86話 欲望の町ミルドワ
鬱蒼とした雑木林の中から街道側の様子を伺っているリエル達。視線の先には堅牢という言葉が相応しい立派な外壁が夕焼けに照らされており、その根元あたりにはちらほらと人の姿が見ることができる。
「おっきーわねぇ~」
「よくもまぁ非力な人間にこれだけの物が作れたわねぇ」
「空から確認した様子ではこの外壁の中にも二重で壁が立っているような感じでしたよ」
「ふむ、ダンジョンがある町というくらいじゃから、居住区とダンジョン部分を隔てて安全性の向上を図る為じゃろう。ダンジョンから溢れた魔物によって起こるスタンピートは恐ろしい物じゃからな」
「スタンピートって?」
「スタンピートっていうのは住処を追われたり、何らかの理由で大量発生した行き場のない魔物の大群によって起こされる集団暴走みたいなものかしらね」
リエルの頭の上で器用に寝そべっているクエレはスタンピートという現象を分かりやすくリエルに説明する。
胸ポケットの中にいるのが嫌になったのかこの位置にいる事が多くなってきたクエレ。
今までだったら目立つのを避ける為に胸ポケットに入っていて欲しいと思っただろうリエルなのだが、それも今では意味が無いかもと考えている部分もあり、特に言及する事はしなかった。
その理由はリエルの肩に止まっているブランの存在に起因する。
リエルはブランとの契約を済ませた後で重大な問題を認識する。それはブランは正真正銘のドラゴンであり、そんな存在を連れていれば嫌でも目立つのは誰の目から見ても明らかだという点だ。
目立つのを避けようと心掛けていた割には契約を終えるまでその事に気付かなかったというのは余りにもお粗末な話である。
だが、そうなってしまったのは理由があった。
リエルがそこに意識が至るまで考えが遅れた一番の要因になるのはリエルの生活環境が原因と言えるだろう。
ミヤビやナシタ、クエレという特殊な存在に囲まれて旅をしているため、その辺に関する感覚が一般的な思考とズレが生じてきていたのだ。
勿論他にも理由はある。
(普通に考えてドラゴンを連れて歩くなんて目立つに決まってるのに・・・かと言って、ブランさんの境遇を聞いて断るのもね・・・)
一人住処を離れてまで父親の行方を探しにでるというブランの行為に、リエルは自分に似たものを感じていた為、それを無下にしたくないと思っていたのもこの状況を生んでしまった後押ししているといってもいいかもしれない。
そんな失敗の中で幸いだったのは、契約を経た事でブランがドラゴンの姿へ戻った際にその体を小型化させる事が可能になったという点だろう。
そのお陰で今のブランはドラゴンの姿でありながらリエルの肩に止まっていられる程のサイズを保つ事に成功しており、当巻きに見た者ならそれがドラゴンだとはわかりづらくなっているのだ。
まぁそれでも目立つ事には変わりはないので、結果、クエレを胸ポケットに隠れさせておく必要が薄れてしまったという訳だ。
「ところで・・・ナシタはずいぶんと静かだけど、どうかした?」
ブスっとした顔で自身の心中を語っていたナシタは、掛けられたリエルの言葉に噛み付くように反応を示す。
「・・・リエル様!何故私ではなくそこの!無礼にもリエル様のお肩に乗っかっているドラゴン何ぞに!?」
「わ、私がどうかしましたか?」
「え、何、突然?何のことよ?」
「何故私に乗るのではなくそっちのドラゴンなんかに乗ってきたのかということです!」
ナシタが何を言いたいのかすぐに理解したのはミヤビだけだったようで、ミヤビは呆れたように頭を振る。
「ナシタよ。男の嫉妬は見苦しいぞ?」
「そういう事ではありません!」
不満というか納得がいかないというか、ナシタが憤慨している理由はどうやらここまで移動してきた方法が原因だったらしい。
ブランとのやり取り、その後の契約で予想以上に時間を食った事もあって、ミルドワに向かうのは明日にしようとリエルがみんなに伝えると、ブランが自分の背に乗って町へ向かうことを提案したのが始まりだった。
早速、役に立つ機会が得られたと意気込んでいるブランを横目に嘲笑うかのようにニヤリと口元を釣り上げているナシタ。
過去に自分に騎乗して貰おうと試み断られた経験を持つナシタは、ブランも同じように断られると思っていたのだ。
リエルはナシタの予想通りブランが大変だから、目立つから、そこまで急いでないからなどと言葉を選んで喋りつつブランに乗ることをやんわりと避けようとする。それを受けたブランが渋々引き下がろうとした事で、ナシタの予想は的中するかに思えたのだが・・・。
