第弐話 黄魔
「なんと他愛のない……鎧袖一触だな」
男がつぶやく。
それは地面の上ではなく、地面から約10メートルほどの高さでのこと。周囲を鋼に囲まれた狭い空間の中。そこから外の様子が透明な板を通じて見て取れる。
眼下では瓦礫となった元官軍の軍営が広がり、そこを頭に黄巾を巻いた兵たちが走り回っている。官軍の残党を刈り取るのと、残した備蓄品を奪う必要があるからだ。
そこでは数百人という人間の死があるのだが、こうして高みから見下ろす限りは、それがどこか別世界の出来事のように感じる。
いや、特別なのだ。
今、この場において彼は神に等しい力を持ち、他者を圧倒できる武を発揮できる。
蒼武。
それがこの男の乗っている巨大な機械。
かつてこの中つ国を支配した男がいた。人呼んで始皇帝。
彼はその国力と技術力をふんだんに使い、これまでの戦場の常識を幾度もひっくり返してきた。
その最果てが蒼武。巨大な人型の機械人形だった。
他国の王たちは、そんな人形遊びで何ができると笑い、騎兵や歩兵の充実に務めた。
だがその人形が世界を変えた。
始皇帝の秦国は、わずか10機の蒼武でもって大陸を蹂躙。各国を撃破し、彼は史上初の全国統一を成し遂げた。以来、蒼武こそが戦場の主役とばかりにもてはやされる時代となった。
漢王朝が成立してからは、平和な時代が続き、それほどの軍事力は必要なかったものの、漢の七代皇帝である武帝は漢の外に目を向けた。すなわち匈奴や西域への侵略戦争のために蒼武を使った。
以降、異民族との戦いで蒼武の研究は進められていく。
その蒼武の400年強の歴史の中で、過去に類を見ない天才技術者と言われたのが、今、まさに漢王朝に反旗を翻している張角だというのはなんという皮肉か。
そしてこれこそが、すぐに鎮圧されるだろうと思った張角の乱が未だに鎮圧できないゆえんである。
張角は反乱を起こす前に、過去の自らの職場に出向き蒼武の新作を強奪。さらに蒼武の生産工場の破壊工作も行い、漢の蒼武の生産ラインは一時的に大打撃を受けた。
まさに孫子の言う『知将は務めて敵に食む』を有言実行してみせたのだ。
それをもって漢王朝は急遽、兵だけでもそろえる意味で各地から徴集した兵たちを新兵として訓練していたのだが、こうして各地に集まった新兵たちの終結地を各個撃破で狙われたのだ。
『留方師! 敵に生存者はなし! 残った食料と武器を運ぶ準備ももう数時間で終わります!』
下から部下の怒鳴る声が聞こえる。
留は苦笑する。そこまで怒鳴らなくても、蒼武の収音機器にかかれば離れたところの兵のぼやきすら聞こえる。彼が木々の中から爆裂弾を放ったのも、官軍の兵の会話を目印にしたからだ。
(まぁ無理もない。蒼武を使いこなせる人間などほんの一握り。ましてや張大師の開発された新機能など、雑兵に分かるはずもない」
留はもともと張角の部下だった男だ。それが反乱に際して彼に付き従い、こうして反乱軍虎の子の兵器である蒼武、それも3機を任されているのだ。
蒼武は名前の通り、もともと青色だ。それは蒼漢王朝の色として、それに反抗する黄巾――すなわち土徳の黄色に塗り直している。
そんな彼が新兵の訓練所を襲うという地味な役割をしているには訳がある。
「よし、運べるだけ運べ! お客さんが来る前に撤収するぞ!」
これは作戦だった。
新兵が集まる場所を蒼武で強襲。敵兵を減らしつつも、物資を奪い相手の士気をくじくという。
さらにそこへ救援に向かう部隊は、近くの正規軍。しかも蒼武による精鋭に違いない。それを待ち受けて撃滅する。開発から400年経ち、それなりに簡易化・軽量化されたとはいえ蒼武の単価ははるかに高い。
何よりそれを乗りこなす操縦者となれば、適性があるし、そもそも簡単に育成はできない。
(我らが大賢良師様はすさまじきお方よ……。新型蒼武の開発責任者でありながら、人の心を引き付ける弁論の達人、さらには軍略も極められている。あのお方に従えば、腐った漢王朝など腐った木々をなぎ倒すがごとく単純。そうなれば新王朝で俺は、それこそ一群の太守にはなれよう!)
