第5章 勝を作った女たち ―欲望の帝王、その刻印―
この物語は、すべてフィクションです。
登場人物は全員成人であり、架空の大企業の海道グループを舞台に、成人男女の欲望、権力、金、社会の歪みの中で、欲望を満たす為の生存戦略を練る女達のオムニバス官能ノワール群像劇です。
【新女王ランキング編】
― 欲望の盤上に咲く女たち ―
―槙村香織編 海道勝を見定めた夜―
海道グループが、まだ怪物と呼ばれる前の時代。
日本は、綺麗な言葉で腐っていた。
多様化。平等。共生。改革。グローバル化。
テレビの中では、誰もが耳触りのいい言葉を並べていた。
だが、その裏側では、利権を握った者たちだけが肥え太り、弱い者は名前も残らず踏み潰されていた。
海道勝は、その腐敗の中で、莫大な利益を積み上げていた。
彼は善人ではなかった。
救済者でもなかった。
だが、綺麗事だけを語って民衆から奪う者たちより、はるかに正直だった。
欲望を欲望として扱う男。
金を金として扱う男。
女を女として、男を男として、権力を権力として扱う男。
だからこそ、海道勝は狙われた。
政界。裏社会。海外資本。宗教団体。半グレ。古い暴力団。
勝の利権に群がる者、勝の存在を邪魔に思う者、勝の首を差し出して自分の地位を上げようとする者。
その夜、勝は逃げていた。
高級車はすでに乗り捨てた。
黒服たちの何人かは倒れ、連絡も途絶えていた。
雨に濡れた路地裏を、勝は荒い息で走る。
海道勝
『……ふざけるな。ワシは、こんな所で終わる男ではない』
怒りとも、恐怖とも違う声だった。
死を前にしても、勝の目にはまだ欲望が残っていた。
その時だった。
暗いビルの奥。
無数のネオンが青白く光る衰退した東京の街の中で、ひとりの女が笑っていた。
黒髪に赤い差し色。
片目を隠すように落ちた前髪。
赤い唇。
鞭を手にしたその女は、まるでこの汚れた街そのものを監視しているようだった。
槙村香織
『逃げ方が下手ね、海道勝』
勝は足を止めた。
海道勝
『……誰だ、貴様』
槙村香織
『名前を聞く余裕があるの? 今の貴方なら、私でも殺せるわよ、追っ手が来れば、あと三分も経たない内に死ぬわよ』
女は楽しそうに、勝の背後を指差した。
背後には、勝を追う男たちの姿が迫っていた。
どの道を通り、どこで待ち伏せし、どこに銃口が向いているのか。
すべてが見えていた。
海道勝
『貴様……何者だ』
槙村香織
『堕落した日本の汚い部分を、少しだけ知っている女よ』
香織はゆっくりと歩き出した。
槙村香織
『政治家の嘘も、警察の腐敗も、企業の売国も、貧困層の絶望も、女を商品にする男たちの顔も、正義を語って金を吸う連中の口元も、全部見てきた』
彼女の声には、怒りがなかった。
憎しみもなかった。
あるのは、底のない闇だけだった。
槙村香織
『あなたも汚い男ね、海道勝。でも、ひとつだけ面白い』
海道勝
『何がだ』
槙村香織
『綺麗な嘘をつかないところ』
勝の目が細くなる。
外では、追っ手の足音が近づいていた。
だが香織は焦らない。
むしろ、その状況そのものを楽しんでいるようだった。
槙村香織
『生きたい?』
海道勝
『当然だ』
槙村香織
『なら、私の指示通りに動きなさい。助けてあげる。ただし勘違いしないで』
香織は、殺伐としたネオンの光を背にして微笑んだ。
槙村香織
『私はあなたの味方じゃない。あなたという男が、この腐った日本でどこまで汚く、どこまで大きく育つのか……それを見てみたいだけ』
勝は、初めてその女を本気で見た。
美しい女ではあった。
だが、それ以上に危険だった。
金で買える女ではない。
脅して従わせる女でもない。
抱けば支配できる女でもない。
この女は、勝を見る目をしていなかった。
勝の命を、欲望を、未来を、利権を、すべて並べて値踏みする目をしていた。
海道勝
『……面白い女だ』
槙村香織
『それはこっちの台詞よ、海道勝』
その夜、勝は生き延びた。
そして数年後、海道グループの奥深くに、誰も詳しい素性を知らない監視官が置かれることになる。
槙村香織。
彼女は勝に忠誠を誓ったわけではない。
海道グループに救われたわけでもない。
ただ、見ている。
海道勝という男が、どこまで欲望を積み上げ、どこで壊れ、誰に殺され、あるいは誰を神に変えるのか。
そのすべてを、香織は、暗闇から見つめ続けている。
海道勝が、その女に命を救われた夜から、三日が過ぎていた。
海道グループ本社。
まだ現在ほど巨大ではないそのビルの最上階で、勝はひとり、窓の外に広がる東京の夜景を見下ろしていた。
綺麗な街だった。
だが勝は知っている。
その光の下で、どれだけの利権が奪い合われ、どれだけの人間が踏み潰され、どれだけの綺麗事が金に変えられているのかを。
多様化。平等。共生。改革。グローバル化。
