10話 天弓の魔王
タイトルを〇〇の娘と元神獣から魔王の娘と元神獣へと変更しました。
森の終わりをみてリエルの速度は更に加速する。到着するのが早過ぎた気もするが今はそんな事を考えている余裕はリエルには無かった。
(大丈夫・・・!きっとみんな無事に決まってる!)
リエルはそう自分に言い聞かせているが、焦燥を隠す事はできず、それは自然と走る速度に表れていた。
森を抜けたリエルは歩みを止める。最初に瞳に映ったのは血だらけで打ち捨てられているナイルの変わり果てた姿だった。両の腕は逆に曲がりうつ伏せに倒れている背中には無数の投擲刃が突き刺さり、流された血で地面を染めていた。ナイルの表情はリエルからは見えなかった。
(―――っ!!)
声にならない絶叫とはこんな感じなのだろう。願っていた光景とは余りにもかけ離れた現実を前に、必死に冷静さを保とうとしていたリエルの精神に亀裂が入る。激しい頭痛と吐き気に襲われながらも倒れているナイルの元へと駆け寄る。
「ナイルさん?ナイルさん!!」
リエルの必死の呼びかけにナイルは答える様子はない。リエルは急いではいるが優しくナイルの腕を掴み、脈があるかを確認する。
(・・・まだ生きてる!)
完全に気を失っているが、かろうじで命はまだそこにあった事にリエルはほっとする。だが、容体は依然として悪く、あくまでまだ命はあるが、緩やかに死へと向かっている事実は変わらない。リエルは急いで【治療魔法】をかけ始める。すると、ナイルの体は輝き始め、見る見る傷が消えていく。本来曲がらない方向へ曲がっていた腕はもとに戻り、背中の傷も穴の開いた衣類だけ残して瞬く間に完治した。リエルは激しい頭痛を堪えながらその様子を見て安堵する。いまだ意識は戻っていないが、先ほどとは違い、眠っているナイルに、苦しんでいる様子はないのを確認できたためである。急速な回復速度には若干疑問はあったが、その疑問はナイルの状態を見てどこかへ消えていった。
眠っているナイルをこのままにしておくと、盗賊に見つかったらまずいと考えたリエルは、ナイルを仰向けにして、傍の家の陰まで引きずっていく。そっと家の壁にナイルを持たれ掛けるように預けると、再びリエルは村の中心部に向かって走っていく。緩やかなカーブを描いている村の道を走っていくと、その瞳に最初に映ったのはリリーナの姿だった。血だまりの中で腰を下ろしていたリリーナの姿を見たリエルの心を、ある衝動が激しく、急速に侵食していった。さらに傍で倒れていたテルマとエリックの姿も確認すると、リエルは声を上げようとする。
「おば・・・!」
同時に何かが飛んできて、それはリリーナに直撃し、血の飛沫を上げた。突き刺さったそれは小さな刃だった。リエルは上げかけた声を止め、その光景を目にして動きを止めた。続けざまに飛んでくる投刃によってリリーナは力なく項垂れている。それをみたリエルの心は、一つの感情で染め上げられていった。身体から抑えきれない魔力が緩やかに漏れ、精神が怒り支配された状態のリエルは、どこから出したのか、灰色の荒らしい、まるで暴風を思わせるような姿を持った一張りの弓を握ってリリーナ達を真紅に染まった瞳で見つめていた。握る腕には碧の光を放つ魔法文字が浮かんでいる。
リエルが目の前の状況を見つめていると、一人の盗賊が表れ、その手に持った短剣をリリーナに突き立てようと振り上げた。
リエルの中で渦巻いていた物が爆発する。
持っていた弓を引くと魔力で矢が形成され、短剣を振り上げている盗賊を標的とし、その矢は放たれる。打ち出された矢は光の帯を引きながら、一筋の閃光となり盗賊とリリーナの間を抜けていく。瞬間、矢の軌跡に残された帯がその効果を発揮する。帯が左右に拡散すると、盗賊の体とリリーナの傍にあった家屋の石柱を空気の刃が切断する。一拍置いて盗賊の上半身がずりっと横にずれて地面に落ちた。構えていた弓を下げながらリエルは怒りを言葉にする。その口元からは血が流れ出ていた。
