第弐拾伍話 飛翔
振り下ろされる重工剣。それを鈴は外部から入力される映像で見ていた。
(なに、この感じ……。来る。怖いのが!)
自らを叩き潰そうと迫る敵蒼武の攻撃。それを鈴は咄嗟の嫌悪感で蒼武を操った。車輪が高速で逆回転して、前に出る蒼武を一気に後ろに引き戻す。それは蒼武の限界を超えたはずの動き。基本前方向への移動を想定しただけの車輪部分の構造だが、この祖帝号ができた時代には前後の移動を可能にする技術を追い求めたらしい。
とにもかくにもそれが2人の命を救った。
「避けた!?」
劉備の驚愕の声が響く。まだ自分に操縦が取り戻せない憤りと、鈴に全てを任せてしまっている負い目。それが劉備の頭を惑乱させる。
対する鈴はそんな劉備のことはすっかり頭から抜けていた。今あるのは目の前の怖いものを破壊する。兄の仇を討つ。ただそれだけだ。
『ふ、ざけるなぁ!』
攻撃を回避された敵の蒼武がさらに動く。振り下ろした重工剣。それを構え直して、蒼武の体を横回転させる。そこから発せられるのは回転による横の薙ぎ払い。それは腕と剣のリーチによって10メートル以内のものを全て破壊する。
左右に避けても一瞬で10メートルの距離を移動できるはずもない。後ろに下がっても、前に出ながらの薙ぎ払いなら確実に当てることもできる。上には跳べないし、下にしゃがんでも斬るではなく殴りつけることに特化した重工剣の軌跡を、巨大な蒼武が避けられるはずもない。
完全必殺。ならばそれをなぜ誰もやらないかというと、普通の戦いならば相手も武器を持っている。そこでこんな大きな隙をつくる技は自殺行為だ。しかもいくらリーチが長いとはいえ彼我の距離はわずか10メートルほど。相手にも重工剣があれば突きで操縦席を潰されるし、光弓があればハチの巣にされる。だから使わない。
だが今、劉備たちには武器がない。それに万が一、武器を引くに合わせて懐に入られれば攻撃も無力化されるが、たった今、前進から後退への急速変化をしたばかり。そのうえでさらに急速前進ができるはずもない。そう思っての攻撃だ。
体重と遠心力を乗せたまさに必殺の一撃。さすがにこれを受けても無事では済まないだろう一撃。
「鈴、逃げろ! 後ろだ!」
劉備は咄嗟に判断した。後ろに移動する。それが一番、被害が少ない。いくら前進すると言っても振る瞬間は速度が落ちる。その間にわずかでも後退できれば、受けるダメージは軽減できるかもしれない。それを期待してのこと。
だが鈴は彼の声を無視した。いや、聞いていなかった。
(熱い! 頭が! 身体が! 足が! 死ぬ! 死んじゃう!)
その時の鈴はまさに無我夢中のトランス状態。
彼女は知る由もなかったが、熱を感じた足。彼女の細長く張りのある太もものあたりに、くっきりと何かが現れた。痣だ。赤く、紅く、見ようによっては龍の形にも見えるその痣は、鈴の覚醒と共に彼女を導く。
(でも!!)