耳触りのいい言葉の裏で、強い者だけがさらに強くなり、弱い者は名前すら残らず消えていく。
勝はその汚れた流れに乗った。
誰よりも早く、誰よりも露骨に、誰よりも貪欲に。
だから狙われた。
政界、裏社会、海外資本、半グレ、古い暴力団。
勝の利権に群がる者。
勝の急成長を邪魔に思う者。
勝の首を手土産に、自分の椅子を高くしようとする者。
その夜、勝は確かに死にかけた。
黒服たちは散り、車は潰され、逃げ場は消えた。
その先で、あの女に出会った。
槙村香織。
どこから来たのか。
何者なのか。
誰の命令で動いているのか。
何も分からない。
だが、ひとつだけ分かったことがある。
あの女は、勝を助けたのではない。
気まぐれで、生かしたのだ。
海道勝
『……気に食わんな』
勝が低く呟いた時、背後の扉が静かに開いた。
黒服ではない。
秘書でもない。
足音に怯えがない。
勝は振り向かずに言った。
海道勝
『入れと言った覚えはないぞ』
槙村香織
『入る許可を待つほど、従順に見えた?』
甘く、冷たい声だった。
勝が振り向くと、そこに香織がいた。
黒髪に赤い差し色。
片目にかかる前髪。
赤い唇。
人を誘うようで、人を壊すような微笑。
彼女は勝の前でも膝を折らない。
頭を下げない。
媚びない。
ただ、観察していた。
まるで、勝という男の値段を測っているように。
海道勝
『何故、ワシを助けた』
槙村香織
『面白そうだったから』
即答だった。
勝の目が細くなる。
海道勝
『それだけか』
槙村香織
『ええ。それだけ』
香織は部屋の中をゆっくり歩いた。
机の上の書類、壁の金庫、置かれた酒、窓の外の夜景。
まるで、この部屋の権力構造を一瞬で読み取っているようだった。
槙村香織
『あなたは汚い男ね。金の匂い、女の匂い、血の匂い、利権の匂いがする』
海道勝
『褒めているのか』
槙村香織
『評価しているの』
香織は勝の正面で足を止めた。
槙村香織
『この国は、綺麗な言葉で腐っている。正義を語る者が一番汚く、弱者を救うふりをする者が一番弱者から奪う。政治家も、企業家も、警察も、メディアも、裏社会も、みんな同じ』
勝は黙って聞いていた。
香織の言葉には、怒りがなかった。
失望も、涙も、正義感もない。
ただ、見飽きたものを語る冷たさだけがあった。
槙村香織
『でも、あなたは少し違う』
海道勝
『ワシが綺麗だとでも?』
槙村香織
『まさか』
香織は口元だけで微笑んだ。
槙村香織
『あなたは汚い。でも、自分が汚いことを隠さない。欲望を欲望として扱う。金を金として扱う。人間の弱さを弱さとして利用する』
海道勝
『それで?』
槙村香織
『だから見てみたくなった。この腐った日本で、あなたみたいな男がどこまで大きくなるのか。どこまで汚くなれるのか。どこで壊れるのか』
勝の胸の奥で、何かがわずかにざわついた。
女に褒められた感覚ではない。
敵に値踏みされた感覚でもない。
この女は、勝に従う気がない。
勝を愛する気もない。
勝を憎む気すらない。
ただ、勝を見ている。
その事実が、勝には不快で、同時に奇妙なほど愉快だった。
海道勝
『香織。貴様、ワシの部下になる気はあるか』
槙村香織
『ないわ』
即答だった。
海道勝
『なら、金か』
槙村香織
『金で買える女に見える?』
海道勝
『権力はどうだ』
槙村香織
『権力に酔う女なら、あなたの前に膝をついている』
勝は笑わなかった。
だが、その目の奥に危険な光が宿った。
海道勝
『なら、何を望む』
香織は窓際へ歩き、夜景を見下ろした。
槙村香織
『目が欲しい』
海道勝
『目?』
槙村香織
『このグループの中を見る目。外を見る目。裏切り者を見る目。女たちの欲を見る目。黒服の怯えを見る目。政治家の嘘を見る目。あなたが積み上げるものと、あなたを壊そうとするものを、全部見られる場所』
勝は、その意味をすぐに理解した。
この女は、金庫の鍵を求めているのではない。
役職名を求めているのでもない。
監視する権利を求めている。
海道勝
『ワシを監視したいと言うのか』
槙村香織
『ええ』
海道勝
『正直な女だ』
槙村香織
『嘘は嫌いなの。綺麗な嘘は特に』
沈黙が落ちた。
普通なら、ここで勝は怒る。
自分を監視したいなどと口にする女を、近くに置くはずがない。
だが勝は、あの夜を思い出していた。
香織は追っ手の配置を知っていた。
逃げ道を知っていた。
誰が裏切り、誰が金で動き、誰が勝の死を待っているかまで、まるで最初から見えているようだった。
この女を外に置けば、いつか敵になる。
敵に回れば、最も正確に海道グループの急所を突く。
消そうとしても、消せる保証はない。
無理に従わせようとすれば、余計に危険になる。
ならば。
内側に置く。
権限を与える。
居場所を与える。
見たいものを見せる。
