第弐拾肆話 覚醒
「くっ、おい! 鈴! こっちだ!」
劉備は思いきり手を伸ばす。蒼武を動かして、鈴の乗った腕を操縦室に近づけたが、あとは鈴が動かなければどうにもならない。
諸葛亮の死。
それは劉備にとって半身をもがれるような辛いことだった。だが彼は大人だった。いや、こういうことも覚悟していたのだろう。彼らがやろうとすることは、絶えず身の危険をはらみ、劉備が、あるいは孔明が死ぬことは十分にあり得た。
対する鈴は、戦いがあることは分かっていてもそこまでは理解できていない。村は平和だし、乱の噂を聞いても遠い地で起こる空想の物語りのように認識していただろう。それは異常なことではなく、当事者にならない限りは人間にとって争いは全て対岸の火事なのだ。
その火が自らに降りかかる時。その場で座して焼死するのを待つか、すぐに地面に転がって火を消すかで未来は変わる。
それでも親しい人たちの死――とりわけ大事な次兄の死は鈴にとってこれ以上ない心の痛みを与えていた。それが分かるだけに劉備の心は複雑だ。
それでも今はとにかく彼女を保護しないと始まらない。
親友の最期の望み。それを無視して生きながらえることなど、彼の矜持からしてありえないことだった。
「鈴! くそ!」
劉備は危険を冒して操縦席から身を乗り出すことにした。
蒼武は人が動かして初めて最強の兵器たりうる。もし操縦者が外に出れば、ただのデカい棺桶だ。それが味方の陣地ならば問題ないが、ここは戦地。しかも先ほど倒した敵の蒼武も態勢を立て直している。ここを攻撃されれば、劉備の蒼武は無力化され、敵の蒼武に殲滅させられる。
だから賭けだ。
相手の準備が整う前に鈴を拾って操縦室に戻る。それができるかの賭け。
だから迷ってはいられない。やるといったらやる。その思いで劉備は操縦室から出た。
途端に、外の空気が鼻に飛び込んでくる。煙、そして血の匂い。そして熱だ。焼かれた村。その無念が劉備の肌を刺す。
これでもここは彼にとって生まれ故郷だ。それが灰燼と帰すのは胸が痛い。
けど迷っている時間はない。
劉備は蒼武の手の上で、銃を手に呆然とへたりこんでいる鈴に近づくと、
「おい、鈴。こっちだ!」
「…………」
前を見たまま反応もない鈴。
それを見て劉備は仕方ないとばかりに鈴の体に手を伸ばした。
「ちょっとごめんよ!」
そのまま鈴の体を持ち上げる。その時にわずか反応があったが、それでも鈴の瞳は虚ろ。劉備がのぞき込んでも無反応だった。
それでも躊躇せずに劉備は手から操縦室へのわずかな隙間を飛び越えて席に戻る。
劉備の蒼武、祖帝号は2人乗りだ。前の席が機動系、つまり脚部を操縦し、後ろの席が火器系、すなわち上半身を操縦する。
このように分かれているのは、この蒼武が特殊なものであるからだ。タイプとしては旧型に属するこの蒼武は、劉備の祖先が使っていたものを大事に彼の家の地下に保管されていた。それを劉備が孔明と共に現代に合わせてカスタマイズして動かすようにしたのがこの蒼武。
とはいえこの複座式を変えるまでには至らず、よってこの蒼武を万全に動かすのには2人が必要だった。
当然、片一方の操縦者に異変が起きた時に、「脚部が動かせません、大きな的になります」となっては不都合なのでお互いに最低限の操縦はできるようになっている。ただ優先の違いがあるだけだ。
だから劉備は前の席、機動系の操縦席に座る。鈴は後ろの席だ。とにかく今はこの蒼武を動かすことが重要。武器もなにもないこの蒼武だ。上半身を劉備が動かしても意味はない。
それより足を使って敵の蒼武を牽制することが大事。そう劉備は判断した。
「…………」
鈴は後部座席に放り込まれても、生きた屍のようにただへたり込むように座っているだけ。
それでも外にいるよりは、この浮羅鋼に囲まれた蒼武の中の方が生存率は高い。
「くそ、孔明。くそ!」
劉備が扉を閉めながら毒づく。鈴を回収できたこと、蒼武の中に戻れたことが彼に安堵を促し、同時に散った親友のことを思い出す余力が生まれた。
そして蒼武を起動させ、敵の蒼武に備えるべきだという判断から前面に外部の様子を映すようにした。
その瞬間だった。
「うわっ!!」
悲鳴をあげたのは劉備。
それも当然。彼の目のまえに映ったのは、蒼武の巨大な頭部。それは実際に見える光景をそのまま投影している。つまり目と鼻の先に別の蒼武――当然、敵の蒼武だ――の頭部があるということ。すなわち彼我の距離はほぼないということ。
敵対する蒼武がほぼゼロの距離でいる。それすなわち起こるのは戦闘。
「うぁぁぁぁぁ!!」
激震が劉備たちを襲う。
敵の蒼武に体当たりされたのだ。必死で機体を制御しようとするが、傾いた姿勢は人間ですら取り戻すことが難しい。そのまま激しい振動と共に横倒しになる。
「くそっ!」
劉備が舌打ちしながら必死に蒼武を操縦する。だが彼が座るのは前部座席。主に脚部を操縦するのだが、転倒した蒼武を下半身だけで起き上がらせるのは至難の技だ。当然、腕を動かすことも可能だが、今まで劉備は後部座席での操縦に専従していた。いきなり前部座席の操作を全て十全にできるわけではない。
『コノヤロウ……よくもお頭を!』
