66話 東の森の略奪者 その7
誤字脱字は時間があるときに修正していきます。
(父上の魔力を感じる・・・どこだ・・・)
遙か上空を一匹のドラゴンが雲の海に軌跡を残しながら移動している。白く輝く鱗に太陽の光を反射させるその体は、成体ではないのか随分と小さい。
(町を襲い、父上を連れて行った奴も近くにいるはず。絶対に報いを受けさせてやる!)
ドラゴンは、魔力の位置を感じ取りながら上空を移動していく。
―――――――――――――
触れる物全てを変質させていく濃密な瘴気は、少しずつだかその力を失いつつあった。それを行っているのは建物の傍で倒れているリエル達を背にして立っているベルセフォネだ。
周囲に漂っている瘴気は、ベルセフォネが掲げている一本の剣へとどんどん吸い込まれていく。
これは全部で七本あるベルセフォネの《具現せし刃》の中の一本で、魔素を吸収して自身に供給する能力を持っている。
この能力を使って、ベルセフォネは周囲に漂う瘴気を自身の体内に取り込んで瘴気の拡散を防いでおり、その効果もあって、リエル達や建物内へと瘴気が流れ込む事態は何とか避ける事に成功している。
だが、この方法は自身の身体を毒素の受け皿にしているのと同じであり、ベルセフォネの体は徐々に瘴気の力に蝕まれていってしまう。
(聖剣気でも浄化しきる事は無理か・・・ドラゴンから流れ出る瘴気だけならなんとかなったがこのままでは・・・)
ベルセフォネが結界を解く選択を下したのは、人質の命を捨てた訳ではない。
人質とリエル、両方を守るという決意から、自分の体で瘴気を抑え込むという方法を選んだのだ。
しかしドラゴンから放たれていた瘴気だけなら聖剣気の力で相殺する事は可能だったのだが、増幅された負の力はそれとは比べ物にならないほど強く、浄化が追いつかなくなったベルセフォネの肉体に瘴気の影響が姿を見せ始める。
皮膚に黒いシミが表れじわじわと体の表面を広がりながら、ベルセフォネに苦しみを与え始める。その事から、ベルセフォネは自分の体に限界が迫っている事を強く感じ取っていた。
(これはいよいよまずい状況になってきたわね・・・)
なす術なくひたすら耐える事しか出来ないベルセフォネの耳に声が聞こえてくる。
「面倒を掛けて・・・すまんな。どれ、妾も手を貸すと・・しよう」
「ミヤビ様!?よろしいのですか!?」
その声を聞いて振り返えるベルセフォネの目に映ったのは倒れているリエルの傍にいる血を流しながらも四本の足で立ち上がっているナシタと、見た事もない服を纏い立派な薙刀を手にした一人の少女であった。
「うるさいぞナシタ・・・これは放っておく訳にもいかん」
苦しそうな表情を見せているが、少女は持っていた薙刀を地面に突き立てると、膨大な魔力を薙刀へと流し込んでいく。
「この地の不浄を払いその秘めたる力を現世へと示せ!」
少女の上げた言葉に従う様に、突き立てられた薙刀が炎を吹き上げる。薙刀から溢れてくる炎は触れても熱を感じさせる事はなく、辺りに充満している瘴気を飲み込むように広がり始める。
ベルセフォネの目に映る物全て、一面が火の海になった頃、その変化に気づき始める。
「瘴気が薄れていく・・・それに体が――」
自身の体に表れていたシミが徐々に薄れていき、その身体に活力が戻ってくるのを感じるだけでなく、周囲に広がっていた瘴気の影響も見る見るうちに収まり始め、侵食されていた木々も元の色を取り戻していくのを目の当たりにしたベルセフォネは驚きながらもその光景を見つめていた。
やがて煌々と燃え盛っていた炎は役割を終えると消え去り、後には元の薄暗い森の風体を取り戻していた。
「十分じゃな・・・」
少女が手に持っていた薙刀を地面から引き抜くと、薙刀は炎と共に姿を消す。少女の息は少々荒く、小さな体は膝をついて地面にへたれこんでしまう。
「ミヤビ様っ!?」
慌ててナシタが傍へと駆け寄るが、ミヤビと呼ばれた少女はそれを手で押し留め問題ないという意思を示す。
「リエルの怪我は・・・大丈夫なのか?」
「は、はい。そこの人間から受け取った【中位回復薬】の効力もあって何とか。今は気を失っているのか眠りについている様です」
