73話 宿屋にて
誤字脱字は時間があるときに修正します。
人通りの無い道を歩いているミヤビ達。ナシタにおぶさっているリエルが少し頭を動かしてミヤビを見る。
〖・・・そのまま宿まで行くつもりなの?〗
〖ん?何がじゃ?〗
歩きながら後ろを振り返ったミヤビはリエルの問いかけに首をかしげると、ナシタがそれに反応する。
〖人型のままではまずいのではないかと〗
〖あぁ、それはその通りじゃな。どれ、誰も見とらん内に―――〗
ミヤビは周囲を軽く見渡すと、人化の術を解いて本来の姿を露わにする。だが、その毛並みはドス黒い血に塗れており、実に見栄えの悪いものだった。
ミヤビ自身もその汚れは気持ちの良いものではない為、不満を口にする。
〖全く持って不愉快じゃな。妾の美しい毛並みがこれでは台無しでは無いか。先日といい今回といい、ひどい目にあってばかりで堪らんぞ〗
〖ですが、ミヤビ様は浄化の魔法を使えるはずでは?リヴルの森でリエル様に使っていたような記憶があるのですが〗
〖そう言えばそうね。何で使わないの?〗
リエルとナシタが不思議に思っていると、ミヤビは少しばつが悪そうに答えを返す。
〖妾が使える浄化魔法では闇の魔術で生じたこの汚れは浄化しきれんのじゃ。先日、瘴気を消し去るために使った浄化の炎であれば問題無く浄化出来るじゃろうが、あれは魔力消費の激しさもさる事ながら、なにより目立ちすぎる〗
〖浄化の炎?〗
〖リエルは気を失っておったから知らんのも無理はないか。まぁ兎に角、さっさと宿に戻ってこの汚らわしい体を何とかしたいものじゃ〗
リエルには浄化の炎が何のことだが分からなかったが、身体のだるさの影響もあって、それ以上聞き返す気にはなれなかった。
その為、ナシタの背中で心地よい揺れを感じていたリエルの意識は、強い睡魔に襲われていた。
〖あたしも・・・ちょっと無茶しすぎたみたい。早く宿に戻って・・・ゆっくりしたい〗
〖リエル様さえ宜しければ私の背中でお休みになれても構いませんよ!!〗
〖阿呆。リエルが眠りについたら誰が宿で受け答えをするんじゃ。リエルもしばし我慢するんじゃぞ。その為に妾も宿に戻ってから体を浄める事にしたんじゃからな〗
〖・・・頑張る〗
浄化魔法が無理でも物理的に――要は洗えば問題なく汚れは落とせるのだが、落としきるにはそれなりに時間が掛かる。リエルの状態を考慮した結果、ここで時間を取るのは避けようという、ミヤビなりの配慮だった。
更に少し歩き続けると、ちらほらと通りに人の姿が見えるようになってくる。そしてその民衆の視線は自然とリエル達へと向けられる。
この町に来てからそれなりの日数は経過しているが、やはり従魔の存在は珍しいという事なのだと再確認したリエル。
突き刺さる視線にむず痒い感覚をリエルが覚えてきた頃、ナシタが鼻息荒く苛立ちを口にする。
〖実に不愉快です。リエル様を見世物でも見るかのような目で見るとは〗
〖まぁいい気はせんが、この状況ではそれも仕方あるまい。ただでさえ妾達は目立つと言うのに、リエルがそのざまじゃからのぉ〗
町の人間からすれば、従魔のバンドを付けていると言っても、大きな狼が二匹街中を歩いていれば気になるのは仕方がない。しかも片方は背中に少女を背負っているのだから尚更である。
〖は、恥ずかしい・・・〗
〖下手に絡んでこないだけマシじゃ。もう少しで宿に着くから我慢せい〗
〖あっ!リエル様!宿が見えて参りましたよ!〗
リエル達の視線の先には見慣れた外観の建物が見えてきたが、今夜はいつもと違って目立った人集りもなく、少し閑散とした雰囲気が漂っていた。
〖いつもの行列が無いとなんだか変な感じがするわね〗
〖あの騒ぎの影響なのでしょうか?〗
〖妾としては静かに過ごせて願ったり叶ったりじゃがな〗
そんなたわいも無い事を話しつつ、宿までの距離を縮めきったリエル達が、建物の中に入ると、その姿は受付にいたカレンの目に止まるのだが、カレンは驚いた表情のまま、大きく口を開けて固まってしまう。
そこへタイミングよく現れたシエラ。リエル達を見て一瞬笑顔になり掛けるが、あっという間に驚愕の表情を作り出し、声を張り上げて駆け寄ってくる。
「ぎゃああぁぁ!!ミヤビちゃんが怪我してる!?体中血だらけだよ!?」
シエラが勘違いするのも無理もない事だった。
側から見れば、ミヤビは身体中ドス黒い汚れで、まさに血塗れのような姿を晒しているのだから。
カレンも同様の思いをミヤビを見て抱いたのだろう。駆け寄るシエラに続いてカレンも受付から駆け寄ってくる。
「ミヤビちゃん大丈夫!?」
