第肆拾弐話 伯仲
曹洪は手ごたえを感じていた。敵の蒼武。その動きは見た目に反して確かに速い。だがこちらを圧倒してくるような気配は感じない。何よりこれまで黄巾の連中と戦ってきた時に感じた、死を感じない。
模擬戦なのだからそれは当然ではあるが、それにしては“勝つ”という、何が何でも相手を倒すという気概がないのだ。
(舐めてんのか……)
それは曹洪の深奥にある闘争心を刺激した。
相手の蒼武は以前に見た。特殊な装甲をまとった特殊なものだ。だが今、こうしてその装甲を剥がして見れば、なるほど貧弱。そもそも彼も曹家の一員。それなりに蒼武には通じていて、あの蒼武は現行機にはない古さを感じる。フレーム部分のつくりを見ればそれは一目瞭然だった。
(つまりあのエセ軍師の女は、そんなオンボロで、逃げ腰で、それでいて俺に勝とうって言うんだな!)
それが曹洪のプライドに障らないわけがない。そして血気盛んな彼が手を抜くはずもない。
ただそれで猪突にいかないのは、彼が血気に逸るだけの男ではないことを示している。むしろそうでなければ曹操軍の先鋒を任されるものでもない。
(最初の一撃で転倒したと思ったが復帰された。早いし、バランス感覚が優れてるのか。それにすぐ光弓で反撃してきた。これが複座式の強みってやつか)
並みの相手なら最初の一撃で勝負は決まっている。だがそれができなかった時点で、ある程度の力量があると曹洪は認めた。だからこそ慎重に、だが隙を見せれば豺狼の如く一気に襲い掛かるつもりだった。
相手は相変わらず距離を取ろうとする。そうしながら光弓を連射してくるのだ。
曹洪にとって、逃げながら撃つ弾など当たるはずもない。ましてや今は、当たっても塗料がつくだけの模擬弾だ。よほど急所に当たらない限りは負けの判定にならない。
曹洪は蒼武に重工剣を構えさせる。光弓は最初から持っていない。あのようなちまちまやるのは彼の性に合わないということらしい。
「舐め、る、なぁ!!」
被弾を承知で曹洪は突っ込む。走破モードで左右に機体を滑らせながら、一気に距離を詰める。劉備らの光弓は僅かかすりはするが直撃はない。光弓にひるまず真正面から来る曹洪に劉備が気圧されたのだ。
その怯みは、劉備らの蒼武の動きに直結する。さらに場外を示すラインを超えそうになったので、蒼武の動きがわずかに鈍ったのも重なり、曹洪は一気に距離を詰めることに成功した。
『くっ!!』
息をのむ音が外部スピーカーから聞こえる。それは蒼武の動き、光弓をゼロ距離で放とうと劉備の蒼武が構える。
「遅い!」
それより先に曹洪は行動を完了していた。
空手の右腕を思い切り突き上げる。それは相手蒼武の光弓を持つ左腕をかちあげた。光弓から発射された弾丸が、はるか上空へと飛んでいく。
あとはがら空きになった相手の左脇に重工剣を叩きつければ勝ちだ。だが、それには蒼武の機構が邪魔をする。左手に持った重工剣は、右脇から左に薙ぐには関節がそこまで動かない。
だから相手の左脇を打つには、相手の背中側に回り込んで左から右への薙ぎ払いを行うか、一直線に突くしかない。
だが曹洪はどちらもしなかった。
相手がその左脇のガードが崩れたことを危険に思ったのだろう。右腕で重工剣を引き抜くと、そのまま薙ぎ払ってくる。それはどこかがむしゃらで、隙だらけの攻撃。ただ曹洪が無闇に左脇を狙っていたら逆にやられていただろう。
だがそこで曹洪は待った。相手の反応を待って、それで一気に相手の首筋に噛みつくのだ。
「甘いな!」
曹洪は蒼武の上体をかがませた。その上を劉備の重工剣が通り過ぎる。それを待って起き上がると同時に重工剣を振り上げる。振り切った形の重工剣を持つ右腕は、高く跳ね上げられ、その衝撃に耐えきれずに敵の剣が宙を舞い、曹洪の後ろの地面に突き刺さった。
追撃のチャンス、ここで攻撃を仕掛ければ曹洪の勝ちだ。そこでも曹洪は待った。相手の呼吸を蒼武越しに聞いたのだ。
劉備の蒼武から反撃が来た。光銃による射撃。重工剣を振り切った相手の蒼武は、右肩を前にしている。左手に持つ光弓は体の反対側でそこから曹洪を狙い撃つ射角はない。
