末代家族6:詩織の章3「Mission Complete」
事件は、夜起きた。
コンビニから帰宅して昼食を済ませた後、午後いっぱいを使って詩織たち3姉妹は、荷ほどきやら、部屋の片づけをどうにか終わらせた。
ベッドは、最初から部屋に備え付けられていた。祖父母が使っていたものや、お客様用に用意されていたものとのことだった。どれもセミダブルサイズだったので、少々落ち着かないくらい広かった。
机もかつて伯父さんやパパが使っていたものが、そのまま残されていたので、それを使うことになった。伯父さんとパパのお古を、祖父母が作業机として使っていたとのことだった。祖父母はともに趣味人で、それぞれ模型製作や、生け花を趣味としていたそう。
かずみ用の机だけが足りなかったが、本人はリビングのテーブルを使うので問題ないと言っていた。そう、かずみは家でも自分の部屋ではなく、リビングのテーブルで宿題をやっている。自分の部屋に居ることは少ない。
姉妹の中でも、かずみはちょっと変わっている。生き物が好きで、犬猫といったモフモフ系だけではなく、虫やらトカゲやらも平気だ。男の子が見るようなマンガやアニメが好きで、そのせいか友達は男の子の方が多い。本人曰く
「同世代の女子とは気が合わない」そうだ。
*
夕食は、伯父さんがお寿司を取ってくれた。
「本来なら、歓迎会を開きたいところなんだけど、準備が間に合わなくて。君たちの好きなものとかも分からなかったんで、お寿司にさせてもらった。食べられないネタは、残していいから」
問題はその量だ。テイクアウト用のお寿司の盛り合わせだと思うが、60貫はあると思う。
「私たち、こんなに食べられません」
美保が、ちょっと引き気味にそう言った。
「ああ、うん、やっぱりね。女の子はあんまり食べないとは、君らのパパから聞いていたけど、加減が分からなくて。うちは男兄弟だったから、これくらいは余裕だったんだけど…」
残ったら、伯父さんが翌日消費するので大丈夫とのことで、その日は1階の伯父さんの家のリビングで、全員でお寿司をつまむことになった。
「未成年の前で申し訳ないけど、飲ませてもらうよ」
伯父さんがお酒好きなのは、パパから聞いていた。パパはお酒が飲めない。佐藤家でお酒が飲めるのは、今のところママだけだ。ママも週末に晩酌をする程度。
「お酒、どれくらい飲むんですか?」
詩織からの質問に伯父さんは
「1年間に360日くらいは飲んでるかな」と答えた。
「え!ほぼ毎日じゃん!」かずみがストレートな反応をする。
「そういうことになるね。君らのパパは飲めないから、家でお酒飲むのはママだけかな?」
「そうですね。週末になるとビール飲んでます」
「まあ、君たちの前では、なるべく酔ってる姿は見せないようにするよ」
「いいですよ、別に気にしなくて」
酔った大人は面白い。だらしなくなるし、言ってることが子供っぽくなる。だから、詩織は決して酔った大人の姿を見るのが嫌いじゃない。と言ってもまだママや、親戚くらいしか、酔っ払いは見たことがないのだが。
「いや、いろいろとやらかしそうなので、やめておく。来てもらって早々に、伯父さんの威厳を失うようなことはしたくない」
「威厳なんて、もともと感じてないから大丈夫です」
「はいはい、詩織もその辺で」美保がストップをかけてきた。
なんでロン毛にしてるのか?仕事は何をしてるのか?酔った隙に、詩織はいろいろと聞いてみたいことがあったのだが、残念。今日は、ここまでにしておこう。
夕食は小1時間ほどで終わり、詩織たち3姉妹は2階の自分たちの部屋に居住空間に引き上げた。
そこで、事件は起きた。
リビングの灯りを点けた瞬間。
素早く走り去る、黒い小さな生き物の姿が、詩織の視界をよぎった。
あまりに突然のことで、声にならない。ミホねえも、隣で凍り付いている。
「どこ行った!?」
かずみの声で、詩織も、美保も我に返った。
「冷蔵庫の裏かな…」
かずみが冷蔵庫と壁の間を覗き込む。
「やめて、やめて!こっちに追い出さないで!」
「伯父さん、呼ぼ!伯父さん!!」
詩織と美保の悲鳴がキッチンに響き渡る。
「美保ちゃんと、詩織ちゃんは部屋にいて」
かずみは、キッチンの捜索を始めた。
詩織と美保は、ひとまず美保が使うことになった南向きの部屋に避難した。
「あの子、まさか捕まえようとしてないよね?」
「ズミなら、やりかねないかも」
かずみは、虫を怖がらない。佐藤家では、虫やクモの類は見つけ次第、殺虫剤で駆除されるが、唯一それに「可哀そうだ!」と反対するのが、かずみだった。
では、どうするのかと言うと、彼女は室内で発見された虫やクモを家の外に逃そうとする。そのためには、まず生け捕りにしなくてはならない。これが、詩織や美保には
「信じられない!!!」ということになる。
「そうそう、伯父さん!伯父さんにやっつけてもらおうよ」
「インターホンがあるの、階段降りた下だよ。それに…」
詩織も、美保もスマートフォンをリビングに置いてきてしまっていた。グループLINEは使えない。
「どうする?取りに戻る?」
「なんか、静かじゃない?キッチン」
美保が不安そうな顔で部屋のドアを見つめる。詩織の脳裏に、イヤな予感がよぎる。
そして、タンタンタンと、誰かが階段を降りてゆく足音が聞こえてきた。
「ちょっと、ズミ!?」
ドアを開け、1階の玄関に降りてゆく階段を見下ろすと、そこにはホウキとチリトリを持ったかずみがいた。
「あんた、それ」
「うん。捕まえた」
美保が悲鳴を上げる。
「どうすんのそれ!?絶対に逃さないでよね!!」
「外へ逃すんだよ」
かずみは玄関のドアを開け出て行ったかと思うと、何かをパンパンと払うような音をさせて、再び戻ってきた。
「もういないよね!?」と詩織。
「うん、さっきのはもう大丈夫だと思う」
かずみはホウキとチリトリを用具入れに戻し、リビングに戻ってきた。詩織と美保もリビングに戻り、スマートフォンを手元に取り戻した。
「ああ、やだやだ!やっぱり、出るんだね、ここも」
「なんか、でっかくなかった?田舎のは、大きくなるのかな?」
詩織と美保が興奮冷めやらぬ中、不意にかずみがキッチンのテーブルの足元にかがんだ。
「あ、足1本もげてた。可哀そうなことしちゃったな」
「えっ!えっ!落ちてるの?そこに!?」
美保が再び大きな悲鳴を上げたところで、玄関のインターホンが鳴った。
「すまん!風呂に入ってたんだ。大きな声と物音が聞こえたけど、何があった?」
インターホンから伯父さんの声が聞こえてきた。
「伯父さん、遅いよ…」
気が抜けたような、詩織と美保の声が重なった。