既にベルセフォネを前にしても念話で会話する事はなく、ナシタはミヤビの問に答えを返す。
「どれ・・・念には念を入れておいたほうがいいじゃろう」
ミヤビはゆっくりと立ち上がって、倒れているリエルの傍へと来ると、腰を落として気を失っているリエルの体に手を当てて魔法を唱える。
「【リジェネレート】」
ミヤビは魔法をリエルに向けて唱えると、一瞬仄かな光がリエルを包み込み、体の中へと消えていく。
「これでリエルは大丈夫じゃろう・・・。さて――」
地面に座り込んだミヤビはベルセフォネへと視線を向ける。
「まず最初に言っておこう。妾達の――」
「私は人の秘密を言いふらすような趣味はないわよ」
周囲に漂っていた剣を消して、ミヤビの元へと歩いてくるベルセフォネから告げられた返答にミヤビは軽く頷く。
「話が速くて助かる」
「よろしいのですか?【人化の術】まで見られているのに放っておいても」
「それよりも問題なのはあの仮面男のほうじゃ。彼奴の――」
言葉を続けようとしたミヤビであったが、その体から急激に力が抜けていくのを実感したと同時に地面に倒れ込んでしまう。
「ミヤビ様!?やはり何処かに異常が!?」
「声がでかいぞナシタ。少し疲れただけじゃ・・・」
少し疲れただけとは言ってみた物の、人の姿を維持するのも既に困難であり、その姿は元のフォックスウルフの状態へと戻ってしまう。
「すまんが少し休む・・・。しばしお前に任せるぞ・・・」
ナシタにそう告げるとミヤビもゆっくりとその眼を閉じて動かなくなる。慌ててナシタがミヤビの様子を確認する。
「大丈夫なのか?」
「・・・眠っておられ――むっ!」
言葉を返そうとしたナシタが黙り込む。ベルセフォネは何か起きたのかのかと周囲を警戒するが、聞こえてきたのは建物の中から出てくるベッキーの声だった。
「なんかすげー音がし――って、どうしたんだよ!?」
倒れているリエルとミヤビを、はたまた怪我をしているナシタを見た為なのかは分からないが、ベッキーが声を荒げる。
「眠ってるだけよ。ちょっと静かにしてあげて頂戴」
「・・・何があった?」
ベッキーの後に続いて他の者達も姿を現すと、何かが起きた事を察したガーランドがベルセフォネに声を掛ける。
ベルセフォネがそれに答えようとしかけたところで別の声が上がる。
「おい!?あれリエルだろ!?ぶっ倒れてるけど大丈夫か!?」
「ホントだわ!それにミヤビちゃんも様子が変よ!?」
「ナシタさんも怪我をしてるようですが・・・」
声の正体はカルツ達だ。
心配した三人はリエル達の元へと駆け寄ると、アラーナが優しくリエルを抱き上げる。口元に耳を近づけ息があるかを確認するアラーナ。
「・・・息はあるわ・・・良かった・・・」
リエルの無事を確認できたアラーナから安堵の声が出る。
「まさか救出チームの中にリエルまで加わっていたとはな・・・かっこ悪い話だぜ全く」
不甲斐ないところを見せてしまった事をカルツが悔しさと共に口にする。何より自分達のミスで小さな少女に危険な仕事をさせてしまった事に腹が立った。
「皆さんには迷惑を掛けてしまいましたね。お恥ずかしい限りです」
「何、こっちもそれなりの報酬を約束されてるからな。気にしなくていいぜ」
ミルドの言葉に、普段なら考えられないほど気の利いた答えをカリウスが返している。
そんな中でベルセフォネが手を叩いて注意を自分へと向ける。
「それぞれ思うところはあるでしょうけど、誰か一人、状況を確認させてほしい。あと、カーラは回復魔法でリエルさんの従魔の手当てをお願いできるかしら?」
「ええ、わかりました」
ベルセフォネから指示を受けたカーラはナシタの元へと駆け寄ると、杖を手に持ちナシタへ回復魔法を掛け始める。
状況のすり合わせのためにガーランドがベルセフォネの元へと来るとお互いに確認を始める。
「そちらは全員無事なようね。捕まっていた人達は問題ない?」
「あぁ、怪我をしていた者もいたがカーラが魔法で治療を施してもらったから問題もない」
