76話 ランクアップ
誤字脱字は時間があるときに修正します。
リエル達が今歩いているのは、様々な商品が売られている街の市場に当たる場所。次の町に向かう前に必要な物を調達している最中であった。
目についた食材を手当たり次第に購入し、どんどんリングへと詰め込んでいくその豪快な買い物振りに、市場の店主達は挙ってリエルに声を掛けてくる。
「御嬢さん!こっちの野菜も新鮮で良いものだよ!ちょっと見て行っておくれよ!」
「うちで作ってる魚の干物も味が凝縮されていてとっても美味しいわよー!」
「何言ってるんだ、育ち盛りの子供にはやっぱり肉だよ肉!ほらお嬢ちゃん!うちの商品を見いってくれよ!」
払いがいいリエルの存在は各店から引っ張りだこな状態で、リエルの方も初めて見る食材や、店の人とのやり取りといったものが楽しくて仕方がない様子が見て取れる。
買い物を続けながら歩いているリエルに、一緒に歩いているミヤビから声が掛かる。
〖楽しそうなところに水を差すようじゃが、領主からの申し出をどうするのか考えたのか?〗
〖その話は・・・そうねー・・・ミヤビはどうしたい?〗
〖ふむ・・・そうじゃな・・・〗
そう返されたミヤビは少し考えるそぶりを見せるが答えは決まっていたようで返答に時間は掛からなかった。
〖率直に言えば気は進まん。堅苦しいのは好かんしな〗
〖ミヤビ様の意見に賛成です!何よりあの男はリエル様を如何わしい目で見ています!到底信用出来る者ではありません!〗
〖確かにちょっと変かなーって思うところはあるけど・・・でも、ただ食事をご馳走になるだけよ?〗
〖確かに領主ともなればさぞ良い物を食っておるじゃろうし、妾も興味がないとは言わん。じゃが、飯を食う時に気を使うというのはのぉ〗
〖ミヤビが気を使うなんて冗談でしょ?〗
〖自分が偉いと思い込んでいる哀れな存在である人間などに、リエル様が付き合う必要など御座いませんよ!リエル様にはやらねばならない目的が有るのですから、あの不埒な男の招待など受ける必要御座いません!〗
〖・・・ナシタはなんでそんなに怒ってるの?〗
〖おかしな奴じゃな〗
〖別に怒ってなどおりません!あの男はリエル様には相応しくないといっているのです!〗
〖何それ?〗
リエル達が話しているのは、先程まで冒険者ギルドにて行っていた事件報告の中であった事なのだが、その内容に関してミヤビは兎も角、ナシタは憤慨しながら強い拒絶の意思を見せている。
(この様子だとハボット様には申し訳ないけど断るしかないかな)
少し時は遡り―――
「さて、儂とベルセフォネが昨晩クラウス殿と確認した話について一度話おいた方が良いと思うのじゃが。クラウス殿、お願いしても良いかね?」
マルドゥクの頼みを受けてクラウスは昨晩の出来事についてのあらましを話し始める。
「では、衛兵所で起こった事件、現れた謎の魔物の件ですが、まず被害状況から。協力して頂いた冒険者達の迅速な行動もあって街の人々に被害はありませんでした。魔物との戦闘にあたった兵士達も、幸い命に別状は有りません。そして件の魔物についてはマルドゥク殿とベルセフォネ殿の手で討伐済みとの事です」
「ふむ。あの走り書きの報告書通りのようだが、それだけでは無いのだろう?」
ギルドに来る途中にクラウスから受け取った報告書に書かれていた内容と殆ど変わらない説明に対して、詳しい話が聞きたいハボットは更なる説明を求める。
「文章より口頭で説明した方が良さそうな内容なんでな。熟考した結果、ハボット殿に来てもらったという事じゃ」
「リエルさんがここに居るのは?」
「報告書には記載されておらんが昨日の件は嬢ちゃん達にも手を貸してもらってな。魔物の正体についても先の依頼で見たものが答えを出す助けになるかと思い、ここに来てもらったんじゃよ」
