85話 新しい仲間
リエルとミヤビが料理に仕上げに取り掛かっている場所から少し離れた所で、ナシタとブランが倒木を椅子代わりにして座っている。
二人の間で言葉を交わされる事は無いが、時間の経過も加わり、お互いの警戒心は大分薄れてきたように見受けられる。
だが一つ、妙な点を挙げるとすならば、何時もは騒がしくも頼もしい存在だったナシタが、今は力無く項垂れていることだろうか。
その理由は簡単で、先程まで繰り広げられていた巨大【スラッグ】騒動が原因であった。
初めて見た生物の筈なのだが、どういう訳かリエルは【スラッグ】種に属する生物が苦手ならしく、その度合いといったら見ただけでも気分が悪くなり、近付けようものなら全力でその場から逃げ出す程であった。
そのため、喜んで貰えると微塵も疑っていなかったナシタはここまでリエルに強く拒絶されるなんて全く予想できず、直前まであった緩みきった思考に強烈な精神的ショックを受ける事となり、ナシタが酷く落ち込む結果となった訳だ。
だが実際の所はと言うと、この獲物に価値があると感じ取ったナシタの嗅覚は間違ってはいなかったりする。
というのも、この【ゼリースラッグ】。見た目はグロテスクなのだが、それに反してその身はとてもジューシーでフルーティーな味わいを持つ、市場では中々お目にかかれない珍しい魔物なのだ。
その味わいの秘密は果実や花の蜜といった物しか食べない【ゼリースラッグ】の食性と、自身の柔軟性に富んだ体の中に食べた物を液体状にしてから溜め込むという習性を持っているからで、その液状化した果実や蜜が肉に染み込むことで、極上の肉へと変わるのである。
しかしその習性の災いし、体に傷を負ってしまうとその液体が体液と共に体外に流れ出してしまい、そこから発せられる香りによって優れた嗅覚を持つ魔物を呼び寄せる事となり、見つかってしまったら最後、大して強くはない【ゼリースラッグ】は碌に抵抗もできず命を落とす事になる。
その為この【ゼリースラッグ】は非常に短命で一生を終える個体が多く、ナシタが捕獲した見事な個体というのは非常に稀有なものだと言えるだろう。
誤算があったとするならば、それはやはりリエルの苦手な系統に属する生き物だったという事くらいである。
「あ、あの、ナシタさん。そんなに落ち込まなくても・・・」
傍らで何度もため息を付いているナシタを見て、無言で待っている事に居たたまれなくなったブランがそれとなく声を掛けてみる。
「・・・はぁ〜」
帰ってきたのは溜息だけだった。
そこへやってきたのはカラアゲがこんもりと盛られた皿を持っているミヤビだ。
「いつまでもうじうじしてるでない。お前が働かない所為で妾がこんな雑用をする羽目になっているのだぞ全く・・・」
ミヤビは恨み言を口にしながら地面を軽く足で小突く。すると地面が隆起し、たちまち、ちょうど良い大きさの土の台座が形作られる。
ミヤビは持っていた皿をそこへ下ろすと、ナシタ達と同じように、置かれている倒木へと腰を下ろす。
続いてリエルも固めに焼かれたパンを切って乗せたカゴを手に、三人の元へとやってきたのだが、未だに落ち込んでいるナシタの様子を見ると、リエルの中で燻っている罪悪感がチクチクと刺激されてしまう。
「いい加減機嫌直してよナシタ〜。あたしも謝ったじゃない・・・別にナシタは何も悪くないじゃない」
「ですが、リエル様が嫌がる可能性を少しは考慮すべきだったのは確かかと・・・」
「そんなの考えたってわかる事じゃないわよ」
「そうじゃなぁ・・・リエルのあの反応は妾も予想しておらんかったしのぉ。そもそも何上あんなスラッグ如きで大袈裟に騒ぎ立てたんじゃ?」
ミヤビはカラアゲを一つ摘み上げると口へと放り込んで咀嚼する。
「わ、分かんないわよ。初めて見た生き物のはずなのに、なんかこう・・・見てると身体中がぞわぞわーってして、もう無我夢中だったんだから!」
「なんじゃそれは・・・もぐもぐ・・・理由もわからずに・・・むしゃんぐっ・・・あれ程取り乱す奴があるか情け無い」
「私も詳しく知っている訳ではありませんけど、リエルさんはエルフ族な訳ですから、森に生きる【スラッグ】種にそこまで嫌悪感を抱くとは正直思えないのですけど、あの騒ぎ方は尋常では無かったように見えましたね。何か特別な理由があるのかもしれませんね」
「違う!リエル様に悪いところなぞ何処にあるものか!・・・あれは考え無しにリエル様を驚かせるような真似をした・・・大馬鹿者である私が悪いのだ・・・」
原因が気になったブランも私見を口にするがナシタは聞く耳を持たず、自分が悪いのだと声を上げるのだが、その口調からは直ぐに力が消えていく。
そんな、自分を卑下するナシタを前にリエルは一瞬口を開くが言葉は続かず、二人の間に何とも言えない空気が漂っているのをミヤビとブランは感じていた。
