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第参拾陸話 格闘

 関羽は思う。

 自分という存在は何なのか。

 幸い、体は大きかった。10歳を超えてぐんぐんと伸びていき、今では大人も見下ろせるほどの身長になった。力も強かったからそうそう変な絡み方をしてくる奴もいなかった。

 だからだろうか。虐げられている少年少女から助けを求められることが多々あり、そしてそれを見過ごせない自分がいた。助けた者が子分となり、それがまた多くの助けを求める対象を呼ぶ。その繰り返される助けを求める声が声を呼び、気づけば100人規模の少年少女を率いることになった。それほどまでに虐げられる者が多かったのだ。

 単純に同世代の子供同士の喧嘩というのもある。けれどそれ以上に大人に虐げられている子供が多かった。そんな彼ら彼女らを守るためには戦わなければならなかった。


 世の不公平を公平に。

 世の不平等を平等に。

 世の不条理を条理に。


 それによって世界を変えることができる。

 そんなことを本気で思っていた関羽は、ある意味で誰よりも純粋だった。


 それが壊れたのは3年前。彼が14の時だ。

 関羽がそうしたように、世の子供たちはどうやら群れることを求めたようだ。数によって世界から弾かれないよう自分の身を守るようにできていた。

 その数が膨らめば体が大きくなる。そうなれば他人とぶつかるのは必定。ぶつかった相手が関羽のグループだった。

 彼らが大人だったら、ぶつかったところで話し合いによる解決や妥協によって争いは回避されただろう。だが彼らは子供だった。子供でありすぎた。


 そこで関羽は初めて人を殺した。相手のグループのリーダーだった男だ。

 殺すつもりはなかった。事故だった。そう誰もが慰めた。


 だがそうだったのだろうか。

 関羽は自問自答する。

 100人規模の抗争。そこを駆けるのは、自らを燃やす炎に身を任せるのは何よりも快感だったはずだ。敵を屠り、敵を破壊し、敵を停止させる。そこに快感を追い求めていたのは何よりも関羽自身だ。

 彼は憑かれていた。破壊の衝動に。それは何物にも代えがたい快感だった。これまでにない絶頂(エクスタシー)だった。

 そして気が付いた時には相手グループのリーダーの死体があり、彼は射精していた。


 翌日、関羽はその集団から消えた。

 人を殺しておいてその世界で生きられるほど、人間の社会は甘くなかった。

 まだ黄巾の連中が暴れまわる前なので世間の追及は激しかったが、大陸は広く、世界は広かった。

 1人となった関羽はさすらい、彷徨い、そしてある村に落ち付いた。そこで出会ったのが張飛だった。最初彼は敵だった。何度となく勝負を挑まれた。その時には関羽は自らの力の行き場を求めていた。同時に恐れていた。また誤って殺してしまったら。殺人に対する罪の意識――ではない。また逃げなくてはなくなる、面倒だ、という方が勝った。


 だが張飛は壊れなかった。関羽の武を受け止めてなお、反撃してくる力があった。

 勝負は簡単にはつかず、何十回とぶつかるうちに張飛は関羽を認め義兄弟の契りを交わした。関羽自身も、どうしようもない衝動が襲った時に張飛がいれば他人を殺すことはない。そう感じた。

 そして隣町の劉備、諸葛亮に出会い、彼は自身の衝動の持って生き方を得ることになる。


 それが関羽雲長という人間だった。

 そんな男が今、1300人という兵たちに囲まれているのは何か悪い冗談かと思った。1対1の近接格闘戦。逃げ場はない。それはいい。だが相手は女だ。

 180を軽く超える彼にとって同じくらいの身長を持つのは張飛が初めてで、それでも張飛の方が視線を落とすほどには低い。他に自分たちに敵う男はいないとさえ思っていた。

 それが現れた。夏侯惇という男。そして夏侯淵という女。女がここまで大きいのは初めてだった。それこそが何かの冗談だと思わないでもない。


「…………」


 その夏侯淵が関羽を睨みつけてくる。明確な殺意を持った視線。


(いかんな……あの目は。嫌いだ)


