…15 かくれんぼ
人は見えないものに畏れを抱き、時に崇めたりする。
人間は食物連鎖というピラミッドの頂上に登っちまった。それゆえに手を伸ばすのかもしれない。はるか上空に、自分たちが及ばない偉大なる存在を探して。何もないと分かっていても――
見えないはずの風がこの里を統べている。それは変わらない。昔も今も。
「満足かよ、なぁ、きまぐれな風さんよ」
向かってくる旋毛風に拳を立てる。
「俺らは戯れの道具か? あんたが運んでくる運命に翻弄される子供の身にもなれよ。一人行っちまっただろうが……そうやって皆ここから出て行くんだ。あんたを残して。俺もそのうちおさらばしてやるよ。千久楽が滅んだって皆なんとか生きて行ける。人は人の力で生きていけるようになったんだ。神なんか頼らなくてもな……あんたはもう用無しなんだよ、とっとと消えちまえ」
風はただ吹き荒ぶだけで何も語らない。何も。ただ生まれては死んでいく命を、傍らで眺めて、哭いているだけ。
拳から親指を出すと、下に向けた。
「悔しかったら姿現せって。かくれんぼはもう終わりだぜ」
歩き出すと、雪が降り始めた。長い冬が始まる。春は来るのだろうか。
紫野に逢う前、まだ稚児舞を舞ってた頃、この列島には季節があった。春夏秋冬……降ってくる光や風の匂いに違いがあった。一斉に目覚める花も、うだるような暑さが作る陽炎も、色とりどりの紅葉も……久しく見ていない。
温暖化が進んでいたこの星の気候は、ある時を境に一変した。放射能を浄化しようと蒔かれた〝薬〟は、大部分の放射能を吸収したものの、二酸化炭素とも反応し、大きくなりすぎて、辺りの空気を濁らせた。使用中止になってからも分解されずに、空気中を未だ彷徨っている。
空は色を失って、放射能も除去しきれず、シェルターの外に出られないまま、人々はそこで暮らし始めた。俺らのような、取り残された場所を除いては。
必要な二酸化炭素まで食い尽くされ、温室効果を失い、この星は寒冷化した。まさかの氷河期の再来。シェルター内につくられた温室都市は気候は人の手によって管理され安定している。
俺の故郷である千久楽は……風が寒冷化を和らげるとはいえ、気候が偏って冬が延びた。要の農業にも支障がでる。改良が進んで自給自足が復活したのは最近のこと。ブナは元々寒さに強い方だから、なんとか適応して、この土地の景観を維持している。
失って初めて大切なものに気づく。例えば桜。桜を見ながらの酒は格別だ。舞い散る花びらを……言葉に出来ない。ただそこにあればいい。ただ咲いて散って、それだけでいい。でも……春は遠い。桜は今度こそ咲くのか。俺は入らずの森を歩いていた。
森を抜け、見下ろす。小さな町と里はすでに雪に埋まろうしている。
俺は適当なブナの枝を拾い、常に持ち歩いているナイフでその枝の先を削り、即興で小さな幣を作る。千久楽では墓に供えるのは菊の花でもシキミの枝でもない。ブナで拵える幣のみだ。
墓の両脇の地面に刺して帰ろうとしたその時だった
。
リン……と鈴の音がした。振り返ると、風で白くけぶった向こうに足が見えた。
雪の中に垣間みたのは弟だった。あの頃と変わらない、小さな弟。蓑を被って、ゆきんこみたいに。その蓑の間から手を振っていた。
もういいよ、って……
そう、小さく囁いた。気がした。
俺が追いかけようとした時、弟は背中を向けてとたとたと走り出した。その先に佇むもう一人がそっと弟の手を握る。
――風の神……
こっちを見ていた。雪に混じる白銀の髪に、その澄んだ青い眼差しで。そして目交いに、一つ礼をした。
雪が目に入って視界がぼやける。拭った時にはもう、二人の姿はなかった。
「……そっか、俺は鬼のままか」
隠れるのは得意だったけど、置いてけぼりは慣れてない。
「なんてな……」
顔を上げる。絶え間なく降る雪を頬に受けながら瞬きを繰り返す。なのに世界は曇ったままだ。
俺は二度も狐に化かされたらしかった。霊感なんてないからな……