「つまり黒手袋――例の仮面の男とやらが絡んでいるという訳か・・・全く。ここ数日、奴等の働き振りに悩まされてばかりで堪らんな!」
不快感そうに顔を顰めたハボットは、手元にあるカップの紅茶を一気に飲み干すと静かにカップをテーブルへと戻し、気持ちを切り替える。
「それで、その魔物は一体何処から町の中へ侵入して来たのだ?まさか門の外から堂々と入って来た訳であるまい」
「それなのですが、私が見たのは既に倒された後の魔物ですので話に聞いた内容になりますが、どうか嘘だと思わずに聴いて下さい。当直の兵士の話では、衛兵所の牢獄に捕らえておいた黒手袋の奴等が突然苦しみ出したかと思うと、身体中から黒い液体が染み出し始め、兵士が見ている目の前でその姿を化け物へと変貌させたとの話です」
「人が魔物に変化しただと?バカな事を言うな。仕事中に酒でも飲んでたのか?」
「ハボット様、クラウス殿が言っていることは事実です。私とマルドゥク殿、リエルさん達で倒した個体を調べたところ、人の体の一部と魔狼種の物と思われる体毛が確認できましたよ。状況からみて体毛の方も捕獲したバトルウルフの物と見るのが妥当でしょうね」
「つかぬ事を伺うのですが、私が現場に着いた時にはリエルさんの姿を見かけなかったのと思うのですが、宜しければその辺りも詳しく聞く事は出来ませんか?」
「え、えっとですね。私は――」
「魔物との戦闘の中で嬢ちゃんが少々痛手を受けてな。先に返したんじゃよ。その直後じゃな、クラウス殿が儂らの前に現れたのは」
「なるほど・・・」(この様子では突っ込んだ事は聞かない方が良さそうだな。リエルさん達の事だ。あの時感じられた強烈な魔力の波動も恐らく・・・)
マルドゥクとベルセフォネから付け足すように語られた話を聴いたクラウスは事情を察して疑問を心の中に押し留める。
対してハボットの方はマルドゥクの表情を窺い真偽を問い、マルドゥクは頷いて肯定する。
ハボットは椅子の背もたれに寄りかかって腕を組むんで唸りを上げる。
「・・・にわかには信じられん話ではあるが・・・その死骸はどうしたんだ?」
「詳しく調べるためのサンプルを取ろうと思ったんじゃが、肉体の大部分を構成しているゲル状の物質が動き続けていた為安全面を考慮し、まともに行動できないうちに全て消滅させたよ」
「ふむ、正体の究明が遠のいてしまうだろうが町の安全には変えられん。その判断は間違っていないと私も認めよう。しかし・・・死体であればアンデット化という線で納得いくが、生きた人間が魔物に変貌するとはな・・・恐ろしい話だ」
「禁忌とされる契約魔法によって人が魔人へと変化を遂げた事例は過去にも記録があるが、今回の件はそれとは全くの別物だと言うのが儂の見解じゃ。過去に例がない事じゃろう」
正体不明の魔物について話が進む中で、ミヤビも自身の知識と経験を頼りにあの魔物が一体何なのかという謎に答えを出そうとする。しかし、ミヤビの知識を持ってしても確証を得るには至らなかった。
だが、そんな状況でもミヤビの中では一つの可能性が朧げではあるが見え始めていた。
〖あの仮面の小僧はこの世界の存在ではなく、全く別の世界からやって来た者――異世界からの来訪者かもしれんな〗
〖異世界人って事?どうしてそう思うの?〗
〖別の世界からやって来た者はどういう訳か特殊な能力を持っている事が多い。あの忌々しい黒い液体・・・あれが奴の特殊な能力なんじゃないのかと思ってな。無論、妾はこの世の全てを知っておる訳ではない故、未知の魔法や魔道具という可能性も十分あるがな〗
〖ミヤビ様でも断定できないとなれば、今後もあの男には十分な警戒と備えが必要と考えるべきだと私は思います!〗
〖うむ。再び相見える事があれば全力で叩き潰す・・・必ずな〗