外部スピーカーから敵の声が聞こえる。その声色が殺意を持っているのを、鈴はぼぅっとしながらも聞いた。
『殺してやる! この村の連中と同じようにな!』
敵蒼武は握った剣を振り上げる。刃こぼれが激しく、お世辞にも切れ味が良いようには見えない。だが蒼武用に造られた大剣は人間が使うものの5倍以上の長さと重さがある。
それを叩きつければ斬るのではなく叩き潰すことで敵を圧死させられる。いかに祖帝号の装甲が厚いとはいえ、まともに反撃ができない状況で何度も叩きつけられれば、いずれは潰されるだろうことは容易に想像できる。
「くそ! 起き上がれ!」
だから劉備は必死に蒼武を立て直そうとする。だがそれに蒼武は応えることはない。
「こんなところで死ねるか! 俺が目指す蒼天の世を……孔明の望んだ平和な未来を! こんなところでぇ!!」
血を吐くような叫び。
それが鈴の耳を打った。
(お兄ちゃんの……)
兄は人殺しだった。過去は知らない。けどそれは鈴たち家族を養うためだった。決して本意ではないはずだ。そしてその理由を、今劉備が口にした。
平和な未来。
なんて空虚で空々しい言葉だろう。
だが鈴の胸には、何かがスッと落ちた。兄が抱いた大望。それは家族を守ることであり、世界を守ることだった。
(ああ、それはなんて――)
誇らしい。そう感じた。
蒼漢の犬とあの女首領は言った。けどそれを通じて平和を夢見ることの何が悪い。さらにそれで家族が守れるなら万々歳だ。だから兄は自らの手を汚した。
その結果に劉備と出会い、一体どういう話になったのかは鈴は知らない。けど兄の心の一端に触れて、そして彼の死に際の言葉を思い出し、鈴は覚醒した。
夢のようなふわふわした感覚から一気に現実に呼び戻される。
せわしく鳴り響く機械の音、劉備の叫び、きしむ鉄の悲鳴。そして嘲笑う野蛮な男の声。
その声と、目の前に映る敵蒼武が合致した。
剣を振り上げこちらを殺そうとする蒼武に、鈴の胸がざわついた。
(この蒼武は、私を殺そうとしている。私だけじゃない。劉備お兄ちゃんもだ)
それは間違いのない未来。それがなぜかすんと胸に落ちた。
(それだけじゃない。この男たちは殺してきた。村の人たちを、みんな。あるいはこれまでも同じことをしてきたのかも。そして……お兄ちゃんも。なのに――)
なのに、殺す。
新たに2人。鈴と劉備。それが済めば下で暴れる関羽と張飛も同様の未来だろう。いかに彼らが強くても蒼武には敵わない。
そして鈴たちを皆殺しにしたこいつは、さらに破壊と殺戮をほしいままにするだろう。
「なんで、殺すの?」
自然、声が出ていた。
「鈴?」
「なんで、なんで殺すの!?」
こんな悲しいのに。こんな苦しいのに。こんな辛いのに。なんで。
「鈴、今は……くそ、動け!」
「なんで!!」
鈴はキッと顔を上げる。まなじりを決して目のまえの蒼武を睨みつける。
不敵に、不遜に、不気味に剣を振り下ろす蒼武の姿。その破壊と殺戮の化身に対し、喉よ枯れよと吼える。
「おま、えら、がぁぁぁぁぁぁ!!」
「なっ!?」
がむしゃらに握った操縦桿を動かした。さらに足元のペダルも。
それが意図したことではないのは当然だ。鈴は蒼武の操縦方法なんて知らない。知りたくもない。だがそれでも必死の行動が、予想外の効果を表す。
剣を振り下ろす敵の蒼武。鈴たちの蒼武の上体が動く。両手で地面を押さえつけ、思いきり突き出す。その反動で跳ね起きた上体はそのまま敵蒼武に向かう。
『なにっ!?』
敵の驚愕の声が響く。
突如として機敏に動き始めた蒼武に、しかも思わぬ攻撃方法に動きが止まった。剣を振り下ろす間もなく、鈴の蒼武の頭部が敵蒼武の胸元に直撃する。
蒼武の操縦席は胸部にある。そこに直撃を受けた敵の衝撃はすさまじいもので、態勢を崩してのけぞった。逆に鈴たちにはそこまで激しくはない。
「こんのぉぉぉ!!」
「待て、鈴! くそ、俺の操縦を奪って……!」
激情のまま鈴は蒼武を前に傾ける。敵の蒼武が後ろに倒れようとするのを必死でこらえる。それを追うように。距離をそのまま詰める。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
『なんだ、動きが! ぐぉぉ!』
「待て、行くな鈴!」
劉備は冷静に状況を見ていた。敵の蒼武がたたらを踏んで持ちこたえた。さらに敵は振り上げた剣を、態勢が崩れて斜めになったが、構えたままだ。あとは剣を振り下ろすと命令するだけで必殺の斬撃が来る。それに対し鈴は冷静さを失って気づけていない。
鈴たちの蒼武には武器がない。だから一撃で相手を仕留めるようにはできない。だが相手にはそれがある。それが勝敗を決する。
『もらったぁ!!』
男の勝利を確信した叫びが戦場にこだまする。
劉備は覚悟を決めて歯をきつく噛みしめた。そして無理と承知しながらも、蒼武を横に動かそうと必死に操縦桿を引き絞る。
だがそんな僅か刹那の時間に応える蒼武ではない。劉備は己の死を覚悟した。
読んでいただきありがとございます。
劉備編、大詰めでございます。
ブックマークや評価、感想をいただければ今後の励みになると思いますので、どうぞよろしくお願いします。




