肆拾陸 強襲
関羽は何かを感じていた。人の動きというものか、渦巻く人の意思というものか。
そしてそれが実際に形となって現れた時、西の方向に何かを感じた。
「翼徳! 部隊をまとめるぞ!」
「え、アニキ?」
「敵だ!」
「っ!!」
張飛が気づくのを待つ間もなく、関羽は兵たちに向かって叫ぶ。
「全員、円陣を組め! 敵が来る!」
「さすがだな、関羽」
曹操だ。彼女も同時期に感じ取ったのか、すでに馬に飛び乗っていた。
その上から目線に関羽は内心眉をひそめるが、ここでは彼女が総司令官だ。何より彼自身と同時に感じ取ったこの感性、侮れない。
「頼めるか」
「身命を尽くします」
「ん」
とだけ答えると、曹操は馬を走らせる。その後ろに荀彧も続いた。
遠ざかる曹操を見送ったのも一瞬。
「アニキ、曹操は?」
近づきそう言う張飛の言葉に思考を現実に戻す。咄嗟に張飛の胸を強くたたいた。
彼らの中では曹操を呼び捨てにするのはいい。だが彼女はまだ視界にいるにもかかわらず、立場が上の人間を呼び捨てにするのはいただけない。いつどう難癖をつけられるか分かったものではないからだ。
それを常日頃から言い聞かせているからか、張飛も「す、すまん」と小さく頭を下げた。
「て、敵ですか、隊長?」
そう問いかけてきたのは関羽の下につく部隊長の1人だった。その顔にはありありと心配の色が出ていた。
「そうだ、黄巾だ。おそらくな」
「し、しかし……我々は模擬戦用の棒しかないのですが……」
兵の心配も分かる。今ここには模擬戦で使った1メートルほどの棒しかない。模擬戦をやる、という曹操からのお達しだったのだ。そこに真剣を持って乗り込めば、相手の印象は最悪になる。
対する黄巾は殺意に満ちた真剣だ。兵数や奇襲の影響を考えても、その戦力差は圧倒的に下回っている。当然、その事実を告げても兵は絶望感から力を出せなくなるだけだ。
(ならばどうする。逃げは論外。兄者と鈴が取り残されているのに見捨てることはできない。そもそも曹操に言われた以上、彼女らを置いて我らが逃げれば兄者の立場が怪しくなる。ならば戦うか。だがその場合、ここにいる者の半分は死ぬ)
迷い。それが関羽の行動を一時遅れさせる。兵たちが不安そうに見つめる視線。それが愚策だと知りながらも動けない。
だがその時だ。
「安心しろ! 俺とアニキが突っ込む! その後からついていって、倒れた敵から武器を奪えばいい!」
張飛だ。言ってしまえば何の作戦でもない。ましてや関羽と張飛の2人で敵に突っ込み、敵を倒すことが前提になっている。彼らも模擬戦用の武器をもってはいないのだから条件は変わらないのにもかかわらず、だ。
だが、
「だろ、アニキ!?」
そう目を輝かせて言われれば、関羽としても頷くしかない。それに彼自身も思っている。
(元農民の烏合の衆ならば、自分たちにも勝機はある。最初だ。最初を乗り切ればどうとでもなる!)
「ああ! この地域の敵に、そして曹操に我らの力が並みでないことを教えてやろうではないか!」
その関羽の檄に、兵たちが武器を天に突きあげ叫ぶ。
その熱を受けて走り出す。まずは前へ。曹操軍と合流して、自分たちも戦闘に参加する意思を示さなければならない。位置的に、関羽たちは一番東にいたため、接敵するのは曹操軍が先だ。その曹操軍も兵たちをまとめて迎撃の準備をしているように見えた。
「アニキ、あっち!」
隣を走る張飛が棒で指し示すのは、曹操軍と黄巾軍がぶつかろうとしている区域。そのわずかずれた北側だ。
それだけで関羽は張飛が言いたいことが分かった。
(この義弟は……勘が鋭い!)
自分が気づくより先に見つけたのは、敵の急所。すでに黄巾軍は曹操軍を見つけて襲い掛かろうとしている。こちらの動きに気づかないまま、曹操軍に襲い掛かる黄巾軍はやはり烏合の衆ということか。
「北側を回り、敵の側面を突く! 我に続けぇ!」
交戦しようとしている敵の側面から攻撃すれば、敵は浮足だつ。そこを曹操軍と一斉に攻撃すれば、敵は一気に2方向から攻撃を受けることになる。その敵はもろい。
あと問題があるとすれば、曹操軍がタイミングを合わせてくれるかということ。こちらが早ければ敵は自分たちに狙いを定めて迎撃しようとするし、そこで助けが来なければ兵たちの犠牲が大きくなる。
「曹仁の野郎だ! 援護しやがれ!」
張飛が見つけた、と言わんばかりに嬉々として棒を振る。それにまさに反応したかのように動き出した曹操軍は、敵が動きを止めた一瞬を狙った形になる。
(やはりあの軍の練度は違う!)
そう関羽は感嘆した。そして勝ちを確信した。
突っ込む。一番前の敵。恐怖に怯えた顔をしている。若い男だ。だがそこに慈悲はない。攻撃してきたのはあちらだ。ならば殺される覚悟もしてきているだろう。
「はぁ!!」
関羽はその男に対し、模造刀で額を割った。男が倒れる前に、手にした安物の剣を奪うと、それを右手に持ち、模造刀を左手に次の獲物に襲い掛かる。
(敵の腰は定まってない。ならば!)
「黄巾よ! この関羽の前に立ったことを後悔するがいい!」
叫び、さらに敵を2人屠る。
敵は模擬戦用の武器しかないと知ってか知らずか、おそらく前者だろう。だからこそこうして奇襲も織り交ぜて攻撃してきたに違いない。なのにもかかわらず、すぐに迎撃態勢を整えられ、ましてや関羽のような豪傑が吼えるのだから委縮してしまっている。
委縮した軍は弱い。反応が遅くなり、判断も遅れる。そうなれば模擬戦用の武器でも戦え、真剣を奪えば形勢は逆転する。
何より――
「曹仁! 俺の進路を邪魔するな!」
「ええい、敗者が指図するな!」
「てめぇ! ぶっ飛ばすぞ!」
「ああ!? やってみろ!」
張飛と曹仁が言い争いながらも敵を次々と倒していく。
やれやれ、と関羽は脱力する思いだが、敵にとってはそれは悪夢だろう。2つの軍が合流したということは、敵の先頭は壊滅したということだ。あとはこのまま傷口を広げて一気に潰走までもっていけばいい。
武器を槍に持ち替えて大暴れする義弟と、堅実に、だが果敢に敵に攻めかかる味方の将の動きを見て、関羽は1人、静かに笑った