鈴の意識がはっきりと相手の動きと捉えた。そして自分が何をすべきかも。
「そんな、ことでぇ!!」
鈴は叫ぶ。
自らの魂を全て叩き込むように、操縦桿とペダルを一気に押し当てる。
そして感じたのは一瞬の浮遊感。
目の前に映る光景は燃える民家、そして今なお戦う関羽と張飛、そして黄巾の連中、そして今まで対していた敵蒼武。それらを上から見下ろす通常ではありえない光景。
それを可能にするのは1つしかない。
「蒼武が……」
『と、飛んだっ!?』
全長15メートル、総重量にして13トン(祖帝号は通常の蒼武より装甲が厚くその分さらに重い)にも及ぶ蒼武が空を飛ぶなど、常軌を逸している。少なくとも着地の衝撃で足が潰れる。それほどの重量が落下する時の衝撃は13トンどころの騒ぎではない。その1回だけの跳躍でその後の戦闘続行が不可能になり、修理するには分解修理しないと再び戦場に出ることはできなくなる。
蒼武乗りとしては絶対にあり得ない行動。
だがそれをやったことが同乗者の劉備の、そして敵の虚を完全についていた。
本来なら攻撃が避けられた時点で敵は次の行動、すなわち追撃か回避行動かのどちらかを選択すべきだ。それほど蒼武の接近戦において一撃の挙動は大きい。
しかし敵の蒼武はその場に固まったばかりで、追撃も回避もしていない。当然だ。自分の理解を超えた行動が目の前で展開されたのだから。
その心の空白を意図してか意図せずか、鈴は蒼武の腕を眼前でクロスさせて、そのまま自身が砲弾と化して体当たりする。
「はぁぁぁぁぁぁっ!!」
13トン以上の巨体同士がぶつかる。それは台地が破裂した音だと、後にそれを外で聞いていた関羽と張飛は語る。
浮羅鋼同士が摩擦で削り合い、不協和音を鳴らして火花を散らす。
当然、自重を支えて動かすだけで精いっぱいの蒼武だ。他の蒼武を落下から受け止めることなど出来るはずもなく、まず受け止める側の敵蒼武の右足が破裂した。そのまま仰向けに倒れ込む。
敵の操縦者にとって幸運だったのは、剣を振り切った形で機体が斜めになっていたこと。祖帝号の重量を真正面から受け止めずにいたことだ。もし真正面から受け止めれば、今頃、押しつぶされた操縦室は人だったもののミンチで二度と動かせる状態にはならなかっただろう。
さらに斜めから衝撃を受けたことで、操縦室の扉が外れて、そこから放り飛ばされるようにして操縦者の男は地面に転がった。
ただ、それが彼にとって幸運だったかは分からない。なぜならその時には黄巾を殲滅または捕縛した関羽と張飛が、その男の前に立ったからだ。
「っつー……くぅ、生きてる、のか?」
無茶な操縦に劉備は天地がさかさまになったかと思い、一瞬気を失っていた。周囲は僅かな光があるものの薄暗い操縦室の中だ。わずか重力が斜め前に働く以外はほんの数秒前と変わらない光景。少なくとも自分は圧死しなかったという幸運を天に感謝した。
「っ、鈴!?」
咄嗟に同席していた相手のことを思い出し、振り返る。
するとそこには後部座席で操縦桿を握ったまま俯く少女の姿があった。わずか緊張が走るが、
「……くー……くー……」
小さく寝息が聞こえる。どうやら気を失ったらしい。詳しくは見れないが、どこか外傷が出たところはないようだ。
そのことに安堵する劉備は、自分の状況を改めて確認する。自分に傷もない。重力が斜め下に働いているのは、蒼武がうつ伏せ気味に止まっているからだろう。
堕ちそうになる体を椅子に掴まることで支え、手元のボタンをいくつか操作する。だがそれは何も反応がない。どうやら緊急停止してしまったらしい。
「調整中のを無理やり持ってきてたからな……ここまで動いて御の字だ」
祖帝号は現行の蒼武より5世代は昔の機体になる。それを現在の規格のパーツに修正修理し、なんとか動くようになったのが数日前。その時に鈴が劉備の家に現れたのだった。
「これだけ動ければ、基礎は問題ないはずだ。あとは細かい調整をすれば動くだろう……でも、孔明はもういない」
ここまでこの蒼武が動けるようになったのも、諸葛亮という都で学んだ技術者がいたからだ。彼の正体については色々と揉めたりはしたが、それでもここまで動かせるようになったのは彼がいたことが大きい。けどその彼はもういないのだ。
