88話 冒険者と初めての米
誤字脱字は時間があるときに修正していきます。
連れている魔獣は従魔の首輪で使役されているものとばかり思っていた店の者達。
少女から発せられた言葉の意味を――意味は分かるのだが、凝り固まった思考が理解を阻んでいると言えばいいのか、全員が言葉を失い唖然とする。
純粋なテイマーは人口が少なく、珍しい存在であるのが世間の常識なのだが、目の前の小さな少女がそのレアな能力を持っているというのだから驚くのも無理もない。
そんな周囲の心の動きを他所に、リエルの注意は目の前の美味しそうな料理へと集中してする。
それぞれ器に乗っている料理の彩りを見つめながら、それに手をつけようとフォークに手を伸ばそうとする。
「――って、あれ?フォークが・・・ん?」
食器の手前に置いてあったのは見慣れない二本の竹でできた棒状の食器であり、見慣れたフォークが見当たらない。
驚いていた女将も首をかしげるリエルを見て、何を探しているのかに気付き、止まっていた頭を働かせリエルが何を求めているのか察する。
「あら、御免なさいね。フォークの方が良かったかしら。――っ、はいどうぞ」
女将はカウンターの中に手を突っ込むと、そこからフォークを一本取り出してリエルへと手渡す。
「有難うございます。それでこの道具は――」
言いかけたリエルはいまだに唖然としている男達をみる。
その手に握られているのは、やはりリエルの食器に置いてある道具と同じ物で、皆、それを指の間に挟んで使っているように見受けられる。
フォークを受け取ったリエルなのだが、この道具を使うのがここの料理の食べ方なのだと思い、フォークを端に置いてその道具を手に取るリエル。
〖そいつは箸という道具じゃな。その二本の棒を使って物を掴んで使うんじゃが結構難しいと思うぞ。慣れてしまえば色々と幅広い使い方ができる、単純だが便利な食器の一つじゃ〗
見よう見まねで指の間に挟んでいるリエルに、ミヤビがその道具について軽い解説を入れる。
リエルは指をプルプルと震わせながら、箸の先を開閉させようと試してみるが。
「む、むむっ、ぐぬぬっ、む、難しい・・・」
やはり思うようにはいかず、悪戦苦闘するリエル。
テーブルの上ではクエレとブランがその様子を食い入る様に見つめている。
「それは箸っていう東の大陸で使われている食器の一つなのよ。こっちじゃ馴染みがないから、最初は使いずらいわよ。ほら、無理しなくでそっちでどうぞ」
「そうさせて貰います。では早速!」
リエルは箸を置くと再度、フォークを握りしめ真っ白な米の盛られた器に手を伸ばし、初体験の米に期待しながら器に盛られた米にフォークを入れる。
(さぁて、お味の方は・・・)
はぐっ――
記念すべき一口目を口の中へ納めたリエルは米の味をじっくりと咀嚼しながら確かめる。
そうしながらも、テーブルの上で待機してしているクエレのために、適量フォークにとってクエレに差し出す。
そして、リエルが食事を始めた事を確認した他の面々も、自分の前に置かれている食事に口を付け始める。
〖思っていたより味がない?というより淡白な味って事なのかしら?〗
期待していただけにちょっと肩透かしをくらったような感想を覚えるリエル。
〖そうですね。味が希薄というか、印象に残りずらいという感じですかね〗
〖ナシタもそう感じるとなると、あたしがおかしいって訳ではなさそうねー〗
クエレとブランを見ても、やはりその表情は今一パッとしない。
〖味の分からん奴等じゃのう。食というのは組み合わせが大事なんじゃ。汁物の方を食ってみよ。さすれば何故米がセットなのか理解できるじゃろう〗
一人だけ食の進みが違うのはミヤビだ。ミヤビはライスと肉汁を交互に口を付けてとても美味しそうに食事を取っている。
