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第弐拾玖話 軍議

「それでは軍議を始めます」


 曹操軍の蒼武の格納庫脇にある小さな小屋に、曹操、夏侯惇、夏侯淵、曹仁、曹洪、荀彧が集まっていた。さらに今回はゲストがいる。劉備、そして諸葛鈴、字(あざな)を兄から受け継いで孔明の2人だ。

 8人が入るにはやや狭い室内は、半分を円卓が占めており、その上には大きな地図が乗っていた。

 それは曹操が荀彧に探らせていたこの近辺の地図。今彼らがいる位置が左側に、そして東となる右側には豫洲(よしゅう)黄巾賊の本拠地と、それを取り囲む砦群が書き込まれている。


 それを眺めながら、鈴は自分がとんでもない場違いなところに来てしまったと後悔した。

 最初に軽く自己紹介があり、なんとか全員の名前は入っているが、彼女と劉備に対して歓迎する様子でないことはさすがの鈴も気づいていた。


(夏侯惇って人はちょっと怖いし……夏侯淵って人、兄妹なのかな。すごいすらっとして綺麗……だけどなんか近寄りづらい雰囲気がある。曹洪って人はなんかいきなり文句言ってきて怖いし、曹仁って人は真面目そうで苦手っぽい。荀彧って子? は、年下? なのかな? よくわからないけど、凄い育ちが良さそうで頭良さそう)


 それぞれに思惑はあるだろう。こんなことなら辞退しておけばよかったと思うが、時すでに遅し。


 ただその中で1人、この部隊の統括である曹操が、


『お前……“龍”を飼う者か。面白い。お前の力に期待しているぞ』


 そう言ってニヤリと笑ったのが忘れられない。馬鹿にされたわけでもなく、ただ単に興味を持たれたというか。


(あれで私の3つ上……あと3年であんなになれる気が全然しないよぉ……でも――凛々しくて美しくて、格好いい……)


 女性に対して初めて“格好いい”という言葉を使った気がした鈴だった。

 その曹操の言葉もあってか、他の面子から表立って鈴たちに反発する者はいなかった。ただ、だからといって親し気に話しかけてくる人もいないわけだが。


「えー、我々官軍と黄巾賊の拠点の位置はこうなっています。兵力差としては、味方が蒼武30機に兵約3万。対する敵は蒼武26機に兵が5万。蒼武では我らが勝っておりますが、兵の対決では圧倒的に相手の方が有利です。ただ蒼武もほんの数機の差でしかないので、実質的な戦力差は敵が有利ということになります」


 議事進行は荀彧が行っていた。彼の身長は鈴と同じくらいで、なんとか机の上が見えるくらいなので、殻の箱に乗っかって指示棒のようなもので地図を差しながらの説明となる。


「さらに地の利として相手側はこの小さな山を占拠しており、そこを軍事要塞として改修。さらにその周囲の丘にそれぞれ小さな砦を築いて防御を張り巡らせています」


「それが、ダメなんですか?」


 何の考えもなしに鈴は声に出していた。

 それは自分なりにはかなり小さな声だったのだが、荀彧以外の声が1つもない中では大いに目立つ。


「おいおい、天地人も知らないやつが軍師ぃ? 素人じゃん」


 真っ先に噛みついてきたのは曹洪だ。鈴を見下すようにして睨みつけてくる。


「子廉、言いすぎだ」


 曹仁が釘をさすが、彼も不満に思っていることは声色からありありと分かる。

 夏侯兄妹は関心がないようにこの話題には入ってこず、当の荀彧はどうしたものかという態度。


「失礼しました。けど彼女は私のれきとした軍師です。色々と、その助言をもらったり、助けてもらったりしています」


 劉備が鈴に代わって頭を下げる。

 曹洪と曹仁は失笑し、これには無関心を装っていた夏侯惇も苦笑せざるを得ない。


「良い、劉備殿。こちらこそ部下の非礼を詫びよう」


 と、この場を収めるために発言したのは、当然というべきか、またもというべきか、この場の最高責任者である曹操だった。


「曹洪」


「はいよ、姫」


 曹操は曹洪に釘を刺す。曹洪もそれ以上、追及するつもりはないらしくあっさり矛を収めた。


「諸葛孔明……いや、鈴と言ったか」


「は、はい!」


「天地人とは『天の時は地の利にしかず、地の利は人の和にしかず』という昔の孟子(もうし)が語った言葉だ。軍事的に解釈すると、天候、地形、兵。どれも大事だが兵の心が一致団結していることが一番大事だ、という教えだな。この場合、地の利であるこの山を要塞化されたことであちらにあり、これは孫子の『先に戦地によりて~』を実践したものであり、さらに敵兵の方が多く、何より蒼漢王朝打倒のために心を1つにしている――――」


 曹操はスイッチが入ったように、長々と講釈を垂れ始める。夏侯惇らは「また始まった」と言わんばかりにうんざりしているが、密かに憧れを抱いた相手から親切にされて鈴は舞い上がっていた。


「――――というわけだ。つまり我が軍と黄巾を比べた時に兵数的な差はやや相手に有利になっているが、地の利と人の和を考慮した時に、その差は圧倒的なものになっているということだ。さらに今、風は奴らに吹いている。つまり天の時も与えられていると見ていいだろう」