何を言い出すのか予想できないのがミヤビ、空を飛ぶという行為に好奇心が刺激されてしまったのかミヤビが“全員乗れるのか?”とブランに確認した事で終わりかけた話は続く事になる。
ブランは自信たっぷりに頷くと、他の誰かに見られるのを避ける為といいリエル達と一緒に側の森へと移動することにする。
森の中から街道が見えなくなった所でブランは歩くのを止め、一言断りを入れるとドラゴンの――その真の姿をリエル達へと曝け出す。
魔力の粒子に包まれたブランがドラゴンへとその姿を徐々に変え始めるに連れて、人型の時とはうって変わる、龍が最強の種族と言われている所以を十分に感じさせる迫力を伴い始める。
鋭い牙が口元からは姿を覗かせ、屈強な体躯を覆う美し純白の鱗は強力な守りの力を見る者に予感させる。
やがてその身を完全にドラゴンへと移行させたブランの大きさは父親よりもだいぶ小柄ではあったが、リエル達を乗せても十分に余裕ある立派なものであった。
それ程までに立派なドラゴンであるブランを見てもミヤビはまるで臆した様子も無くその背に飛び乗り、眼下で口を開けているリエルにさっさと乗るように促してくる。
合わせてブランの懇願するような視線を受け、リエルは止むを得ずだがブランの背に乗ることを決め、ナシタもそれに従う。
全員が自分の背に乗ったことを確認したブランは、空を目指して勢い良く体を大地から解き放つのだった。
「どうやら私が出すぎた真似をしてしまったのがナシタさんの御怒りの理由のようですね・・・申し訳ありません」
どう見たってブランがそこまでする様な――誰が聞いてもナシタの言いがかりに過ぎない言葉なのだが、リエルの肩に乗っていたブランは嫌な顔一つせずに謝罪を口にし頭を下げる。
「ブランさんが謝る必要はないと思うけど・・・てゆーかナシタ。あなたそんな事で怒ってるの?」
そんな理由でナシタの様子がおかしかったとは想像もしていなかっただけに、リエルはまさかという思いでナシタに確認を取ろうと喋りかける。
「そ、そんな事?そんな事ですと!?うぅ・・・ひ、酷いですリエル様!私が以前お願いした時は御断りになられたではないですか!それなのに・・・うわぁぁぁん!!」
「ちょ!ちょっとナシタ!?な、泣くほどの事なのそれ!?もー!しょうがないんだからこの子は!」
瞳に溜まった涙を止めどなく溢れさせると声を上げて泣き出してしまったナシタを、リエルは駄々っ子のあやすかのようにナシタをなだめ始める。
「な、情け無い奴・・・」
思わず言葉を漏らすクエレ。
「しかし負荷をまるで感じさせない不思議な乗り心地じゃったわい。力場系魔法じゃと思うんじゃが・・・それともドラゴン固有の能力の類なのか?」
「さぁね?私は誰かを乗せて空を飛ぶなんてした事ないからその辺の能力はさっぱりだわ」
「ふむ。で、どうなんじゃ?」
首をすくめ両腕を広げたクエレから視線を外し、問いかけの答えをブランに求める事にしたミヤビ。
「ミヤビ様の察しの通りで、重力を操作して慣性制御を行いました。私も誰かを背に乗せるのは初めてでしたが、やり方は母上から教わっていたので試した次第です。不快感を与えずに済んだようで安心しました」
「うむ。見事な腕前じゃったぞ。流石は【聖龍】といったところじゃな」
素直な感想を口にするとミヤビはナシタを見て諭すように話しかける。
「そういう事じゃ。ナシタよ、お前は別に騎乗に向かないという訳ではなく、リエルを乗せるには欠けている物があるんじゃ。以前リエルに怒られたときも言われたであろう。要はお前も乗り手が恐怖を抱かないような方法を出来るようになればよい話ではないか。そうすればリエルも喜んでお前を頼るようになると妾は思うぞ?」
「ぐすっ・・・そうなのですか、リエル様?」
ミヤビの言葉があまりに意外、的を得たものだったのに面食らいそうになったリエルだが、涙目のナシタに答えを問われて我に帰る。
「そうね。前に乗せてもらった時はちょっと怖かったからね。それが無いならあたしは乗るわよ?」
ナシタを優しく撫でながらそう答えたリエル。
これはミヤビに乗っかったその場しのぎの言葉では無く、リエルの本心からの同意。
「だからそんな見っともない顔してないで、元気出しなさい」
「はい・・・ずずぅ・・・」
鼻をすすり前足で涙を拭ったナシタだが、乱暴に拭った為目元がくしゃくしゃになっていた。リエルはポーチからタオルを取り出してそれを綺麗に整えてあげる。
