第肆拾参話 死闘
「どうしよう、武器が……」
鈴は動揺したまま、周囲を見回す。だが暗がりの中に操縦桿と機械端末があるだけで彼女の期待に応えるようなものはない。
対戦が始まって約5分。その間も攻撃に次ぐ攻撃。今こうしてまだ負けていないのが不思議なほどの猛攻だった。ようやく訪れた一息のタイミングだが、武器を全て失った以上、彼女たちが圧倒的不利になったのは否めない。
「待ってくれ、孔明もそれを心配して何かを……」
鈴の背後で劉備が何やら端末をいじくる音がする。今すぐ振り返って彼の顔を見たいが、モニタ―に映る相手から目を離すことは恐ろしすぎてできなかった。
このまま何もせずに終わってほしい。本気で彼女はそう願う。だがそれを、その弱気を相手が見過ごすはずもない。相手の蒼武が砂ぼこりをあげてこちらに向かってくる。
「く、来るよ、劉兄ちゃん!」
「回避だ、鈴! いや、これは……!」
劉備が何かを見つけたのか、声が弾む。だが鈴はそれを気にしていられない。画面に急激に拡大してくる敵蒼武。大剣を持ったその蒼武がこちらを両断せんと向かってくるその光景に怯えを感じないでもない。
けどそれは彼女に許されないことは、数回の戦闘で実感していた。むしろ心よりも体が先に動いている。
(自分はどうなってもいい。でも劉兄ちゃんは! お兄ちゃんの残したこの蒼武は!)
当然、鈴がどうかなった場合、劉備も蒼武も無事であるわけがないのだが、それは細かいことと鈴は割り切る。
反射的に操縦桿を動かすと、それが蒼武に伝わり回避運動を行う。劉備の反撃が期待できない以上、今はとにかく逃げに徹するしかない。
その反応は当たって、相手の大剣が空を切る。
次は、と思っていると劉備が声を弾ませた。
「見つけたぞ、祖帝号の専用武器! 対蒼武格闘短刀、これだけが!」
祖帝号の上半身が動く。両手が自動で腰元に動くと、そこに格納されていた小さな短刀――といっても人の身長より高い――を両手に持たせる。
重工剣に比べて長さも厚さも重さも足りない武器だが、それが諸葛亮の残した祖帝号の最後の武器。
「うぉっ!」
劉備が短刀を突き出す。だがそれは曹洪の蒼武、その肩部にあたってあえなく弾かれた。重工剣は切れ味の他に重さで斬る。そうしなければいくら軽いとはいえ浮羅鋼を重ねて作られた蒼武の装甲は切り裂けない。
だからこんな短刀ではせいぜい装甲に傷をつけるだけしかできないのだ。
『はっ! そんな俺の〇〇〇より小さな小刀でどうするつもりだ!』
「うっ、劉兄ちゃん!」
「孔明! これが最後の武器だってのか!」
『これで終わりぁ!!』
「ひっ!」
曹洪の蒼武が劉備の短刀をはじき返すように身震いし、そのまま自身の左肩をぶつけてきた。衝撃に鈴と劉備は悲鳴をあげる。
だがそれだけに終わらない。曹洪はすぐに重工剣による連撃を浴びせる。劉備はなんとか短刀で防ぐも、大きさと強度で圧倒的に差がある。いつその短刀が砕かれて、そのままの勢いで祖帝号が真っ二つにされるか。傍から見てもその末路が見えてしまうほどの猛攻だった。
現に関羽と張飛は2人を助けだそうと曹操に詰め寄り、対する曹操はじっくり、ただし少し失望の視線を劉備たちに向け、背後の荀彧は興味をなくしたかのように曹操たちのやり取りを眺める。夏侯淵と曹仁は「ようやく勝ちか」と安堵し、夏侯惇は「そろそろ止めるべきか」と難しい顔を浮かべつつ曹操の反応をうかがう。
あとはもう時間の問題。
それは当の本人たちが一番理解していた。
「くそ、ダメだ。鈴、蒼武を降りろ!」
「え、なんで!?」
「もう勝ち目はない! だから降りるんだ!」
「だ、だったら劉兄ちゃんも一緒に」
「ダメだ、まだ戦いは続いている。そう簡単に負けちゃいけないんだ。俺がここで相手の攻撃を防ぐ! 急げ、もうそんなに捌ききれない!」
「だ、ダメだよ! もういいよ! 負けだよ! 降参しよう!? それでいいじゃん!」
「……俺は、この戦いに賭けている。俺と、雲長と、益徳の未来を」
「そんなのおかしいよ! 未来なんて、命を賭けてするものなの!?」
「分からない。けど、ここで退いたら、俺はきっとずっと後悔する」
「ここで死んじゃうかもしれないんだよ!? 未来なんかなくなっちゃうんだよ!?」
「だとしても、だ! 早く出ろ、鈴!」
「う……」
鈴は混乱していた。たかが模擬戦、されど模擬戦。そこにどうしてそこまで意固地になるのか。そんな劉備が理解できない。そのことが悲しかった。
けれど、どこかで安心していた。これが劉備だと。いつも前を向いて駆けていく。鈴より早く、遠くへ。そんな劉備だから好きだった。劉備が劉備でいてくれて、それが嬉しいのだ。
それでも命に代えるようなものではないのは分かっている。彼女を守って死んだ兄、ただ略奪のために死んでいった村の人々。それらと劉備のこと。それはイコールであり、まったく違う。そう感じたから。そこにある矛盾、言葉にできない何かを感じていた。ただ言葉にできないから相手に伝えることができない。
それがもどかしかった。
もどかしいから、ここで出ていくのは間違いだと感じ、そしてそもそもの原因にある感情が向いた。
「お前らがぁぁぁぁ!!」
鈴が吼えた。
同時、何か燃えるような熱さを感じる。
「り、鈴?」
劉備は驚愕に顔をゆがめていた。彼が見たのは鈴の足。よく走る彼女の足は、細く長くて健康的だ。その足が赤く光っているのだ。暗い操縦席の中でその赤い光は目立つ。しかもそれがある形をしていればなおさらだ。
(あれは……龍!?)
