第拾肆話 邂逅
水浴びをしてさっぱりした曹操は、衣服を整えて皇甫嵩への面会を申し入れた。
許可はすぐに下り、曹操は軍営の最奥部に通された。初めて皇甫嵩と話をしたのと同じ部屋だ。ここも移動式ではあるために、簡易の個室になっていたが、それでも曹操の持つ作戦室より倍は広い。さらに奥に部屋が2つ並んでいるのが分かる。
さすがは方面軍の指揮官というべきか。
「ふーん。なるほどねぇ」
皇甫嵩は曹操の持ち込んだ地図と、その説明を聞いて納得するように何度も頷く。
やることは単純だ。敵の兵糧が集まる基地を強襲。兵糧を焼き払い、動揺する敵を補給基地から北上した曹操と、正面から進んだ皇甫嵩が挟み撃ちにする。
それが成功すれば、この方面の黄巾賊は壊滅も同然だろう。
だがそれには1つ条件がある。
「蒼武を5機、兵を1千ほどお貸し願いたい」
補給基地となればそれなりの警備がいる。蒼武もいるだろうし、仮に蒼武を撃破したとしてもその後が続かない。そのためには歩兵による工作と制圧が必要で、敵の守備隊がいることも考えると1千は少なくともの数値だ。
ただここ数日の激戦で、皇甫嵩の官軍も数を減らしているのは確か。
だから彼が曹操の申し出にどう応えるかで、この男の曹操の評価が分かるというものだ。素直に出せばこの作戦を評価しているのと同時、曹操を買っていることになる。そうなれば後々に、曹操の味方になってくれるかもしれない。この戦いの勝ちは皇甫嵩の名声を一気に高めるだろうからだ。
逆に出し渋るのであれば、覇気が足りないというのと同時に曹操をあまり信頼していないということ。今後の軍部での政治競争に大きな壁が立ちはだかることになる。
だから唸りながら地図を見る皇甫嵩が、次に発する声に曹操は注意した。
「んんー、大軍だねぇ」
「ここが接所です。この豫洲での戦い、いえ、全土で行われている戦の全てを塗り替える決戦です。兵力の出し惜しみをしてはなりません」
いつも以上に言葉に熱が入る。
これが認められ成功すれば、誰もが認める大武勲だ。それ以上に、このいつ終わるともしれない消耗戦を永遠と繰り返されれば、それこそいつかは従兄妹のうちの誰かを失う可能性が大いにあった。そしてそれは曹操自身でないと言い切れないのだ。
しばらく皇甫嵩は考え込むように黙っていた。それに対し曹操は視線を外さない。視線すらも圧としてこの男に呑ませるつもりだった。
やがて皇甫嵩は顔をあげ、ポンっと手を打ち鳴らすと、
「分かった。蒼武5機、兵1千は貸せないけど、蒼武3機に歩兵300は貸そう」
「え?」
一瞬、何を言われたか分からなかった。蒼武を5機貸せないけど、3機なら貸せるとはどういうことか。受け入れるでも断るでもない。値切ってきた? そう思えなくもない。
まさかそういった回答が来るとは思っておらず、思わず目が点になる曹操。
そんな曹操の様子を、笑殺した皇甫嵩は背後に声をかけ、
「それじゃ入ってきてー」
すると今までずっと待っていたのか、すぐに2人の人物が入って来た。
(待たせていたということは、皇甫嵩の方も何か考えがあったということか。この腹黒クソ狸め)
内心毒づくも、入って来た人物を見て早々は一瞬でその毒を忘れた。
まさに雷に打たれた衝撃と言えよう。
一目みただけで、彼女は男に釘付けだった。
1人は痩身の割には背が高い。下手すると袁紹よりも高いのでは。さらに特徴としては身長に比例して長い腕、そして大きな耳。だがそれ以上に曹操はその瞳に見入っていた。
大きくも小さくもない。力強いわけでも垂れているわけでもない。普通の目だ。だが一度視線を合わせると逸らし難い、何か変わった魅力があるように思えた。
あるいはそれは彼女にとっての初めての恋だったのかもしれない。男から目が離せない。鼓動が激しくなり痛いほどに胸を打つ。頬は赤く染まり、高揚した気分が収まらない。一目惚れというと理屈ではない。曹操らしさといえばらしさの思いに、しばらく彼女は時間を忘れた。
「幽州の劉玄徳と申します。義勇兵を率いて盧植将軍の下で戦っておりましたが、この度、援軍として蒼武3機、歩兵300でこちらにまいりました。どうぞ、よろしく」
痩身の男は拱手をしながら自己紹介をしはじめた。その声すらも、彼女にとっては福音のような響きを持つものだった。
それが曹操孟徳と劉備玄徳の初めての出会い。
そして、その男の背後に隠れるようにしていたもう1人の人物は――
「そしてこちらが――」
男は背後を指し示し、こう言った。
「諸葛孔明、我が軍の軍師をしております」
ここまで読んでいただき大変ありがとございます。
劉備、そして諸葛亮がついに登場しました。次回より劉備編を開始します。少し曹操の話は止まりますが再び合流しますので、お付き合いいただければと思います。
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