82話 魔王の娘と聖龍の娘
現れた女性は地面から少し浮くような状態で背中から突き出た翼を羽ばたかせながらリエル達の様子を伺っている。
対して突然の出来事にリエル達は驚いた表情でその女性を見ているが、ミヤビだけは事前に魔力の接近を感知していた為、すぐに錬成した薙刀を手に握り、臨戦の構えを見せている。
女性はミヤビに警戒をしつつ羽ばたかせていた翼の動き止めて静かに地面へと降り立つ。周りを軽く見渡した後その翼を、身に纏っている衣類の下へと収納してフードを下ろし、軽く髪をはだけさせるとリエル達を見て口を開く。
「警戒するのも当たり前の事でしょうけど、どうか矛を収めて下さい。私は貴方達に危害を加えるつもりはありません」
「それを素直に受け入れる程、妾は間抜けでは無い。ましてや貴様が普通の人間で無いなら尚更な」
ミヤビの常套手段と言える天眼を使っての情報収集は目の前のいる存在の正体を明らかにする。
「成程、貴様聖龍か」
「っ!?」「むっ!?」
ミヤビの言葉に強い警戒のこもった反応を示したリエルとナシタは、ミヤビに遅れながらも臨戦態勢を取る。
だが女性の方は態度を変える事なくミヤビの言葉に答えを返す。
「ご指摘の通り、私は人間ではありません」
聖龍と呼ばれた女性は軽い会釈を挟んだ後、名乗り始める。
「私の名はブラン。ある人物を探してここまでやってきた聖龍です」
「それで、そんな者が妾達に何の用があるんじゃ。時々感じた視線の正体はお主じゃろ。随分長い事妾達を監視して様じゃがここにきて姿を見せた理由はなんじゃ」
「そこまで気付いていましたか。人化の術や私の存在を看破する程の能力を持っている辺り、只者では無いとは思っていましたが・・・」
「そんな話は聞いておらん。理由を話す気が無いのかどうかハッキリしろ。ないならさっさと道を開けよ」
ここまで敵対的な行動を見せず、どちらかというと理知的な態度を見せている相手に、リエルの警戒心はやや薄れ気味になっており、まずは話を聞くくらいの心持ちへと変化しつつある。
「ミヤビ、警戒するのは分かるけどもうちょっと言い方があるでしょ。それにまだ何かされた訳でもないのに邪険にするのは良くないんじゃない」
「聖龍相手に何かされてからでは遅いからな。油断しないに越した事はない」
「確かに私は人間とは違う存在だと自覚してますが、それが理由で人間を敵だと考える道理はないはずです。そして疑問への答えを申し上げるなら、仮面を被った人物に連れていかれた同族の聖龍について何か知らないか聞きたかったのです」
「では何故コソコソこちらを監視する様な真似をしておった」
「それは・・・」
ブランはミヤビを捉えていた視線をリエルへと移して言葉を続ける。
「龍燐の魔力を追跡したところあの町の冒険者ギルドに行き着いたのですが、到着したタイミングで辿ってきた魔力の痕跡がサッパリ感知できなくなって困っていた時、常識から外れた魔力を発していた貴方の存在に気付き警戒していたからです」
〖龍燐って・・・あたしが受けたアレの事よね?〗
〖この女があの仮面の男が使役していたドラゴンと関係があるのは分かったが・・・〗
〖そうなると少々厄介な事になりそうですね。如何いたしますか?〗
〖何が厄介なのよ〗
〖話ぶりから可能性は低いじゃろうが、仮面の男との関係次第では敵になりうるという事じゃ〗
「やはり・・・何かご存知なのですね?」
リエル達の様子から鋭敏な感覚で何かを感じ取ったブランは先程までとは違い、発せられる言葉には若干の威圧の雰囲気が纏わりついていた。
それを受けてミヤビも鋭い視線をブランへと返し武器に魔力を込め始めると、瞬く間に周囲の空気が一変する。
大気が歪み、並の人間では近寄るだけで意識を失いかねない程の重圧が辺りに広がっていく。
「ふん。所詮は口だけか?先程言ってた事と今やってる事は矛盾しか無いではないか。危害を加えないなどとぬかしおったが聞いて呆れるわ!」
先手を取ろうとミヤビが腰を落とし攻撃の姿勢を見せると、ブランも即座に腰の剣に手を伸ばす。
「っ!?」