その代わり、この女の視線も、行動も、気まぐれも、海道グループの内側に縛る。
監視させることで、監視する。
それが勝の答えだった。
海道勝
『いいだろう』
香織がゆっくり振り向いた。
海道勝
『貴様に席をくれてやる。表の役職ではない。黒服どもの指揮官でもない。秘書でも愛人でもない』
槙村香織
『なら、何?』
海道勝
『監視官だ』
その言葉に、香織の目がわずかに細くなった。
海道勝
『海道グループの内と外を見ろ。裏切り者を見ろ。腐った連中を見ろ。ワシに近づく女も、ワシを殺そうとする男も、全部見ろ』
香織は何も言わない。
勝は続けた。
海道勝
『ただし勘違いするな。これは褒美ではない。恩返しでもない』
槙村香織
『分かっているわ』
海道勝
『貴様を外に置くのが危険だから、中に置くだけだ』
香織の唇が、初めてはっきりと歪んだ。
槙村香織
『賢い判断ね、海道勝』
海道勝
『貴様も勘違いするなよ、香織。ワシは貴様を信用したわけではない』
槙村香織
『私も、あなたに忠誠を誓った覚えはないわ』
二人の間に、奇妙な沈黙が流れた。
主従ではない。
恋でもない。
恩義でもない。
それは、互いの危険性を理解した者同士の、歪んだ契約だった。
海道勝
『見ていろ、香織。ワシはこの腐った国で、誰よりも大きくなる』
槙村香織
『ええ。見ていてあげる』
香織は、夜景の光を背にして静かに微笑んだ。
槙村香織
『あなたがどこまで欲望を積み上げるのか。どこで間違えるのか。どの女に狂い、どの敵に刺され、最後に何を残すのか』
勝は、その言葉に怒らなかった。
むしろ、胸の奥が熱くなった。
この女は危険だ。
だが、退屈ではない。
そして勝は、退屈な女をそばに置くほど、安い男ではなかった。
その日、海道グループの奥に、誰の命令系統にも完全には属さない部屋が作られることになった。
無数のモニター。
音声記録。
人間関係の資料。
参加者、黒服、政治家、スポンサー、女たち、敵対組織。
そのすべてを見下ろす女のための部屋。
槙村香織。
彼女は海道勝に救われた女ではない。
海道勝に雇われただけの女でもない。
勝の命を気まぐれで拾い、勝の未来を監視することを選んだ女。
そして勝は、その危険な女に、監視官という名の椅子を与えた。
檻として。
武器として。
そして、自分という怪物の行く末を見届ける、唯一の観客として。
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―シャイラ・スタイルズ編 ランキングを壊した女―
女格付けランキング。
その仕組みが、海道グループの奥で初めて形になった頃、海道勝は確かに手応えを感じていた。
金を持て余した男たち。
地位も名誉も手に入れ、普通の遊びでは満たされなくなった権力者たち。
彼らは最初、そのランキングに熱狂した。
今月の一位は誰か。
二位との差はどれほどか。
どの女が、誰の前で、どれほど場を支配したのか。
数字がつく。
順位がつく。
女たちの魅力が、欲望の競馬新聞のように並べられる。
それは、権力者たちにとって最高の玩具だった。
だが、勝利は長く続かない。
海道グループ本社、最上階。
夜景を背にした特別室で、数人の政財界の男たちがグラスを傾けていた。
彼らの前には、その月のランキング表が並んでいる。
一位。二位。三位。
どの女も美しい。
どの女も選ばれた存在ではある。
だが、男たちの目には、もう熱がなかった。
大物政治家
『勝さん、悪くはない。悪くはないんだがな』
海道勝
『何が言いたい』
大物実業家
『最初は面白かった。女に順位をつけるという発想もいい。だが……少し慣れた』
官僚上がりの男
『国内の女だけでは、どうしても似てくる。顔も、反応も、媚び方も、欲の出し方もな』
勝は黙っていた。
男たちは笑っている。
だが、その笑いは勝を称えるものではなかった。
退屈。
それが空気の奥に滲んでいた。
海道勝は、グラスを置いた。
海道勝
『……貴様ら、ワシの祭りに飽きたと言うのか』
大物政治家
『飽きたとは言わんよ。ただ、勝さんならもっと上を見せてくれると思っているだけだ』
勝の目が、ゆっくりと冷えていく。
それは怒りだった。
だが同時に、屈辱でもあった。
海道グループは軌道に乗り始めていた。
女格付けランキングは、確かに権力者たちの間で好評だった。
しかし、その好評が一周した瞬間、男たちはもう次の刺激を求め始める。
金を持つ男は、すぐに飽きる。
権力を持つ男は、すぐに見下す。
欲望の底が抜けた男たちは、普通の美女ではもう目を覚まさない。
その夜、勝は側近たちを集めた。
海道勝
『日本中から女を集めても足りん』
黒服
『では、さらに審査基準を上げますか』
海道勝
『違う』
勝はゆっくりと立ち上がった。
海道勝
『世界だ』
部屋の空気が止まった。
