第弐拾話 前触
諸葛鈴が捕まる10分前。
劉備の家の地下格納庫にて。
「おい、孔明。ちょっとその工具取ってくれ」
「これか?」
「あー、違う。そっちの、ほら、先がコの形になってるやつ」
「ああ。こっちか。ほら」
「助かる」
2人は何やら作業をしているらしい。それも劉備は何か穴に上体を突っ込むようにして、諸葛亮はその横で壁に向かって手を動かしている。
彼らは何も遊んでいるわけではない。彼らが作業しているそれは、でこぼこの壁、いや、1つの大きな塊。
――蒼武だ。
しかも通常の蒼武より一回りは巨大。両肩部には円錐状の肩あてが備わっており、胸部から腹部にかけて磨かれた鏡のような重装甲があてがわれている。その重量を支えるための脚部もふくらはぎの辺りは通常の倍近くの太さになっており、走破モード時に使用される車輪も倍の数があり総勢で8つの車輪がこの巨体を動かすことになる。
通常の蒼武を将軍の甲冑に見立てるとすれば、その巨大さと威容はまさに鎮座する王の如く。そんな蒼武の周囲には組み上げられた空中通路がそこらで交錯し、王に仕える小人のように劉備はその通路から操縦席に頭から突っ込んで何やら作業をし、諸葛亮の壁とは蒼武の装甲で、それを開いてむき出しになった電気系統の配線を整えているところだった。
「いやー、もうすぐだな。俺らの蒼武がついに動くぞ」
そう言って微笑む劉備はまるで玩具を手にした子供のように輝いていた。
「苦節2年、か。まぁ早い方だな」
「へへ、洛陽で学んだお前がいなかったら、いつまでもうちの地下で眠ってることになってたからな」
「自分も驚いたよ。まさか田舎の民家の地下に、何百年も前の蒼武が眠ってたなんてな」
蒼武は、当然軍によって運用されるもので一般に民間には存在しない。それは当然、兵器だからであり、この世界において最強をほしいままにする力を民間に遊ばせる政府はない。テロや反乱を懸念する蒼漢王朝にとって、民間が蒼武を所持していることを禁止しているのは当然のことだ。
当然、中には私兵として蒼武を有している豪族もいるが、それはあくまで自衛のためとして朝廷に届け出されて許可を得ている。ただ、そのためには巨額の資金が必要だ。許可を得るために巨額の賄賂が動いており、さらには蒼武の維持にも金がかかる。蒼武を保管するための格納庫、整備のための技術者、燃料、武器弾薬、装甲のための浮羅鋼の調達などなど。
つまり蒼武は金食い虫すぎて、よほどの金持ちでないと使うことすらできない。
ただそれを差し引いても、圧倒的な力の象徴として君臨する蒼武は、1機があるだけで抑止力となり権力の基盤となりうるのだ。だから各地の太守や豪族は最低1機は蒼武を合法的に保持しているのだ。
おそらく劉備の先祖もそうだったのだろう。ただそれも生半可な力ではない。それはこの蒼武の特徴にありありと示されている。
「しかし珍しいよな。複座式とは。今のはもっぱら単座式だろ」
諸葛亮が言う通り、この蒼武は複座式。操縦席が2つある。当然、通常は単座式、つまり1人乗りが基本だが、一部の特殊な場合や、特殊な機能を有している蒼武は複座式を採用している。そして今回は前者だ。
「ふっふ。そこがこの蒼武の特異性だろ。なにせ俺のご先祖様は第6第皇帝陛下の息子、劉勝様だ。そのお方が陛下より下賜(下げ渡されること)されたのがこの蒼武! つまり――」
「はいはい、『皇帝専用機ってことだ!』だろ。耳タコだよ」
「あ、おい! 俺の決め台詞を取るなよ!」
「取ってないって。ほら、ぐだぐだ言ってる間にも手を動かす。今日中に最低限は終わらせるんだろ」
「っと、そうだな」
それから数分は2人黙々と手を動かす。
だが沈黙に耐えかねたのか、劉備が口を開く。
「なぁ、この蒼武の名前決めたんだ!」