 呼び出しかねない。衝動を。激情を。けれどここでは殺しはご法度だ。相手は今この場で劉備が組むべき相手、曹操の親族だという。

 いくら手加減無用と言われていても、怪我でもさせようなら今後の付き合いに影響が出る。ましてや相手は女だ。手加減しなければうっかり殺してしまうだろう。

 みろ、あの細い身体。動かしやすいよう、着ている服を脱ぎ捨てて胸の周りのみを覆う肌着に、腰元には秘部を覆う太ももの半ばもない長さの下着のみ。拳に布を巻くだけで、それ以外は全て肌色が覗く。もちろん健康的に焼けた肌には、見るだけで分かる確かな筋肉がある。飾りではない、本物の筋肉だ。それでも筋肉太りしているわけではなく、しなやかな手足に魅力を感じてしまうのは、その身長と手足の長さからなるためか。


「そこの髭」


 と、そこで夏侯淵の口が開いた。表情を変えずほとんど口を動かさない小さい、そして短文だったために本当に彼女が喋ったのかどうか疑う。


「私が女。舐めてる?」


 夏侯淵のその言葉は無表情の中に若干の苛立ちを込めて、関羽に対する非難の言葉を放つ。


「悪いか。私は女性を殴る趣味はない」


「だから舐めてる。ふざけろ」


「そうではないと言っている!」


「どいつもこいつも……」


 聞く耳持たず。

 関羽自身、相手を舐めているわけではない。ただ、やりづらい。女性であること、彼とほぼ変わらない身長としっかり作られた体。手を抜くとやられるが、全力で行くには大人げないと思ってしまう。


『それでは、第2試合を始める』


 考えているうちに、第1試合と同じ、蒼武が審判を務めるらしく、光銃を空に向けた。

 周囲のざわめきが消え、誰もがじっとこちらに視線を注目させる。


(もう少し考える時間をくれないのか……!)


 そんな関羽の心情をよそに、空砲が鳴った。

 喚声が台地を響く。


「夏侯様! そんな髭、やっちまってください!」「(夏侯淵)妙才殿ぉ!」「うぉぉぉ! 髭殿! ぶっ殺せぇ!」「犯せ! 犯せ!」


 声援は自分3、相手が7くらいか。兵の量を考えれば自分のが多いくらいだ。

 それにしても自分への声援は品がない。義勇軍というから品位があるわけじゃないが、もう少しやり方があるだろうと感じる。


(仕方ない。とにかく打撃はなし、さっさと投げ技で対応して落とすことを目標に――)


 そう初動を考えていた時だ。


「っ!」


 関羽に驚きが走る。相手である夏侯淵の姿が消えていた。いや、消えたわけじゃない。視線を下にすれば、低い態勢でこちらに高速で突っ込んでくる夏侯淵が見えた。空砲の合図と同時、身を低くして突進してきたのだ。


(こいつ!)


 戦い慣れている。そう関羽は思った。

 何をしてくるかわからない相手には先手必勝。そして高いとはいえ関羽の方が身長は上。ならばその下に潜り込むことで視界から消えるように見せ、そこから不意を突くようなタックルで一気に距離を詰めてあるいは倒してしまう。様子を見るのではなく自分の得意な土俵で勝負を決めてしまう。それが戦い慣れていると感じた理由だ。


「なろぅ!!」


 タックルに対し、一番効果的なのは蹴りだ。相手が自ら飛び込んでくるから、カウンターとなって衝撃は倍。さらに相手が姿勢を低くしていることで、膝が顔面に決まりやすい。それが決まれば一撃で終わりだ。

 もちろん足を取られることが一番まずい。だからそれを見込んだうえでの速度で蹴りを叩きつける。

 だが相手の動きの方が速かった。

 軸足と蹴り足の重心の移動を見極め、左足が宙に浮いた時点で夏侯淵は別の動きに移った。タックルの動きを横に動かす。関羽が蹴りを放った瞬間には、夏侯淵の体はその外側にいた。


(速い!?)


