第陸話 帰投
「孟徳様! あれほど無茶な動きはさせないでくださいって言いましたよね!!」
「すまない荀彧……」
戦闘が終わり、曹操らは野営地に帰投した。敵兵は逃げ去り、友軍は壊滅。戦火を見て駆けつけた別の援軍に後処理を任せてのことだ。
そもそもが蒼武の駆動時間は1時間と短い。野営地の復路を考えるとギリギリでの帰投だった。
4機の蒼武があげた戦果に、曹操の部下が喜び湧いて出迎える。
――ということはなかった。
いや、実際、出迎えはあったのだ。そして喜んでいる者もいた。
なにせ誰も死なずに帰ってきただけでなく、確たる戦果をあげての帰投だ。共に戦う者の生還と活躍を喜ばない人はここにはいない。
だが曹操らを出迎えたのは、そういった楽観――といっては失礼か――そうする余裕があった者ではない。
蒼武を修理、調整する整備士たちが傷を負って帰ってきた蒼武を修理するために群がってきたのだ。
格納庫に数十人の人間がひしめく。まだ陽も落ちて間もない。彼らは徹夜だろう。
だがそれに文句を垂れる人間はいない。
それは彼らの上長が代弁してくれたからで、それが冒頭の荀彧の言葉になる。
「分かってるんですか!? 蒼武で跳躍するなど、ありえないんですよ! 跳躍の際の関節への負荷だけでも相当なのに、そこから着地した時にはその数倍の重量がかかるんです。しかも烈紅は通常の蒼武に比べて軽いとはいえ、逆に脚部は長くて弱いんです。ほんとポキっていかなくて幸運でしたよ! それに車輪を出すタイミングがコンマ数秒早いんです! そのおかげで車輪にも荷重がかかって連結部に軋みが出てます。車輪の円も若干へこんでしまってるんです! それによって発進が1秒遅れたんですよ! 1秒あれば背後で起きた蒼武の爆発から離れられたはずです! それがないから、もう烈紅の背中はボロボロですよ!」
止まらない荀彧の文句に、曹操は小さい身体をさらに小さくして申し訳なさそうにしている。
そもそも曹操の身長は高くない。165センチもないほどで、他の4人と比べると頭半分小さい。その曹操よりも頭1つ小さい荀彧に怒られているのだが、それは致し方のないものだ。
十代半ばの曹操に対し、荀彧はまだ10歳。それでも蒼武の整備隊長を務めるのだからそれだけその才能が評価されているのだろう。
その子供といっていい荀彧は、年上で、主でもある曹操に口すっぱく言い募る。
「烈紅はまだ試作機なんですよ。曹家の財産を使って作った次世代型の! それをこんな初陣で壊すなんて、お父様にどう申し開きするつもりですか!」
「それは本当にすまないと思ってるんだが……」
「謝罪ならお父様になさってください! それと整備を手伝ってくれる皆に!」
「うぅ……」
「そのような顔をしてもダメです!」
大尉(三公の1つ。軍事を司る)の父親を持つ曹家の次期当主であり、初陣ながらも蒼武を3機撃破、凄腕の蒼武乗りである従兄妹らを従えて戦場を疾駆し、果てには一騎討ちすらする曹操だが、荀彧の前ではたじたじだった。
それは荀彧の整備士としての腕を認めている以上に、彼がいなければ烈紅を動かすどころかこうして実践に配備することもできなかったからだ。
だから本来ならこの部隊で一番偉い彼女が、整備士長とはいえ部下の小言を大人しく聞くのだった。
それを遠巻きに、夏侯惇、夏侯淵、曹仁、曹洪がにやにやと見ている。戦場は初だが、部隊運用の習熟のための訓練は欠かしていない。そこではもう、見慣れた光景だった。
曹操と荀彧のやり取りを苦笑しながら眺めていると、サッと荀彧が4人の方を振り向いて、
「そちらも笑いごとではないですよ。特に曹洪さん」
「お、俺ぇ!?」
「いいですか。16型の蒼武は、装甲が厚そうに見えますが実は軽量化のために薄くなっているんです。それなのに体当たりだ、殴るだするなんて。見てください! ここのジョイントの部分、馬鹿になってるんですよ!!」
「あー、いやー、でも勝ったからいいかって」
「冗談じゃあありません!! あれで敵が全てだとなんで思うんですか!? 敵が3機だなんていつ決められたんですか! 後ろに増援がいたらどうするんですか! 10機、20機出てきた時に、曹洪さんの蒼武の腕が動きませーん、ってなったら! 死んじゃうんですよ!」
「そ、そ、それは……」
「曹洪さんが死んじゃったら……死んじゃったら……それは、もう、メンテナンスの僕らのせいで……」
「いや! 違うぞ! 荀彧はよくやってくれてる! だからな! な! 泣くな!」
「うわぁぁぁぁぁぁん! 曹洪さんが死んじゃったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「死んでない! 生きてるから!」
「死んじゃったぁぁぁぁぁぁ! 馬鹿みたいな、どうでもいいことして死んじゃったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「え、俺、馬鹿にされてる? いじられてる!?」
「はっはっは! 子廉よ! お前は無駄な動きが多すぎるんだよ!」
慌てふためく曹洪を、余裕綽々の笑みで曹仁が笑う。夏侯惇と夏侯淵も笑みを浮かべている。
「曹仁さんも、装甲を過信しすぎて避けないからつまんないことで死んじゃったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「俺もかい!」
「夏侯惇さんは猪突猛進すぎて、壊れても大丈夫とか思って突撃しちゃうし、夏侯淵さんはばかすか撃ってすぐ弾切れしちゃうんだぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「おい! 俺が猪突猛進だと!?」
「別に、してないし……」
もはやただの軽口と化してしる場に、夏侯惇ら4人は閉口してしまう。まさか10歳の荀彧を本気で怒鳴り怒ろうなどすれば、それだけ器の小ささを露呈することになるのだ。他の整備士は黙々と作業をしながら、彼らの会話に聞き耳を立てているに違いないからだ。
そんな中、小さいながらも高く反響する笑い声が響いた。
「くくっ」
曹操は小さく笑い、荀彧の横に立つと自分より小さな少年の頭にポンと手を乗せ、
「そうならないために、荀彧がいるんだろう?」
「あ、はい。頑張ります」
ケロリとした表情で曹操に頷く荀彧。
そこでようやく夏侯惇らは理解し、
「てめぇ、ウソ泣きか!!」
ついに怒声が、狭い格納庫に響き渡った。
その様子を見ながら曹操は、この天才的な技術者に出会った時のことを思い出した。
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※一部誤字を修正しました。(8/2)




