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第参拾玖話 遠望

「やった! 勝ったよ、劉兄ちゃん!」


 関羽の勝利に喜ぶ鈴。だがその喜びに劉備は同調できず、顔色を曇らせる。

 それを目ざとく見た曹操は、探りの一言を浴びせる。


「あの動き。人が変わったようだな」


「いや、それは……」


 劉備は言いよどむ。彼は関羽の身に何が起きたかを知っていた。

 彼の嫌がるもう1人の自分。その発露が彼にあのような行動を取らせたとなると、戻った後が大変そうだ。


「まぁいい。ん、妙才も気づいたようだな」


 関羽が倒れた夏侯淵の上体を起こして膝で活を入れる。それで夏侯淵は意識を取り戻したらしく、周囲を見渡してやがて状況を把握したのかがっくりとうなだれた。


「後で慰めてやらんとな。まったく、手間のかかる従姉だ」


 見るからに夏侯兄妹の方が年上なのに、まるで妹をあやすかのような曹操の態度に劉備は不可思議なものを見るような思いだ。


「さて、最後は2人の番だな。緊張しているか、鈴とやら?」


「え? あ、えと、はい」


 急に振られて驚く鈴。それを劉備は好ましく思う。彼女にはこういった殺伐とした世界に来てほしくなかった。村でいつまでも平和に暮らしてほしかった。けれど時流がそれを許さないというなら、彼女は彼女のままでこの乱世を生きてほしい。そう願うだけだ。


「劉備」


「はい」


「なぜこの模擬戦を行ったか、分かるか?」


 と、劉備には別の質問をぶつけてくる。その目は茶化すものでもなく、冗談を言うものでもない。自分の何かを図る。そのための質問だと劉備は了解した。


「先ほど曹操殿がおっしゃられた、互いを知るため、ですか?」


 その通りだ、と曹操は小さくうなずく。


「連携の取れない急造部隊など、新兵部隊にも負ける。どれほどの力量を持っていて、どれくらいの無茶ができるか。それが分かれば連携はどうとでもなる」


「それと――」


「ほぅ、まだあるか?」


 そうおどけて見える曹操の態度に、間違いないと劉備は確信する。


「我々の実力を見るため、ですか」


「さすがだ、劉備」


 曹操がにんまりと笑った。いつも仏頂面して他人を皮肉に笑うだけの彼女が、まさに我が意を得たりと言わんばかりにそう頷くのだ。

 その笑顔、というにはやはりまだ不敵だが、初めて見る彼女の笑顔に、劉備は少しドキッとして――隣から不穏な空気が流れてくるのを察知して表情を引き締めた。


「悪いが実力を測らせてもらった。軍の動き、それを統率する将。それ単体での実力。そして……蒼武の腕。それが不足していれば、まぁ、そうだな。補給基地に強襲する際に先陣を任せ、囮となって苦戦しているところを我々の一斉射撃で敵事壊滅させるくらいの役回りにしようかと思っていた」


「は、ははは……」


 劉備は背中に冷や汗が流れるのを知った。

 それはもはや囮ではなく死兵(死を前提とされた使い捨ての軍)だ。敵を引き出して負けているところで、味方に構わず射撃を加える。そうすれば敵に大打撃を与えながらも、曹操の軍には微塵も犠牲は出ない。劉備の軍は壊滅、または全滅するだろうが彼女にとっては痛くもかゆくもない。たかが義勇軍程度の切り捨てる意識だったのだろう。

 それを笑顔で言う彼女に、初めて劉備は戦慄(せんりつ)した。


「が、考えは変わった」


 曹操は大きくうなずく。


「兵の練度はそれなり。何より曹仁に実質勝ち、夏侯淵と一騎討ちで降す将がいる。それだけで儲けものだ。さてさて、劉備殿の蒼武の腕前はいかに、ということだな」


 劉備は急速に心が先細る思いをいだいた。これで無様に負けてみれば、互角の勝負をした関羽や張飛、それより下に見られる。あの2人は劉備を兄として慕っているからそれが変わることはないが、兵たちから見れば『腕が弱いのに偉ぶっている奴』と見られかねない。それは今後の劉備の軍として運用するにあたって好ましくない。

 何よりこの曹操という少女に、負けたという気がしてならない。


(それに不安要素もある。俺たちの練度は出来上がってない)


 これまで冀州を転戦したとはいえ、直接蒼武で戦いになったのはほんの数度。しかもそれは3対1だったり、関羽や張飛が先に片づけてしまったりと、劉備が実際に蒼武と戦ったのは、あの楼桑里(ろうそうり)での一戦。しかも倒したのは無我夢中の鈴だ。

 彼自身はまったくもって自信がない。

 さらにもう1点。祖帝号(そていごう)の不安定さだ。なるほど。確かに他の蒼武より性能がいいし、防御面はかなり厚い。だがそれだけで特筆したものはないように見える。帝より下賜(かし)(いただくこと)されたとはいえ、それも数百年前の話で、それをオーバーホールしたとはいえ、最新型と言われれば首をかしげざるをえない。


