ちた。放たれた蹴りはただの蹴りではなく、肉体集中強化(アーツ)を使った一撃であり、その威力はクライネの力量と合わさり岩をも砕くほどの衝撃を持っていた。


「テルマ!」「テルマさん!!」


「おっと、ちょっと強すぎたか?頼むから死んでくれるなよ?儲けが減るのは困るからな。しかしまぁ、一番邪魔な前衛役を落とせたのは幸先がいいな」


 余裕の表情のクライネを前に、テルマが倒れ前衛を失ったリリーナ達。エリックは弓を置き、腰の短剣を手に取る。リリーナ達が闘いを続けるにはクライネを誰かが抑えなければならない。生粋の前衛職であるテルマが耐えられない攻撃を繰り出してくるクライネをどれだけ耐えられるか。おそらく防げて一度、クライネが本気できた場合を考慮すればもしかしたら一度すら無理な可能性すらあるとエリックは理解できた。だが自分がやらねばならない以上これ以外の選択はなかった。


「じゃ、続けるとしようか。そろそろ日も落ちるてきたし、さっさと仕事を終わりにしたいしな」


「エリック・・・しばし耐えてくれんか?通用するかどうかはわからんが、何もしないで諦めるつもりはないぞ。」


「!。わかった」(どこまでやれるかわからないが、少しでも奴の攻撃を防げれば・・・)


 クライネが構え、それを迎え撃とうと集中するエリック。リリーナも持てる魔力のすべてを次の一撃に掛ける覚悟で精神を集中する。


 先に動いたのはやはりクライネだった。地を蹴り、急速にエリックとの距離を詰め、エリックに向けて攻撃を繰り出す。腰に差した鞘から抜き放たれた刀は、エリックの予想を上回る速度だったが、それを何とか短剣で捉える事に成功する。だが、エリックが持っている短剣は刀の軌道の先に滑り込んだが、止める事はできなかった。クライネの一撃は短剣を切り飛ばし、続けざまに繰り出す一撃をエリックに見舞う。放たれた逆袈裟の一撃はエリックの右肩から左脇腹にかけて切り裂きく。間一髪で体を反らして体を二分する事を逃れたが、その一撃は致命的なダメージをエリックに与える。崩れ落ちるエリックを見るクライネだったが、エリックが命がけで作った時間を黙って見過ごすリリーナではなかった。


「【ロックブラストアバランシェ】!!」


 リリーナの使える最大の魔法、【地精霊魔法】【ロックブラストアバランシェ】。範囲を絞った津波のような岩石の濁流がクライネを飲み込まんと押し寄せる。土砂がリリーナを見えなくする壁となっている隙に植物の蔦を呼び出す魔法、【地精霊魔法】【テンタクルウィップ】でテルマとエリックをすかさず土砂の範囲外に避難させる。リリーナがこの魔法を使った理由は二つ。一つは威力を重視した事、もう一つの方がクライネに対して物理的な魔法でなければアーツではじかれる恐れが有るためである。


 魔法除去、魔法破壊に属する魔法やアーツは、除去の対象の魔法がそれより籠められた魔力が低ければ打ち消すことに失敗するリスクが高くなる性質があり、すべてに対して有効ではないという事がこの世界の魔法除去系に属するアーツ、魔法の理であり、魔法力を除去したとしても物理的な圧力を伴う魔法であれば、すべてを打ち消すこともできないのである。


 明らかにリリーナ達より強者であるクライネもこのレベルの魔法は打ち消すことはできないのは認めるしかない。若干のイラつきを覚えるがクライネは刀を構え直すと、迫ってくる濁流ではなく自分の目の前の地面目がけて剣を突き立てる。次の瞬間、クライネを濁流が飲み込み、そのままの勢いでクライネの後方にいた数名の盗賊達にも、濁流は喰らいつき、その動きを止めるのだった。


 確かな手ごたえを感じたリリーナは、そこで小走りで建物の影に避難させたテルマとエリックの元に駆け寄り、残り少ない魔力で【治療魔法】をかけ始める。テルマのダメージも重症であったが、エリックに至ってはもう少し遅ければ命を落としていただろうほどの傷で、リリーナの【治療魔法】でなんとか一命を取り留めている状態だった。強敵を倒したと安堵したリリーナだが、クライネはそれほど甘い相手ではなかった。


 土砂の一部分が吹き飛び、それと一緒に一人の男が姿を現した。いうまでもなくクライネである。その姿は泥まみれであるが、傷らしい傷を負ってるようには見えない。


「――っ!?。あれを喰らっても無傷のようじゃが・・・!なんという奴じゃ・・・」


「いや、まともに喰らってたら流石に死んでたぞ。ただ防げない攻撃でもなかったってだけの話だ。まぁ年寄は金にならないからな。冥途の土産に教えてやる」


 そういうと、クライネは刀を地面に突き立て、そこに土の壁を築いた。大きさはそれほどでもないがそこに込められた魔力は、壁に強度を与えるには十分な量だった。


「この刀は結構な値打ち物でな。一つの魔法を籠めておくことができて、魔力を流して解放できる便利な力があるんだが、それで【大地の第三節魔法】の【アースウォール】を解放し、砂の弾力をもって衝撃を吸収し、自分もそこに埋もれる事でダメージを抑えたって訳だ。まぁ切り札を使わせたんだ。喜んでいいぞ。だが・・・」


 クライネは腰のポーチから素早く鉄の刃を取り出しリリーナ目がけて投擲する。治療のため攻撃を防ぐこともできないリリーナにそれを逃れる術はなかった。1本、2本、3本と打ち込まれた刃によってリリーナは治療魔法をかける事もできなくなり、その場で項垂れる。


「そこまでやっておけばあとは大丈夫だろう。後はお前らでやっとけ」


 そういうと、クライネは刀を鞘に納め、ポーチから革の水筒を取り出し口に運びながら離れていった。クライネの言葉で残っている盗賊のうちの一人が短剣を手にリリーナの元へと歩いていく。既に動くことができないリリーナの元まで来ると、ニヤニヤとした表情で刃でパシパシと自分の手を軽く叩いてる盗賊。リリーナにはそれを睨み付けながら覚悟を決めた。


 そして、盗賊の持つ短剣がリリーナ目がけて振り下ろされた。だがその凶刃はリリーナを捉える事なく盗賊の腕ごと零れ落ちるのだった。同時に盗賊の上半身も崩れ落ちた。突如飛来した一筋の煌めきによって。


 クライネは素早く何かが飛んできた方向を見る。そこには吹き荒れる魔力の渦に銀の髪を躍らせている少女が、禍々しい弓をその手に携えて、真紅の瞳でこちらを睨んでいた。


「ゆるさない・・・ゆるさない・・・ゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさない!!!うわあああああああああああああああああああああああああ!!!」


 呪詛の言葉と激しい怒りが日の落ちた村の中に木霊する。

ここまで読んで頂いてありがとうございます。楽しんでいただければ幸いです。お疲れさまでした。


2話目にあった武妓についての設定をなくしました。理由はアーツと被るのと恐らく武妓という設定を使わないだろうと思ったからです。見切り発車なので甘い所がありどうもすいません。

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