ブランが剣を抜ききる動きよりもミヤビの踏み込みは遥かに速く、二人の間の距離は一瞬でミヤビの必殺の間合いに入り、続けて振るわれる薙刀を無防備なブランに防ぐ事は不可能だった。
だが――
「やめなさいミヤビ!!」
ミヤビの薙刀はブランの首筋に食らいつく寸前の所でピタリと止まる。ミヤビの攻撃を止めた声は他でも無くリエルの物。ブランの首筋付近で薙刀を止めたまま微動だにしないミヤビに、リエルは再び声を上げる。
「その人はまだ何もしてないんだから手を出す必要ないでしょ!」
「リエルよ。先程も言うたが手を出されてからでは遅いかもしれんのじゃ。それに不穏な動きを先に見せたのは此奴の方じゃぞ」
「この人にとって、仲間の事はそれだけ大事だっただけよ!」
リエルは村を襲われた時のことを思い出す。
身近な人が傷付けられ、命を奪われそうな瞬間に直面した時、自分の全てを投げ捨てる勢いで目覚めた力に身を任せ、敵対者の命を容赦無く摘み取っていった自分の行動。
それに比べれば目の前の女性は暴れないだけ理性的だと言える。
未だ薙刀に力を込めたままのミヤビに、リエルはもう一度声を掛ける。
「ミヤビ!」
「・・・」
無言のミヤビは渋々と言った様子でブランに向けた切っ先をゆっくりと首元から遠ざけると踵を返してリエルの元へと戻って行く。
リエルはすれ違った際のミヤビの表情に不満が色濃く出ているのを確認するのだが、まずは目の前にいるブランに声を掛ける。
「驚かせてすいません。あたし達も相手が聖龍となると慎重にならねばならない理由があったので・・・」
「あ・・・は、はい。私も誤解を与えるような真似をしてしまったのは事実ですので・・・」
「それで、さっきの話ですけど、あたし達が知っている事でよければお話しても構いません。ただ――」
途中まで言い掛けたリエルなのだが、期待しているようなブランの表情を見てリエルは口籠る。
だが、仲間の行方を探しているブランには伝えないのといけない事だと思い直し、リエルは言葉を発する。
「貴方が探している方はもう亡くなってます」
探していた人が既にこの世に居ないと告げられれば取り乱したり、声を荒げて否定されるだろうとリエルは思っていたのだが、ブランの反応はどちらでも無かった。
しばし沈黙した後、ブランはリエルに問いかける。
「・・・最後はどんな・・・感じでしたか?」
「詳しいことは知りませんが、多分この子が知ってると思います」
そう言ってリエルは巻き角の生えた青年――ナシタを見る。
ブランの視線も同様にそちらに移動すると、ナシタがリエルを見ると、リエルもそれに頷きを返してきたので、ナシタは自分の知っている事をブランに話す事にする。
「アンデットと化した姿で仮面の男に使役されていた聖龍ですが、ある冒険者の手で屠られました。その亡骸は仮面の男の手で魔法の触媒に利用されたりと色々ありましたが、最終的にはミヤビ様の炎で浄化されたと記憶しております」
「・・・そうですか」
俯き沈黙するブランだったが、強く握り締められた拳からは血が滲んでいる。
少しだけ間を開けた後、ブランはゆっくり顔をあげて口を開く。
「仮面の男に連れていかれたのは私の父でした。私達はここから北の大地にあるヘイム山脈を根城にしており、父と母、私と妹の四人で静かに暮らしていました。住処の近くに建てられた町の人間達と共存しながら、お互いの生活圏を侵すことなく友好な関係を築いて生きてきたのです」
「その話は少しだけ聞いた事があります。なんでも悪魔に襲われた人達を助けたとか」
ベルセフォネから聞いた昔話を思い出して口にするリエルに、ブランは軽く頷いて言葉を続ける。
「ですが・・・そんな私達一族の前に現れたのが、仮面を被り邪悪な気配に身を包んだ一人の人間だったのです。そして・・・皆さんの私を見た時の反応から察するに・・・父は人を傷つけてしまったのですね」
腕を組んでブスっとした表情を見せていたミヤビが、不満そうな声で口を開く。
「察しの通りで、妾達が受けた依頼の途中で、その仮面の男とアンデット化したお前の父と戦う事になり、その戦いでこの子が龍燐の呪いまで受ける目にあったのじゃ。貴様を警戒するには十分な理由じゃろう」
