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末代家族7:かずみの章1「ヘンタイって誰」

オンライン授業は退屈だ。


画面越しに一方的に先生の話を聞くのは、対面で受ける授業とは別の集中力と、忍耐力を必要とする。


モニターで見る先生の顔は平面的で、スピーカーから聞こえる先生の声はとても無機質だ。これらは、授業を受けているという現実感を乏しくさせる。


この人は、本当に存在してるのか?ゲームや、アニメみたいに誰かが作った映像なんじゃないのか?そんなことを考えているうちに、授業は次のタームに進んでゆく。


教室では当たり前に見ることができた同級生たちの顔は、ここでは分からない。先生が指名する時だけ、生徒全員の顔がモニター上に映し出されるが、一つ一つが小さすぎて、判別できない。


何よりも、かずみにとって、この部屋は誘惑が多すぎる。実家から持ってきたマンガや、ゲーム。海に近く、自然が豊かな場所と聞いていたので、愛読していた図鑑も持ってきた。


そして窓からは、わずかだが海が見える。まだ行ったことはないが、今度伯父さんが連れて行ってくれることになってる。


その伯父さんは、週の半分を自宅で、残りの半分を会社で働いているとのことだった。仕事はグラフィックデザイナーで、ポスターや広告、Webサイトのデザインをしていると話していた。


スーツを着ている姿なんて見たこともないし、そもそもロン毛に無精ひげだ。あれで大丈夫な会社があるんなら、自分もそういうところで働きたいと、かずみは思った。


「佐藤さん、佐藤かずみさん」


スピーカーから、自分のフルネームを呼ぶ声が聞こえてきた。どうやら、気を抜いてるうちに指名されたようだ。


「あ、はい。佐藤です」


やばい、何も聞いてなかった。まずは、質問を繰り返してもらうところからだな。かずみは、なんとかモニターに向かう集中力を取り戻そうと、画面に映る先生の顔を凝視した。




午前の授業が終わったので、リビングに顔を出すと、詩織が昼食の準備をしていた。今日の昼食当番は、詩織だ。


自分たちで食事の用意をするのは、地味に大変だった。かといって、毎食コンビニ弁当というわけにはいかない。栄養面での問題もあるが、経済的に大きな負担になる。かずみたち姉妹の生活費は、両親からの仕送りに頼っている。管理は主に美保がやっているが、金額は決して多いというわけではないので、無駄遣いはできない。


テーブルの上には、食パンと目玉焼き、レタス、ベーコン、ジャムなどが並べられていた。


「オープンサンドね。好きな具材を載っけて、適当に食べて」


「詩織ちゃん、手抜きだ」


「目玉焼き作ったっしょ。ベーコンもカリカリに焼いたんよ。嫌なら、ジャムだけ塗って食べな」


授業を終えた美保も、部屋から出てきた。


「睡魔との戦いだったわ。まだ午後も続くかと思うと、気が遠くなる」


「ミホねえんとこ、今日、何限目まで?」


「バッチリ7限目まで。4時半まで動けない」


「ズミは?」


「今日は5限授業の日だから、2時半まで」


「じゃさ、授業終わったら買い物、頼めない?今日、伯父さん在宅だからクルマ出してもらってさ」


そう。コンビニは歩いて行ける距離にあるが、スーパーはクルマじゃないと無理な場所であることを、かずみたちは先日、伯父さんから聞いていた。


「ええ、買い物は調理当番の仕事じゃん」


「7限目終わってから買い物行ったら遅くなるし。それとも、夜もオープンサンドでいい?」


「なに、その理屈!」


「でも、本当にわたしたちが授業終わるのを待ってたら、夕飯の準備遅くなっちゃうからさ。ズミに買い物だけでも行ってもらえると、助かるな。食材のリストとお金、託すから」