「はぁー……頭が良いんですね」


「これくらいはできて当然だ。ふっ、お前も知りたいのか。なんならつきっきりで教授しようか?」


「え……!? あ、はい! お願いします!!」


「なら今夜やろう。早い方がいい。2人きり、つきっきりで、一晩中な」


「え? あ、えと……」


 いきなりの誘い、しかも熱のこもった曹操の視線に鈴は戸惑う。そこに好意以上の何かを感じ取ったからだ。

 けどそれをどう言葉に表せばよいのか、鈴にはまだ分からない。

 だからその代わりに劉備が身を乗り出し、曹操に答える。


「将軍、鈴はまだ子供です。無理はさせられません」


「む、そうか。ならば仕方ない」


 曹操はあっさり引き下がった。だが逆に鈴は劉備にムッとなる。 


(劉兄ちゃん、私を子供って……)


 三者三様の思惑が飛び交う中、その空気の重さを感じ取った荀彧は咳払いして話を戻す。


「こほん。では話に戻ります」


「ああ、すまないな荀彧」


「はい。えー今、姫がおっしゃられたように、圧倒的有利の黄巾を攻めるのは自殺行為です。かといってこのままここでにらみ合いをするのは愚策です。官軍弱しと見て黄巾に味方する勢力が現れないとも限りません。つまり天の時を与えてしまう。ならばこちらから攻撃したい。だが相手の方が強い」


「荀彧。回りくどいぞ。つまりどういうことだ」


 夏侯惇が鈴の無知、曹操の演説、回りくどい荀彧にさすがにイライラを募らせたのか、不機嫌そうに話を止めた。


「ええ、つまりです夏侯惇殿。これは孫子の虚実篇にいう、『攻めて必ず取る者は其の守らざる所を攻むればなり。守りて必ず固き者は其の攻めざる所を守ればなり。故に善く攻むる者には、敵其の守る所を知らず。善く守る者には、敵其の攻むる所を知らず。微なるかな微なるかな、無形に至る。神なるかな神なるかな、無声に至る』ということであり――」


「荀彧。俺は講義を聞きに来たわけじゃない」


「失礼しました。しかし今のが答えです」


「あぁ?」


 戦場では鬼とも呼ばれる夏侯惇のにらみを、荀彧は平然と受け流す。


「孫子は言っています。攻めて必ず勝つのは、敵が守備していない地点を攻撃するからである、と」


「お前、じゃあこう言いたいのか。この要塞は……」


「当然、攻撃しません。まぁ、陽動のために皇甫嵩(こうほすう)将軍に攻めてもらいますが」


「陽動。つまり本命は」


 夏侯淵が声を挟む。彼女らにもようやく全体像が見えてきたようだ。

 鈴は何もわかっていないが、どこか熱があがった夏侯惇らの追及が怖くて反応していないだけだ。ただ、なんとなく会話の流れは分かる気がした。そしてその流れがどこに行きつくのか。


「我々です。我々は将軍が敵の主力を引き付けていく間に迂回して敵の弱点を突きます」


「ってことは搦(から)め手か!?」


「いや、この砦群を後ろから強襲するんだろ!」


「馬鹿2人。敵将を狙い撃てば済む」


「おいおい、お前らいきなり元気だなぁ」


 曹仁、曹洪、夏侯淵、夏侯惇が一気にまくしたてる。

 それを荀彧、曹操は冷静に受け流す。劉備はついていけないのか、ただ呆然とそのやり取りを眺めるしかない。そんな中、1人鈴は何かに引かれたように地図を見る。


「分かりました、教えましょう。このうち我ら姫……曹軍が蒼武6機に兵1千。義勇軍が蒼武3機に兵300です。そのうえで皇甫嵩将軍に独立行動権が与えられています。そんな我らが狙うのは――」


 そして荀彧が満を持して指示棒を地図の上で這わせ、その一点を指し示そうとしたその前に鈴は動いた。特に考えもなしの衝動的な行動。


「ここ、かな」


「り、鈴!?」


 鈴が指を刺した。それは鈴のすぐ近く、地図で言うと右下、南東部分の何もない平地だった。ただそこは黄巾の砦群からかなり離れており、皇甫嵩との戦いにはほぼ無関係の場所になる。


「あぁ? お前、何言ってんだ。テキトーなこと言いやがって」


 案の定というか、曹洪が一番に噛みつく。


 けど、鈴は引かない。


「でも、ここがもやぁって感じで」


「は? なんだよ、ぼやぁって。わけわかんねー。おい、荀彧。こいつに正解教えてやれよ」


 と、真の正解を促す曹洪だったが、荀彧は目を見開いて呆然としている。その様子に曹洪、そして夏侯惇らが怪訝に思う。彼の軍事的能力は、整備とは別に彼らも認めている。いまや曹操の知恵袋と呼ばれた彼だ。だがその彼が何も言わずに固まってしまっているのが信じられない。

 そんな中、1人薄く笑みを浮かべて平然としていたのは、荀彧の横に座る曹操だ


「荀彧」


「…………」


「荀彧」


「……あ、はっ、姫」


「教えてやれ」


「はっ」


 ようやく我に返った荀彧は気を取り直して指揮棒を握り直し、


「我々が掴んだ情報だと、ここに黄巾の食料基地があります。ここを破壊すれば、敵は戦闘続行が不可となり、一気に弱体化するでしょう」


 そう言って示したのは、あろうことか鈴が指し示した場所とほぼ同じだった。

ここまで読んでいただき大変ありがとございます。

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