仮面の男が何者なのかは依然答えはでない。
しかし、再び対峙する事があれば容赦はしないというミヤビの言葉には強い怒りが込められていた。
ミヤビの中にある、良いようにやられたあの時の屈辱的な記憶は到底我慢できるものではなく、怒りが湧いてくるのは至極当然の事。
だが、実はそれ以上に怒っていたのは他でも無くリエルである。
村で暮らしていた頃のリエルには、気軽に話ができる相手と言えば家族以外にはテルマとナイルだけだった。そんなリエルにとってミヤビとナシタは大切な友人と言っても過言では無い存在であり、大切な友人を傷つけ、剰え素材だと言い放ったあの男を、リエルは許す事はできなかった。
沸々と湧き上がるリエルの怒りが次第に内に秘めた魔力と同調を始め、その瞳に真紅の光をチラつかせている事に気づいたミヤビとナシタが慌てて声を掛ける。
〖お、落ち着けリエル!何をそんなにイラついておるんじゃ!?〗
〖リエル様!気をお静め下さい!〗
契約の力で繋がりでお互いの感情をある程度理解することは出来ても、思考までは共有できない為、二人にはリエルの怒りの原因までは分からなかった。
「リ、リエルちゃん?どうかしましたか?何やら只ならぬ気配が発せられてますが・・・」
「え!?あ、いや・・・あ、あははは!な、何でもないですよ?ちょっと疲れているだけです!」
ミヤビとナシタ、そしてキャスから掛かった声でリエルから漏れ出ていた威圧感は即座に消失し、リエルも浮ついた言葉と乾いた笑いで取り繕うとする。
「そ、そうか?確かに長い事拘束して悪かったのぅ」
「い、いえ!?別にそんなんじゃ無いですから!」
マルドゥクの気にしている様子を見て必死に誤魔化そうするリエルに――
「悪いつでに、あの魔物について何か思う事などあったら聞かせて欲しいのじゃがどうじゃね?」
「ごめんなさい。今のところ目新しい事は特には・・・」
「いやいや謝る事は無いぞ?儂等だって大した事は分かっておらんのじゃしな。話も十分じゃし、何か分かったら後で連絡してくれても構わんよ。それと解散する前に今回の件での嬢ちゃん達の働きについて一つハボット殿の意見を伺いたい」
「何だ?」
「先の救助作戦と今回町の危険を未然に防ぐ事に負傷を負ってまで尽力してくれた嬢ちゃんに対して冒険者ランクの上昇を考えておるんじゃが、どう思うかね?」
Cランクまではギルドの判断でランクの上昇を認める事が出来るので、わざわざ国や領主に申請書を提出する義務は無いのだが、Bランク以上になった場合、昇格試験は国で定めた場所と日程で行われる決まりになっているのだ。それはBランク以上の冒険者ともなれば、その実力は国にとって有事の際に掛け外のない戦力として数えられるようになる。そしてそれが他国へと流れるのを避ける為、貴重な文献の閲覧や立入禁止の古代遺跡の調査といった様々な特典が国から認められるようになるのだ。
そしてリエルは冒険者として登録をしてから一週間程度しか経っていない。
リエルの存在が常識から逸脱している事を理解しているマルドゥクはここでのランク上昇は何も不思議は無いが、急な冒険者ランクの上昇は要らぬやっかみをリエルが被るのでは無いかという不安があったのだ。
その為、何か問題が起きる事があった場合を考慮して予め、確かな実力を持ったやり手の貴族であるハボットから協力を得られるようにしておこうという算段である。
そんなマルドゥクの真意をハボットも理解し、少し考え始める。
「ふむ・・・」(確かリエルさんはFランク冒険者だったな。わざわざ私に意見を求めるという事は、何か事情があると考えるのが妥当な所か・・・そして・・・)
ハボットはいくつかの可能性を思い浮かべながら思考を巡らせる。