 対する曹操軍の曹洪。血気盛んな子供という感じだが、蒼武を見れば劉備にも分かる。一世代前だというが、最新世代がまだ曹操や袁紹といったほんの一部の高級武官にしか支給されていないことを見るとまだまだ一般的には最新世代と言っても過言ではない。しかもその背後には荀彧といった整備兵がきっちりと仕立て上げている。

 蒼武の腕も、蒼武自身も、全てが格上。

 そんな相手に無様に負ければ、と思うと緊張で心臓が収縮しそうだ。

 だがそんな劉備を発奮させる言葉を放つ者がいる。鈴だ。


「劉兄ちゃんは負けません!」


「鈴……」


 鈴は何も言い返せない劉備に代わり、早々に食って掛かる。


「劉兄ちゃんは、負けません! だって、世界を平和にするって願いを叶えなくちゃいけないんですから! それに……お兄ちゃんがくみ上げた、最強の蒼武ですから!」


 その言葉は劉備の胸に、心に、じわりと染み渡った。


(ああ、そうか。そうだ。俺の蒼武、祖帝号(そていごう)は孔明。お前が心血を注いで作ったものだ。そう簡単に負けるわけ、ないよな?)


 孔明がいる。その妹の鈴もいる。それで負けるはずがない。

 そう思えば劉備は曹操に決意の眼差しで向き直る。


「負けませんよ。相手が誰でも、曹操殿でも」


 そう言い切った劉備に、曹操は面食らった様子で目を大きく見開いたが、やがて、


「ふっ、ははははははは!!」


 大笑いした。

 呆気にとられる劉備と鈴。荀彧もまた呆然と曹操の様子を見る。


「いや、すまんな。なるほど。それがお前らの強さというわけか」


「えっと、いえ……その、鈴がすみません」


「いや、いい。今のは忘れてくれ。だが、強いぞ曹洪は。冷静沈着な夏侯惇、狙撃の夏侯淵、慎重な曹仁。そして先陣の曹洪。つまり真っ先に突っ込んで暴れるのがあいつの役目。分かるか? それでもあいつは生きている。少しでも油断すると、パクリ、といかれるぞ?」


 曹操は右手の親指と他の指で獣がパクパクと口を開閉している様子を再現する。


「負けませんよ。勝って、あなたと対等の軍として動いてみせます」


「よいな。では期待させてもらおう。なんならボコボコにしてやれ。なに、夜に酒宴でも開けば殴り合ったことも忘れて仲良くするだろう。男なんてそんなものだ」


「曹操殿が言うと深いですね。でも、いいんですか? うちの益徳はいけますよ?」


「ならいいことだ。夜に第二開戦があるということだな。ふふ、では我らも共に飲もうか」


「あ、はは……はい、そうですね」


 劉備は少し緊張が解けた様子で曹操で笑いあう。

 その横で鈴は頬を膨らませていた。

 最初に会った時は格好良いという憧れが強くあった。けれどこの少しの時間で、段々とイライラに変わって来る。それが嫉妬によるものだと、本人はそれなりに気づいているが、昨日今日会ったばかりの曹操と自分の3年間を一緒にしたくないという思いからそれを認めないでいた。というかデレデレしている劉備にムカついていた。


 一方、敗北した夏侯淵は、夏侯惇らのいる駐屯地に戻っていた。


「負けた」


「ぷはっ、負けたってそんな無表情で言うもん!?」


「まぁ相手も結構やるやつだったけどさ」


 夏侯淵のつぶやきともとれる結果報告に、曹洪が噴き出し、曹仁は呆れる。

 それでも無表情を貫く夏侯淵に、曹洪が


「そんな風にして。悔しいんだろ?」


「別に悔しくないし」


「悔しいに決まってる。やせ我慢~」


「負けちゃえ」


 曹洪のちゃかしに対し、ばっさりと夏侯淵は切り捨てる。


「うわ、ヒドッ! 惇兄、淵がひでぇんだけど」


「そりゃお前が悪い。(曹洪)子廉(しれん)、お前次だろ。さっさと準備しろ」


「へいへい、分かってますよ。惇兄は小姑みたいにうるさいのー」


「斬るぞ」


「わっ、冗談だって! じゃ行ってきまーす」


 軽いノリで自身の蒼武に向かう曹洪に、曹仁はやれやれとため息をついて見送る。

 夏侯惇は曹洪から視線を外し、少し離れて無言で明後日の方向を向いている夏侯淵に近づくと、


「もう少し悔しがってもいいんじゃないか?」


「悔しがってない」


「まぁそういうな。俺の前で強がっても仕方ないだろ」


「全然。悔しく。ない」


「ま、お前がそう言うならそうだろうけどよ」


 そう言って夏侯惇は妹の頭に手を乗せる。その乗せた手に振動が伝わるのに気づく。

 夏侯惇はそれに気づかないふりをして、いつまでも夏侯淵の隣に居続けた。

ここまで読んでいただき大変ありがとございます。


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