 相手に掴ませないよう、蹴りはそれなりに速度を求めた。しかも回し蹴りではなく、一直線に相手を貫く前蹴りだ。それを読まれて左右に動かれれば蹴りは相手に当たらない。

 それでも一瞬でも左右の動きが早ければ関羽は蹴りを止めただろうし、遅ければカウンターにくらっていた。その見極めと果断さが圧倒的に上手い。


 関羽は蹴りを止めた。片足が宙で浮いている状態。それは危険だった。相手はタックルを仕掛けてきた。ということは接近戦に持ち込みたいということ。さらに言えば――


「しま――」


 一瞬、夏侯淵を見失っていた。彼女は蹴りを回避する時に関羽から見て右ではなく左に移動した。それは蹴りを放つにあたって、わずかに左半身になることで死角となる場所。そこから狙うとすれば1つしかない。

 関羽は止めた足を思い切り引き下ろそうとした。夏侯淵が来るとすれば左から軸足を刈りにくる。つまり関羽の左腰の辺りから来る。ならば左足を思い切り後ろに向かって蹴り下ろせば、かかとが左から来る夏侯淵を貫くはずだ。

 だから容赦のない、頭部にあたれば万が一があり得る速さで振り下ろす。


 ――直前。


 喚声があがる。


 右足に痛みを感じた。同時、立っていられない力が右足を襲う。

 地面に接していた唯一の軸足。そこにタックルが入った。さらに右の膝裏に腕を入れられて、膝カックンの要領で立っていられなくなる。

 左足を蹴り下ろそうにも、股関節のあたりに肩を入れられる。そうすれば足全体を下ろすことはできない。膝から下なら動くが、それだけでは蹴りの威力は激減している。さらに膝裏に肘をいれられれば蹴るのは空だけだ。


 完全に無力化された関羽は夏侯淵の勢いのまま、地面に投げ出された。肩から落ちた彼は、すぐに転がって防ぐ。寝技を。

 接近戦に持ち込みたい夏侯淵。それなら近づいてパンチなりキックを出せばいい。だが出したのはタックル。それによって彼女の目的は1つしかないと関羽は理解した。

 それが寝技。

 わずかでもリーチの差を埋めるために立ち技を嫌ったのか、あるいはもともと寝技が得意だったのか。それは分からないが、とにかく相手の土俵に立たされてしまった。

 だから少しでも距離を稼ぎつつ、立ち上がる必要がある。


 そう思ったのだが、


「ぷっ!」


 夏侯淵が何かを口から噴き出した。目つぶしだ。反射的に目を――一瞬だが――つむってしまい、視界が閉ざされる。


「ぐっ!」


 その間にすべてが終わっていた。衝撃。転がる視界。そんな関羽をまた何かが襲った。転がりが加速する。その果てに空が見えた。青い空だ。そこに顔が映った。夏侯淵。表情の薄い彼女の差すような視線が関羽を見下ろす。


「降参する?」


 それは彼女が言ったのか最初は分からなかった。視界がまだぼやけていたのと、それほどに感情が薄く、唇が動いたとも思えない一声だったからだ。


「降参?」


 再び、先ほどより短く問いかけられる。

 その意味することは明らかだ。マウントポジション。これからは夏侯淵の圧倒する時間だ。

 夏侯淵からすれば攻撃が全て打ち下ろしになる。関羽からすれば全て突き上げになるし、腰の回転も背中を地面につけているから腰の入ったパンチが撃てない。仮に打ったとしても相手の顔面はかなり遠い。衣服を掴もうにも夏侯淵は考えられる中でも一番の薄着だ。足で蹴り上げようにも、それを動かす基部である腰に相手は密着している。動かそうとすればそれを悟られ封じられる。ならば跳ね起きを考えようとすればその間に拳が飛んでくる。


 一方的に夏侯淵が殴る空間。それが今、ここに現出していた。


「誰が」


 まだ何もしていない。それなのに降参など認められない。

 そう関羽は唾でも吐きたい思いをこらえて答えた。


 殴られた。

 視界が明滅し、星が舞う。


「ぐっ……うう」


 自由な腕で防御することもできないほど神速。痛みが後から来て、後から何をされたか知る。


「降参?」


 感情のない、冷たい単語が関羽の耳を打つ。

 それは圧倒するような勝利宣言でもあった。

読んでいただき感謝いたします。

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― 新着の感想 ―
   いくら関羽さんが手を出さないとはいえ、夏侯淵さん強すぎます。  このまま関羽さんは殴られっぱなしで終わってしまうのか、気になります☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
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