第参話 開戦
『ははっ! 一機ダウン! さっすが(夏侯淵)妙才だ!』
『1発外した』
『でも頭に当たったろ! 上出来だ!』
『まったくだ、(曹仁)子考! こりゃあ妹以上に張り切らねぇとな、(夏侯惇)元譲!』
『うるせ。(曹洪)子廉こそ無駄に張り切ってやられるなよ?』
『だーれがやられるって?』
『お前だよ。子廉。前もあったろ? 張り切りすぎて敵のど真ん中で孤立。俺と妙才がいなかったらどうなってたことか』
『ぐぎぎ、なら元譲! 俺とお前、どっちが多く敵を落とせるか勝負だ!』
『あと2機しかいないから引き分けの確率9割8分5厘』
『引き分けだ、そうだぞ?』
『ははっ、妙才はいつも冷静だなぁ!』
『ぐ、ぐぐぐ! なんだよ! なんで俺だけいつも!』
「夏侯惇、夏侯淵、曹仁、曹洪」
そう、狭い操縦席の中で少女がつぶやくように言う。
それだけで今までのやかましい会話がピタリと止んだ。
夏侯惇元譲
夏侯淵妙才
曹仁子考
曹洪子廉
少女が束ねる、勇敢な戦士であり、かけがえのない友だ。
子供のころからずっと共に育ってきた。そんな彼らと共に戦場に立つのは心地よい。今の会話も、戦いの前に緊張をほぐす一連の儀式のようなものだ。
だが今やるべきことは彼らの中に入って雑談に興じることではない。
「官軍の基地を襲った黄巾の賊をせん滅する。惇は私に続き、初撃を避けたのを相手にする。曹仁と曹洪はもう一機だ」
『姫、私は?』
そう、夏侯淵からの通信に彼女は眉を顰める。
彼らは少女のことを姫と呼ぶ。別に王の娘でもないし、何より軟弱そうで、その呼び名をするのはやめるよう再三言ってきたが、彼らはそんなことをお構いなしでそう言ってくる。
そのせいでいつの間にか彼女の周囲は、彼女のことを姫、姫と呼びたてる毎日。それだけは不満だった。
(もしこれをあの(袁紹)本初の馬鹿にそう呼ばれると思うと……おお、おぞ気がふるう)
とまで考えつつも、思考をすぐに切り返る。
「妙才はあと500メートル近づいて援護だ」
『ここからでも撃てる』
夏侯淵は自らの主兵装である、蒼武の背丈ほどもある大型の光弓を掲げて、その腕前をアピールする。
「乱戦になる。万が一があるといけない」
『分かった』
こういったところは素直なのだ。なのになぜ呼び名だけ。と、彼女はしかめ面をした。
だがすぐに頭を切り替える。
すでに戦端は開かれている。敵3機のうち1機は狙撃で沈黙させた。残り2機が事態を把握しきる前に強襲して倒しきるべきだ。一番マズいのは、闇夜に紛れて逃げられること。そうなれば増援を呼ばれ、こうして奇襲を行った意味がなくなる。破壊しつくされた味方の仇を討つこともできなくなる。
ゆえに迷う間もなく一気に叩く。それが不要の乱を起こし、世界に混乱を引き起こした黄巾の賊どもに対する彼女の立場だった。
それを考えると、操縦桿を握る彼女の手にも力が入る。
左手の指でスイッチを切り替える。歩行モードから、走破モードに切り替えるスイッチだ。
蒼武は人型をした巨大な機械だ。それが移動するには人間と同じように片足を上げて前に踏み出し、逆の足を上げて前に踏み出しという“歩く”という行為を行う。
だがそれは巨大な機械制御をする蒼武には不向きだ。なぜなら人間が無意識に行う“片足でバランスを取る”という行為が、複雑なプログラミングが組み合わさった上でギリギリ成り立つという状況だからだ。つまり姿勢制御のシステムが完璧ではない。
浮羅鋼と呼ばれる軽くて丈夫な特殊金属を使っているため、蒼武の重量は鋼で作られたものよりはるかに軽い。だが軽いといっても金属の塊であることに変わりはしないし、全てを浮羅鋼で作るというわけにもいかない。
そのため蒼武は、その重量を動かすように、ずんぐりとした形をしているのが多い。そうなると、歩くにも人間のように大股を開いてということもできない。一歩一歩、小刻みに歩みを刻むしかないのだ。(それでも歩幅の都合上、歩兵が走るのよりはずっと速い。また、ずんぐりとした形は装甲を厚くすることで生存性を、また小さく丸みを帯びることで被弾面積の縮小と弾の軌道を逸らす狙いがあるという)
つまり蒼武の歩行はかなり遅い。
それを解決したのは、足首の両側に付けられた大型の車輪だ。それを地面に設置させ、高速回転させることで、地面を剥ぎ取りながら超高速で進む技術が確立した。
それを発明したのが、当時の秦の宰相にして軍事統括である商鞅。そしてそれが秦の天下統一を果たす原動力になった。大きさで人間の6倍、重さで人間の100倍以上のものが高速で迫って来るのだ。それだけで一軍を壊滅させるには十分すぎた。
ただし、商鞅の時代の走破モードは、現地で蒼武に取り付けて戦闘が終わったら外すという限定的なものであり、それが今のように任意で切り替えができるようになったのはここ100年のこと。
また走破モードには弱点があり、あまりに急峻な斜面では使えなかったり、何より地面をはぎとりながら進むので砂塵が舞い、音も激しい。
隠密性には向かないのだ。だからこれまで使用を制限していたが、あとは一気に近づいて叩くだけなのだから隠密性など気にしなくていい。
少女の蒼武が走破モードに入ったのに合わせて、他の4機もそれに倣う。
夏侯惇らの4機の蒼武。それは一般的な蒼武でずんぐりとして見える。
だがその先頭に立つのは、それら一般的な蒼武を一回り、いや、二回りほど削ったような形――要はスリムな体型というべきか。足が長くとられているのは、ずんぐりとした栗鼠のような見た目の蒼武と違って、格段に人間らしく見える。
秦が開発した初期型の蒼武から400年。
数々の進化を遂げた蒼武は、17代目としてより身軽さと機動性を両立させた最新型を開発した。それが彼女が乗る真紅の蒼武・烈紅だ。装甲を削り取った分、機動性が格段に向上している。積載される燃料は体積に応じて減ったものの、相対的に稼働時間はこれまでの蒼武と変わらない。
『変わらない!? とんでもない! 確かに積載燃料は減りました! ですが は、最新の技術により、各駆動系にかかる摩擦を軽減。関節部にかかる不可が3%は改善されてるんですよ! 装甲も薄くなってますが、浮羅鋼に電気を通すことで変質する性質を流用して、被弾すると自動的に硬化するので、軽量化したうえで従来以上の防御力を保つことができます! これによって の燃料消費量は既存の蒼武より1割2分は向上しているといっても過言ではなく、さらに――』
いや、彼女の軍の整備士長である荀彧ならそう言うだろうが。
彼女は荀彧の顔を思い出し、少し笑った。肩の力が抜けたのかもしれない。
だからその気持ちのまま、闇夜に向かって吼えた。彼女の初陣を飾る、最初の夜に。
「曹孟徳が出る! この暗夜に迫る蒼天の世を再び輝かせてみせよう!」
読んでいただき大変ありがとございます。
ブックマークや評価、感想をいただければ続きをどんどん書いていこうという気になりますので、どうぞよろしくお願いします。