「ゆるさない・・・ゆるさない・・・ゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさないゆるさない!!!うわあああああああああああああああああああああああああ!!!」
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生暖かい臓物を散らかした仲間の死体を呆けた様子で眺めている盗賊達。クライネですら、弓を持った少女をみて固まっていた。だがクライネとほかの盗賊達では動けない理由が違う。盗賊達は何が起きたのかわからず、事態が把握できていない事への困惑から、対してクライネは、攻撃者であろう少女が、自分よりも遙かに強者である事を、吹き付けれる強烈な殺意を感じ取った事から恐怖で動くことができないのである。
それぞれが心中穏やかならない状況の中、少女はその弓を構え、再び矢を放った。標的になったのは三人ほどの盗賊が固まっている場所。目で追う事すら許さぬ速度で盗賊達のいる場所へと到達する矢は盗賊達に当たらずその中心で弾け、粒子へと姿を変えた。直後、広がった粒子は中心へと周りの物を・・・盗賊達を巻き込みながら収縮する。巻き込まれた三人は瞬く間に圧縮され、収縮が解放されると同時に真っ赤な血飛沫の華を咲かせ四散し、肉片と血溜まりだけがその場に残った。
「ひひゃっ!?」「な、なんだこれは!?」「ひいいいぃ!」
その様子をみていたほかの盗賊達はたまらず悲鳴を上げ始めるが、それは長くは続かなかった。少女は次々と矢を放ち、放たれる度、人であったものが次々と姿を消しその場には肉片と血溜まりだけを残していった。物の数秒後には立っている男はクライネ一人だけになっていた。クライネが最後の一人になったのは全くの偶然で、たまたま建物の陰の狙いずらい位置にいたからであり、少女が特別な理由をもって最後にした訳ではなかった。だが、少女にとっては喜ばしい事だった。
少女の持っている弓が粒子へと変わりその手から消え去ると、三人のエルフ達の元へゆっくりと歩いていく。纏っている衣類は至るとこに赤い染みが滲んでいて、瞳からは涙の様な血を流し口元も同様血を吐いたような跡の様になっていた。まるで血の海から現れたような、そんな風貌の少女は若干ふらつく足取りで三人の元へ辿り着く。クライネは動く事なくそれを恐怖に染まった瞳で震えながら見ている事しかできなかった。先に声を上げたのはエルフの老婆だった。
「リエル!?リエルなのかい?どうしたんだいその恰好は!?血だらけではないか!それにその姿は・・・ぐっぅ!」
「おばあちゃん、それより先にみんなの怪我を・・・【グランヒールウィンド】・・・」
苦痛の声を上げているリリーナを見て、リエルから魔法が放たれる。それは【治療魔法】と【風魔法】の【複合魔法】である。【複合魔法】を記した碑文は今まで確認されておらず、この魔法は使い手のセンスの要素が非常に重要な部分を占める魔法系統に属し、リエルの使った【グランヒールウィンド】の場合、【癒しの碑文第四節魔法】である【グランヒール】と【暴風の碑文第四節魔法】【サイクロン】を合わせた魔法、癒しの旋風と例えればしっくりくるだろうか。属性の違う魔法を合わせた行使というのは難しく、扱える者はかなり少なく、非常に珍しい才能なのである。
瞬く間に体の傷が癒え痛みが消えていく。苦痛の呻きを上げていたテルマもはっと目を開け体を起こし、瀕死の重傷だったエリックですら何事も無かったかのように同じように体を起こしていた。無論リリーナの傷もすべて治療されていた。ただ一人、衣類の下で見えていないがリエルの体の傷は消える事なく残ったままだった。