「いいんじゃないか?Aランク冒険者であるベルセフォネ殿が口を挟まない点を見てもリエルさんにはそれだけの実力があると考えていいんだろう?それに彼女達の働きが確かな事は私も理解しているつもりだしな」
「私が口を挟まなかったのはそういう意図では無いのですが、少なくともリエルさんの実力でFランクというのは逆に不自然だと思われるのは確かですね」
「ほう!Aランクの君がそこまで言うとは、リエルさんの実力は相当な物だと言う事かな。ならばいっそのことFから飛んでDランクまで上げてしまえばいいんじゃないか?」
「儂は反対する気は無いが、飛び級となるとハボット殿のサインを書類に一筆いただく必要が出てきますが良いのかね?」
「構わん。持ってこい」
本人を他所に話が進んで行く中、リエルは胸ポケットを中から叩かれるのを感じて、クエレの存在を思い出す。
「お、お話中のところ悪いのですが、ちょっと席を外しても良いですか?」
「おお、すまんな。まぁ聴いていた通りギルドカードの書き換えをさせて貰うよ。報告書をまとめる時間も含めると一時間くらいかのぉ。済まんがそれくらい経ったらもう一度足を運んでくれんか」
「分かりました。それじゃ先に失礼します」
リエルは頭を下げると部屋を退出する。
部屋を出て扉を閉めたリエルは、近くに誰もいないことを確認すると、大きく息を吐いて小声でクエレに話しかける。
「どうかしたの?」
リエルの声を聞いてひょっこりと頭を出したクエレも大きく息を吐いて体内の空気を循環させる。
「話が長くて疲れちゃったわ!」
「悪かったわよ」
「聞いていた感じだと少し時間があるんでしょ?どこに行くの!?」
「そうねー・・・一時間くらいって言ってたから・・・」
「どうせなら有意義に時間を使うべきじゃろう。次の町へ向かう準備を少しでも進めておいた方が良いのではないか?」
「それもそうね。それじゃー街の市場でも観に行きましょ」
「おっけー!」
「うむ」
「畏まりました」
取り敢えず市場へ向かう事にしたリエル達は建物の外へ出ようと歩き出す。だが、少し扉から離れたところで再び後方で扉が開く音の後、リエルに声が掛けられる。
「リ、リエルさん!ちょっと良いだろうか?」
「ハボット様?何かご用ですか?」
二人の距離はそこそこあった為、ハボットの方からリエルの元へ歩み寄ると、ハボットは意を決したかのような表情で口を開く。
「も、もし宜しければ、手を貸して頂いた感謝とランクアップのお祝いも兼ねて私の屋敷でその・・・しょ、食事でもどうかな?」
その言葉にハボットが現れてから聞き耳を立てていた他の冒険者達は驚愕する。
あの異種族嫌いで名高い領主様が、事もあろうにエルフの少女を自分の屋敷に招待している現場を観てしまったのだから当然だろう。
無論そんな周囲の者達の驚きにリエルとハボットは気づく様子は微塵もなく、リエルは困惑しつつもハボットに言葉を返す。
「え、えーと、ちょっと直ぐには答えられないので、あ!またここに戻ってきてからお答えしても良いですか?ちょっと私もやらないといけないことがあるので!」
「も、もちろん構わないとも!リエルさんの予定を優先して貰って一向に構わないよ!よ、呼び止めて済まなかったね」
「い、いえいえ。それでは失礼します」
ぺこりと頭を下げてその場から離れて行くリエル。そのまま建物の外へと出て行くのを確認したハボットは、キリッとした表情が一変し何ともだらし無いデレっとした表情が現れる。
ハボットが極度の少女趣味と噂される事になるのはまた後の話・・・
お疲れさまでした。
ここまで読んで頂いてありがとうございます。
楽しんで頂ければ幸いです。
いやぁ・・・話が纏まらない・・・やっぱ物語を考えるっていうのは難しいですね。
ともあれ、新章突入です。