リエルもスープの方に手を伸ばして口元へと持ってくる。
「んーいい香り。でもなんだろう。そこに何か溜まってる様な・・・」
少し大きめの器の中に肉と野菜がたっぷり入っているのは嬉しかったが、何かがスープの底の部分で層を作っているのに気がついたリエル。
「そのスープには味噌っていう調味料を使っているのよ。少しかき回してから召し上がってちょうだい」
女将に言われて、リエルはフォークを使って軽くスープをかき混ぜると、そこに溜まっていた物がふわっとスープの中で広がり、たちまちその色を塗り替える。
しかしその色はお世辞にもいいとは言えない。
まるで水の底にあった泥がブワッと沸き立つ感じに似ている。
(うーん、香りはいいけど見た目はイマイチ。味の方は・・・)
器に口をつけるとスープの湯気から結構な熱を感じたので、火傷しないよう注意しながらズズッと軽くすすり肉汁を口に含む。
「・・・んっ!おいしい!」
見た目とは裏腹の美味しさに自然と声が出てしまったリエルは、再度スープに口をつけると、熱さに耐えながら、今度はじっくり味わう様にスープを飲み始める。
熱さに耐えながら満足いくまでそのスープを味わい終えると、今度は流れる様にライスを口に運び始める。
そうして口に運んだライスを喉の奥へと運び終えると、実に幸せそうな表情を浮かべるリエル。
〖ミヤビの言う通りね。ライス単品だと物足りないと感じるけど、こうやって食べてみるとよく分かるわ。肉と野菜で作った濃厚なスープと丁度いい具合に調和して美味しく食べられる〗
〖そうじゃろう、そうじゃろう。やはり妾はパンより米じゃな。そしてこの味噌の味も懐かしいわい〗
〖ミヤビ、味噌の事知ってたの?〗
〖うむ。妾が暮らしていた土地では特別珍しくもない一般的な物じゃったな〗
〖と言うと、これは東の大陸から運ばれてきた物?〗
〖それは分からん。そもそも東の大陸が妾が元々暮らしていた土地と決まった訳ではない。あくまで可能性が高いというだけの話じゃからな。まぁ分かったところで何がどうなるという訳でもないしな〗
そう言ってミヤビは黒い紙の様な物を器用に口で咥えると、ライスの上に乗せている。
〖ミヤビ様、それは何ですか?〗
〖こいつは海苔という食い物じゃな。こうやって米の上に乗せて――〗
そう言うとミヤビは海苔を乗せた部分と一緒にライスを口に収めると美味しそうにそれを咀嚼する。
〖へぇー。そうやって食べる物なのねーこれ〗
感心しながら自分も試してみようと海苔を手に取った時、リエルは自分の手に微かな衝撃を受ける。
その部分に目を向けると、クエレがふくれっ面をして何度もリエルの手を殴りつけていた。
「ごめんごめん。・・・はい、熱いから気をつけてね」
リエルはポーチから取り出したスプーンでスープをすくうとクエレが食べやすい様にテーブルに置いてあげる。
さらにもう一本スプーンを取り出すと、今度はライスをそれですくって、スープの入ったスプーンの隣に置いてあげると、クエレはそ満足そうな表情をリエルに見せて、そそくさとスプーンの方へと向かっていく。
「へー、しっかりとした契約で結ばれた従魔って、こんなに愛嬌があるものなんだなぁ。首輪付きとは全然違うよ」
平静を取り戻したのか、先ほどの男性が興味津々な様子でクエレを見つめていた。
「確かに。あっちの狐さんも随分と賢いみたいだし。もっと早くこの光景を見ていたら、私もテイマーを目指していたかもしれない。もっとも、それは素質があったらの話だけど」
「そればっかりはなぁ。まぁ冒険者としてやっていけるだけの魔法の才があっただけでもよしと思うべきだろうな」
「そうそう。俺みたいに近接戦闘くらいしか能がない者から言わせれば、それは我儘ってもんよ」
「料理くらいしか出来ない私から見たら、腕っ節で食っていくだけの力がある分、十分才能だと思うわよ?」