「お兄……ちゃん」
兄の名が聞こえたのか、鈴が反応する。その様子に、劉備は少し微笑み、すぐに哀の色を浮かべる。
彼女が再び目覚めた時。そこにあるのは消失した村と村人、そして兄の死。受け止めるにはまだ鈴は幼い。そう劉備は同情した。
『玄徳兄ぃ、こっちは終わったぜぇ』
劉備が物思いにふけっていると、操縦室の扉を叩く音がして、彼の友人である張飛の声が外から聞こえた。
「分かった、今から出る」
劉備は動かなくなった操作盤を諦めて、非常脱出のボタンを探す。前部座席の下、灯りもないので手探りで探し当てて押すと、軽い空気音が鳴って扉の溝から光が薄暗い室内を照らす。
その扉を押し上げて、劉備は外に出る。
見れば周囲には10人規模の人間が劉備たちの蒼武を取り囲んでいた。若い男女だ。彼らは槍で武装していて、跪いて武器を捨てた黄巾たちの後ろに立っている。1人、操縦服に身を包んだ男も頭の後ろで手を組んで座っているが、その男が倒した蒼武に乗っていたのだろう。
劉備は改めて自分が乗っていた蒼武の状態を見る。敵の蒼武にもつれあうようにして倒れた蒼武たち。一歩間違えれば、敵蒼武のでっぱりが操縦室にぶつかり、そこに自らの自重が重なって押しつぶされることもありえた。だが、それはありえなかったのかもしれない。あれだけ無茶なことをしたにもかかわらず、祖帝号の装甲は砕けておらず、へこみがあったとしてもほんの数センチという小ささだ。
(この強度……祖霊が守ってくれたのか、あるいはお前か、孔明……)
そう感傷に至っていた時だ。彼の蒼武のすぐ下にいる巨漢の男と、小柄な凸凹コンビのうち小柄な方が声をあげた。
「おい、玄徳兄ぃ、こっからどうすんだ?」
「馬鹿者。それより先に兄者の無事を確認しろ」
小さな体で子供のような言葉遣いをする張飛を、巨漢の関羽がげんこつで殴り叱る。
その光景に劉備は少し頬がほころぶ。この2人は諸葛亮が来る前からの付き合いで、隣町に住んでいる。村が焼けるのを見て、心配で仲間を連れてきてくれたのだろう。
「兄者、無事で?」
「ああ、雲長。俺は無事だよ。けど孔明が」
「はい。確認しました。惜しい男を亡くしたものです」
「へんっ、俺様ぁ前から奴が気にくわなかったんだ。頭でっかちで、むつかしー言葉で逃げやがる」
「益徳!」
関羽が怒鳴る。彼自身も諸葛亮のことはあまり好きではなかったが、あまりに死者をないがしろにする言葉に、真面目な彼は怒髪天を突く。
だがすぐにその怒りも冷めた。張飛が手をきつく握り、関羽から視線を外してうつむき震えていたからだ。
「あの馬鹿野郎……もうちょっと生きてりゃ、俺たちが助けてやれたのによ……クソ。文句を言う相手もいないんじゃショウガねぇ」
「益徳……」
日頃、諸葛亮と相性が悪いと考えていた張飛が、彼のことを思って涙を流す。その彼の純情さに触れた劉備と関羽は、感化されたように何も言えなくなった。
だがいつまでも過去に想いを引きずられてはいけない。
「雲長、黄巾の奴らは武装解除して縛っておけよ。それから村人たちの遺体は一か所に埋葬しよう。そうだな、裏の桃園がいい。この町のシンボルだしな。あと、もう延焼はしないだろうけど、家を壊しておけよ。山火事になったら大変だ」
「はい、もうやらせています」
「そうか、さすがだな」
そう言って少し遠くを見る劉備。
その様子に、話しかけづらい雰囲気を感じたが、関羽は言わなくてはいけないことだと、1つ咳払いして言葉を放つ。
「しかし、兄者。無理をしましたな。蒼武で跳躍など、万が一があったらなんとするおつもりか」
「あ、あー。えぇと、そうだな。うん」
歯切れが悪いのは、彼自身の仕業ではないからだ。かといってこれを言って信じられるのかどうか。その反する思いが彼に弁明をためらわせる。
「おい、そういえばあのガキはどこいった? コーメーの妹がいただろ?」
と、張飛が勘のいいところを見せる。
劉備は観念した。というよりこれを黙っておいては、今後に差し障る。特に鈴のこと。彼女をどうするか相談するうえでも、この2人には共有しておいた方がいい。そう感じたからだ。
「実は、な」
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