ナシタとミヤビから経緯を聞いたブランは、悲痛の表情でリエルを見る。その瞳には涙が湧いてきているのが見て取れる。
「やはり、そういう事でしたか・・・ご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした・・・それと・・・」
ブランの瞳から溢れた涙が頬を伝って地面へと落ちる。
「アンデットと化し、邪悪な存在となってしまった父を解放して頂いて・・・本当に有難うございます」
人を傷つけてしまった事への後悔か、父親の最後を悼んでか。
短い時間ではあるがブランの振る舞いから伺い知れる性格から推測すれば恐らく両方だろう。涙ながらに頭を下げたブランに対して、リエルはさも当然の様に答えを返す
「顔を上げてください。悪いのは貴方でも、貴方のお父さんでもなく、その仮面の男じゃないですか。それにあたしも今はこの通り、なんの問題もないですからね」
責めを受けるべきは他でもない、元凶であるあの男だとリエルは口にするが、ブランはそれを素直に受け取る事は出来なかった。
というのも魔物にとって弱者が利用され、淘汰されるのは当たり前の摂理であり、その感覚は人間よりも強い。
故にブランにとっては、他人に使役されていたと言っても、それは相手の支配に争う事ができなかった父親の落ち度だと思えてしまったのだ。
ブランは頭をあげるが、その表情には罪悪感を感じている事が見て取れる。そして、それを見たリエルには掛ける言葉が見つからなかった。
両者の間で沈黙が続き、何とも言えない空気にリエルがヤキモキしてきた頃、ミヤビが沈黙を破る。
「他に用が無いなら妾達は先に行かせてもらう。ここで突っ立ってたら何の為に宿の朝食を諦めてまで早い時間に町を出たのか分からんからな」
「同感ね。人間如きにいいように使われたのは屈辱でしょうけど、それは本人の力不足の所為だし」
「私達は先を急ぐ身。あまり足止めされるのは好ましくありませんからね」
「ちょっと・・・あんた達?幾ら何でもそれは酷すぎるわよ」
魔物としての感覚で考えているためか、ミヤビとナシタ、そして暇そうにリエルの方で座っていたクエレの三人は用が済んだらブランの事などどうでもいいと言った態度を見せているが、リエルは父親の死を告げられて気落ちしているブランに同情の念を拭いきれない様子。
「事実、妾達にはどうする事も出来んのじゃから仕方あるまい」
「そうそう」
「分からないのですが、何故リエル様はこいつにそこまで肩入れなさるのでしょうか?」
「さっぱりわからないわよ」
「・・・もういい。あたしが馬鹿だったわ」
三人との感覚の違いを改めて思い知らされ頭を悩まされるリエルだったが、気を取り直してブランに顔を向ける。
「えっと、ブランさんて呼んでもか――」
「待てリエル」
「もうっ!何なのよ!また嫌味でも言うつもり!?」
「違うわ戯けが!」
ミヤビがリエルの言葉を遮り声を掛けたのは、ミヤビの索敵能力が周囲の状況の変化を捉えたからである。
「時間をかけ過ぎじゃ。町の方から移動してくる魔力が多数感じられる。活動を始めた人間達じゃから敵では無いのじゃが、少なくとも妾達の話を聞かれるのはマズイじゃろう」
「それは・・・確かに困るわね。だったら――」
再びブランに視線を戻すとリエルは話を切り出す。
「時間が無いのでブランさんと呼ばせてもらいます。貴方の気持ちは理解できますが、あたし達は先程から聞いている通り先を急いでる身なので、まだ話があるなら歩きながら伺いたいんですが構いませんか?」
リエルの言葉が余程意外だったのか、申し訳なさそうに黙って話を聞いていたブランは驚いた様子で答えを返す。
「は、はい。分かりました。ですがその・・・宜しいのですか?」
「別にあたし達を狙っているんじゃ無いのは分かったし、取り敢えず移動しましょう。あたしはリエル。宜しく」
そう言ってリエルはブランに手を差し伸べる。
それを横目にため息をつくミヤビ。
「やれやれ、また面倒ごとに首を突っ込みおって。どうなっても知らんぞ全く」
お疲れさまでした。
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