「結局の所、適材適所って事なんだろうな。儂には冒険者なんてとても出来んよ」
店の客と女将達は口々に声を上げ始め、その内容から冒険者である者もいる様だが、全員そうという訳でも無いらしい。
〖リエル、あそこの者達なら手頃な宿くらい知っておるんじゃないか?〗
〖確かに。でもこの空気はちょっと訪ね辛いはね〗
二人が差している人物とは魔法使いの女性と戦士風の男性の事だ。
しかし、話の発端が自分となれば、リエルが声を掛けるのに戸惑いが生じるのも無理もない話である。
〖しょうがないのぉ〗
自分の食事を平らげたミヤビは、直ぐに行動に移る。
椅子から降りると、平然とした感じで女性の方へと歩いていく。
勿論その行動に気付いた者達の視線はミヤビへと集中する。
中には驚いて立ち上がっている者すら見受けられる。
〖リ、リエル様?ミヤビ様は一体何をするつもりなのでしょう?〗
〖分かんないわよ。と、止めた方がいいかな?〗
〖でも、ミヤビさんの事ですから何か考えがあっての行動なのではないのでしょうか?〗
まだそこまでミヤビの事を理解できていないブランは様子を見ることを暗に提案しているが、リエルとナシタは問題なく事が運ぶか不安でしかない。
だが、そんな二人の不安を他所に、ミヤビは女性の元へと辿り着くと――
〖・・・何やってるの?〗
〖ん?見て分かるじゃろ?〗
〖いや、分かんないけど〗
リエルにはミヤビが何をするつもりなのかさっぱり分からない。
というのもミヤビは何かする訳でも無く、ただ女性の側で伏せの姿勢を取っているだけにしか見えないからだ。
「こいつ、どうしたんだ?動かなくなっちまったぞ?」
「こっちに歩いてきたから何か感に触る様な事でも言ったのかと思っちまったが、そういう訳ではない・・・のか?」
男達も訳が分からず騒つき始めるのだが、ミヤビは一向に動こうとしない。
「何かよう?狐さん?」
そんな中、魔法使いの女性は静かに佇む魔獣に話しかけてみる。
無論、言葉が話せるとは思っていないが、その振る舞いには十分な知性があるのを見ているので、急に攻撃される事は無いだろうと踏んでの行為だ。
〖ほれ、話しかける口実ができたじゃろ?あとは任せるぞ〗
〖え?それ、ほとんどあたし任せじゃない。もー・・・〗
結局丸投げされる形になってしまった訳だが、こうしてミヤビが行動を起こしてしまった以上、放っておく訳にもいかないので、リエルも座ったままではあるが女性に声を掛けることにする。
「お、お騒がせしてごめんなさい。その子、好奇心が強いせいか、勝手に行動する事が多くて・・・」
「別に何かされた訳でもないから大丈夫」
女性は特に表情を掛ける事なくリエルに言葉を返す。
「私はエミリア。貴方は?」
「し、失礼しました。あたしはリエルで、この子はミヤビって言います」
「そう。よろしく。触っても大丈夫?」
エミリアと名乗った女性はミヤビを指さしながらリエルに問いかける。
「どうぞ。理由もなく相手を傷つけるような真似はしませんから(・・・多分)」
リエルから許可を貰うと、エミリアはミヤビに背中にそっと手を伸ばして、ゆっくりとその背中を撫で始める。
「・・・この子はなんで私の所に来たのかしら?」
「エミリアさんが冒険者だと聞いて興味が沸いたらしいです」
そう返したリエルの言葉を聞いて、エミリアの手が止まる。
そして驚いた表情を見せながら口を開く。
「貴方、魔獣言語が分かるの?」
「え?あー、はい。少しだけなら」
「へぇ~!凄いな!まだ小さいのにそんな事までできるのかお嬢ちゃんは!」
驚きの声を上げているのは腰に剣を下げた、先程、近接戦闘だ得意だと言っていた別の冒険者の男性だった。
「突然大きな声を出さないでよ。耳に響くわ」
