第肆拾話 二人
「兄者……」
蒼武の格納庫で祖帝号に乗り込もうとする劉備に駆けつけて声をかけたのは関羽だ。その後ろに張飛もいる。
「雲長、もういいのか?」
「……不甲斐ないところを見せました」
彼なりに、先ほどの言動は恥だと感じていたのだろう。俯いて元気がない。その義兄に張飛は言葉もないようだ。
「あまり深刻になるな。あれも雲長、今のお前も雲長。俺の大事な義弟だ」
「そう……なのでしょうか」
「え、なに? 何の話?」
鈴が何やら深刻な話をしている間に入り込む。彼女は関羽の本性を知らない。鈴ならば受け入れてくれる、と劉備は言ったが関羽には踏ん切りがつかなかったために、今でも黙っているのだ。なにしろ兄の孔明にすら話していないこと。昔なじみの3人の間でしか共有されていない事情だった。
「お前は、いいから早く乗れ」
そう、張飛が鈴を無理やり蒼武に乗らせようとるする。
「わっ、ちょ、張飛兄ちゃんなんでー!」
「なんでも!」
それは張飛なりの優しさゆえの行動だった。それを関羽は心の中で頭を下げながら、遠ざかる鈴を見送る。
「兄者」
「雲長、とりあえず今は次の試合だ。それでかの曹操に近い関係になれる。それは今後の俺たちにとって有利なことだ。雲長、お前が勝ってくれたからここまでこれたんだ。それは胸を張っていいことだ」
「…………はい」
「それに、なに、気にすることはない。あの夏侯淵という女、口は堅そうじゃないか。お前のことも吹聴するような奴ではないと思うぞ?」
「知っているのですか、彼女のことを」
「知らん。ま、勘だな。あっはは!」
「……ふっ」
あっけらかんと笑う劉備に、思わず関羽は噴き出した。
劉備には心を引き付ける何かと共に、陽気にさせる何かがある。そして気高い志も。だから彼は劉備の下につくことを甘んじた。それは張飛も同じだろう。
「兄者、あ武運を」
「ああ。ありがとう」
そう言って劉備は関羽に手を振って蒼武の元へ向かう。蒼武の足元には張飛がいた。
「兄貴。鈴はもう中です」
「ん、助かる」
その劉備の礼には鈴への気遣いと、関羽への気遣いに対する2つの意味がある。それを張飛はしっかり理解している。黙って劉備を見送った。
祖帝号は壁際に置かれている。その足元に昇降機があり、すでに鈴が登っていたためそれを降ろさなければならない。劉備はボタンで昇降機を下げた。
ゆっくり降りて来た昇降機に乗ると、そのまま自動で昇降機があがる。そして約10メートルほどの高さに達すると停止、すぐ横に蒼武の胸元がパックリと開いた操縦席が彼を迎えている。
そしてすでにそこの前部座席には鈴が座っていた。
「鈴」
「劉兄ちゃん」
そう答える鈴はどこか声が震えていた。劉備はその思いがすぐに分かった。鈴は普段では無邪気に過ごしているが、やはり彼の兄を亡くしたこと、そして村が襲われた時のことを覚えている。それを引き起こしたのは、形は違えど蒼武という兵器であることは間違いない。
その蒼武に彼女がいる。破壊される側ではなく、破壊する側に立つことになる。その二律背反が、彼女の心を不安定にさせる。
本来なら彼女をここに連れてくることは反対だった。簡雍と一緒にいる兄・均のところに送り出すべきだろう。だがこの黄巾との最前線では逆にそれは危険だ。
何より劉備は彼女の決意のほどを聞いている。
それが、ちょっとダメだからといって突き放すのは彼の流儀ではなかった。
「鈴、大丈夫だ」
そう言って鈴の前に長い身体を折りたたみ座り込むと、鈴の両手を劉備のもので包み込む。それは母から教わったやり方。緊張すると手が冷える。だからそれを包んで温めてあげる。それでその人――昔の劉備の父親のことらしい――はやる気を出したという。だからそれに習った。
「劉兄ちゃん……」
「鈴がダメでも、俺はここにいる。お前と共にある」
「…………うん」
鈴の震えが少し収まった気がした。
本当はこんなことさせたくない。でも彼女を放したくない。その思いが劉備の胸に芽生え始めているのは確かだった。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
小さく、けど力強く答える鈴に、劉備は小さくうなずき、自分は狭い操縦席の中で後ろにある自席へと座り込む。
それから細かい起動チェックを行い、エンジンを入れエラーがないことを確認していく。
「関節系運動関数異常なし。各種冷却装置問題なし。圧力係数問題なし。燃料満タン、エンジン正常化道、液漏れ異常なし。カメラ、モニター、ノイズなし。武器弾薬……光弓弾数確認、重工剣装着確認。各種細部チェック、点検…………オールクリア」
発進前の確認。これができなければ蒼武乗りにはなれない。ここでエラーを見過ごしてしまえば、戦闘中に強制停止することもある。それはまさに致命的だ。だから入念に、だが素早く確認していく。
そしてそのチェックが終了すると一息。前部座席で身を固くしている鈴に声をかける。
「鈴、大丈夫か?」
「……うん。大丈夫」
「よし、じゃあ行こう」
「うん」
心強い声が返って来る。それに安心して劉備は手にしたレバーを動かす。
「劉玄徳、祖帝号。出る!」
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