鈴の両足、そのふくらはぎの辺りに、左右で同じ龍の形をしたあざがくっきりと浮かび上がり、それが発光しているのだ。その現象は楼桑里での戦いでも発揮されていたのだが、村の壊滅や孔明の死で彼も気づいていなかった。
「はぁぁぁぁぁぁぁ!!」
『なにっ!?』
曹洪の驚愕の声が響く。満身創痍であと少しまで追い詰めていた曹洪だが、その相手がいきなり動いたので驚いたのだ。曹洪の一撃に合わせて走破モードに移行した鈴は、蒼武を後ろ向きに走らせ一気に距離を取らせる。空を切った曹洪の剣。そこに今度は逆に前進に切り替えた鈴の方が体当たりを食らわせた。
ダメージはほぼないが、相手との距離が開いた。
「劉兄ちゃん! 対蒼武格闘短刀を解放して!」
「え……」
「操縦桿のボタン! 上から5番目!」
何が、と思う間にも事態は動いている。曹洪は態勢を立て直し、こちらに対し警戒を募らせながらも攻撃の意思を失っていない。対するこちらは今はなんとか回避したとはいえ、これまでの猛攻にかなりガタガタだ。あとどれだけ動けるか。そう考えると迷ってはいられない。
「対蒼武格闘短刀、解放!」
鈴に言われた通りの作業を行う。すると、蒼武の両手が持った対蒼武格闘短刀に異変が起きた。その短刀の先端、刃の部分が小さく高速に振動を始めていた。
「これで、いける!」
鈴は何かを分かったかのように、蒼武に短刀を構えさせる。
『そんなこけおどしで!』
それが曹洪にとって挑発に見えたのか、曹洪は苛立ちを吐き出すように猪突してきた。速い。これまでが手を抜いていたかのような超高速移動。まさに曹洪、最後の隠し玉だ。
だが鈴に恐怖や臆しという感情はない。全てがよく見えて、よく動く。相手の動きは丸見えで、それに対して自分がどうすればいいか。即座に判断を下す。
「劉兄ちゃん、剣と、左腕!」
「っ!」
『潰れろぉ!!』
繰り出される重工剣の一撃。それが決まれば、鈴たちは押しつぶされて即死していただろう。だがその未来は断たれた。
鈴は蒼武を前に出した。相手との距離を詰める。それは自殺行為にも思えるが、それはヒッティングポイントをずらすことでダメージを軽量化できる狙いがある。
それだけではない。彼女がそうしたのは、単純に武器のリーチ差を埋めるためだ。長さ10メートルにもなる重工剣に対し、対蒼武格闘短刀はわずか3メートルほど。重工剣の射程より内に入らなければそもそもが当たらない。だから近づいた。それだけだ。
『なにっ!?』
それは曹洪にとって予想外の対応。だが彼は勝利を確信していた。ヒッティングポイントを外されたとはいえ、当たれば十分な威力が見込める。外したとしても、相手が入り込むということは逆に膝の射程内ということ。膝に工夫されたドリルによって、膝蹴りで相手の装甲をぶち抜くことができる。それが曹洪の蒼武だった。
だから曹洪は相手の動きを見ながらもほくそ笑み、対する鈴と劉備は、決死の形相で蒼武を操る。
鈴の操る下半身が相手の内に踏み込み、劉備の上半身が武器を振るう。
対蒼武格闘短刀。
それは重工剣に対してはチンケな小刀でしかない。だがそれはあの諸葛亮が用意した祖帝号最後の武器だ。光弓も重工剣も失った後。どうしてもの場合、敵蒼武と刺し違えても勝つために用意した兵器。
鈴が示す、その解放。それによって起こったのは、短刀の刃の部分が高速で振動し始めたのだ。超高速振動、それは刃の切れ味を最大限に高める方法で、重工剣のような重さで叩き斬るのとは別に、最小限の行動で切り刻むためのもの。
『な――っ』
その切れ味は、相対する曹洪が目を疑うほどだ。
左手の短刀が劉備らを叩き潰そうとする重工剣を半ばほどで両断し、右手の短刀が曹洪の蒼武、その左肩に突き刺さり、それを突き抜かせると、蒼武の左腕は完全に元から絶たれていた。宙を舞う蒼武の腕。それは見た物を絶句させる悪夢の光景だった。
これまで蒼武の装甲を両断するような兵器は登場していない。それが世界共通認識だった。それが今、この瞬間に覆されたのだ。
宙に舞う蒼武の腕。
それは戦闘の終焉を合図する、蒼天にきらめく証明だった。




