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第弐拾弐話 暗闇

 それは7年前、鈴が5歳の時のことだった。

 徐州(じょしゅう)(現在の山東省南東部)の琅邪郡(ろうやぐん)に生まれ育った鈴は、父母や3人の兄と共にそれなりに裕福な子供時代を送っていた。

 それが壊れたのは、ひとえに朝廷の認識が甘かったからだ。

 徐州から青州(徐州の北)にかけてはびこった賊徒の戦力を過小評価し、わずかな軍を派遣。その指揮官も新任の若者で、賊徒討伐の功績だけを得るために高官の息子が金に幅を利かせて手に入れた役職だった。

 だがその賊徒は天才的な軍事センスを発揮し、討伐軍を壊滅。高官の息子である指揮官も討ち取るという大戦果を挙げた。さらに問題なのが討伐軍が使用していた蒼武数機と、その軍事物資を手に入れたことだった。

 ここに一気に戦力が増大した賊徒は、徐州を荒らしに荒らした。その過程で諸葛家の当主――鈴たちの父が賊徒に殺された。さらに彼らが住んでいた町を賊徒は本拠地として、蒼漢王朝に対抗しようと仲間を募った。


 それに対して朝廷が取ったのは、大軍の派遣だった。

 その殺された指揮官の親が、宦官で中常侍(ちゅうじょうじ)張譲(ちょうじょう)を金で動かしたのだ。いくら威勢がいいといっても賊徒。200人ほどの規模で、蒼武も奪った2機のみ。

 対する官軍は5万の兵に蒼武100機の大軍。賊徒が勝てるはずもない戦力差だ。

 さらに殺された指揮官の親が現場で指揮を執ることで、悲劇は加速した。戦の素人といってもいいその男が、ひたすらに攻撃を主張し、それが通ってしまった。それにより賊徒が籠る町、諸葛家の家族が暮らす町の城壁に一気に蒼武が攻撃。城門を破るや、手当たり次第に破壊を始めた。さらにその後に続く歩兵によって町は蹂躙された。彼らにとって誰が賊で誰が一般市民かの区別はつかない。町は地獄と化した。

 家は焼かれ、男は殺され、女は犯されたうえで殺された。子供は捕まえられ、奴隷商人に売られた。

 ただそこに住んでいた人たちにとっては、悪夢以外の何ものでもない。賊徒に身内を殺されたうえで支配され、ようやく国が助けに来てくれたと思いきや賊徒扱いされて殺される。

 そこに救いはなく、ただこの世の地獄があるだけだった。


 そんな地獄の中。諸葛家の兄妹は生き延びた。攻撃前夜、子供たちだけでもと場外に逃がそうという計画があったのだ。それで諸葛亮の機転もあり、彼らと僅か十数人の子供たちは包囲の外に逃れることができた。

 だから彼らの命は助かった。

 だが彼らにとって――特に鈴には、その燃え盛る故郷、そして近しい人たちが虐殺される光景は、忘れたくても忘れられるものではなく――それでも今は記憶もおぼろげになったものの、こうして蒼武を見ればあの時のトラウマが蘇るというものだ。


 両親と親類、そして故郷を奪った蒼武を彼女は深く嫌悪している。見るだけであの時の記憶が蘇り、気が動転してしまう。その果てが今の有様だ。


 だから彼女は困惑するしかなかった。


 その最も忌むべき存在である蒼武から、最も敬愛すべき存在である兄の声が聞こえたこと。

 そしてさらに、


『鈴! 早く逃げるんだ!』


「劉、兄ちゃん……」


 密かに想いを寄せていた劉備の声。それが孔明と同じ、蒼武の外部スピーカーによって鈴の鼓膜を打つのだ。

 そして今、近くにある蒼武は黄巾のもの以外でたった1つ。急速接近する一機のもの。

 その蒼武は他の蒼武と(おもむき)を異にしていた。それは曹操の烈紅(れっく)ともまた違う。あちらは通常の蒼武の3分の2ほど軽量化に成功しているのだが、この新たな一機はそれとは違う。

 逆に大きいのだ。

 通常の蒼武より頭が1つ分高く、左右にも一回り大きい。それは単純に大きくなったというだけではなく、通常の蒼武より分厚い装甲を身にまとい防御の面で大きく強化されている。

 ずんぐりとしたアルマジロのような既存の蒼武とは異なり、鎧武者というべきか、かなり大仰な姿かたちをしていた。そんな巨大な塊が走破モードで高速接近してくる。そのことに少なからず黄巾は動揺した。