そんなリエルとナシタにある暗い雰囲気に嫌気がさしてきたミヤビ。この状況を打破する閃きを思い付く。
「いい加減お前達の辛気臭い様を見るのはうんざりじゃ。解決策をやろう。リエルはスラッグ恐怖症とも言えるその意思の弱さを克服する事。ナシタは原因を作った責任としてそれを最後までサポートする。ナシタは言ってしまえば魔王の娘の側近、執事とも言える位置にいる者な訳じゃから、使える主人に尽力するのは当然と思うが違うか?」
「う・・・」
ミヤビの提案に対して露骨に嫌そうな声を上げるリエルは無意識に後退りしそうになる。だがナシタが顔を上げて自分を見ているのに気付くと、リエルは無意識の反応を意識でねじ伏せ踏み止まり、大きく深呼吸をした後ナシタに向けて言葉を発する。
「あたしは頑張ろうと思う。ナシタもそれで良いわね」
リエルは濁っていたナシタの瞳に炎が灯ったように感じた。
「畏まりました!今まで以上に身を粉にして奮闘させて頂きます!リエル様が!御立派に成らせられるように――」
「よしよし。ならばもう憂いは無かろう。せっかくの飯が不味くなる・・・あーっ・・・もむもむ・・・」
ミヤビは長くなりそうなナシタの言葉を遮り一番の楽しみである食事を再開する。
「それじゃーあたし達もご飯を頂きましょ!お腹ペコペコだわ!」
「はい!」
「妾はもう頂いとるがのぉ」
「ブランさんも口に合うか分からないけど、宜しければ遠慮せず召し上がってくださいね」
意気込みを新たにして、一行は食事を取ろうと席に着くがただ一人、今までの話を聞いた事で強い衝撃に襲われていたブランはごくりと喉を鳴らすと恐る恐る口を開く。
「リエルさ――様は・・・その・・・偉大なる魔王様の御息女であらせられるとお見受け致しましたが・・・間違いは御座いませんでしょうか?」
「「・・・あ」」
リエルとナシタは揃って声を上げ、カラアゲを味わっていたミヤビもすぐに自分の失言に気付いて動きを止める。
真剣な顔で反応を伺っているブランから発せられる無言の圧力は、リエルの口を割らせるのにそう時間はかからなかった。
「しょうがないわね・・・」
「す、すまんのぉ。妾とした事が・・・」
「ミヤビ様の所為ではありません。私が余計な事をしなければこんな事は起きなかった筈です!」
「むっ!?言われてみればそうじゃな!妾は何も悪――」
「調子に乗らない。あんたが口を滑らせただけよ。ナシタもすぐ自分の所為にするのはやめなさい」
二人をたしなめると、リエルはブランに言葉を返す。
「えーっと・・・今のお話ですが、とりあえず誤解のないよう先に言いますけど、あたしのお父さんは魔王と呼ばれる人らしいですが、私自身は別に特別な地位にいる訳じゃ――わわっ!?」
「ほ、本当にリエル様は魔王様の御息女――つまりは御姫様なのですね!!す、凄いです!そんな方にお会いできるなんて、私感激です!」
リエルが本物の魔王の血統に名を連ねる者だという事実を知ったブランはリエルの言葉を遮ると、身を乗り出しリエルの手を取り目を輝かせながら感情を露わにする。
「わ、私!今、とても感激してます!永い時を生きてきた両親ですら魔王様の事は伝承でしか知らなかったのに、ま、まさか私がこうやって魔王様の御息女にお会いする機会が得られるなんて!」
「おお、お、落ち着いてください!ちょ、あわわ――」
「おい!その辺にしておけ!リエル様に対して無礼であろう!」
ナシタに怒鳴られた事でブランはハッとした表情を見せると我にかえり、直ぐに握っていたリエルの手を離す。自分の行動が恥ずかしかったのか少しもじもじとしてから軽く咳払いをしてから静かに口を開く。
「し、失礼しました。私としたことが、つい興奮してしまいまして」
「そ、そのようで・・・ですが、もう一度はっきりさせておきます。私は別に特別な地位にいる訳ではないので、別に“様”とかの敬称は付けなくていいです」
「え?ですがナシタさんはリエル様とお呼ばれになってますよ?」
「当たり前だ。私はリエル様の身を守る臣下
として――」
「この子の事は気にしないでください。あたしは普通に接して頂いて構いません」
「そ、そうですか。そう仰るならばその様にさせて頂きます」
「それと、あたし達の素性については他言無用でお願いします。あまり目立つのは都合が悪いので」
「心得ております。そこはご心配には及びません」
「有難うございます」
念を押す様にしてブランの了解を得ると、リエルはポーチから人数分のコップを取り出し料理の置かれた台の上に並べる。ミヤビに水を注ぐ様にお願し、それを受けたミヤビはカラアゲを咥えながらも人差し指をピンっと立てて適当なサイズの水球を作り出し、それぞれのコップへと水を注いでいく。
「ありがと」
ミヤビに礼を言うとリエルはコップの一つを手に取って口へと運び、小さく喉を鳴らしながら渇きを潤す。
