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7話 在るべき場所と目覚める獣

 背中を受けた傷の痛みに飲み込まれそうな意識をなんとか保ち、結界の場所に向かって走っていたリエル。服は血に染まりべったりと肌にくっついて不快な感触を与えてくるが、止まるわけにはいかなかった。今止まれば、きっと走り出すことはできないだろうと、捕まれば自分の一生が終わるのだと思うと怖くて堪らなくなっていた。


 息を上げながら走るリエルの後方から、人数はわからないが人の声が響いてくる。


「おい!ガキが一人森に逃げた!急いで捕まえに行くぞ!」


 盗賊の一人であろうでかい声がリエルの耳に入ってくる。


(神様・・・助けてください・・・おかあさん・・・)


 祈りながら走り続けるリエルは森の中を駆けてい行く。子供の足ではいずれ追いつかれる・・・その時が来ないうちに結界までたどり着ければ、そう思いながら必死に走る。木々の間を縫うように最短距離を走るリエルの顔や足には木の枝できった傷がいくつも見受けられたが、それを意に介す事なくリエルは走り続ける。


 それでも、追手の盗賊達の足は速く、やがて近くで声が響く。


「いたぞ!こっちだ!!」


 血の気が引いていくような恐怖がリエルの全身を襲った。だが、リエルは諦めていなかった。数十メートル先には目的の場所が見えていた。息も絶え絶えにしながら、リエルは結界へと転げながら入り込むと、這いつくばりながら近くの木の陰へと身を隠す。


 荒い息を必死に抑えこみ、自分が入ってきた方へと意識を向けている。


「これは・・・結界か?エルフどもの隠れ家か。めんどうな」


 侵入しようと試み、結界に阻まれた男の忌々しそうな声が外から聞こえてくる。


「おい、ガキはどこ・・・なんだこりゃ?おい。ガキはどうした?」


「この中に入っていったのは見たが入った瞬間見えなくなった。中に入ろうしても押し戻される。結界だな」


「厄介なもんを用意していたもんだぜ。長耳の奴隷どもが。おい、さっさとこの結界をぶち壊せ!」


 男の声を合図に、3人の男達は、手に持った斧や長剣を結界に突き立て始める。望まぬ存在が踏み入る事を阻む結界といえども、その効力は無限ではない。結界に与えられた衝撃は魔力を散らす。供給される魔力がなくなれば結界を維持することはできなくなる。


 その事を知らないリエルは木の陰で震えて、彼らが諦めてくれることを震えながら祈るしかなかった。結界の反対側から逃げる事も出来るが、森のさらに奥に行くことは結局のところ自殺行為にしかならず、リエルには男達が諦めるのを・・・ただ時が過ぎるのを待つしかなかった。


 しかし


「よし。さっさと仕事をすまして、一杯やりにいくぞ」


 結界の消失を確認し、男達は注意深く結界の張られていた周囲を探る。


 木の洞に隠れている自分の近くまで足音が迫ってくるの感じたリエルは、恐怖で股間を濡らしていた。そしてその時が来た。


「こんにちわ。くそがき!」


 目の前の地面に斧が振り下ろされ、醜悪な笑みを浮かべた男が顔を覗かせる。


「ひっ!」


「手間かけさせやがって!おらっ!」


 男はリエルの腕を掴むと、洞から引きずり出し頬を殴り飛ばした。


「あぐっ!」


「おい、顔はやめろ!傷をつけたら値が下がる。ダークエルフなんて滅多に手に入らない商品だ。丁寧に扱え!」


「ちっ、わかってるよ!おら、さっさと立て!」


 腕をつかみ引きずるように起こそうとするが、リエルは男達の会話から、話に聞いたことがあるエルフを売るために攫う人間の事を思い出し、この後の自分を待っているであろう出来事を想像し、覚悟を決める。恐怖を振り払い瞳に力を籠め、魔力を手に収束させていく。