海道勝
『全世界から探せ。美しいだけの女はいらん。従順なだけの女もいらん。あの退屈した権力者どもの目を、もう一度欲望で濁らせる女だ』
黒服
『世界中から、ですか』
海道勝
『そうだ。ランキングを国内の遊びで終わらせるな。海道グループの女格付けを、世界基準に引き上げる』
その命令から、海道グループの裏の網が動き出した。
海外の成人向けショー。
高級クラブ。
会員制ラウンジ。
モデル業界。
舞台。
映像。
富裕層向けの秘密の宴。
国境を越えて、女たちの資料が集められていく。
美しい女はいた。
妖艶な女もいた。
身体能力に優れた女、男を狂わせる女、派手な経歴を持つ女もいた。
だが、勝の目は動かなかった。
海道勝
『違う』
何人見ても、同じ言葉だった。
海道勝
『こいつも違う』
黒服たちは焦った。
勝が求めているのは、美女ではない。
商品でもない。
ランキングに入れるための駒でもない。
もっと危険な何か。
そして、ある夜。
一枚の映像が、勝の前に置かれた。
黒服
『海外ルートから届いた映像です。名前は、シャイラ・スタイルズ』
勝は何も言わず、画面を見た。
暗いステージ。
強すぎる照明。
歓声。
熱狂。
その中央に、ひとりの女が立っていた。
シャイラ・スタイルズ。
彼女は、ただ美しいだけではなかった。
視線の置き方。
呼吸の溜め方。
身体の向きを変える一瞬。
観客を焦らし、煽り、黙らせ、また爆発させる間。
すべてが違った。
その女は、男に選ばれるために立っているのではない。
男たちの視線を支配するために立っていた。
勝の口元が、初めてわずかに歪んだ。
海道勝
『……いたな』
黒服
『この女を、呼びますか』
海道勝
『呼ぶ?』
勝は低く笑った。
海道勝
『違う。迎えに行く価値がある女だ』
その言葉どおり、勝は海を渡った。
契約書だけを送ることもできた。
黒服に交渉させることもできた。
金額を積み上げれば、多くの女は動いた。
だが、シャイラ・スタイルズは違う。
あの映像の中で笑っていた女は、金で買われる女ではなかった。
舞台を選ぶ女だった。
自分が立つ場所、自分を見る客、自分を呼ぶ男の器まで、すべてを審査する女だった。
だから勝は、自ら迎えに行った。
高級ホテルの最上階。
勝が用意したのは、派手な洋風の接待ではなかった。
畳を思わせる静かな和の空間。
季節の花。
余白を生かした照明。
日本酒、漆器、懐石。
海外スターに“日本”を見せつけるための、完璧な舞台だった。
黒服たちは、勝の狙いを理解していた。
世界女王に、日本のもてなしを浴びせる。
そして、その格を海道勝という男の器で包み込む。
そのはずだった。
だが、シャイラ・スタイルズが部屋に入った瞬間、勝はわずかに目を細めた。
彼女は、靴を脱ぐ所作から違っていた。
無理に日本人ぶるわけではない。
だが、流れが自然だった。
畳の縁を踏まない。
座る位置を迷わない。
器の扱いも、箸の取り方も、視線の下げ方も、すべてが静かに整っている。
そして、勝の前で深すぎず、浅すぎない美しい一礼をした。
シャイラ・スタイルズ
『海道勝様。お招きいただき、ありがとうございます』
完璧な日本語だった。
黒服たちの空気が、一瞬止まった。
通訳は必要なかった。
たどたどしい挨拶でもなかった。
日本語を覚えた外国人の発音ではない。
言葉の間、語尾の落とし方、相手を立てながらも自分の格を下げない距離感。
それは、日本の作法を知り尽くした者の声だった。
海道勝
『……日本語が達者だな』
シャイラは静かに微笑んだ。
シャイラ・スタイルズ
『日本に興味がありましたから。言葉を知らずに文化を語るのは、失礼でしょう?』
勝は、そこで初めて悟った。
この女は、迎えられる側として来たのではない。
勝の用意した“日本式の接待”を、すでに理解したうえで受けに来ている。
シャイラ・スタイルズ
『お部屋も素敵です。余白の使い方が綺麗ですね。飾りすぎないところに、迎える側の自信を感じます』
黒服の一人が、わずかに息を呑んだ。
勝が用意した演出を、シャイラは見抜いていた。
しかも、褒めている。
だが、褒められているはずの勝の側が、なぜか試されている。
海道勝
『ワシを品定めしているのか』
シャイラ・スタイルズ
『もちろんです』
即答だった。
シャイラは、用意された席に静かに座った。
仕草は優雅だったが、媚びはない。
日本文化への敬意はある。
だが、勝に屈する気配はない。
シャイラ・スタイルズ
『私を日本へ呼ぶ男が、日本で、私をどのように使うのか。そこに興味がありました』
海道勝
『使う、か』
シャイラ・スタイルズ
『はい。文化を飾りにする男なのか。権力の道具にする男なのか。それとも、欲望の舞台として再構築できる男なのか』
勝は笑った。
不快ではなかった。
