第参拾肆話 三角
「ああ、益徳兄ちゃん、負けちゃった……」
丘の上で観戦していた鈴から悲痛な声が漏れる。
だがそれを破るのは曹操の拍手の音。
「いや、素晴らしい武だ。あれで蒼武も操れるのか?」
「……ええ。戦い方も変わらず猪突。曹仁殿のように殻を破ってほしいところですが」
「ああ、きわどいところだったが曹仁もよくやってくれた。決戦を前に、これは吉事といえよう」
「なにもかも、貴女の思い通りということですか?」
「まさか。私はそれほど自分を全能だと考えていない。ただこうなればいいと思ってやらせてみたら思いのほか曹仁が頑張った、というだけのことさ。おたくの張飛という掘り出し物も見つけた。想像を超えた収穫というのは嬉しいものだ」
「一応、義兄弟の契りを結んでるので、引き抜きはよしてもらいたいですね」
「ふっ。そこまで私は野暮ではないぞ」
そう言いつつも、満足そうな曹操に、劉備は意外と話が分かる人なのかもな、と当初抱いていた警戒をやわらげた。
だがその反面、隣で鈴が劉備のことを睨んでいるのに気づかない。彼女なりに劉備が曹操に取られるのでは、という危機感を抱いているが、いかに軍事に疎い彼女でもここで無理に2人の仲を引き裂くのは良くないと分かっている。空気を読めているだけに、劉備と曹操がイチャイチャしているようで許しがたいのだ。
そしてその3人をさらに傍から見ているのは関羽だ。
(兄者はこういうことには疎いからなぁ……やれやれ)
彼は鈴の劉備への想いは気づいていて(というよりあからさますぎて劉備以外の関羽、張飛、諸葛亮、簡雍、そして村の人々にはバレバレだった)、フォローしてあげたこともあったが、先月まではいずれ劉備は村を出発して鈴とは離れ離れになると思っていた。だから必要以上に2人をくっつけないでおこうと、張飛と語っていたのだが。
こうして彼女も共に行くことになってどうしたものかという思いがある。
色に溺れるというという言葉もある。劉備にはありえないと思いたいが、万が一のことを考えるとそれは避けたい事態だ。だが逆に鈴ともここ2年、毎日ではないがそれなりにかかわりを持ってきた。そんな彼女の一途な想いを無駄にしてしまっていいのか。そんな思いもあるのだった。
とはいえ彼も常識人。この場を壊すような一言は言わないし、無理にらちをあけようとも思わない。
「では兄者。次は自分が参ります」
だから関羽は次の出番だということを感謝した。とりあえずこの場から離れる好機だと思ったからだ。
「ああ、頼んだ(関羽)雲長」
そう答える劉備だったが、どこか顔色がさえない。
「兄者?」
「お前は大丈夫か?」
その言葉で彼が何を心配しているか察知した。彼は関羽のある“事情”を憂慮している。
そその“事情”は確かに関羽にとってプラスにもマイナスにもなる難しい問題だ。
(だがそれを含めて自分だ。私は私の力で勝つ。それだけだ)
「関兄ちゃん、頑張って」
劉備に続いて鈴が応援の言葉をかけてくれた。
「ああ、ありがとう。益徳を励ましてやってくれ」
「うん」
いい子だ、と関羽は思う。彼女が劉備と。そう思わないでもない。諸葛亮のことを考えると、それもありなのかもしれない。
(いや、関雲長。それは後だ。今は戦って勝つことを考えろ。(張飛)益徳が負けて自分も負ければ劉備軍は弱者の烙印を押される。これからの戦いも曹操軍の下に位置づけられる。我らは義勇軍とはいえ、盧植将軍から認められた独立部隊だ。それを立証するために、2連敗は阻止する)
そう内心で意気込みを語った関羽。その背中にポンっと手が当てられる。
劉備かと思い振り返ると、そこには曹操が立っていて見上げるようにして、笑みを浮かべている。
「そうだ、関羽よ。迷いは持ち込むなよ。全力で戦わなければ(夏侯淵)妙才には勝てない」
「はぁ」
「私はお前に期待しているよ、関羽。龍を持たずともその覇気。常人ではない何かを感じる」
「そう言っていただき光栄ですが、私はただの人間ですよ」
「そうは見えないな。お前の隠しているもの。それは(夏侯淵)妙才が暴き出すだろう」
(気づいたのか。あるいは知っているのか?)
そう思えるほどに曹操の目には力があり、言葉には説得力がある。
「しかし近接格闘戦とは。いいのですか? その夏侯淵という方は狙撃が得意だと先ほどおっしゃっておられたが」
「ああ。(夏侯淵)妙才は狙撃が得意だ。我々の中で一番な。そして“どちらかと言えば”狙撃が得意ということだ。これ以上言うと(夏侯淵)妙才に不利になりすぎて怒られるな。さぁ、お前の武を見せてくれ、関羽」
「はぁ……」
曹操の言った言葉が完全に理解できず、首をひねりながらも丘を降りていく関羽。
それを見送った曹操は、わずかに唇を曲げ劉備たちに振り返るとこう言った。
「さて、我らは下に降りようか。第一戦とは異なり、1対1の格闘戦はやはり近くで見るのが一番だからね」
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