「ど、どうしたんですかその格好!?よく見ればリエルさんも傷だらけじゃないですか!?」
「だ、大丈夫ですから。こんな感じですけど、ちょっと疲れただけですので」
あたふたしている二人に心配をかけまいとリエルも直ぐに言葉を返すと、シエラは手を伸ばしてミヤビに触れようするのだが、それをミヤビは避けるように距離を取る。
「ダメだよ!ちゃんと手当てしないと!いたいでしょ!?」
ミヤビを捕まえようと必死に手を伸ばして迫ってくるシエラを、ミヤビは巧みに避け続ける。横目で見ていたリエルも不思議になって声を掛ける。
〖何やってるの?〗
〖いや、少量ではあるが闇の魔力を伴っている汚れじゃからあまり触らんほうがいいと思うてな。リエルよ、この娘に言ってやってくれんか〗
ミヤビがシエラを避けていたのは、シエラに悪影響を与えないよう気にかけての行為だった事に驚いたリエルだが、理由を理解したリエルは直ぐにミヤビの言葉をシエラに伝える事にする。
「ミヤビの体の汚れにはシエラちゃんに悪い影響があるかも知れないんだって。だから今は触らないで欲しいそうよ」
リエルの言葉を受けて、シエラは手を下ろして大人しくなるが、その表情からは不安な思いが見て取れる。
「怪我はしてないの?」
『ウォン!』
「平気だって。心配してくれてありがとね」
「一体何があったんですか?リエルさんの怪我といい・・・もしかして、衛兵所の方が騒がしかったのと何か関係あるんですか?」
ナシタの背中で休息を取れた事もあり、体に多少余裕が出てきたリエルはゆっくりとナシタから降りてカレンと向き合う。
今まではリエルのうつ伏せの体勢と髪の毛で、カレン達からリエルの表情は見えなかったのだが、お互いが向き合う形なった事で、リエルの片目を覆い隠すように布の巻かれた顔が露わになる。
「リエルさん!?それどうしたんですか!?目が・・・」
「まぁちょっと有りまして。別に見えないわけじゃないのでこれも気にしないで下さい」
気にするなと本人は言っているが、カレンからすれば難しい話である。小さな少女が、体中傷だらけのうえ、目に怪我までしているのだから内心穏やかではいられない。今すぐ医療施設へ連れて行った方がいいのではと考えていたほどだ。
そんなカレンの心中を他所に、リエルは何事もないかのように言葉を続ける。
「それより、このままだと部屋に入る訳にはいかないのでミヤビの体を綺麗にしてあげたいんですが、どこか場所を貸してもらえませんか?」
「え・・・あ、そ、そうですね。それでしたら、裏手の厩舎が丁度いいと思いますからそこを使って頂いて構いませんよ」
「有難うございます。ちょっとお借りします。行くわよミヤビ、ナシタ」
リエルはカレンに小さく頭を下げると、ミヤビ達と共に宿からでて厩舎の方へと歩いて行く。
〖体の方は大丈夫なのか?ここまで話が済めば無理してついてこんでも問題あるまい〗
〖ナシタのおかげでちょっと余裕が出てきたから大丈夫よ。代わりの眠気はつらいけど、手早く済ませて部屋に戻りましょ〗
〖大丈夫なら良いが・・・まぁそれならさっさと済ませてしまうとするか〗
厩舎の前まで来たリエル達は、ひらけた場所へと移動する。
ミヤビが周囲の気配を確認した後、水の魔法を発動させる。大きな水の球体を魔力で作り出したミヤビは、それを操作して自身の体を包み込む。
ミヤビの体を包んだ水は直ぐに透き通った物から濁った色へと変色し始める。
〖うわぁ・・・思った以上に・・・確かにこれはシエラちゃんには触らせられないわね〗
〖まさに"ブラッドプール"といった感じになってますね!〗
〖・・・ナシタってそういう事も言うのね。なんか意外〗
リエルとナシタはその光景を見ながら呑気に話をしているが、ミヤビは二人を気にする事なく作業を続ける。
真っ赤に染まった水から体を出したミヤビは再び同じ魔法で水の球を作り、同じようにそれを使って体の汚れを入念に落としていく。
〖やっぱり水の魔法って便利な物ね。あたしも使えるように真面目に練習しよっと〗
〖リエル様!私もお伴します!〗
〖そうね。二人でミヤビに教えてもらいましょ〗
〖はい!〗
(まぁやる気になるのは良い事じゃな。ナシタの方も今のままじゃと戦闘の方ではイマイチ頼りない。攻撃手段を増やしておくに越したことはないじゃろう)
体の汚れを落としながら二人の会話を聞いていたミヤビも、これからの事を考えナシタとリエルの戦闘能力の向上プランを考えておいた方がいいだろうと思案する。
作業も終わりが近づいてきた頃、ミヤビの感覚が急速に接近して来る存在を知覚する。
頭上を見上げたミヤビの目に飛び込んできたのは、天界に戻っていたクエレだった。
