第肆拾肆話 襲来
『俺が……負けた……?』
武器を破壊され、左腕を切断された曹洪は、唖然とした声を外部音声機に響かせたまま、ピクリとも身動きをしない。自分に起きたことが信じられないのだろう。いや、それ以上に蒼武を形成する浮羅鋼の切断という事実事態も彼にとっては信じられないことなのだ。
「勝った、の……」
我に返ったように鈴がつぶやく。彼女自身も、自身が起こした結果に現実感が伴っていないらしい。
だがその背後で劉備は気を抜かず、操縦桿を軽く握りしめた。突如として相手が反撃に出る可能性がある以上は、最後まで気が抜けない。武器を持つ上体の制御を行う劉備にとって、自分、そして鈴の安全を確保する以上は当然の判断だった。
緊張を伴う静寂が模擬戦の場を支配する。
そしてたっぷり時間をあけ、戦場に木霊したのは――
『くっ、あははははははっ!』
笑い声だった。
それは劉備の目の前。曹洪の蒼武から聞こえる笑声だ。呆気にとられる劉備と鈴をよそに、曹洪の声が続く。
『くっそ! 負けた! 完敗だ! すげぇな、あんたら!』
それは敗北宣言だった。だがそこに恨みつらみの色はなく、あっけらかんとした耳に心地よい素直なもの。それを聞いた劉備は、フッと操縦桿を握る腕の力を抜いた。この状況でだまし討ちに遭うなら、それはもう仕方ない。ただ曹操、彼女の配下にそんなこすい真似をする人間はいないだろう。そう感じたが。
「えっと……劉兄ちゃん?」
鈴が不思議そうに振り返る。そんな彼女を安心させるため、劉備は小さく笑い、
「勝った、みたいだな」
「……やったぁぁぁ!!」
鈴が喜びを爆発させる。それを微笑ましく劉備は眺める、そんな自分に自己嫌悪を感じていた。
無邪気に鈴は喜んでいるが、それだけ彼女が戦場に染まっているということを示すからだ。本来の戦場であれば、ここでの降参などありえない。その時は相手の蒼武を完全破壊、あるいは操縦席の破壊まで行く可能性がある。それはつまり相手の死だ。
その状態でも彼女が素直に喜べるのか。そうであってほしくないとは思うが、その戦場に彼女を引き込んだのは自分だということに頭を悩ませるのだ。
けど素直に喜ぶ鈴に水を差すわけにはいかないし、その事実を告げて彼女を苦しませたくない。だから黙って彼女のことを眺めるだけにした。
『この勝負、義勇軍陣営の――』
曹洪の敗北宣言を受けて、ようやく夏侯惇が勝敗の宣言をしようとする声が聞こえる。
――その時だ。
「きゃあ!!」
目の前で激しい爆発が起きた。目の前、つまり曹洪の蒼武。その頭部に炎が上がったのだ。その状況を見て、劉備は即座に何が起きたかを悟った。
「敵襲!?」
巨大な蒼武の頭部を隠すほどの爆炎。それは彼が戦場で見てきた兵器、爆裂弾の着弾に他ならない。そしてここ、模擬戦の会場には火器はほぼ持ち込まれていない。使用する理由がないからだ。
だからそれを使うとすれば彼ら以外の戦力、そして友軍が近くにいるという報告もないから誤射でもないだろう。となればそれは敵によるもの以外なにものでもないわけだ。
「劉兄ちゃん、敵が!」
「ああ! 見えた」
方角は西。500メートルは先の丘陵の向こうから、ぞろぞろと米粒のようなものが現れた。丘を越えてわらわらとこちらに虫のように駆けてくるのは、頭に黄巾を巻いた歩兵、その数ざっと2万。さらにその奥から黄色に染められた蒼武が現れる。その数3機、いや、もう1機追加で合計4機だ。
(味方の誤射じゃなかったか。だが安心してられないぞ)
こちらに実弾の武器はない。剣はあるだろうが、弓や槍、軍馬の用意もない。その状況でこの数を相手にする。それはここにいるのが一騎当千の者たちであっても難しいと言える。
『敵襲だ! 陣形を組め! 敵の歩兵が来る! 剣を取り、円陣を組み備えろ!』
