第参拾弐話 観戦
『それでは、これより模擬戦、第一戦を開始します!』
一機の蒼武が張飛と曹仁の陣の中央に立ち、その外部音声機から声が響く。
今回、審判をすることになった曹操側の整備課の1人が乗っている。彼が乗る蒼武は、曹操が袁紹からねだって譲り受けた旧型蒼武だ。
十年以上前線に出て、すでに外見も中身もボロボロになってしまったため、戦いには難しいが物資の運搬や蒼武を整備するに当たっての力仕事は十分にこなせる。光銃を持たせれば砲台にはなるから整備課の守護神として最近では大人気の機体だ。
その旧型蒼武が右手に備えた光銃を真上にあげる。そして放たれるのは閃光弾だ。
真昼間にそれは意味を成すものではないが、開戦の合図にはなることを張飛も曹仁も心得ている。
そしてそれは離れて戦場を見守る曹操や劉備たちも同様だった。
「始まったな。どっちが勝つと思う、劉備?」
「え、ど、どっちとは」
「ふっ、あまり硬く考えるな。座興と思えばいい」
「そ、そうですね……。相手の曹仁殿のことはあまり存じ上げないが、ここはやはり義弟を押しましょうか」
「そうか。奇遇だな、私もそう思っていた」
「え!? お味方ですよ?」
「それを言うなら張飛も私の味方だ」
「そうですが……」
「張飛という男を私は知らんが、曹仁という男は嫌でも知っている。私の幼馴染でな。惇や淵、曹洪らとも同じだ」
「はぁ……」
「それぞれに特徴はある。夏侯惇は真面目だな。なんでもできるが、なんでもしかできない。器用貧乏というやつだな。夏侯淵は無口で一本気。狙撃が得意だが、逆に言えばそれ以外のことはからきしだ。融通も効かん。曹洪は短気でケチだが、まぁあれはあれでいいやつだ。そして曹仁は――」
途端、ざわめきが起きた。
劉備の義勇軍でも歩兵以外にも人員がいる。それこそ荀彧のような整備課ほどではないが、蒼武を整備する人員や、伝令の兵、それから運搬の兵といったようにそれぞれ得意とするものが異なる人員が少ないがいる。彼らは今回の模擬戦には直接かかわらないので、こうして共に観戦しているのだ。
その彼らがどよめく。
その理由は2つ。
1つは、まぁある意味予想できた内容。
「ああ、益徳兄ちゃん……」
鈴が肩を落とす。
見ればこちら側の丘に陣取る張飛の陣から兵が1人2人……十人、二十人と出てきて、一気に百人単位。果てには陣が空っぽになってしまった。
つまり全員で突撃したのだ。わざわざ有利となっている丘の上、そして防柵という地の利を捨てて正面突破しようとする。それは愚策以外の何ものでもない。
だがそれをやる。それが張飛というのはなんとなく義勇軍にいれば分かることだ。
しかしそれを裏切ったのがもう1つの理由。
それは敵側――つまり曹仁の陣だ。
曹仁は歩兵1千を抱えている。つまり張飛の3倍以上。張飛が全軍を率いて出てきたなら、真正面からぶつかれば勝てる――はずなのだ。
だが曹仁は動かない。動けないのではなく動かない。
数の上で圧倒的に有利。そして敵の地の利が消えた今、攻撃すれば勝てる。なのに動かない。
それを見て、曹操はやれやれとため息をつく。
「あいつは慎重すぎる。普段のところでも、曹洪を抑える役目に回っているんだが、自ら前に出ることはない。空気を読んで我を出さないといえば聞こえがいいが、つまりは受け身なのだ。まず状況を整理して、何が良い悪いを判断して、それから行動に移す。その考え方は悪くない。だがここは戦場だ。一瞬の気の迷い、悩みが生死を分ける。私はこれをあいつの弱点だと思っている」
「もしや曹将軍は曹仁殿のそこを克服するためにこの模擬戦を?」
「曹操でいい」
「しかし……」
「なんだ、年下に偉くされるのが嫌か?」
「それはありませんが」
「じゃあ曹操でいいだろう。それとも、私とは仲良くしたくないか?」
「あ、いえ。そのようなことは……」
その劉備の態度に隣の鈴はムッと来たが、今はちゃかしていい場面でないことはなんとなく分かって踏みとどまった。
「では、曹操殿」
「まぁいい。そして……そうだな。関羽と張飛。北の戦場でそれなりに噂になっていると聞いた。そんな男と戦う場面が来れば、あいつも一皮むける。そんな気がした。利用させてもらったよ。軽蔑するか?」
「いえ、そのような。ただ、曹操殿の愛には敬服するばかりです」
「愛などないよ。あいつが剥けなければそれまで。それだけのことさ」
冷たく言い放つ曹操。
だが劉備、そして鈴はその中に、やはり彼女なりの温かさがあるんじゃないかとこっそり思った。
おそらく彼女はそれに気づいてはいないのだろう。けれどその温かさを温かさと認識している人からすれば、冷血に見えるその奥にある優しさを感じ取れる人からすれば。それはもう、彼女に心酔するのではないか。
(あるいはこれが曹操軍の強み。ということは彼女さえいなければ……いかん、何を考えているんだ俺は。“曹操”は味方だぞ)
自らの心に浮かんだ思いを必死で打ち消す劉備。
だがそれはまさに、彼自身にも跳ね返る鏡のような言葉だったことに、皮肉にも彼自身も気づいていない。
「む、相手が動きますな」
そう言ったのはこれまで黙って様子を見ていた関羽だ。
彼自身、劉備と曹操の邪魔をするものでもなかったが、さすがに義弟の戦いには注視せざるを得ず、そして戦局が動いたとなれば黙っていられなかったようだ。
「え、何も動いていないけど……」
そう反論するのは鈴。確かに彼女の言う通り、戦局は動いていない。張飛がひたすらにまっすぐ、敵の本陣に向かっていっているところだ。
だがそれを劉備は違うと感じた。
「いや、鈴。これから動くんだ。おそらく曹仁殿が軍を動かす。(関羽)雲長はその気配を感じ取ったんだ」
「はぇ~」
目で見えたものではなく、感じたことを言葉にした2人に鈴は激しく感動したようにキラキラした目で劉備と関羽を見つめた。
関羽は気恥ずかしげに視線を逸らしたが、劉備はその視線を真正面から受け止めた。まるで美しい宝石を眺めるように。
その横では曹操がニヤリと笑っている。おそらく彼女も気づいていたのだろう。
「ほら、2人とも。本当に(曹仁)子孝が動くぞ」
そう言い放った瞬間だった。
曹仁の陣が動いた。そしてそれを見て劉備は張飛の負けを確信した。曹仁は部隊を2つに割ったのだった。
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