「【回転する風刃(ウィンドソーサー)】!!」


 リエルは、掴まれていた腕で、その先にいる男に向けて魔法を放つ。


 詠唱破棄から放たれた【風の碑文第三節魔法】【回転する風刃(ウィンドソーサー)】。風の輪が高速回転し、目標に向かって放たれる威力を重視した魔法。子供が、前触れもなく放ってくるという状況を想定するのは不可能だろう難易度の魔法。男は風の刃をその身に受け、持っていた斧を落としてしまう程の衝撃を受け吹き飛んでいく。


 その様子を見ていた周りの男達は何が起きたのか理解できずに固まっていた。


 突然の出来事に静かになった場に怒気交じりの声が響いた。


「ってぇな!このクソガキがぁ!」


 吹き飛んだ男が勢いよく体を起こし声を上げる。その声にはっと我に返った周囲の男達も武器をかまえ、リエルを注視する。


「油断するな!詠唱無しであのレベルの魔法を使ってくるなんて普通のガキじゃないぞ!グスタフ!平気か!?」


「うるせぇ!平気だ!このガキ、少し痛い目みせてやんねぇとわかんねぇみたいだなぁ!」


 グスタフと呼ばれた男は左の肩あたりから血を流しながらも、素早く斧を拾い上げる機敏さで接近しリエルを斧の背で殴り飛ばす。


 風に吹かれる枯れ葉のように殴り飛ばされたリエルは、今まで味わったことのない激痛に言葉も出せず、転がりながら地面に着地し、何かにぶつかって動きをとめた。


 意識は朦朧とし、気を失う寸前のリエルに、もはや抵抗などできる力など残っていなかった。吹き飛ばされた衝撃で落ちた首飾りが目の前に投げ出されているのが目に入ると、手を伸ばし何とか握りしめる。掴んだその手に再び痛みが走る。


「どうした?さっきみたいに魔法でも使ってみるか?ん~?」


 手の甲を踏みつけるグスタフは足でぐりぐりと力を入れる。


「その辺にしておけ!そいつが死んだらその分の金はお前の取り分から引かせてもらうぞ!!」


 先ほどと同じ男が、グスタフを諫めるが、グスタフの怒りは収まらない。もともと弱者を甚振るのが趣味のような根っからのクズ野郎のグスタフと、この男は馬が合わず衝突することが多かった。


「そうはいってもなぁ?ベジャール。俺はこのガキに一発もらってるんだぜ?俺だから平気だったが、他の奴だったら大怪我してたところを、この程度ですんだんだぜ?もうちょっと感謝してもらってもいいんじゃねーか、なっ!」


 言葉と同時にリエルを蹴り飛ばし、小さな体が宙に舞った。


「いい加減にしろ!グスタフ!」


「るせぇな!」


 口論する二人をほかの3人はやれやれといった様子で伺っていた。


 しかしそこで異変が起きている事に気づく者は誰もいなかった。


 決定的な一撃を受けて意識が闇に沈みかけていたリエルは、苦痛の中である感覚を覚えていた。


 外から急激に自分の中に流れ込んでくる魔力の熱。手の平から、腕を伝い、体の核たる心臓に注ぎ込まれてくる魔力の洪水。その身は熱を帯び始め、黒い肌が薄くなり、明るい褐色へと変わっていく。背中に受けた傷も瞬く間に回復していき、消えそうだった意識はハッキリとしはじめる。リエルが自分に何が起きているのか理解できないまま、その変化は終わりを迎え、気が付けば手に持っていたはずの首飾りは紐だけを残し消えていた。


【魔封じの水晶】。最上位レベルの魔力を封じ、留めておく事が出来る珍しいアイテム。


 本来あるべき場所へ魔力を返し、役目を終えた石はその形を粒子へと変える。


 その魔力に呼応するかのように、もう一つの存在も行動を起こすのだった。


 ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 日が傾き始めてくるころ、村では今だ激しい攻防が続いていた。リリーナの魔法によって呼び出された、地面から這うように迫ってくるたくさんの蔦を避けれず捕まり、身動きが取れなくなっている者がいるが、そこへ素早く打ち出された魔法、飛来する岩石の槍【大地の碑文第二節魔法】【岩石の飛槍(ロックランス)】が、その体に致命的な大穴を穿つ。