むしろ、心地よいほどに鋭い。
この女は、ただ美しいだけではない。
日本を知らない海外スターでもない。
日本を理解したうえで、自分の立つ舞台として使えるかどうかを見ている。
海道勝
『貴様、最初からワシを試すつもりで来たな』
シャイラ・スタイルズ
『はい』
シャイラは日本酒の器を手に取り、香りを確かめるように少しだけ口をつけた。
シャイラ・スタイルズ
『でも、安心しました。あなたは私を“珍しい外国の女”として扱うほど退屈な男ではなさそうです』
その一言で、勝の中の何かが熱を帯びた。
勝は、シャイラを海外から呼び寄せるつもりだった。
退屈した権力者たちを黙らせるために。
女格付けランキングを世界基準に引き上げるために。
だが、初対面の時点で、勝は一本取られていた。
シャイラは、日本を知らないまま来る女ではない。
日本を学び、日本語を磨き、日本の礼儀を身につけ、そのうえで日本の欲望の舞台に立とうとしている女だった。
海道勝
『面白い。ワシが迎えに来たつもりが、貴様はもうこちら側の作法を知っていたわけだ』
シャイラ・スタイルズ
『迎えに来てくださったことには、感謝しています』
シャイラは、勝を見た。
シャイラ・スタイルズ
『でも、私が本当に知りたいのは、あなたが私の女王性を受け止められる男かどうかです』
部屋の空気が、静かに変わった。
言葉は丁寧だった。
所作も美しい。
だが、その奥にあるのは、明確な挑戦だった。
海道勝
『どう試す?』
シャイラ・スタイルズ
『言葉ではなく、距離で。視線で。呼吸で。触れた時の反応で』
勝は目を細めた。
シャイラ・スタイルズ
『あなたが私を買う男なら、日本へは行きません。私を飾る男でも駄目です。私を恐れる男なら、もっと駄目』
海道勝
『なら、どんな男なら来る』
シャイラは、静かに微笑んだ。
シャイラ・スタイルズ
『私を舞台に立たせ、自分もその熱に焼かれる覚悟がある男』
その夜、勝はシャイラに試された。
派手な言葉はいらなかった。
過剰な力もいらなかった。
互いの距離が近づくたび、シャイラは勝の反応を見ていた。
支配しようとするのか。
怯むのか。
女王をただ所有物として扱うのか。
それとも、危険な女の価値を理解したうえで、自分の舞台へ迎え入れるのか。
勝もまた、シャイラを見ていた。
この女は、海外の看板だけで来る女ではない。
日本文化を理解し、日本語で相手を射抜き、日本の礼儀を武器に変え、さらにその奥で世界女王としての熱を隠している。
美しくも恐ろしい女だった。
やがて夜が深まり、窓の外の街明かりが静かに滲んだ頃、シャイラは勝の前で髪を整えながら言った。
ーアメリカの一流ホテルの一室ー
間接照明が淡く照らすスイートルーム。バスルームから漂う湿った熱気と、かすかな石鹸の香りが室内に満ちている。肌に張り付くバスローブの重みと、滴る水滴が互いの体温を際立たせ、静まり返った空間に衣擦れの音だけが低く響く。
勝『シャイラ…』
そう声を掛けると勝は、シャイラに情熱的なキスをする。
もつれ合う身体から、緩んでいたバスローブの帯がずるりと床へ滑り落ちる。拘束を失った布地が足元に広がり、二人の間に遮るものはもう何もなくなった。
(不意に激しく求められたことに、一瞬だけ目を見開く。だがすぐに満足げに目を細め、勝の首筋に腕を回して強く引き寄せた)
シャイラ
『ん……っ。』
深く舌を絡ませ、貪るような口づけに応じながら、喉の奥から甘い吐息を漏らす
シャイラ
『ふふ……。いいわ、その強引さ。今のあなたは、さっきまでの迷いなんて微塵も感じさせないわね。』
(ゆっくりと膝をつき、勝の下半身に視線を落とす。猛り狂って脈打つそこを、指先でなぞるように軽く弾いて)
シャイラ
『あら……。こんなに正直に、私のことを欲しがっているのね。』
(余裕たっぷりの微笑みを浮かべたまま、熱い先端を舌先でゆっくりと転がし、じっくりと味わうように湿らせる)
シャイラ
『ん……っ。ふふ、いい反応。』
(そのまま一度に深く、喉の奥まで突き刺すように口に含んだ。目の端で勝の表情を観察しながら、巧みな舌使いと吸い上げるような圧力で、絶頂へのカウントダウンを弄ぶ)
勝
『んぐ……っ、ふぅ……。』
(口から離して、銀色の涎を垂らしながら上目遣いに見つめて)
シャイラ
『どう? 私に弄ばれる気分は。まだ、我慢できそうかしら?』
密室に、濡れた粘膜が擦れる音と、激しくなった呼吸だけが反響する。シャイラの完璧なコントロールによって、快楽だけが極限まで増幅され、逃げ場のない快感の渦が勝を飲み込んでいく。
勝
『くっ……! シャイラ、』
(絶頂の間際でわざと口を離し、じゅるりと音を立てて唇を離す。もどかしさに身悶えする勝を、勝ち誇ったような視線で眺めて)
シャイラ
『だめ。まだ許可してないわ。』