「リエルに仕える僕の筈が・・・あれじゃ格好つかないわね」
クエレはこう言っているが、ミヤビはそれも仕方がない事だと思っている。
というのも、ナシタは生み出されてからまだ一か月も立っていない。
表面上、成熟した大人の様相で振舞っているが、中身――感情面では子供と大差ないのだ。
そういう面から見てもナシタが後続であるブランの働きを見て嫉妬心を抱くのはごく自然な流れだろう。
(しかし泣き出すとはのぉ)
その点は少し残念に思うミヤビだったが、それも今は口に出すのはやめておく事にする。
「さて、いつまでもこうしているのは折角短縮した時間を無駄にしている事になる。となればさっさと町に入った方が良いのではないか?」
ナシタの顔をタオルで拭いているリエルに告げるミヤビ。
リエルはタオルをしまうとナシタの頭を軽く撫でてから立ち上がり、ミヤビの言葉に頷くのだった。
残り僅かな町への道を歩くリエル達。クエレは相変わらずリエルの頭の上に陣取り、ブランの方はリエルの肩を自分の居場所に定める。
そんなリエルの両脇には狼の姿でミヤビとナシタが控えている形だ。
〖結局そっちの姿にしたのね〗
〖ん。人化の状態はそれなりに魔力を使うからな。こっちの方が楽じゃし、別に構わんじゃろ?〗
〖何かの弾みで術が解除されると面倒そうだしね〗
〖妾はそんなヘマはせん〗
〖そう?ミヤビのせいであたしの正体がバレたのもう忘れちゃったのね〗
〖そ、それは妾の術とは関係ないじゃろ!〗
〖ま、そういう事にしといてあげるわ〗
〖ふん!言うようになっ――〗
言いかけたミヤビが何かに気づいて言葉を止める。
〖どうやら向こうもこちらに気づいたようじゃな〗
ミヤビの言葉の意味をリエルもすぐに理解して視線を前へと向ける。
その先にいるのはミルドワを門を守る数名の警備兵達だ。
(さて、バランディアの時はフィルさん達がいたから問題なかったけど・・・)
互いの距離が近づいていくにつれて何事も無く町に入れるか心配になってくるリエル。
向こうの兵士に慌ただしい様子が見えていた事もあってその不安は徐々に大きくなる。
〖別に平気じゃろう。何かふざけた事を言ってくるのであれば例の魔道具であのじじいに取り成しでもしてもらえば良かろう〗
〖簡単に言うわね〗
リエルはベルトに通した革製ホルダーに手を当ててそこにある物を確認する。
(あんまりしない方がいいと思うけど、問題が起きるよりはマシなのかなぁ?)
などと考えていると間も無く、警備兵から声が掛かる。
「すまないがそこで止まってください」
そう告げてきた兵士からは確かな警戒の意思が感じられる。
兵士の指示に従ってリエルは進む足を止めると相手の出方を伺う事にする。
声をかけてきた若い兵士は一瞬何かに強い衝撃を受けたそぶりを見せたが、リエルの元まで慎重に歩み寄ると言葉を続ける。
「ありがとうございます。それで、貴方は?」
「私はバランディアから来た冒険者ですけど」
そこでリエルはフィルがギルドカードを兵士に見せていた事を思い出す。
「これが私のギルドカードです」
グローブを外した手でポケットから取り出したギルドカードを兵士に向けて差し出すと、兵士はそれを受け取り確認し始める。
すると兵士は直ぐに驚きを露わにし、リエルとギルドカードを交互に見比べる。
「その歳でランクDとは・・・。リエルさん、で宜しいですか?」
「はい」
「となると――やはり、その連れているのは貴方の従魔と思っても?」
「そうですね」
「うーん、凄いな・・・それに・・・」
兵士はリエルの肩をみて唸るように感想を口にした後、ガントレットを外した手でカードに触れると、変色した事でそれが本物である事を確認し、視線をリエルへと戻してギルドカードを差し出す。
「どうぞ、お返しします」
リエルがそれを受け取ると、カードはたちまち元の色を取り戻す。
それを兵士も確認すると、詰所に向かって何か合図を送る。
中から別の兵士が小さな袋を持って駆け寄ってくるのをみて、リエルも何を言われるのか察して頭に乗っていたクエレを移動させる。
「町に入って頂いても問題ありません。ただその前にお連れの従魔に、他の方にも分かるようにこのバンドをつけて欲しいのですが・・・」
若い兵士が袋を受け取ると封をしている紐をほどき、中からリエルも見慣れた黄色いバンドを取り出す。
「ええ、大丈夫です」
リエルはバンドを受け取るとそれを、ミヤビとナシタには前足に、ブランは首、そしてクエレには・・・
(どうやってつけよう?)