夏侯惇の声が戦場に響く。蒼武に乗っていたからすぐに状況を把握できたのだろう。蒼武の高さから見れば、敵の陣形や人数も丸わかりだ。その指示を受けて曹操軍の兵たちが慌ただしく動く。さすがの精鋭も、不意を突かれるともろいらしい。その動きには乱れが見れた。
劉備の下に集まった兵たちは、と気になったが、それを探している暇はなかった。
「(関羽)雲長、頼んだ……」
「劉兄ちゃん、来る!」
「っ!」
「きゃあああ!!」
振動が2人を襲う。放たれた爆裂弾が彼らの近場に着弾し、土の地面をえぐったのだ。
土ぼこりが舞い、操縦室内が嵐に放り出されたかのように震える。劉備は歯を噛み、必死に操縦かんを握って堪えた。
すぐに振動は収まり、視界も晴れていく。
「外部計測器に異常なし。各部損傷……なし、無事だ!」
「う、うん……」
どうやら相手の狙いもそこまで良いものではないらしい。それなりに距離がある中で、爆裂弾の狙撃となると神業級に難度が上がる。砲弾の重さ、風の抵抗らで座標がずれるのだ。先ほど曹洪に当たったのは不運の一撃ということになる。
『おい! 俺のことはいいから逃げろ!』
そんな不運の曹洪から通信が入った。
腕を失い、頭部から胸部にかけて装甲がめくれ内部の機器がむき出しになった状態の蒼武。なにがしかの異常が起きたらしい。動きが鈍い。この砲撃から逃げられる状態ではないのだろう。
だから無事な劉備たちだけでも逃げ、そして曹操らと合流して反撃に移れと曹洪は言っている。そもそもが蒼武の模擬戦のためにある開けた平野だ。遮蔽物やら身を隠す場所もない。ここにいれば巨大な的でしかない。
(確かにその考えは合理的だ。だが――)
それは曹洪がここに単独で残ることであり、そうなった場合の生存率は限りなくゼロに近いのは軍略以前の問題で劉備にも理解はできた。
だから迷いはない。そもそもが模擬戦とはいえ、彼の蒼武を壊したのは劉備たちだ。その責任も彼は感じていた。
「悪いな、鈴。ちょっと最後まで付き合ってもらうぞ」
「うん、いいよ! そっちの方が劉兄ちゃんっぽい!」
鈴の即答に、劉備は嬉しくなり口元をほころばせる。
(これが鈴の優しさだ。良かった)
戦場に呑まれたと感じた鈴が、しっかりと相手を思いやる気持ちを持ち続けていてくれたことに劉備は安堵した。同時、彼なりの打算も働く。もしここで曹洪を見殺しにしたら、曹操に何を言われるか分かったものではない。逆に言えば、ここで身を挺して曹洪を守れば彼女の信頼は間違いないだろう。彼女の側近である夏侯惇からの敵視も和らぐに違いない。
(孔明の合理性に毒されたか? いや、いい。鈴はそのままでいてくれ)
そう思いながらも、劉備はこの状況をどう打破するかを必死で頭を回転させる。
「というわけだ。おい、曹洪さんよ! 蒼武は動くんだろ! なら俺の指示に従ってくれ!」
『な…………いや、分かった』
劉備たち義勇軍と曹操軍の共同戦線とはいえ、官軍の地位的にも軍の規模的にも曹操軍の方が上だ。だから曹操からの命令は聞いても、劉備は彼と対等、あるいは下に位置しているのだから曹洪に対する命令権はない。
だが曹操の声の届かないこの現状で、唯一戦える蒼武である劉備の意見を聞くのは現場として当然のことだ。そう曹洪は判断したのだ。そこには感情的な好き嫌いは抜きにして、最善を尽くす。まさに軍人の鏡とも言うべき判断だった。
『だが無理に打って出る必要はねぇ! 姫がきっと対策を打ってくれてる!』
(姫、曹操のことか。この信頼が強いんだな)
劉備にとっての関羽たちを思うと、その気持ちも理解できた。だから行く。彼らと共に、この国の未来を切り開くため。
「劉玄徳、祖帝号。敵を迎撃する!」