(濡れた指先で先端を軽く弾き、わざとじらして快感の波を停滞させる)
シャイラ
『私の前で、そんなに簡単に果てていいと思っているの? 』
(挑発的に微笑みながら、ゆっくりと自分の脚を開き、濡れそぼった秘部を勝の目の前に晒して)
シャイラ
『次は、あなたが私をどうにかしてみて。さあ、来なさい。』
挑発に火をつけられた勝の瞳に、静かな、しかし苛烈な闘志が宿る。もはや弄ばれる側ではない。一気に主導権を奪い返そうとするその猛攻は、まるで戦場に赴く武者の如き気迫に満ちていた。
勝
『……だったら、手加減はしねえぞ。』
言葉が終わるよりも早く、勝の強靭な腰が突き出される。一点の迷いもなく、最深部へと突き刺さる肉体の日本刀。準備万端に濡れていたはずのシャイラであっても、その暴力的なまでの質量と速度、そして真っ直ぐに貫く衝撃に、身体が大きく跳ね上がった。
(衝撃で大きくのけぞり、指先がシーツを強く掴みしめる。余裕に満ちていた表情が、一瞬にして快楽の衝撃に塗り潰され、瞳が虚空を彷徨う)
シャイラ
『あ……っ! んぅぅっ!!』
(内側から激しく掻き回される感覚に、呼吸が乱れ、理性的な思考が霧散していく。快感の奔流に抗えず、口から制御不能な言葉が漏れ出した)
シャイラ
『Oh my god...! Yes! Right there! It's too deep...!』
(ああ、神様……! そう……そこ……! 深すぎる……!)
完璧な女王の仮面が、本能的な快楽によって剥がれ落ちていく。突き上げられるたびに、彼女の喉からは甘い悲鳴と、情熱的な英語が混ざり合い、室内に響き渡る。
シャイラ
『Oh, yes! Give it to me more!!』
(ああ、そう……! もっと……もっとちょうだい!!)
正常位で激しく打ち付け合っていたリズムが、勝の強引な方向転換によって一変する。体格に勝るシャイラの豊かな肢体を強引に抱き寄せ、彼女の視界の景色が目まぐるしく変化する。
(勝に身体を完全に預け、宙に浮いたまま激しく揺さぶられる。密着した胸の弾力と、下から突き上げる強烈な圧力に、視界が快感で白く染まっていく)
シャイラ
『んんーっ!! あぁっ! すごい……っ!』
(足首を勝の腰に絡ませ、さらに深く、最深部まで受け入れようと身体を密着させる。体格差など関係ないほどの圧倒的な膂力とテクニックに、快楽の絶頂へと突き動かされる)
シャイラ
『Believe it or not… this is truly incredible. The perfect angle, the perfect strength…!』
(信じられないかもしれないけれど……これは本当に最高よ。完璧な角度、完璧な強さ……!)
激しい摩擦音を立ててぶつかり合う。重力に抗い、互いを強く求め合うぶつかり合いが、室内の空気を飽和状態まで加熱させていく。
(激しく突き上げられる衝撃に身を任せ、快感の渦に飲み込まれて白目を剥く。絶頂が間近に迫り、身体がガクガクと細かく震え始めた)
シャイラ
『あ……っ! あぁぁっ!! い、イク……っ!』
( I'm coming! I'm coming!!)
(内側から締め付ける快感に、腰が勝に吸い付くように激しく跳ねる)
最深部を貫いたまま、勝が激しく痙攣し、熱い想いが奔流となってシャイラの奥底へと叩き込まれる。何度も、何度も押し寄せる放出の衝撃に、二人の身体は密着したまま激しく震え、室内に濃厚な香りが立ち込める。
(絶頂の余韻に浸り、快感の波に揺られながら、トロンとした瞳で勝を見上げる。身体の力が抜け、心地よい脱力感に包まれながら、満足げに微笑む)
シャイさん
『ふぅ……っ。あは……すごい量。全部、入ってきたわ……。』
(まだピクピクと脈打つ結合部を感じながら、幸せそうに目を閉じて吐息を漏らす)
シャイラ
『Perfect... あなたの想い伝わったわ、勝。』
勝は低く笑った。
海道勝
『最初から最後まで、貴様の手の上だった気もするがな』
シャイラ・スタイルズ
『いいえ』
シャイラは、流暢な日本語で、柔らかく返した。
シャイラ・スタイルズ
『私のら手のひらに乗っても、降りなかった。だから日本に行きます。』
勝は、その言葉に怒らなかった。
この女は、退屈ではない。
日本を知り、日本を敬い、日本の男を試し、そのうえで日本の欲望の舞台へ踏み込もうとしている。
ただの海外スターではない。
世界女王だった。
シャイラ・スタイルズ
『日本で、世界を見せるわ』
海道勝
『ワシのランキングへ来るか』
シャイラ・スタイルズ
『ええ。ただし、参加しに行くのではありません』
シャイラは、勝を見据えた。
シャイラ・スタイルズ
『あなたのランキングを、世界基準の舞台に変えに行きます』
勝は、満足そうに笑った。
海道勝