だが相手は撃ってきた。それは人体の構造を全く無視した動きによってだ。左腕の肘の部分が水平方向に回転し、背中に光弓を回して射撃したのだ。
普段ならありえない射角の攻撃。だがその銃口が真円を描くのを曹洪はその瞳で間違いなく認めた。
「ちぃ!」
蒼武は人型を模して造られた。それゆえに忘れがちだが、蒼武は所詮は機械。そして関節は人間と同じではない。そういう風に作られれば、今のような常軌を逸した動きも出来る。それを思い知らされた一幕だ。
(あんなひょろ弾。くらいながら強引に行けるが、勝つなら圧倒して勝たなきゃ……)
「なぁ!!」
曹洪は、弾幕を張り逃げていく劉備の蒼武から自ら離れる。だがただ離れたわけではない。円を描くようにぐるりと大きく、重工剣を地面にこすらせながら動く。摩擦の分、動きが遅くなるがそれより地面を削るだけ土煙が起こる。それは自分の動きを誤認させるためのもので、それは円運動から直線運動になるにつれて激しくなる。
『っ!』
曹洪が離れたと思い、少し安心したらしい劉備と鈴。だが円を描いた状態から、急に直進に動きを変えた曹洪の蒼武に仰天した。
「遅ぇっつってるだろうが!!」
光弓による迎撃も散漫だ。動きもどこか遅い。
「もらったぁ!!」
動き出そうとする敵蒼武。そこに渾身の重工剣をお見舞いする。だがそれを劉備は光弓で受けた。当然、軽い浮羅鋼とはいえ鋼の塊である重工剣に対し、弾丸発射のギミックのある光弓は防げない。バキッと音を立てて光弓が弾けた。
曹洪としてはそのまま相手の左腕を寸断するつもりだったが、意外に硬いのか、あるいは回避が上手だったのか、それには至らない。
だからといって逃がすつもりも彼にはない。
「おら、おら、おらぁ!!」
連撃だ。劉備は肩で受け、足を使って距離を取るなどなんとか致命傷を受けるのを避けていたが、それはまさに時間の問題でしかない。
「そのままじり貧でつぶれる気かよ!! ならさっさと姫の前から消えちまいな!!」
大きく剣を振りかぶって振る。それで決まる。そう思った。
だが相手は予想外の反撃に出た。相手は右足だけの車輪を高速回転させ、対する左足は走破モードを歩行モードに切り替えた。それによって起こるのは、右足の高速移動。車輪が高速で地面を削り、前に出ようと右足を走らせる。だが10トン以上もある蒼武を支える脚部のうち、左足が地面に噛むことで絶対的な安定を確保している。つまり左足を軸に思いきり右足が前に出ようとする。相手はそれを上に上げることで、高速の蹴りに昇華した。普段の数倍の速さ、それは人間の蹴りと同じ反応速度で飛んでくる。
「ちぃっ!!」
前に出る曹洪に対してカウンターになった。本来ならその蹴りが決まれば、装甲の一部がひしゃげ、あるいは彼の命はなかったのかもしれない。だがそれを救ったのは、とりもなおさず彼自身の技量だった。
踏み込んだ脚部を走破モードにして車輪を逆回転させる。それにより前に向かって攻撃を行いながらも後ろに逆走するという矛盾した行動を行うことになった。人間ならぬ蒼武ならではできたこと。
だがそれで完全に衝撃を吸収できたわけではない。相手の蹴りが曹洪の腰部に当たり激しい振動を引き起こすのと同時、振っていた曹洪の剣が相手の左肩に当たり激しい火花を散らせたのだ。
互いに痛み分けの相打ち。いや、ダメージでは曹洪の方が大きいか。
対する相手は左肩を斬られたものの内部駆動系にはダメージが通っていない。さらに相手は走破モードから歩行モードに移り、両足で地面を踏みしめる。それは迎え撃つという相手の気概を現したものであり、この戦いが始まって初めて相手が明確なこちらを倒す意思をむき出しにしたのだ。
「はっ、いいじゃねぇか!」
曹洪は笑っていた。
今のこの戦いが面白くて仕方ないと言わんばかりに、喜悦を全身にみなぎらせ前のめりになる。彼は自身の蒼武も歩行モードに変更し、再び剣を構える。
対する相手は丸腰。そのことに少し気後れもあるが、それは対戦相手に失礼だと思う。
「武器は対等だった。それを手放したお前らの負けだ!」




