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風紡ぎ唄  作者: 飛水一楽
16/16

…16 お伽話

紫野との別れから4年後――


俺は自身の力をコントロール出来るようになっていた。そのうちこの力も消えるんだろうけど。今は見ようと思えば風を通していつでも遠くの映像を手繰り寄せられる。


そうしてある日、俺は風の向こうに見いだした。待ち望んでた舞の相棒を。


「……」

快晴っていう反応の薄い、無口なガキっちょ。ひねくれ気味で……昔の俺に似てる。まぁ体格の良かった俺に比べるとなよっちいが。

「知るか! あんたが選んだから――」

黙ってりゃべっぴんなのによ。吠える時は吠えやがる。見かけによらず激しい性格らしい。

澄んだ眼が鋭い光を帯びる……まるで鞘のない剣だ。


ほんとはこいつともう少し組みたかったけど、もう時間がなかった。紫野に感化されたわけじゃあないが、俺は千久楽の外を見聞しに、都市にある大学へ進学することを決めた。その前に引継ぎをしなくちゃならない。

 

舞の後継として、俺は最低限のことを快晴に教えて、細かいことは宮司に頼んだ。

筋が良いのが救いだった。無理かと思ってたけど、快晴は俺の稽古についてきた。素直に言うことを聞いた訳じゃねえ。多分……意地だな。結構な負けず嫌いでもあるらしい。


――面白くなってきたぜ。


こいつがいるかぎり、俺はまた帰ってくるとすっかな、千久楽に。






 

快晴が千久楽に帰ってくる前年、桜はようやく花を咲かせた。そして次の春には沈丁花が。その香りの中、俺はあいつを見つけた。そして形代を渡し、秋の落葉と共に千久楽を発った。

 

〝故郷は遠きにありて思うもの〟てのは誰の言葉だったか。そんな郷愁さらさらないが、滞在先の都市にあって、俺は改めて千久楽について考えた。


快適かと思われた温室都市は実は大したことなくて……例えば風の調節一つで気候が狂っちまう。バタフライエフェクト……いわゆる、風が吹けば桶屋が儲かる的なことが極端に現れたりする。自然のメカニズムは人が容易に真似出来るものじゃなかったてこと。

野菜とか小さくて高けーし、狭いスペースで偽りの空を仰ぎながら、それが当然のように暮らしている人々。……全く、狂ってるぜ。 


今になって辺境である千久楽が、そこにある森が、残された楽園なのだと気づく。

この4年を千久楽の外で暮らしてきた俺は、いい加減自然の風を吸いたくて仕方ない。やっぱ違うんだよな、人工の風とさ。一定じゃない、気まぐれに吹くところが、また。

  





その風の噂で、時村先生が都市にいたことを知った。俺が小学生の時、突然いなくなった担任だ。


あの災い――〝沈黙の春〟の少し後のこと。

千久楽まで延びていた線路は廃線扱いとなり、外の世界との繋がりが絶たれた。事実上、千久楽は封鎖された。その直前に、先生は家族と共に姿を消した。


なんで生まれたばかりの子を連れて、わざわざ身寄りの無い都市へ行ったのか……詳細は不明のまま、無事で暮らしてるのかさえ分からない。

 

そしてーー

紫野は今も都市のどこかで暮らしている。どうしているだろう。子供を産んでるだろうか。女として新しい人生を生きている、紫野。

 

いつまでも子供のまま、大人になりきれないはがゆさ、不安、焦り……紫野は確証が欲しかったんだと思う。子供を産むことで、神ではなく、人の妻になるのだと。

逃れたいという衝動。そして守人の死。それらが紫野を外の世界に向かわせた。もう、戻ってこないかもしれない。

「そーいやマフラー、渡したまんまだっけ」

律儀な紫野のことだ。捨てられずに箪笥の肥やしにでもなってるだろう。そしていつか忘れた頃に取り出して、俺を思い出すだろうか。

 






紫野は雛じゃなかった。ということは他にいるということか……あんまり信じたくねーけど、未だ風を感じる身としては少々気掛かりでもある。

 

雛なんているんだろうか。神がその手籠に留めるという。羽根はあっても飛べない雛を。子供はみんないつかは巣立っていくというのに。


千久楽に伝わるお伽話。古い言葉は忘れた。でも、確かこんな内容だ。



〝空がからっぽなのは そこに神が居らず

 消えた雛を探して 風となり

 この地を廻り続けるからだ〟――と



〈完〉

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