 その劉備らが乗る蒼武は、黄巾の蒼武の1機に狙いを定める。そしてその巨体を1つの砲弾として思いきり体当たりした。


『で、デカい!?』


 通常の蒼武より大きく、それでいて分厚い装甲をしている祖帝号(そていごう)に、黄巾の蒼武乗りは驚愕した。祖帝号(そていごう)の体当たりをもろにくらい、操縦席の辺りが思いきりへこんだ。中の操縦者は自らの蒼武の装甲に潰されて圧死した。

 ただそれを外からは分からない。それでも劉備たちはその1機を無視した。それは祖帝号(そていごう)には光銃や剣といった武装がまったくないからで、さらにいえば今は鈴の救出に優先度を置いたからだ。


『玄徳、“足”を頼む!』


『え、ちょ! 孔明!?』


 祖帝号(そていごう)の胸元辺りが動作し、分厚い装甲がパカッと開く。そこから転がり出るように1人の男が飛び出した。遠くからでも鈴には分かる。兄の諸葛亮だ。

 兄は転がり落ちるや否や、手にした小さなものを前に突き出すと、閃光をきらめかせた。


「ぐぁ!!」


 近場にいた男女2人の黄巾が倒れる。その胸元や額からは血が出ている。即死だ。


「野郎、光銃を!!」


 女頭領がうめく。

 蒼武用に開発された光銃。それを人間用に小さく改修されたものがここ数年で出回っている。その貴重な1つを彼が持っていた。それは驚愕をもって黄巾に伝わる。


「いや、待て。あの顔。あの姿、そして孔明……“やはり”奴だ! 奴が朝廷の犬、“地下伐奔(ちかばっぽん)”の諸葛亮だ! くそ、殺せ! 殺せ!」


 突如現れた敵の出現に、黄巾が一気に襲い掛かる。

 多勢に無勢。だが兄は冷静に、1人に対し距離を保ちながら光銃で一射一殺を行っていく。その淡々として人を殺す兄の姿に鈴は衝撃を受けた。


(朝廷の犬……“地下伐奔(ちかばっぽん)”? お兄ちゃん、なにそれ)


 鈴にとっては聞いたことのない兄の評価、そして人を殺すことに躊躇いを覚えない兄に対する恐怖。混乱と恐怖で鈴は動けない。


「鈴、こっちだ!」


 兄の叫びにハッとする。


(そうだ。お兄ちゃんはお兄ちゃんだ。私を助けに来てくれた。なのに私は……)


 自分の身勝手さに心が痛む思いだ。

 だから彼女は奮戦する兄の元に駆けだそうとして――


「やらすかよ!」


「あっ!」


 黄巾の女頭領だ。後ろから羽交い絞めにされて、鈴は喉元に刃を突きつけられた。


「鈴!」


「おっと、動くな。そして狙うなよ。こうやって重なってしまえば、この子ごと撃つしかないもんなぁ!」


「くっ」


 さすがの孔明も鈴を人質に取られては動けない。祖帝号(そていごう)に乗る劉備も同様だ。


「さぁ、銃を捨てな!」


「ダメ、お兄ちゃん!」


「ほぉ、お兄ちゃんか。いいね。可愛い妹のため、ここは大人しく従ってもらおうか」


 すでに黄巾も5人ほどが倒れているが、まだ10人以上は残っている。

 黄巾の蒼武は起き上がろうとしてまだ動けていないが、時間の問題だ。


「くっ、貴様ぁ!!」


 目を充血させ怒りに吼える兄は、歯噛みしながらも光銃を突きつける。

 初めて見る兄の激情に、兄の知らない一面を見た気がした。

 思えば鈴は何も知らない。兄がどこで働いていたのかも。兄が何の仕事をしていたのかも。ただ何かで働いてお金をもらったからこそ、彼女たちは飢え死にすることもなく、さらに出張でここに来れたからこそ、これまで温かい世界の中で生きていられたのだ。


「なに……なんなの、お兄ちゃん」


「おっと、そうかい。妹さんは知らないのかい、この優しい優しいお兄ちゃんの本当の姿を!」


「やめろ!」


 孔明が叫ぶ。だがそれを女頭領はさぞ愉快そうに、にんまりと笑みを浮かべ、


「やめないねぇ。このお兄ちゃんは裏社会じゃあちょっとした有名人なのさ。蒼漢帝国の犬。国のために潜入、殺人、拷問、処刑など汚れ仕事を行うクズさ。金のためになんでもする、人間の魂を売った悪鬼なのさ!」


 その言葉は、これまで世界を無垢に見ていた鈴の胸をえぐった。

読んでいただきありがとございます。

ブックマークや評価、感想をいただければ今後の励みになると思いますので、どうぞよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
 衝撃の事実ーー  明かされた孔明の過去にびっくりです。  緊迫した場面が続く中、鈴ちゃんは無事助け出されるのかーー。  次回を楽しみにしております☆*:.。. o(≧▽≦)o .。.:*☆
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