〖リエル。クエレの奴が戻ってきおったぞ〗
〖え?〗 〖げっ〗
リエルはキョロキョロと周囲を見るがクエレの姿は見えない。露骨に嫌そうな声を出していたナシタも周囲を見回す。
〖上じゃ上〗
〖上?〗
ミヤビに促されて空を見上げるリエルとナシタ。
丁度そのタイミングで落ちるように飛んできた小さなピクシー、クエレはリエルの真上で体を宙返りさせて軌道を修正すると、リエルの顔の前までやって来る。
ビシッとポーズを取っているクエレはそのまま不敵な笑みを浮かべながら口を開く。
「さぁ帰ってきたわよ!喜びなさい!寂しかったでしょ!?」
「お帰りクエレ」
「ただいま!ところでイナ――ミヤビは何やってるのあれ?」
「体が汚れたから洗ってる所よ」
「随分古風な方法を使ってるのね。浄化の魔法で汚れくらい直ぐ落とせるでしょうに」
「闇の魔法の影響で、ミヤビの使える浄化の魔法だと効果が薄いんだって」
「闇の魔法って・・・ていうかよく見ればリエルも随分傷だらけね。しかも・・・」
クエレはリエルの負っている傷の具合を見ながら言葉を続ける。
「普通の傷じゃないわね。何があったの?」
「ちょっと色々あってね」
そこへ、作業を終えたミヤビが三つの濁った水の球を伴いながら近づいて来る。
「待たせたのぉ。どうじゃ?元の美しい姿に戻ったか?」
「大丈夫そうよ。ところでそれどうするの?」
リエルはミヤビの周囲に漂っている水の球を指差して疑問を口にする。
「流石にこれをその辺に撒き散らすわけにはいかん。折角じゃからクエレに手を貸してもらおうと思ってな」
クエレには念話を聞き取ることができないので普通に会話をするミヤビはクエレに喋りかける。
「きて早々すまんが、お前の力でこれを浄化してくれんか?」
「それくらいお安い御用だけど、私の力だとちょっと強すぎるけど平気なの?」
「ここの宿の者には世話になっとるからな。それくらいの褒美があってもよいじゃろう」
「そ。ならさっさと済ませましょ」
「頼むぞ」
クエレは濁った水の方へと近づくと、それに向けて自身の持つ浄化の能力を行使する。
クエレが真っ赤に濁った水球に軽く息を吹きかけると、水球は魔力の光を微かに立ち上らせ始め、それは徐々に強くなっていき、それに合わせて水球は元の透き通った液体へとその色を取り戻して行く。
これがクエレの種族、ドラゴンであるクエレブレが持つ特殊な能力、【祝福の息吹】の効果で、その力は枯れた土地でも緑を取り戻すほどの祝福の力と浄化の能力を兼ね備えた非常に強力な特殊能力である。
「これでいいかしら」
「うむうむ、流石の効果じゃのう。あとはこいつを・・・」
ミヤビは側にあった、宿の料理に使っている野菜の一部を賄っていると思われる小さな畑にその水を巻き始める。
「これでよし」
「何でそんな事したの?」
ミヤビの行為に何の意味があるのか分からなかったリエルから疑問も声が上がる。
「なに、美味い食事の礼にな。祝福を受けた水の力で、しばらくはこの畑の作物は格段に成長速度が向上するはずじゃぞ」
「ふーん。ミヤビが人のためになる事を進んでやるなんて、よっぽどここの人間が作る料理が気に入ったのね」
「そうね。やっぱり食べ物の事になると真面目になるのよね、ミヤビって」
「私もここの人間が作る料理は美味しいと思いますので、ミヤビ様の好意は正しいものかと思います!」
「そうじゃろうそうじゃろう。ナシタはよう分かっておるではないか。リエルやクエレとは大違いじゃな」
ミヤビの感知能力で周囲に潜む者がいない事は分かっているが、いつまでもここでのんびり話している程、リエルに負担はかけられないのでミヤビは直ぐに話を変える。
「さて、やる事もやったし、部屋に戻るとするぞ。無理をしてリエルに倒れられても困るからな」
「なら、私も一緒に行かせてもらうわよ!」
クエレは素早く定位置であるリエルの胸ポケットへと潜り込むと、そこから頭を出してリエルを見る。
「はいはい。じゃー戻りましょ。あたしもそろそろ眠気が限界だわ」
リエル達は厩舎を後にして、宿の方へと戻っていく。
(そー言えば、来る途中に見かけたアレは何だったのかしら?いや、それよりも料理よ!)
ふと、空で見た翼の生えた人影の事を思い浮かべるクエレであったが、これから待っているであろう美味しい食べ物の事に考えが移ってしまうのだった。
お疲れさまでした。
ここまで読んで頂いてありがとうございます。
楽しんで頂ければ幸いです。
投稿ペースなんですが、しばらく一週間感覚になると思いますがお許しください。