「リエル!お前、その姿はどうしたんだ!?それに怪我もしてるみたいじゃないか!」「え・・・リエルちゃんなのかい!?確かにその髪の色はリエルちゃんのだけど、目は真っ赤だしその体も・・・。一体どうしたんだい!?」
リエルの姿を見たテルマとエリックはリリーナと同様、困惑の声を上げる。
「あっ!ナ、ナイルは!?ナイルはどこにいるんだい!?」
「テルマさん、大丈夫。ナイルさんもあっちで眠ってる。怪我は直したから多分大丈夫」
ナイルの姿が見えない事に、まさかと思ったテルマだったが、リエルが大丈夫だと語り、テルマは胸を撫で下ろした。そしてリエルは残った一人の男に向き直る。
「私はあなたを許さない。絶対に・・・絶対に・・・ぐぐぅっ!」
激しい頭痛に襲われていても、目の前の男を、自分の大切な人達を傷つけたこの男を絶対に許さないという思いが、先ほどまで穏やかだったリエルに再び怒りを露わにさせる。しかしクライネも黙って殺されるつもりはなかった。しかも今の状況は自分にとって負ける要素が皆無といえるほど好条件だったのが彼の後を押した。
「化け物が!だが強気なのも結構だがこの状況、果たして思い通りになるかな?」
クライネは腰に下げた刀を抜き放ち構えを取った。これで自分の勝利を確信する。クライネにとっての圧倒的な好条件。それは距離。クライネとリエルの距離は3メートルに届くかどうかの距離。この距離は剣士であるクライネにとっては理想的な距離であり、弓や魔法を使う者にとっては不利なのは眼前たる事実なのだ。普通なら・・・。
クライネはまだ弓を構えていない少女に向かって即座に行動を起こす。圧倒的な速度で踏み込み渾身の力を込めて放つ突きは、瞬時にリエルとの距離を詰め、のど元に突き刺さる。かと思われた瞬間、刀は中ほどからへし折れ、続けざまにクライネの体を無数の矢が貫いた。何が起きたのか理解できる者は誰もいなかった。ただ二人、その攻撃を行ったリエルと撃ち抜かれたクライネを除いて。
クライネを射抜いた物の正体。それは周りに展開された無数の法陣から放たれた物だった。リエルが持っていた弓は消えたのではなく、形を変え、少女の回りに不可視の状態で漂っていただけだったのだ。クライネは言葉を発する間もなくその命の灯を吹き消された。
リエルは周りを見渡すと、他に立ってる者がいない事を確認し、安堵の表情を見せ、腕に刻まれていた碧の光の文字が消え去ると、そのまま倒れ意識を失うのだった。
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(間違いない。あの文字は【魔族言語】。なるほどなるほど。いやぁたまげた)
少し離れた所で一人の少女が、リエル達を観察していた。肩を露出させゆったりとした感じを出し、腰の部分には漆黒の帯が巻かれて、袴の様な形状の足部分を見せる衣類を纏っているその少女はうんうんと一人頷いていた。
(【ストームブリンガー】と読めるが・・・ふーむ。たしか魔王の一人に弓を自在に操る奴がおったが・・・。あ、なるほど!そういうことか。じゃが唯の【人間種】であの力を使うのは諸刃の剣。命を削る行為といっても過言ではな・・・あ、やはりの。これは急いだ方がよさそうじゃの。)
一人納得している少女は、倒れた少女を見て、その小さな体躯で走り寄るのだった。その後ろ姿には、可愛らしい尻尾が揺れていた。
読んでいただいてありがとうございます。楽しんでいただければ幸いです。これからも時間があったら見てくださるとうれしいです。
投稿時間がまちまちで申し訳ないのですが仕事の関係上朝方とかが多いと思います。