「ふぅ・・・これで疑問はありませんね。あ、どうぞ?召し上がって貰って構いませんよ?」
リエルは一切れのパンにカラアゲを乗せて二つ折りにし、口を大きく開けてそれに齧り付くと、料理の出来を確認するかのように食事を開始する。
カラアゲサンドを楽しむのもつかの間、リエルがチラッとブランの様子に目を向けると、次の瞬間その目に映ったものは、何か考え込んでいる様子のブランだった。
「あの・・・お口に合わなそうですか?」
リエルが声をかける。すると全く別の答えがブランの口から帰ってくる。
「お願いがあります!私をリエルさんのお供として加えては頂けないでしょうか!?」
「・・・」
予想していなかっただけに言葉を失うリエルに変わってブランは言葉を続ける。
「リエルさんが今何であれ、魔王様のご息女という事実は変わりません。そして我々魔物と呼ばれる存在にとって、それに仕えることは名誉であり、誇りある事なのです。どうか!同行することをお許し願えないでしょうか!?そして可能であれば・・・父の仇であるあの者を滅ぼす為にそのお力をお貸しください!どうか!」
「ちょ、ちょっとブランさん!?」
深々と頭を下げているブランにリエルはあたふたしながら素っ頓狂な声を上げる。
「頭をあげてください!別にそんな事しなくたって話は聞きますから!」
「ふむ、聖龍を配下に持つか・・・ドラゴンとしてのその力は確かな物だし・・・契約を結んでしまえば少なくともこちらの害を与える事は制御できる・・・か。お主、リエルと契約を結ぶ気があると判断して良いのか?」
「無論、同行する事をお許しいただけるのなら、従魔契約など問題ではありません!」
終始ブランを警戒していたミヤビも、契約を施された条件下であれば襲われる心配は無くなると考えその旨をブランに確認するミヤビ。
ブランはミヤビの言葉に即答すると同時に頭を上げる。
「だ、そうだが。まぁこれは妾が決める事ではないからのぉ。どうするんじゃ?」
リエルの方も少々戸惑った様子を見せてはいるが、意外にもリエルの心中ではブランの申し出を受ける事に否定的な感情は無かった。
「まぁ・・・あたしはブランさんが構わないって言うのなら無理に突っぱねるつもりは無いけど・・・。ただ、仮面男の事についてはあたし達も情報が少ないので・・・ですから、出会った時は容赦はしないとしか言えませんよ?」
「とんでもない!そのお言葉を頂ければ十分です!まだ未熟な身ではありますが、宜しくお願い致します!」
「え、ええ。よろしく」
「何かリエル様の事で判断に困ったならば、この私――リエル様の一の僕であるこのナシタに確認するのだぞ!」
「はい!わかりました!」
先輩風を吹かせるナシタにも、素直な反応を返すブラン。その様子を呆れた様子で見ているリエルとミヤビ。
「ナシタ。いじめちゃダメだからね」
「な!?酷いですリエル様!私はそんな事しませんよ!」
「契約はまぁ後でも良かろう。妾はいい加減食事に集中させてほしいぞ」
「あんたはさっきから食べてるじゃない」
「私の話に付き合わせてしまってごめんなさい」
「いいんですよ。こうは言ってますけど、ミヤビは大して気にしてないでしょうから。さぁ、もうブランさんの悩みも解消したでしょうし、どんどん召し上がってください!」
「はい!頂かせてもらいます!」
リエル達は本格的に料理に手を伸ばし始める。それを受けてブランも初めての食べ物であるカラアゲに手を伸ばして口へと運ぶ。するとさっきまでの凛とした顔の筋肉は即座に崩れ、代わりに露わになったのは、彼女達が出会ってから始めて見せる満面の笑みであった。
(理知的なタイプかと思っておったが彼奴も本質はナシタと大して変わらんな・・・ん?)
「あー!?ちょっと!何で先に食べてるのよ!?」
ミヤビが存在を感知するのと同時に、声を上げながらクエレがリエルの元へと帰ってくる。ナシタとブランと同じように森の中で獲物を探していたクエレだったのだが、その小さな体に抱えられているのは獲物と言うにはちょっと変わった物だった。
「おかえり。って、何持ってるのそれ?魔石みたいに見えるけど」
クエレが持ってきたのは魔石の様な外見の石で、所々にひび割れと苔が生えてるの様が見受けられる。その見た目から長い年月を感じることができる代物であったが、正直リエルには何なのか見当もつかない。
「それはもしや・・・【幻魔石】か」
「やっぱりあんたもそう思うわよね!」
「【幻魔石】?」
クエレが持っている【幻魔石】と呼ばれた物体は、それが何なのか分からないリエルを嘲笑うかのように、怪しい魔力の鼓動をその中で揺らめかせている。
お疲れさまです。
ここまで読んで頂いてありがとうございます。
楽しんで頂ければ幸いです。
ちょっとふわっとした内容になってしまいました。




