第捌話 野望
結果として、卒業試験は袁紹が優勝した。曹操は準優勝だった。
だがその戦いは10分以上にわたるもので、見る者を興奮させ、熱狂させ、最終的に稼働限界を超えた曹操の蒼武の脚部が操縦に耐えきれずに転倒して敗北となった接戦だった。
当然、敗北した曹操を貶める者はおらず、勝者となった袁紹の声望を揺るがす者もいなかった。
そして袁紹が主席、曹操が次席として士官学校を卒業(袁術は蒼武の成績は良かったものの、座学に難ありとされ曹操の下だった)した後、曹操が行ったのは夏侯惇ら従兄妹らを呼び寄せると共に、荀彧を彼おかかえの整備士として迎えることだった。
それは彼が決勝前に曹操へ伝えた言葉が決定打。
『かの者(袁紹)は直情にて王道の人。己の力を前面に押し出し破ることを好む、と友に聞きました。ならば曹操殿が行うのは敵からの攻撃を受けずにかわし、足を使って相手と距離を保つことです。狭い円形の闘技場でそれは不可能とお思いでしょう。しかし脚部の操縦のみに全神経を集中し、そのうえで脚部の油圧を30上げ、さらに私の開発した姿勢制御システムをこの蒼武に取り入れれば機動性は今の1割増しになること間違いなし。この策を入れるかどうかは曹操殿次第です』
あまりにも唐突な申し出で、しかもまだ10歳に満たぬ見た目の少年だ。即座に『下らぬ』と切り捨てることもできたが、曹操はそうしなかった。彼の言葉を受け、かつ彼に自機の調整を任せて決勝の舞台にたったのだ。
その結果はむべなるかな。接戦を繰り広げ、過去最高の試合の1つに数えられるほどに彼の評価はうなぎのぼりになったのだ。
その機智、技術、そして見ず知らずの自分に売り込む度量を曹操は買った。
1つ残念だったのは、袁紹の人となりを判別して策を建てたのは別の人間だからと聞き、そのことを聞いたところ、
「奉孝……いえ、あの人は俗世に囚われぬ隠居のようなもの。しかし、刻至れば必ず姫の目の前に参上いたしましょう』
という答えが返ってきたことだ。
策の立案にあたっての洞察力は別人だったということだが、それで荀彧の評価が下がることはなかった。むしろ正直であること、そして技術者としての腕は若輩ながらも大人顔負けであったので、曹操はすぐに荀彧を整備士長へと抜擢した。そのことに夏侯惇らをはじめ曹操の側近や、整備士の中でも反対はでなかった。
さて、そういった経緯で自らの家の軍備を蓄えていった曹操だが、それは別に謀反を起こすということはない。
この時代。洛陽周辺に盤踞する(根付く)豪族たちは、それぞれに私兵を抱えてそれを朝廷が管理するという方法を行っていた。それは豪族たちの武の権力が大きくなり、謀反が頻発するという危険性をはらんでいたが、それは皇帝直属の官軍本隊がにらみを利かせていたし、何よりそれほどの軍備を整えるほどに蒼漢王朝に権力も資金も足りていないのであった。
そんな折、夏侯惇が従兄妹4人を代表して曹操に聞いてみたことがある。
「孟徳、曹家軍は大きくなった。これはこのまま独立を視野に入れてるのか?」
その一歩間違えれば謀反人として賊軍に指摘されるだろう危険な問いを、曹操はその紅の入った唇を曲げて妖艶な笑みを浮かべ、
「惇がそうしたいのならすればいい」
とあっさり返した。
その無責任な態度に夏侯惇らは憤ったが、曹操は悠然と傍にいる荀彧に視線を向けると、彼は恐縮したように頭を下げて語り始めた。
「天の時を見れば、今は比較的各地の反乱も落ち着き、乱起きれば即行動ができる状態であります。そして地の利を申しますと、曹家の本拠地である豫州はエン州、徐州、揚州、荊州、そしてここ洛陽のある司隷州らの中央にあります。仮にここで反乱が起きれば四方より各地の太守が出す軍に包囲されて全滅します。そして人の和。これは当然、蒼漢王朝の禄をもらい、父君は三公についていた姫が謀反を起こすなどまさに青天の霹靂。民衆は先日の卒業試験での激闘を忘れ『曹孟徳は陛下の御恩を忘れ去った犬畜生にも劣る愚か者だ』『かの者に組するは天下の恥』としてどこからも協力を得られず――」
「あー、分かった! 分かった! もう何も聞かん!」
うんざりした様子の夏侯惇らに対し、まだ語り足りないのに、と子供のように(子供だが)唇を尖らす荀彧。そしてそれを眺めてニヤニヤと笑みを浮かべる曹操だった。
そういった経緯で曹操は力を蓄えていた矢先に起きたのが黄巾の蜂起だったのだ。
ちょうど曹操専用の新型である烈紅のテストが始まったばかりの頃だ。彼女は自らその新型を先頭に、夏侯惇、夏侯淵、曹仁、曹洪の4機の蒼武、300の歩兵という小規模ながらも蒼武の数は他より抜きんでた私兵をもって官軍に合流した。
彼女より蒼武を所持している家は袁紹と袁術というやはりこちらも名門で私財のある家くらいだから、それによる官軍の評価があがったことは間違いない。
女の将軍、女の蒼武乗りが官軍の中で冷遇されている中で、騎都尉(皇帝つきの武官)に任命されたのはその証拠だろう。
そして今。
彼はその蒼武の数と機動性にものを言わせてエン州の北から黄巾賊を討伐。徐々に南下していく。
(おそらく決戦は豫洲だろう。その前に各地を転戦し、道中の黄巾を滅ぼすことで経験を積まなければ。惇たちの蒼武乗りとしての技量は疑うまでもない。そんな従兄妹らに恵まれた私は幸運だ。そんな彼らを生かしつつ、今後に活かすためには経験、つまり蒼武での戦いを繰り返すこと。そうすれば我が軍は官軍第一、精強な部隊となろう)
曹操は独り、大志を抱いて戦場を駆ける。
ここまで読んでいただき大変ありがとございます。
ブックマークや評価、感想をいただければ今後の励みになると思いますので、どうぞよろしくお願いします。




