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「はぁ?」
俺は、真面目な勤め人だ。
ん?
訂正だな。
勤め人じゃなく、正しくは勤め竜だ。
80年ほど前にこの国の王と契約し、以後代々の王の騎竜をしている。
王を乗せ、戦場に行くのが仕事だ。
報酬は、月に一度の贅沢な食事。
大型の肉食竜である俺は一度に牛が15、豚が17、鶏86を食う。
野良生活では、この肉量の野生動物を狩るのは厳しい。
財力のある人間に雇用されるのは、俺としては非常に楽な生活ができて気に入っている……城にある竜舎に常駐してはいるがめったに仕事は無いし、本当に気楽な勤め竜生活だった。
「……お前が俺に乗るってのか?」
そう、この時までは。
こいつが、俺の前に現れるまでは。
「は、はい! あなたに乗って戦に出たいのです!!」
この国の人間に多い黒髪で、茶色の目をした餓鬼はそう言った。
「あ? ダメに決まってんだろ? お前、王じゃねぇだろーが」
俺に乗るのは、王だけだ。
それも、戦に出る時だけだ。
この国では半年も前に隣国と戦が始まったってのに、王は俺のところにこなかった。
俺の世話係の人間が言うには、病気だから戦に出れないって言ってたが……。
「は、はははっ、はい、僕は王ではありません。一応第12王子の、アテ・ルハンです! 歳は13です!」
と、3分前に俺専用の竜舎に駆け込んできた餓鬼は強張った顔で言った。
「13……あのなぁ、俺の雇用契約書をお前は見てないのかよ?」
って、いうか……一応って言ったよな?
一応第12王子って、なんだ?
「え? は、はい! そういうのは、見てないですっ。僕は、その、へっ、へへ、陛下に言われてここへっ……あ、あのっ、将軍達が貴方の出陣を強く望んでいてっ……戦況が、そのっ、あまり、そのっ」
陛下ねぇ……本来なら、その“陛下”が俺のところに来るべきなんだが。
確かに、大型竜である俺が出れば、戦況が多少悪くなってようがひっくり返せる……隣国には雇われてる竜がいないからな。
「……契約通り、王であろうとも戦場に行くのに女と餓鬼は乗せない。13は俺基準では餓鬼だ。だから、お前は帰れ。王をここへ寄こせ」
「あああ、あのっ、13は大人なんです! 先月から法がかわり、男子は13で成人となりましたし、へ、陛下はご病気なんですっ……だから、僕がっ」
「俺は俺基準だっつーの。おい、お前の兄貴達を出せ。12王子ってことは兄貴が11人もいんだろうが!? 成人してるのがいんだろ?」
「そ、それは……あの、王子様方は、そのっ……」
王子様方?
……あ~、そういうことか。
これは捨て駒用の王子か。
「あのな、俺に騎乗するってことは戦に出るってことだ。子供は戦になんか出るべきじゃない」
「で、ですがっ……ひっ!?」
俺は横たえていた体を起こし、首を曲げ……餓鬼へと顔を寄せ、匂いをかぐ。
“嗅ぎ分け”が、俺は得意だ。
確かに王の血筋の匂いは……しないな。
だが、記憶にあるあの匂いが微かに…………あぁ、たぶんあれと血が繋がってるな……王は自分の子を出し惜しみして、臣下の息子を急ごしらえの第12王子にしたな?
「……ん~、まぁ、お前も貧乏くじひいちまったな。ろくでも無い王で下の奴等も大変だな?」
「ヒッ……ぼ、ぼぼ、僕は、そのっ」
俺の行動と言葉に、餓鬼は驚きと恐怖で固まって顔色を青くしていた。
竜の俺を怖がるのは……まぁ、無理ないな。
俺の飯が昔は人間だったってのは、有名な話だ。
一年に一度、一人喰うだけだった俺はかなり“安全”な竜だと思うんだが……俺に言わせりゃ、人間のほうが物騒だけどな。
それに、この国と契約してからは人間は喰っていない。
「前は人間を主食に喰ってた俺が言うのもなんだが。人間は百年も生きないんだから、餓鬼は戦になんぞいかないで食って遊んで糞して寝てろ。俺が直々に王を迎えに王宮に行く、お前は本当の家に帰れ」
「そんな、駄目ですっ! ……竜殿……む、無理ですっ、駄目なんですっ……僕、僕はっ……母さんが、母さんがっ……う、うぇ、ううっ、僕があなたに乗って戦場に出ないと、母さんがっ……あなたは人間を食べる竜なんでしょう?! 全部終わったら僕を食べて良いから、僕を乗せて戦に出てくださいっ!! 御願いしますっ!」
餓鬼は潤んだでっかい目で俺を見上げ、その場に座り込んで泣き出した。
両手で顔を覆い、俺の視線から泣き顔を隠して……。
「うう、うっ……」
「ふん……なんで隠す? 餓鬼は泣くもんだろう? お前は餓鬼なんだから、泣いていいんだ」
なるほど。
母親が人質、こいつは生贄だ。
「…………確かに似てるが、あの娘はいつも笑っていたな……」
「え? 娘?」
人間の顔立ち、容姿に興味が無い俺だが。
実は、こいつの顔からは目が離せなかった。
この餓鬼が、似ていたからだ。
顔が……性別は違うが、とてもよく似ていた。
貴竜ガン・レイ・ティン・ザイ・ハムヴィンラートに飼われていた白子の娘に、似ていた。
あの日、あの時。
あの娘が止めなかったら、俺は死んでいた……あの蜂蜜好きの変わり者の貴竜に、殺されていた。
白子は特別な味がするって同族に聞いたことあったから、腕を一本試食させてくれと言っただけだったんだが……ガン・レイ・ティン・ザイ・ハムヴィンラートがあんなに怒るとは、俺は思っていなかった。
ぶちぎれた貴竜から俺を救ってくれたのは、テンネという白子の娘だった。
この坊主は匂いからして、あの娘の兄妹かなにかの血筋だろう……確か、この国だと言っていた……ガン・レイ・ティン・ザイ・ハムヴィンラートが、あの娘を拾ったのは。
「………………しゃあねぇなぁ~。行くぞ、坊主。お前の“顔”には借りがある」
「え? あ、うわぁああああ!?」
俺は左手で坊主を右手で掴み、石造りの竜舎から飛び立たった。
外へ出たのは、20年ぶりだった。
「……チッ、目が痛てぇなぁ~」
久々の太陽が容赦なく俺の目玉を刺し、痛みともに脳髄に染み入り。
その刺激は、俺の脳を痺れと共に駆け回り。
貴竜に寄り添う少女の姿を、鮮明に浮かび上がらせた。
その顔は。
幸せそうに、微笑んでいた……。
「おい、坊主。戦地の方角は……って、こいつ気絶してやがっ……ぎゃああああっ!? ちびってやがるっ!!」
この戦が終わったら。
蜂蜜を持って、あの地に行ってみよう。
漆黒の貴竜の棲むあの森へ……。
「……ガン・レイ・ティン・ザイ・ハムヴィンラートは、まだ独りで歌ってやがるのかな?」
ーー今はまだ、二人は遠く離れているけれど。
「ったく、変な貴竜だよなぁ~。あんなに長い時間歌ってやがるのに」
ーーこの血の先に。
ーーいつか、きっと…………。
「自分が壊滅的に音痴なんだって、なんで気が付かないんだろうなぁ?」