ガーランドが顔を向けて指し示す先には、商人風の男と数名の男女がベッキー達に感謝の言葉を述べているのが見受けられた。
それを見たベルセフォネが安堵したように息を吐き、依頼の成功を確認する。そんな仕草を見せていたベルセフォネに、先程と同じ質問を投げ掛けるガーランド。
「俺達が建物に突入している間に何があったんだ?」
「ここで悪事を働いていた奴等のリーダーと思われる人物に襲撃されたわ。かなり厄介な相手のようだから、詳しい事はギルドに戻ってからにさせてもらうわ」
「成程。厄介な相手――か。それに関係あるのかもしれん出来事がこちらでもあった」
「・・・何かあったのね」
ガーランドの様子でそれが厄介な出来事だという事は察しがついたベルセフォネは険しい表情でガーランドを見る。
「何人かの黒手袋の一員を捕える事ができたんだが、突然苦しみだしたかと思ったら、揃って黒い水みたいなものになって跡形もなく消えてしまってな。正直、話している俺自身、何が何だか分からない現象だった」
「黒い水に――そういえば・・・」
ベルセフォネは縛りあげて建物の傍に転がして置いた男の事を思い出しそちらへ目を向けるが、そこに残っていたのは解けている縄だけだった。
「その様子だとそっちも知っているみたいだな」
「ええ。状況は違うけど間違いなく無関係ではないでしょうね」
「そうか・・・なら、詳しい話はギルドに戻ってから聞かせてもらうとしよう。幸い捕まっていた者達も移動には問題ないからすぐにここを離れる事は可能だがどうする?」
ガーランドの提案を受けたベルセフォネもすぐに町に戻る事に異論はなかった。何より捕まっていた人達の無事を報告するのは早いほうがいいし、森の外で警戒しているクラウス達にも依頼の成功を知らせる必要がある。
「なら、こんな辛気臭い場所に長居する必要はないわ。準備ができ次第、町へ戻りましょう」
ベルセフォネは町へと戻る準備に取り掛かる様にガーランドに頼むと、リエルを抱きかかえているアラーナ達の元へと歩いてく。
それに気づいたカルツがベルセフォネに軽く頭を下げる。
「貴方達が”戦いの雄叫び”の人達で間違いないかしら?」
「ああ。俺達が不甲斐ないばかりにあんた達には面倒を掛けちまった。面目ない」
「私は人の助けになる事を面倒だと思った事は一度もないよ。それに優秀な冒険者を失うのは惜しいからね」
その言葉を聞いて、少し複雑な心境になるカルツ。こんなへまをする自分達を優秀だなんていうのは、皮肉か何かだと思ったからだ。勿論ベルセフォネにはそんなつもりは毛頭なく、カルツ達の実績からくる本心の言葉だったのだが、いまのカルツにはそれを素直に受け止められるような気分ではなかったのだ。
「失礼だがあんたは?」
失礼だと分かっていても、カルツの口調には少し棘が出てしまう。
「今回この依頼を受ける事になったベルセフォネだ。過分な評価を受けているようで、これでもAランク冒険者を名乗らせてもらっているよ」
それを聞いたカルツは驚きから目を見開き、アラーナとミルドも口を開けてベルセフォネを見ている。
「あ、貴方がSランク冒険者にも匹敵すると言われている”魔剣士ベル”さんですか!?お会いできて光栄です!」
ミルドが慌てて口を開くと勢いよく頭を下げる。今度はベルセフォネの方がその様子を受けて複雑な表情をカルツ達にみせ、軽く頬をかく仕草をみせる。
「これから町に戻る事になるけど、リエルさんとミヤビさんを運ぶのを貴方達に任せても構わないかしら?」
「はい。私が責任をもってリエルちゃんを連れて行きます」
「なら、ミヤビの方は俺が――」
カルツはそう言ってミヤビに手を伸ばすが、そこに割って入ってきたのはナシタだった。ナシタは器用にミヤビの体の下へと滑り込み、その背中にミヤビを乗せると、軽く位置を調整する様にからだを揺さぶり始める。
「どうやら問題ないらしいよ」
あっけに取られていたカルツにミルドが声を掛けると、カルツは肩を軽くすくめてみせた。
お疲れさまでした。
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次回は24日にでも投稿します。




