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第弐拾捌話 思案

 時は現在に戻り、5月中旬。


 曹操は自らの蒼武の調整を監督していた。

 全体的に青や灰色の系統が多い蒼武の中で、彼女の蒼武だけが烈紅(れっく)という名前の如く紅(あか)い。戦場で目立つ色は、それだけ狙われやすい。色合いの意味だけでなく、色が違うイコール格の高い将軍クラスが乗るということが敵にもバレるからだ。


 それでも曹操はそれをやめない。そうすることで、弾丸が集中すればそれだけ他の生存率があがり、何より被弾を気にせず攻撃できればその分、力も増すというものだ。

 そもそもが第9世代の最新型の蒼武。彼女自身も設計に携わり、荀彧をメインに据えて最終調整を行った彼女の自信作だ。その身軽さと一点突破の防御力から、そう被弾もしないはずではある。


 そんな彼女の才能の詰まった蒼武をもってしても、分からないことがある。


(あの蒼武……祖帝号(そていごう)といったか)


 それは先ほど出会った義勇軍、劉備という男の乗る蒼武だった。男のことはまだいい。ただのお人よしにしか見えない。問題は蒼武、そしてそれに付随する少女だった。


「諸葛亮……軍師といったな」


 軍師とは戦場で的確に指示を出す役割だ。それが義勇軍とはいえ、蒼武に乗って前線で戦うとはどういうことか。

 蒼武同士の戦いが現状では定常化しており、そうなれば敵の蒼武を無力化した方が勝つと言われるまでに蒼武の重要性は高い。つまり逆に言えばそれだけ狙われるということ。狙われれば戦うにせよ逃げるにせよ操縦をしなければならない。

 それが複座式とはいえ、彼女が操縦を任されている部分は消えることがない。そのうえで戦局を把握し、軍に指示を出しているのだろうか。それはもう天才と言えるほどの腕前ということに他ならない。

 だが彼女を初めて見た時に、そんな雰囲気を感じなかった。

 勘違いだといえばそうかもしれないが、曹操は自分の観察眼にはそこそこの自信はあった。でなければ従兄妹というだけで夏侯惇らに蒼武を任せることはしない。幸い、全員が蒼武に適性を示したのでそうしただけで、適性が無ければ降りてもらうという判断もする。


(そもそも、その複座式というのが分からない! あれは数百年前に廃止されたはず。なのに残っているということは、そこに利点を見いだしたのか、あるいは本当に骨董品なのか)


 これでも曹操は蒼武についてかなり詳しい。自らの武芸の腕は士官学校でも下から数えるほどだったが、蒼武での実働とすれば、袁紹に次ぐ腕前ではあるのだ。

 力がないという自らの欠点を補う力。それを研究好きな曹操が見逃すはずもない。そもそもの歴史を紐解き、構造とその遷移を調べ、良いと思ったものは自らの設計に組み込むことまでしてみせている。


 そんな曹操が、祖帝号(そていごう)について理解ができないのだ。

 それは屈辱だった。


 だからこうして自らの蒼武の調整をしながらも、もやもやした感情の行き場を探してうろうろしているしかない。


「イラついていますね、姫」


「荀彧。お前はあの蒼武を見たか?」


「劉備、とかいうのですね。はい」


「ならばわかるだろう、この苛立ちが。なんなのだ、あの機体は」


「ああ、なるほど。姫は幻惑されているのですね」


「幻惑だと? 私は正常だ」


「そうなった時点で幻惑にかかっているんです」


 その遠慮ない言葉に、整備士の中ではひやひやしている者もいた。それほど直截な物言いは、それこそ夏侯惇などといった彼女の側近中の側近でしかしてはいけない――というよりその夏侯惇らも常日頃しているわけではないのだ。

 どちらかといえば短気に属する曹操に、もしかしたら荀彧は解任されるのでは、あるいは斬られるのでは、と考えたものがいても間違ってはいないのだ。


「どういうことだ?」


 だが曹操は荀彧の言葉を受け入れた。理があればたとえ親の仇の言葉でも素直に聞く。それが曹操という少女の生き方だった。


「簡単です。姫や我々が思う以上に、あの蒼武はかなりのスペックを誇る。それだけです」


「それだけと言ってもな」


「姫が気にかけているのは、分からないことがあることが許せないということでしょうか。それともかのものが敵となり襲ってくることでしょうか。それは昔、空が落ちてくるのを案じるのと同じでしょう」


「ふっ、杞憂と言いたいわけか。まぁ確かにあれを今どうこう考えても仕方のないことだな。今は味方として使い潰せばよいという。いや、さすが荀彧だ。お前と話すと物事がすんなりと腑に落ちる」


「お役に立てて光栄です」


「さて、ではせっかくだ。あの新型、というか旧型か。それの性能をじっくり見させてもらう展開でも考えるか」


「結局、姫の好奇心は抑えられないのですね」


「私からそれを抜いたらそれはもう曹操ではないよ」


 ごもっとも、と荀彧はうなずく。曹操も満足そうだ。


「とりあえずあの劉備と諸葛亮の2人を軍議に呼ぼう。手はずを整えておいてくれ。私は着替える。数分したらその打ち合わせはしておきたいから戻ってきてくれ」


「了解しました」


 荀彧が駆けていくのを見ると、操縦服(パイロットスーツ)から軍服に着替えるため、曹操は格納庫脇の小部屋に入った。彼女は体にフィットするよう作られた操縦服(パイロットスーツ)があまり好きではなかった。当然、これを着ることによる有効性は計り知れない。耐久性、衝撃吸収性、耐熱性、耐寒性ら全てをとっても普段の軍服とは比べ物にならないくらい強度がある。蒼武乗りには必需品となる着衣だ。

