末代家族2:詩織の章1「妹と姉」
自分の目の前に正解がいる。
ミニバンから降りてきた伯父に会った瞬間、佐藤家の次女:詩織はそう思った。
以前から、自分のこの体格や性格は、どこから来ているのだろうと思っていた。
詩織の父親は背が高く、良く言えば「スリムな体型」悪く言えば「貧相な体格」をしている。つまり、ノッポの痩せぎすだ。一方、母親の方は小柄で全体的に丸っこく、太ってるとまではいかないが、ややぽっちゃりした体型だ。体格的には対照的な両親と言える。
では、自分…詩織自身はどうだろうか?背が高いところは、父親に似たのだろう。その点、姉の美保も詩織ほどではないが、背は高い方だ。佐藤家の高身長の遺伝子、強し。
ただ…これが悩みの種なのだが、詩織はやや筋肉質な体格をしていた。ちょっと運動すると、すぐに筋肉が付く。肩幅も広く、よく同級生から「水泳やってたの?」と聞かれる。
いや、やっていない。誰が好き好んで広い肩幅を手に入れようとするもんか。
実際、運動神経は良い方だと思う。小学生の頃は、運動会で毎回リレーの選手に選ばれたし、体育の成績はいつも良かった。毎週日曜日に通っていたミニバスケットボール倶楽部では、試合に出られる4年生になったら、すぐにレギュラーになった。まあ、そのことで多少面倒くさいこともあったが。
そう、上級生を追い越してレギュラーになると、なにかと面倒くさいのだ。レギュラーになれなかった子や、その家族からのやっかみとか、ひがみとか。それが、嫌がらせという形になって自分に向けられるようになった時、詩織はミニバスケットボールを辞めた。
もうチームプレイのスポーツはやらない。競技そのもの以外のことで心をすり減らすのが、バカバカしくなった。目の前の競技に集中するのは楽しい。より高みを目指して努力し、それが順位や成績という結果に結びつくことに、詩織は何よりも喜びを覚えていた。
「でも、もうスポーツはやらない」
小学校・中学校の頃の自分は、ゴリラだったと思う。運動しやすいように髪はベリーショートだったし、陸上部だったので日焼けもしていた。個人競技だったので周囲との軋轢も比較的少なめで、伸び伸び競技できていたと思う。
おかげで、全くと言っていいくらい、女子扱いされなかった。別に男子からチヤホヤされたいわけではなかったが、ほとんど同性のように扱われるのは、本意ではなかった。
もちろん、クラスのカースト上位の女子が、それなりに大変なのは詩織も分かってる。異性に人気のある女子に対する、同性からの嫉妬ややっかみが、とても面倒くさいことは端で見ていてれば理解できる。
「それでも…ね」
姉の美保は、身長こそ自分と同じように高めなものの、自分とは異なりもっと女性らしい身体つきをしている。ぽっちゃり型の母親に似たのだろう。それに姉は、美人だ。
いや、美人になったと言うべきだろうか?
小学校4年生までの美保は、もっとぽっちゃりした体型のメガネっ子だった。母親と並んで歩いていると「ああ、やっぱり親子ね」と言われるくらい、体型も雰囲気も似ていた。性格も…あの頃は、もっと大らかだった気がする。
その姉が変わったのは、小学4年生の秋だった。たまたま食べた牡蠣で、ひどい食あたりを起こしてしまい、10日近く学校を休んだ。嘔吐と下痢を繰り返し、点滴で水分と栄養を補給するような状態が、丸1週間続いた。
やっと症状が落ち着いて退院する頃には、姉はすっかり体型も雰囲気も変わってしまっていた。体型はすっかりスリムになり、入院前にはいていたスカートやパンツは、どれもブカブカになってしまった。
まだ本調子ではないらしく、かつての朗らかな表情とはほど遠く、どこか気だるげな様子で、自分を見つめる姉に対し、詩織は思わず「ミホねえ、キレイ…」とつぶやいてしまった。
その姉が2週間ぶりに登校した時は、クラスにどよめきが起きたと聞いている。入院前は、いつもニコニコしているぽっちゃり体型の美保ちゃんが、別人級の美人になって戻ってきたからだ。特に男子からのリアクションは露骨だったとか。
これに関しても、詩織は美保が変わったわけではなく、もともと持ち合わせていた高いポテンシャルが、痩せることによって本領を発揮しただけだと思っている。色白でサラサラの黒髪に、黒目がちな二重瞼の瞳。体型とメガネのせいで気づかない人も多かったけれど、姉はもともと美人だったのだ。
ハッキリと変わったのは、外見ではなく性格の方だった。周囲の反応を見て、もう二度とかつてのぽっちゃり体型には戻りたくないと、強く思ったのだろう。食べ物の好みも、身に着ける服や持ち物も、美保は今の自分に合うようにアップデートしていった。
もともと甘いものが大好きで、食べることも大好きだった姉が、キレイを維持するために陰で並々ならぬ努力をしていることを、詩織は十分すぎるほど知っている。だから、姉のことをうらやましいと思ったことはない。
ただ…
「この筋肉質な体質だけは、どうにかならなかったものか」
いったい、自分は誰に似たのだろう?父方の祖父母はもう亡くなっているので、よくわからない。母方の祖父母は、いずれも存命だが、2人とも小柄でコロコロしており、自分とは違う気がする。
そして今。思いもよらぬ形で、正解が目の前に提示されようとしていた。
生まれてこの方、会ったことがなかった伯父。父親の実の兄。唐突に目の前に現れた、その男性は厳つく広い肩幅と、筋肉質で骨ばった腕をTシャツから覗かせていた。
「ここだったかあ…」
盲点だった。いや、生まれてから1度も会ったことがないのだ。その存在を知らなくて当然だろう。そして、詩織は確信した。
「私は、この人に似たんだ」
伯父は、詩織たち3姉妹のキャリーバッグを、ミニバンに軽々と積み込むと、後部ドアを開けて乗車するように促した。その様子に、詩織は妙な親近感を覚えた。伯父さんは今回が初対面となる、かずみに自己紹介をしている。
「うちも初めましてです。次女の詩織です」
同じく初対面だった詩織も挨拶をした。続いて姉の美穂とも挨拶をするのだが、姉妹の中では唯一、前に伯父さんと会ったことがあるにも関わらず、姉の態度は素っ気ない。
「ここに来ることが決まった時から、ミホねえはずっと不機嫌だったもんね」
詩織は、姉に気づかれないように、三女のかずみにそっと耳打ちをした。
最近になって彼氏ができたそうだから、ここに来るのが心底イヤだったのかも。さすがに、詩織もこれは口には出さなかった。