『だから迎えに来たのだ、シャイラ』
海道グループの特別会場に、シャイラ・スタイルズが現れた。
数時間後。
当時のランキング上位の女たちは、誰もが選ばれた女だった。
一位の女も、二位の女も、三位の女も、それぞれに自信があった。
政治家に抱えられた女。
芸能界の端で名を売った女。
高級クラブで伝説になった女。
裏の接待で男たちを骨抜きにした女。
だが、シャイラがステージに立った瞬間、空気が変わった。
彼女は、笑っていた。
媚びる笑みではない。
緊張を隠す笑みでもない。
自分が見られていることを知り、
その視線すら自分の舞台装置に変える女の笑みだった。
大物政治家
『……誰だ、あの女は』
大物実業家
『海外から呼んだのか』
官僚上がりの男
『今までの女と、何かが違うな』
ざわめきが広がる。
当時の一位だった女が、悔しげに唇を噛んだ。
二位の女は、笑顔を保とうとして失敗した。
三位の女は、自分が照明の外に追いやられたことを悟った。
シャイラは、何も奪っていない。
ただ立っただけだった。
それだけで、ランキングの常識が崩れてた瞬間だった。
西園寺アスカが後に語るなら、こう言っただろう。
西園寺アスカ
『あれは参加者じゃない。基準そのものよ』
その夜、権力者たちは久しぶりに黙った。
退屈を口にしていた男たちが、グラスを持つ手を止め、目だけでステージを追っていた。
シャイラは、彼らのために従う女ではなかった。
彼らに見せつける女だった。
観客が熱を上げるほど、彼女は冷静になった。
歓声が大きくなるほど、彼女は自分の間を深くした。
女格付けランキングは、この日を境に変わった。
一位になる女。
金を稼ぐ女。
権力者に気に入られる女。
それだけでは足りない。
会場そのものを支配する女。
男たちに、見ているだけで自分が選ばれる側だと錯覚させる女。
順位表の数字では測れない女。
シャイラ・スタイルズは、まさにそれだった。
特別室の奥で、海道勝は静かに笑っていた。
海道勝
『見たか。これが世界だ』
大物政治家は、返事をしなかった。
返事をする余裕がなかった。
勝は、その沈黙だけで十分だった。
この女は、当時のランキングを壊した。
国内の女たちが競い合っていた小さな椅子を、世界の舞台へ引きずり出した。
そして、海道勝の中にひとつの確信を刻んだ。
女格付けランキングは、ただの接待では終わらない。
これは、女たちの格を競わせる祭典になる。
権力者たちの欲望を映す鏡になり、やがて世界すら巻き込む。
その最初の扉を開いた女。
シャイラ・スタイルズ。
後にまだ見ぬ、新しい女王が現れるまで、海道グループの中で彼女の名は、ひとつの神話として語られ続けることになる。
昔、シャイラがランキングを壊した。
そしていつか、別の女がその神話を超えようとする。
海道勝は、その未来をまだ知らない。
だがこの夜、確かに思った。
海道勝
『面白くなってきた』
その言葉は、退屈した権力者たちへ向けた勝利宣言であり、
同時に、まだ見ぬ新女王たちへの招待状でもあった。
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牧村葵&立花美咲 編 ― 忠誠を買えぬ女達―
日本は、かろうじて国の形を保っていた。
戦争はしていない。
少なくとも、政府はそう発表していた。
だが、海の向こうでは毎日のように国境が書き換わり、資源を巡って都市が焼かれ、企業が国家よりも強い軍事力を持つ時代になっていた。
その中で、日本は奇妙な繁栄を手にしていた。
武器製造。
防衛装備。
民間警備。
傭兵派遣。
そして、それらを輸出することで得た莫大な貿易利益。
かつて平和国家と呼ばれた国は、いつの間にか“戦争をしない武器商人”になっていた。
経済的に余裕のある市民は、自己防衛のために拳銃を持つ。
街の高級住宅街では、防犯カメラより銃器保管庫の性能が語られた。
企業の受付には、笑顔の女性スタッフと同じくらい自然に、武装警備員が立っていた。
自衛隊は、すでに軍隊と呼ばれていた。
徴兵制度も復活し、男だけではない。女も訓練される。
純粋な日本人の血脈は減り、ハーフ、移民、帰化人、混血の若者たちが、この国の新しい肉体になっていた。
日本は変わった。
それでも、戦争だけはしない。
そう信じたがっていた。
海道グループ本社、最上階。
巨大な窓の向こうには、ネオンと監視ドローンが飛び交う夜の東京が広がっていた。
海道勝は、革張りの椅子に深く腰を沈め、鈴香が差し出した資料に目を通していた。
佐伯鈴香
『民間傭兵会社の買収候補リストです。徴兵経験者、元自衛軍、海外派遣経験者、特殊訓練済みの人材を中心にまとめています』
勝は無言でページをめくる。
並ぶ名前。
戦歴。
適性。
報酬額。
人格評価。
忠誠度の予測。
どれも悪くはない。