少し考えて出た答えは――
〖まるで腹巻じゃな〗
クエレの腰に巻きつけられたバンドを見て、腹巻を連想したミヤビがポツリと呟く。
「これで問題ないですか?」
「ええ、ご協力有難う御座います。従魔が問題を起こせばリエルさんが責任を問われる事になるので注意してください。では、どうぞお通り――」
そこまで言いかけたのだが、今まで抑えていた好奇心によって続く言葉はそこで途切れる。
あまり冒険者を詮索するのは褒められた事ではないのだが、男の好奇心はその暗黙の了解よりも強かった。
「ところで、ちょっと気になったのですが・・・そちらはピクシーで・・・その、そちらの白い方はもしかして、ドラゴン・・・ですか?」
「え、ええ、まだ子供ですけど」
誤魔化しようがないので下手な事は言わずに短く答えたリエル。
下手に嘘をついて兵士に目をつけられるよりマシだと思っての答えである。
(まぁどっちにしろ目はつけられるだろうけど、疑いの目で見られるよりはマシよね)
「はぇー・・・あ、お答えいただいて有難うございます。いやーしかし私、ドラゴンなんて初めて見ましたよ。それに純粋なテイマーも。従属の首輪を使っている方は何度か拝見した事はありますがいやはや・・・今日は珍しい物を見れました」
「そ、それは良かったですね」
「はい!」
上機嫌な兵士の言葉に、バンドを持ってきた兵士もしみじみ頷いている。
「それで、もう入っても?」
「おっと失礼しました。どうぞお通り下さい!」
随分と時間がかかったように感じたが、ともあれリエル達は町に立ち入る許可を獲得することができたのだった。
「ちょっと、これいつまでつけてないといけないのよ?すっごい邪魔なんだけど!」
「宿を見つけるまでちょっと我慢してよ。そこにいてもいいけど周りに気を付けてから喋ってよね」
小声で話しているリエルと頭の上のクエレ。契約を結んでいないので念話ができないクエレとは、周囲に気を配りながらこうして小声で話すしかないので結構気を遣う。
〖こんな事なら入り口で聞いておけばよかったのぉ。なんで聞かんかったんじゃ?〗
〖だって、あのままあそこにいたら他に何聞かれるか分からなじゃい〗
〖んーまぁそれはそれで確かに面倒じゃな〗
〖しかし、あの男、私達を見てもそれ程驚いた感じではありませんでしたね〗
〖恐らくそれはこの町がダンジョンのある町だからじゃろうな。兵士が言っていた方法は兎も角じゃが、従魔を従える者がそれなりに訪れる事があるんじゃろう〗
〖従属の首輪ね・・・前にベルセフォネさんが聞かせてくれたけど、従魔として強制的に従わせるって聞くと、正直いい印象は覚えないわね〗
〖まぁ純粋な契約で結ばれた関係ではない故その結び付きは脆いものじゃがな。そうだと分かっていても、従魔の価値はやはり高いのじゃろう〗
〖私もリエル様の考えに同意です。相手を無理矢理従えさせるなんて許されない事ですよ〗
リエルの言葉にブランが怒気混じりの念で会話に入ってくる。
ブランにして見れば親の仇が行なっている事と何も変わらない。
となれば怒りが湧いてくるのも当然だろう。
リエルもそれを十分に分かっている為、この話を続けるのはやめて、周囲を見渡しながら宿を探すのに専念する。
だが、リエルよりも先に目的の建物をナシタが見つけて声を上げる。
〖リエル様、あれは宿屋の看板ではありませんか?〗
〖え、どれどれー?〗
リエルはナシタの見ている方向に視線を合わせて宿の看板を探し始める。
そこへ――
「おい娘、随分珍しい従魔を連れているな。そっちも魔狼も毛並みの美しさが素晴らしいではないか」
「はい?」
突然背後から聞こえてきた声に、リエルは間の抜けた声を上げて後ろを振り返る。
そこには高価そうな馬車から身を乗り出してこちらを見ている男の姿があった。
お疲れさまです。
ここまで読んで頂いてありがとうございます。
楽しんで頂ければ幸いです。
到着!