美保にそう頼まれると、かずみは断ることができない。かずみと美保は、学年は3つ違いだが、かずみは早生まれなので、年齢はほぼ4歳離れている。同じ早生まれの詩織とは、まだふざけ合ったり、ケンカしたりすることもできるが、かずみにとっての美保は、もっと絶対的な姉というような存在だった。


「だって。ズミ、よろしくね」


詩織が両手を合わせ、かずみに向かって拝むようなポーズをする。


>>3時頃に買い物に行きたいのですが、クルマ頼めますか?:かずみ


>>14時からオンライン会議が入ってるので、ちょっとその時間は厳しいかも。16時半くらいでどうですか?:伯父


4時半だと、2人の姉の授業が終わる時間だ。そうなると、かずみが買い物に行く意味がない。


「ありゃ、伯父さん、忙しそうだね」


グループLINEの伯父さんの返信を見ていた詩織が言った。


「じゃ、授業終わってから行くしかないかな」


洗い物を終え、濡れた手をタオルで拭きながら美保がリビングのテーブルに戻ってくる。今日の洗い物当番は美保だった。


ちょうどそのタイミングで、LINEの着信音が鳴った。



>>すまない。もし手が空いていたら、ちょっと1階のリビングまで降りて来て欲しいんだけど、大丈夫?:伯父


「なんだろ?」と詩織。


「行ってみよ」これは、かずみ。


階段を降りていったん玄関を出てから、隣の玄関に入り直し、伯父さんの住んでる1階のリビングへ向かう。


伯父さんちの玄関のドアは施錠されておらず、たたき(三和土)には見慣れない女性もののサンダルがあった。


「ああ、忙しいところ、申し訳ない。この人が、どうしても君らと会いたいって言うもんだから…」


「あら、可愛らしいお嬢さん方!」


伯父さんの隣には、30代半ばくらいの女性が立っていた。


「わざわざ、ごめんねえ!佐藤君が、女子高生と暮らし始めたっていうから、どんな子たちなんだろうと思って、興味津々で押しかけちゃった!」


およそこの場にはふさわしくない、華やかな雰囲気のその女性は、ニコニコしながらかずみたち姉妹を見てそう言った。


「おいおい、言い方。それに、1人は中学生だから」


「まあ、犯罪!」


「あのねえ…そんで、誰から聞いたのよ?」と伯父さん。


「ヘンタイさん。クルマ借りたんだって?」


「高橋か…」



ジーンズに白いシャツというラフな服装をしたその女性は、スタイルが良く、隣に並んでいる伯父さんよりも、だいぶ若く見えた。腰のあたりまで伸びたストレートロングの黒髪は艶々で、サラサラとしていて、見るからに手入れの行き届いた感じだった。



「ヘンタイ?いま、ヘンタイって言いました?」


姉妹の誰もが気になっていたことを、詩織があらためて聞き直す。


「君らを迎えに行ったミニバン。あれ、借り物なんだ。貸してくれたのが、高橋君」


「そう、ヘンタイ高橋さんね。自分でそう言ってるし、『ヘンタイ』って呼ぶと喜ぶから、今度会った時に、言ってみて」


なんか、ニコニコしながら、この女性すごいこと言ってる。


「ちなみに、この人は利澤りざわさん。最初に言っておくけど、付き合ってるわけでも、なんでもないからね」


利澤りざわ 洋子ようこでーす。バツイチ、小学生の娘が1人のシングルマザー。佐藤君とは、昔も今も、なんにもないです」


「で、何しに来たのよ?」


「クリーニングに出してた冬物を取りに行った帰りに寄っただけ」


「仕事は休み?」


「休み。いったん帰って、お昼食べたら買い物行かなくちゃ」


「どこまで?ひょっとして、シティモールまで行ったりしない?」


「なんか買ってきて欲しいものとかあんの?」


「いや、買ってきて欲しいわけじゃなくて…」


そう言いながら、伯父さんは、かずみの方に視線を向けた。


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