第弐拾参話 別離
「な、なんだこいつら!」
「馬鹿野郎! 狼狽えるんじゃない! 迎撃だ、殺せ!」
突如現れた集団に黄巾の連中は慌てふためき、女首領は苛立ちをぶつける。
「ふっ!!」
「オラオラぁ!!」
だがその間にも長い髭を持つ偉丈夫――関羽が馬居倶で突撃しながら、1人の黄巾を切り捨てた。
対する張飛は荒々しく槍を振り回し、縦横無尽に走り黄巾を蹴散らす。
2人の登場で、一気に不利になった黄巾側は、浮足立ってしまい、統率もないまま討たれていく。劉備の蒼武も1対2という状況にもかかわらず挟まれないよううまく位置取りをし、1機を殴り倒したところだ。
「くそっ、不甲斐ない連中だよ、まったく!」
女首領は部下に苛立ちをぶつける。そのせいで、鈴に突きつけた剣がわずかに下がった。
孔明はその一瞬の隙を見逃さない。
「鈴、伏せろ!」
「っ!!」
状況についていけていない鈴も、兄の言葉には即座に反応ができた。女首領と剣の間にできたわずかな隙間。それを縫ってその場にしゃがみ込む。
「しま――」
女首領が見たのは、怒りに燃える孔明の瞳。そして銃口。
一発の銃声の後、女首領は後ろにのけぞり、そのまま倒れた。そのまま起き上がらない。
それを見届けた孔明は、さっと鈴に近づくと、
「無事か、鈴!」
「お、お兄ちゃん……」
「すまなかった。でも……いや、後でにしよう。立てるか?」
「ご、ごめん……無理」
さすがの鈴も、これ以上は気力が持たなかった。完全に腰を抜かしてへたりこんでしまっている。
「よし、ちょっと待て」
孔明は妹の状態を了解すると、彼女の後ろに回り、そのまま両手で彼女を担ぎ上げた。お姫様だっこだ。
「え、えぇ!?」
「ちょっとだけ我慢してろ」
「わっ、え!」
走り始めた孔明に文句は言えない。
いくら小柄で痩せているとはいえ、人間1人を担いで走るなんてのは彼女の知る兄からは到底考えられない行為だった。それほどに兄といえば虚弱で、いつも本とか読んでいるイメージだったからだ。
それも自分の正体を表に出さないよう、偽りのイメージを植え付けるための処世術だったのだろう。
(後で聞こう。お兄ちゃんが何を思って仕事をしてたのか。それに、私が手伝えないかって)
自分を養育するために手を汚していた兄。知らなかったとはいえ、鈴はそのことが辛い。家族なんだからそれは話してほしかった。そして今やそのことを知ったのだから、兄と手を取り合って、協力していきたい。それが鈴の偽りざる本心だった。
「孔明! 早くしろ!」
前にある蒼武。その巨体が膝立ちをして左手を差し出して来る。
開いた胸元にわずか人影――劉備の姿が見える。
あそこまで行けば安心だ。それはこの場にいる最強の兵器こそが蒼武だから。そう鈴は感じた。
ほんのわずか数メートル。
ほんのわずかな距離。
ほんのわずかな時間。
それさえ乗り越えればすべてが終わる。いや、元通りになるわけじゃない。けど、ここから新しい明日が始まる。
その終着点を、劉備が待ってくれている。
――はずだった。
「後ろだ、孔明!!」
劉備の声にハッとする。
――衝撃。何かが揺れた。
だが鈴は孔明の腕の中だ。何が起きたか分からない。
「っざけんな、このガキどもがぁ!!」
いや、分かった。あの女首領だ。
女首領の声がすぐそこ。兄の背後。けど兄の顔が影になって見えない。
けど異変はすぐに理解した。兄の足が止まっている。それが異変。
「お兄ちゃん?」
恐る恐る鈴が声をかける。何もない。何事も。呼びかければほら。すぐに笑った兄の顔がある。
そう信じていた。
そうであってほしいと。
「っ!!」
兄の息を吐く音。そして1歩、2歩進み、劉備の乗る蒼武の差し出された手に到達する。
「きゃ!」