「名前?」
「ああ。そりゃただの量産型じゃないからな。なんてったって皇帝専用機だ。そりゃ名前くらいつけるだろ」
「…………」
だからって必ずつけなくてもいいのでは、と諸葛亮は思ったが口には出さなかった。
「高“祖”・劉邦の末裔である俺が、皇“帝”陛下のために戦う蒼武。略して祖帝号でどうだ?」
「お前の名前付けのセンスは最低だな」
孔明はげんなりとした様子で肩を落とす。
「まぁいいじゃないか。とりあえずで。出撃できるには、もうちょっと時間はかかるわけだし、その時までにいい名前考えておくさ。そうだな、鈴なんかイイ感じの名前つけてくれるんじゃないか?」
「鈴? 無理無理。あいつにはそういう発想がないからな。玄徳号とか言いそうだ」
「玄徳号……ありだな」
「ねーよ」
そう言って笑いあう2人。そこにはわずか2年という間の歳月でしかないが、確かな絆というものが2人の間にはあった。
「さって、今日はもうここら辺にしとくか。明日は祭りだし、それが終われば一息つける。あとは(関羽)雲長と(張飛)翼徳らが集めた奴らを率いて殴り込みだ」
「やれやれ、血気盛んだな」
「それが目的で来たお前に言われたくないな」
「ふっ」
諸葛亮は劉備の言葉に苦笑する。そう。彼がこの村に来たのは偶然ではない。劉備という男が隠し持つと噂された伝説の蒼武。それを調べるためにやって来たのだ。
それが今や共に修復作業にいそしんでいるのだから、運命というものは分からない。互いの目的が交差した結果の共同作業。ただそれを諸葛亮は後悔していないし、劉備自身も持て余していた蒼武の整備が進み、水を得た魚のようになったと感じている。
そしてその努力がついに実を結ぼうとしている現在。彼らの中には1つの達成感が確かに存在していた。
そんな時だ。
「兄者!」
地下格納庫の扉が激しく開く。そこから現れたのは長身の男。厚い胸板に服の上からでも分かる筋肉はタダ者ではないことを示している。何よりその男を物語るうえで一番特徴的なのが、顔の半分を覆い胸元まで届く長い顎鬚。
関羽。字を雲長。劉備の義弟であり、その下の義弟の張飛と共に、劉備の軍を将来的に武の面で支える男だ。
普段は物静かでやんちゃな張飛を抑える彼なのだが、格納庫に飛び込んできた時には勝手が違った。十キロを走っても呼吸を乱さない体力自慢の男が、顔を汗まみれにし、息を荒げているのだから劉備と諸葛亮はただ事が起きたのではないと悟る。
そしてそれは悪い意味で正しかった。
「黄巾の奴らが……先手を!」
「なに!?」
「村を襲ってます!」
「なんだと!?」
劉備、そして諸葛亮は愕然とする。自分たちの村が、楼桑里が黄巾に狙われるとは。それほどまでに外界とは隔絶していた場所だと思っていただけに、その報告は2人にとってショックだった。そういう場所だからこそ、こうして密かに蒼武を誰にも見つからずに建造できたのだから。
「今は翼徳が村人を逃がしながら戦っていますが、相手には蒼武が3機もあり……」
「なんてこった!」
諸葛亮が声を荒げる。その様子があまりに珍しく、劉備は目を見張った。
だがそれは仕方のないこと。蒼武1機で1千人の兵に匹敵すると言われる。それが3機、つまり3千人もの兵力がこの村を襲ったといってもいい。兵など1人もいないはずのただの田舎の村には過剰すぎる兵力なのだ。
「孔明、どうする!?」
「どうするもこうするもない……。逃げるぞ」
「馬鹿野郎! そんなことできるか!」
「だがどうする! 相手には蒼武が3機もいるんだ、勝ち目はない!」
「あるじゃねぇか。俺らにも、蒼武が」
「っ! 馬鹿な! まだこれは調整中だ。実戦に耐えられるものか!」
「やってみないと分からないだろ! 雲長! 張飛の援護をしつつ、劉備組の奴らを招集しろ! ちぃとばかし早いが実戦だ!」