 だがこの締め付ける感じがどうも違和を感じさせる。自分が違う何かに変わるような、そんな違和感。仕方ないと思いつつも、それがどうも気になってしまうのだ。


 だからそれを脱ぎ捨てると裸になった曹操は、少しの間、姿見に自身の体を映す。小柄ながらも顔は小さく、足は長く。等身の高い理想的なプロポーションだ。袁紹がちゃかすほど、胸のふくらみもなくはなくないと思っている。

 ただその中で1つ異なる点がある。

 その控えめなふくらみのある胸元。左乳房の上から斜め下にかけて斜めに赤黒い痣(あざ)がある。それはどこか空想上の生き物である龍に見えなくもない。

 曹操はそれを撫でる。


「龍の紋。龍綬(りゅうじゅ)、か」


 王朝が危機に瀕した時に現れるという5人の勇士が現れるという。

 かの大秦帝国に対する蒼漢王朝を築いた高祖・劉邦(りゅうほう)を助けた5人の勇士。張良(ちょうりょう)、韓信(かんしん)、蕭何(しょうか)、曹参(そうさん)、樊(はん)かい。彼ら彼女らは全て体のどこかに龍の入れ墨ないし痣があったと言われる。

 さらに時代を遡れば秦国の白起をはじめとする5人や、周王朝の姜子牙(きょうしが)(太公望)を含む5人。近い時代では蒼漢王朝再興の祖である光武帝(こうぶてい)・劉秀(りゅうしゅう)の鄧禹(とうう)や呉漢(ごかん)などが挙げられる。

 彼らは命を賭して主を助け、時には危ぶまれながらも歴史に名を遺した。


 その痣が曹操の胸にある。それを彼女は運命と受け止めていた。

 荒れ果てた蒼漢王朝。起こった黄巾の反乱。それを静める力と仲間が彼女にはある。先祖も(直系ではないが)龍綬を持つと言われる曹参だ。

 天の時、地の利、人の和。そのすべてが揃って何もできないまま終わる。そんなことはないと確信している。崩れた蒼漢王朝を救う。自分はそのために生まれたのだと。

 その証である龍綬を曹操は愛おしそうに撫でる。それは物思いにふけるのと同じで、彼女は背後から近づく足音に完全に気づかないでいた。


「孟徳、いるか!?」


 バンっと思いきり扉を叩き割るようにして入って来たのは、彼女の従兄――夏侯惇だ。普段なら「よぅ、どうした夏侯惇。イイ女でも見つけたか?」とからかいの言葉を投げてやるところだが、今の彼女は着替えの最中。操縦服(パイロットスーツ)を脱いで素っ裸だ。

 袁紹に「抱いてみるか?」など冗談を交わしてみるが、実際に肌を見せるのは話が別だ。それが従兄であっても、いや、従兄だからこそ逆に恥ずかしい。


「惇……貴様……!」


「あ、待て、孟徳。いや、悪かった。まさか着替えとは……」


「だったらさっさと――」


「あ。いや、報告が。あの劉備がこっちに来るって……おい、待て。椅子を持ち上げて、やめろ、やめろぉぉぉぉ!」


「出てけ!」


 ぶんっと投げられた椅子を顔面にもろに食らった夏侯惇は、外に吹っ飛ばされる。肩で息をする曹操は、はたと我に返り、


「ふん」


 鼻を鳴らすと思いきり扉を閉めた。

 曹操はその扉を、その奥で鼻血を出して悶える夏侯惇の姿を幻視するかのように睨みつけていたが、


「くしゅん」


 そう、小さなくしゃみをして我に返った。

 さすがにいつまでも素っ裸でいるわけにもいかない。荀彧もじきに戻る。だから軍服に袖を通しながらも、曹操は別のことに思考を飛ばす。


(しかし、劉備が来る、か。あの男が……)


 曹操は思案する。

 あの謎の蒼武に加え、盧植の下で戦ったという戦績。それも全て伝聞で聞いている。悪くはない、むしろかなりの活躍をしている。それでも驕(おご)ることなくこちらを立てるようにしているのは、それなりに礼儀をわきまえているということか。


 曹操は騎都尉(きとい)という正式な役職をもらっているのに対し、劉備はただの無冠の一市民だ。いくら義勇軍を率いているといっても蒼漢王朝の中での立場に優劣ははっきりしている。

 これまで腕っぷしの強い賊徒に近しい連中が義勇軍を称して皇甫嵩の下についたことがあるが、そういった連中こそ礼儀を無視して勝手に死んでいくのだ。それらとは劉備はどこか違うと考える。あるいはこれも劉姓の成すわざなのか。

 またはあの少女の策かとも思う。軍師、諸葛亮。あの年代で義勇軍とはいえ一軍の軍師になりえるものなのか。いや、と心の中で否定して曹操は自軍にいるもう1人の天才少年――荀彧を頭に浮かべる。才は年齢ではない。


(少し、試してみるか)


 次の軍議であの男の価値が見える。それによってどう今後扱うかの判断基準にはなるだろう。

 そう、曹操の頭のそろばんが弾き出した。

読んでいただきありがとございます。

長い前振りでしたが、曹操と劉備が合流し、物語りがようやく動き出します。


ブックマークや評価、感想をいただければ今後の励みになると思いますので、どうぞよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
 前話の閑話からの引き続きの曹操さんの龍の痣ーー『  項羽と劉邦』や『太公望』にも触れていて、夏侯惇が椅子を投げられて吹き飛ぶ件も、  とても面白かったです。☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:…
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