「ぐぎゃっ!」


 直撃を受けた男は、たまらずその場で苦痛の声をあげるが、捕まっている状況から逃れようとその身を捩る。しかし鋭い動きで駆け寄る女エルフの短刀が、その命を完全に奪うべく抜き放たれた。


「ハアアッ!!」


「っ!・・・ごはっ!」


 鋭く振り抜いた短刀による一閃。男は声を上げようとするが、裂けた首から漏れる空気によって血が押し出されるゴボゴボと言った感じのくぐもった音だけが出ているだけだった。そのまま男が崩れ落ちる様子を見た、テルマは素早くその場から飛び退く。


 さっきまでテルマがいた位置に横から剣が振り下ろされたがその刃は標的を捉える事なく空を切った。


「ぐっ!?」


 次の瞬間、剣を振り下ろした男の体に二本の矢が突き刺さり、男は驚きと痛みで声を上げるが、直ぐに持ち直してその場から速やかに距離を取った。


 短刀と素早い身のこなしで翻弄するテルマに、弓による攻撃で相手の隙を逃さず射抜いてくるエリック、そして魔法により場をコントロールするリリーナの見事な連携は、着実に盗賊達の戦力を削って行く。他に数名のエルフが駆けつけ盗賊団に弓を射って攻撃を加えているが、リリーナ達三人が要と言って間違いない。消費してる魔力と疲労は少なくはないがこのままであれば、リリーナ達の敗北はありえなかった。


 戦力的には十分な筈の盗賊達がここまで手こずっている大きな理由。それは盗賊団とリリーナ達、両者の望む結末が大きく異なっているのが、この状況を生み出している最大の要因である。盗賊達はエルフを奴隷として攫うのが目的の為、生かして捕らえる必要があるのに対して、リリーナ達は隣町へ向かった者が衛兵隊を連れてくるまでの時間を稼げばいい為、無理に攻める必要がない。時間をかけられない盗賊達は無理にでも攻めて行かねばならない以上、それを迎え撃てばいいリリーナ達が追うリスクよりも重いものになる。


 じわじわと自分たちが追い詰められている事実に盗賊達の表情には明らかな不快感が浮かんでいる。だが闇雲に手を出したところで目の前のエルフ達には通用しない、だが・・・。


「まったく、いつまでこんな相手に手こずってるんだか。もういい。俺がやる」


 事態を何とかしようと考えていた盗賊達の後方から一人の男が姿を現し静かだが、明らかにイラつきを伴う言葉を発して歩いてくる。


「役に立たない奴らだな。お前らもういいから、さっさとあの建物を何とかして必要な商品を確保してこい」


「あ、あんな奴ら、俺達だけでどうにでもできますよ!クライネさんほどじゃありませんけど『あー、もういい。黙れ。』俺だってた――」


 瞬間、クライネと呼ばれた男は腰に差していた武器で、目の前でしゃべっていた男の首を斬り飛ばした。斬られた男の首は地面に落ち、その顔は何が起きたのか理解できずに目を見開いているが、次に目に映った倒れてくる見慣れた体に何をされたのか理解し、驚愕の表情で絶命した。回りの盗賊達は言葉も出せずに硬直していた。


「さて、待っててもらってすまなかったな。こいつらじゃつまらないだろ?ここからは俺が相手になるから、精々足掻いてくれ」


 そういって、手に持った武器を構え、リリーナ達へと向ける。その武器は、両刃で幅広な刀身ではなく、刃は片側にしかついていない長く鋭い刀身をもった【刀】と呼ばれる剣で、両刃の一般的な【ロングソード】などより扱いにくい武器なのだが、男の纏う気配と先ほどの動きが見せかけではない事を物語っていた。


 リリーナ達も、その男の気配が、先ほどの者達とは比べ物にならない強者の物であることを感じ取り、全てを出し切らねばならないだろう事を理解し、戦いに望むのだった。

こんな見切り発車で書き始めたような内容の物を思ってたより多くの方が読んでくれいるみたいで正直びっくりしてます。

読んでいただきありがとうございます。誤字脱字等あったら随時修正していってます。

お疲れさまでした。

次回は二日後ぐらいになると思います。

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