そこに鈴は放り投げられた。硬い金属製の床――蒼武の手のひらに尻からぶつかった。
なにを、と思った鈴の胸元に何かが当たった。見れば銃だ。兄の持っていた光銃。それが鈴の胸元にある。
「鈴。これを持ってけ」
手を伸ばせば届く距離に兄がいる。
笑顔の兄。けど、その顔がどこか遠い感じがする。
「お兄、ちゃん?」
不安と不信をもって兄に問いかける。
だが孔明は鈴から視線を外し、斜め上にある劉備の方を向く。
「すまん、玄徳。鈴を……家族を頼む」
「こ、孔明……」
劉備は何かを感じ取ったのか、喉が詰まって声にならない。
それを孔明は笑みで答える。
その体が再び揺れる。
孔明の体の中央。そこからなにか薄いものがはみ出している。それが何か。鈴には理解ができない。いや、理解しようとしたくなかったのかもしれない。
突き出したそれは、燃え上がる炎を反射して銀色に光るもの。
自然物でないそれは、普通人間には生えないもので、それがあるということは、異物を押し付けられた時のみ。そして胸元から出ているということは背後から貫かれたということで――
「遅いなぁ、遅い」
孔明が嘆息してつぶやく。
「はぁ……はぁ……なにが、だよ、このガキぃ……!」
孔明の背後。あの女首領が息も絶え絶えに、胸元からぼたぼたと血を流しながら叫ぶ。
その手に握られた剣は今、孔明の胸を刺し、貫いている。
「剣ってのは、斬るんじゃない。突くんだ」
「だからやってるだろうが! お前は死ぬ! 死ね! 死ね!!」
「お前が死ね」
「あ?」
孔明の次の動きは素早かった。腰に手を回すと、何かを引き抜きそのまま背後に振る。
手に握られたのは短刀。彼の護身および何人もの血を吸った彼の罪そのものだ。その刃先を後ろにいた女首領に突き立てた。
「――ひゅ」
こめかみに短刀を突き立てられ、息を1つ吐いた女首領は、孔明を貫いた剣から指を離すとその場で倒れ、今度こそ二度と動かなくなった。
「そう密接すりゃ、位置がバレバレだよ、素人め」
吐き捨てるように言う孔明。そこには普段の彼にはない、冷酷の色があった。
「お兄ちゃん……」
凍ったように一連の光景を見ていた鈴がようやく声を絞り出す。
それを見て孔明は笑う。妹が無事だ。それが何よりも素晴らしい成果だと言わんばかりに。
「鈴」
そう呼びかける兄に対し、鈴は言葉を持たない。
それでもいいと孔明はうなずく。
そして上げた顔には孔明は笑みを、これ以上ない幸せそうな笑みを浮かべ鈴を見る。
「幸せになれよ」
そう声が聞こえた。気がした。あるいは唇でそう言ったと感じ取っただけかもしれない。
ただそれが本当にそうなのか。問いかける相手はもういない。
孔明は笑顔のまま、ふらりと重力を失ったように傾き――そのまま地面に倒れた。そして二度と起き上がることも、動くことも、笑うことも喋ることも悲しむことも呼吸することも何もなくなった。
「あ――――」
見開かれた鈴の目からは涙が滝のように流れ出て世界を歪ませる。頭は真っ白になって何も考えられず、呼吸すらも忘れてしまったようにあえぐ。
そんな口から空気が漏れる。そして両手を頭部にあてると、肌を掻きむしるようにする。まるで今見た光景をリセットするためのボタンを探すように。
だがそんなものは現実にない。それが変わらない現実だと知り、鈴は自分が壊れていく音を聞いた。
「ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
鈴の悲鳴が戦場にこだました。
読んでいただき、誠にありがとうございます。
悲劇の幕が上がり、少女は龍と成る。
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