そんな皮算用をに胸を躍らせ、これからの作戦について地形を調べようとしていた留は、
(ん?)
何かを感じた。左手。何もない暗夜。何もない。気のせいか。
『どうしましたか、方師』
3機のうち1機を任された周が、通信を介して声をかけてきた。
「……いや、なんでもない」
つぶやき答える。
そう、なんでもないはずだ。何もない。何も……。
――だが次の瞬間。
「伏せろ!」
何かを感じて、留は期待を前屈状態にさせた。咄嗟の判断だ。何があったわけじゃない。ただそうしなければ死ぬ。それは戦士の判断だった。
だがそれを僚機は汲み取れなかったようだ。
暗夜にこれ以上ない光が生まれた。
留の横にいた彼の部下の蒼武、その頭部が爆発し、赤々と沸き上がる炎が暗夜を煌々と照らす。
何が起きたか。事故か。いや、そんな生易しいものではない。これは自然に起こるような事故ではない。突然、蒼武の頭部が破裂する。そのようなことが起きるとすれば――
「敵!」
だが彼の見る蒼武の操縦席からでは何も見えない。灯りすら何もない。
(しまった、俺の爆裂弾による炎で明るい! つまり相手からは丸見え!)
自らが先ほど実戦した闇からの襲撃を、まさか相手にやり返されるとは思ってもみなかった。
だがそれだけをとって彼を責められる者はいないだろう。なにせ官軍の蒼武駐屯地はここから20キロは離れている。急報を受けて蒼武が出動してここに来るまでは、まだまだ時間がかかるはずだ。
ならばこれはいったい誰が、とは思うが、相手がだれかだなど留にはどうでもよかった。
今の射撃――そう、射撃だ――は、確実に留を狙ってきた。彼を狙う者。それはすなわち敵だ。敵ならば倒す以外にない。誰がなどというのは愚問なのだ。
だが彼が決意を新たにしても状況が好転するわけではなかった。
風を切り裂く何かが飛来し、呆然と立ち尽くす頭部を炎で覆われた周の蒼武、その胸部が爆発した。
「周!」
蒼武の弱点は頭部にない。もちろんそこにある外部計測器により、外の様子を概念化して読み取み投射することができるが、頭部がなくても蒼武はまだ動く。
一番の弱点は足だ。足をやられれば、動くことのないただの固定砲台と化す。そうなればいかに一騎当千、いや、一騎万千でもある蒼武も歩兵の餌食になる。
次いでの弱点は、今まさに周の蒼武が狙われた場所。つまり操縦者のいる操縦席だ。操る人間がいなければ、それこそ蒼武も鉄くず同然。だがそれはもちろん開発者側も承知しており、胸部の装甲は格段に厚い。
それでもなお、一撃で胸部を破壊する射撃を行う相手。頭部への一撃は狙ったのか偶然かは不明だが、確実に言える。
(凄腕、そして……新兵器か?)
蒼武の主兵装は、腰に差された剣、そして右腕に持つ小型の弓だ。弓といっても放つのは矢ではない。矢に似た、円柱状の弾丸だ。それを高速で発射して、衝撃で対象を破壊、あるいは圧死させるそれは光弓として恐れられている。
その有効射程距離は約800メートル。
だがどうもその範囲内に敵の姿は見えないように感じた。つまりそれ以上の射程を持つ光弓を敵が開発したということ。
「呉! 散開し、木を盾にしろ! 敵は西、暗がりに紛れるんだ!」
『了解!』
留は残る部下に呼びかけ、敵襲に対して備えた。
読んでいただき大変ありがとございます。
ブックマークや評価、感想をいただければ今後の励みになると思いますので、どうぞよろしくお願いします。