「いやいや、驚くだろ。本物のテイマーだって見るのは初めてなのに、魔獣言語まで理解できるなんてすげーじゃねーか」
隣で騒いでいる男性に文句をいうエミリアだが、男性は大して悪びれた様子もなく言葉を続ける。
「リエルさんだったな。俺はカイル。エミリアと同じ冒険者だ。よろしくな」
「カイルさんですね。よろしくお願いします」
リエルに向けて軽く手を挙げ自己紹介をするカイルに対して、リエルは軽く頭を下げて礼を示す。
「ところで、この子は冒険者に興味があるという話ですが、一体何故?」
ミヤビの頭を撫でながら疑問を口にするエミリアに、カイルも少し考えるそぶりを見せる。
「あたしも最近冒険者として登録した身でして、この子達にも依頼を手伝ってもらっている過程で、この子なりに気になる事があるんだと思います(・・・まぁ違うんだけど)」
話の流れは全てリエルに丸投げされているので、なるべく当たり障りのない回答で話を進めるように努める。
「へぇー。そう言うことを自分で考える辺り、首輪で支配されている従魔とは全然違うのが分かるわね」
「そうだなー。俺が以前ダンジョンでパーティーを組んだ首輪付き連れの冒険者なんか、従魔を物みたいに扱っていたからなぁ。勿論そいつの性格が悪かったのもあるだろうが、正直、あーいう関係っていうのは見ていていい気はしないよ」
「それで、何が聞きたいの?」
しみじみと物思いに耽るカイルを無視して、エミリアは何を聞きたいのかリエルに問いかける。
〖話の流れ的に宿の事は後で聞くとして、適当に何か聞いておけば良いわよね?〗
〖そうじゃな。ここのダンジョンがどの程度の物なのか知っておいても損は無いじゃろう。場合によっては妾も計画を修正せねばならんしな〗
〖計画?〗
〖言ったであろう。お前達の技術向上に関する訓練を考えていると〗
〖そう言えばそんなことを言っていた様な気もする様な・・・〗
〖私は覚えてますよ!何かプランを考えておくと、ミヤビ様は仰ってました!〗
〖わ、私は聞いてませんが、強くなる方法があるなら、私も参加させて欲しいです!〗
〖うむ。そう言う訳じゃから、ダンジョンの性質がどんなタイプか分かれば妾もやり易い故、その辺を詳しく聞いてほしいぞ〗
〖まぁ、聞くのは良いけど、あんまり無茶苦茶な計画は立てないでよ?〗
ミヤビの立てる計画と聞くと、正直良い予感はしないリエルだが、ダンジョンの事はリエルも興味がある話のも事実である。
「お待たせしました。どうやらここのダンジョンについての話が聞きたいって言ってるんですけど、お願いできますか?」
「それが念話って奴ね。やっぱり良いわね。心で繋がった仲間って――っと、ごめんなさい。ダンジョンの話ね。良いわ、私が話せること――」
「それなら俺も色々教えてられるぜ!何せあのダンジョンから何度も無事にかゔぇふあっ!?」
「私が話してるのに、出しゃばんないで」
股間の辺りを抑えて悶えているカイルを見て、リエルの位置からは何があったのかは分からないのだが、近くにいたミヤビはカイルの身に降りかかった苦痛の原因をその目でしっかりと捉えていた。
素早い動きでポーチから杖を取り出したエミリアが、カイルの股座を強打したのだ。
「―――っっっ!!?」
「相変わらずこの二人は、チームでも無いのに仲がいいなぁ」
「ほんとほんと」
「ただ、ちょっとそこを叩くのはやめてあげなさい?貴方達の将来のためにも、ね?」
「冗談はよしてください、シャリアさん。誰がこんな奴」
「そ・・・それは・・・俺のセリフ・・・だよ・・・――くぅー!」
他の食事客と女将――シャリアは二人のやり取りを見て面白そうに笑うのだった。
お疲れさまでした。
ここまで読んで頂いてありがとうございます。
楽しんで頂ければ幸いです。
サブタイトルが思いつかなかった!