「りょ、了解した!」
関羽が扉を開けっ放しにして地上へと出ていく。それほどまでに焦っていたのだろう。それは2人も同じだった。
「玄徳、正気か!? 組の奴らはただのゴロツキだ。実戦経験も何もない。そんな奴らが賊討伐など」
「だからって黙って見てられるかよ。ほら、孔明。さっさと乗るぞ。お前が乗ってくれなきゃ、こいつは動かせないんだからよ!」
諸葛亮は天を仰いだ。もうこうなった劉備は止まらない。
混迷とするこの世を、皇帝の血を継ぐ自分が正す。そんな夢に劉備は取りつかれている。世間ではそれを愚かだとか無謀だとか身の程をわきまえろと言うが、諸葛亮はそうは思わなかった。彼が見てきた洛陽での腐敗した役人たちの姿。それと比べれば劉備のなんと青く、それでいて胸を熱くさせることか。
だから諸葛亮は小さく笑う。自分がまさかここまで感化されるとは、と自嘲気味に。
それに、と諸葛亮は思う。まだまだ子供の彼の弟妹。それが気にかかってもいる。
「分かった。この場所が奴らにバレる可能性もある。蒼武を逃す意味でも外に出る必要はあるな」
「そんなこと言って、鈴や均が心配なんだろ」
「違うね。せっかく作り上げた祖帝号がどこの誰とも知らない馬鹿に壊されるのが嫌なだけだ」
「お? お前もその名前気に入ったか!?」
「馬鹿言ってないで、さっさと動かすぞ」
そう、諸葛亮がため息まじりで操縦席に移動しようとした時だ。
ズゥゥゥン。
地面を揺らす衝撃が2人を襲う。天井からは岩のかけらが降り注ぎ、空中通路がギシギシときしんだ音を響かせる。
「な、なんだ!?」
劉備は起きた異変を確認しようと左右に視線を巡らせる。だが諸葛亮はそれより先に行動していた。自分は操縦席に身を寄せて劉備に対して叫ぶ。
「玄徳、早く乗れ!」
「あ、ああ!」
地鳴りと共に揺れは激しくなり、天井から落ちるのは岩の欠片ではなく岩そのもの。空中通路も耐えきれずに自壊し始めている。今やこの地下格納庫は危険で満ちた空間であり、唯一の安全場所は浮羅鋼によって囲まれた蒼武の中なのは自明の理だ。
だから劉備は慌てて蒼武の操縦席に飛び込むと、2つある操縦席の後部に座る。前部には諸葛亮が座り、すでに発進シークエンスの手順をこなしている。
複座式である蒼武は、主に前部が主に脚部を、後部が情報操作と武装関連を担当する。2人の取り決めは整備の中で自動で決まった。だから劉備の動きも迷いがなく、次々と発進のための準備を進めていく。
だが、神ならぬ身である彼らには想定できないことが常に付きまとう。
「ぐっ……」
これまで以上の激しい揺れに、2人は一瞬息がつまる。それでも諸葛亮は指を止めない。最後にキーを叩きつけるようにして叫べば、
「よし、これで外の状況が……」
と、かぶりつくように外部映像に映るものを見る。そして絶句した。
目の前には崩壊した天井や空中通路の残骸が見えるものだと思っていた。だがそれは違った。2人は同時に息をのむ。そこにあったのは黄色。それも天然の色ではなく、もともとあったものを無理やり塗りたくったいびつな色。そしてそれが塗られたものも天然ではない、人工物。
ごつごつした四角い塊は見るものに警戒心と恐怖を抱かせる。今、劉備たちこそは地上10メートル近い蒼武の操縦席にいるため実感が薄いが、目の前にあるのはその視座にいても巨大なもの。
浮羅鋼によって固められた巨大な人型兵器。
つまり――
「蒼武!!」
叫んだ途端、とてつもない衝撃が2人を襲った。
読んでいただき感謝いたします。
ついに劉備側の蒼武が動き出します。次回、激突する祖帝号の力とは…!
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