だが、勝の目は退屈そうだった。
海道勝
『使える兵隊は多い。だが、ワシが欲しいのは兵隊ではない』
鈴香は表情を変えず、静かに次の資料を差し出した。
佐伯鈴香
『では、こちらをご覧ください』
その瞬間、背後に控えていた黒服が、壁面モニターを起動した。
荒れた訓練場。
暗視映像。
模擬戦闘の記録。
銃声。
倒れる男たち。
その中心に、2人の女の名前だけが記されていた。
――牧村葵と立花美咲ーー
本人の姿は、映像のノイズと煙に紛れてはっきりしない。
だが、結果だけが異常だった。
対複数戦闘、勝利。
射撃適性、最高評価。
近接戦闘、最高評価。
潜入任務、適性あり。
命令遂行率、異常値。
恐怖反応、低。
報酬交渉、強気。
忠誠対象、未確定。
勝の目が、そこで初めて止まった。
海道勝
『……この女達は?』
鈴香は、待っていたように答えた。
佐伯鈴香
『牧村葵と立花美咲、徴兵訓練後、複数の民間傭兵会社から勧誘を受けています。ですが、まだどこの組織にも完全には染まっていません』
黒服
『現場では、女にしておくには惜しい、という声もあります』
その言葉に、勝はわずかに鼻で笑った。
海道勝
『馬鹿な評価だな』
鈴香が目だけで黒服を制した。
勝は資料を閉じる。
海道勝
『女だから惜しいのではない。女だからこそ、化ける場合がある』
東京の夜景が、ガラス越しにゆらめいた。
佐伯鈴香
『接触しますか?』
勝はしばらく黙っていた。
その沈黙は迷いではない。
獲物の値踏みだった。
海道勝
『金で動く女達なら安い。忠誠で動く女達なら使える。だが……』
勝の指が、牧村葵と立花美咲の名前をゆっくり叩いた。
海道勝
『自分の命を預ける主を探している女達なら、面白い』
鈴香は静かに頭を下げた。
佐伯鈴香
『では、調査を深めます』
海道勝
『いや』
勝は椅子から立ち上がり、夜の東京を見下ろした。
海道勝
『ワシが見る』
その一言で、黒服たちの空気が変わった。
まだ牧村葵と立花美咲は、この部屋にいない。
勝の前にも現れていない。
声も、顔も、匂いも、何一つ届いていない。
だが、その名前だけが、海道勝の記憶に刻まれた。
牧村葵。立花美咲。
のちに海道勝の親衛隊隊長と副隊長になり、忠誠と戦闘能力の象徴になる女達。
その出会いは、まだ始まってすらいなかった。
ただ、勝という男が初めて、その存在に興味を持った。
それだけで、彼女の運命は静かに海道グループへ傾き始めていた。
東南アジアのジャングルは、夜になっても眠らない。
湿った空気。
肌にまとわりつく泥。
遠くで鳴く獣の声。
腐った草木の匂いと、火薬の残り香。
牧村葵は、その闇の中に立っていた。
任務は終わった。
標的は沈黙した。
敵の通信網は切断され、輸送路は潰れ、夜明けまでにはこの一帯の勢力図が変わる。
だが、葵の表情に勝利の喜びはなかった。
ただ、冷たい目で暗闇を見ていた。
立花美咲
『隊長、撤収ルートは確保しました』
少し離れた場所から、美咲が戻ってくる。
泥に汚れ、装備も裂け、息も乱れている。
それでも、その目は死んでいない。
葵にとって、美咲は部下ではなかった。
右腕そのものだった。
葵が前へ進む時、美咲は必ず横にいた。
葵が撃つ時、美咲は背後を守った。
葵が迷いそうになる時、美咲だけが、その迷いに気づいた。
牧村葵
『負傷は?』
立花美咲
『かすり傷です。隊長こそ』
牧村葵
『問題ない』
その短い会話だけで、二人には十分だった。
この時代の日本では、徴兵は男だけのものではなくなっていた。
女も銃を持ち、訓練を受け、戦場に出る。
平和を守るため。
国を守るため。
家族を守るため。
そんな綺麗な言葉は、最初の戦場で壊れた。
女だから、舐められた。
女だから、犯された。
女だから、奪われそうになった。
女だから、屈辱を押しつけられた。
だが、生きていた。
生きている限り、葵は必ず返した。
倍にして。
冷たく。
正確に。
二度と自分たちを女だからと侮れないように。
牧村葵
『美咲』
立花美咲
『はい』
牧村葵
『私たちは、いつからこうなった?』
美咲はすぐには答えなかった。
ジャングルの奥で、鳥が一斉に飛び立つ音がした。
どこかで、まだ誰かが逃げているのかもしれない。
あるいは、ただ夜が動いただけかもしれない。
立花美咲
『生き残った時からです』
葵は目を細めた。
立花美咲
『女だから、優しくされると思っていた奴らがいました。女だから、折れると思っていた奴らもいました。女だから、泣けば終わると思っていた奴らも』
美咲は、汚れた手袋を握りしめた。
立花美咲
『だから私たちは、女だからこそ、男以上に冷たくなったんです』
葵は何も言わない。
その通りだった。
戦場では、女であることは弱点にもなる。
同時に、武器にもなる。
声。
視線。
歩き方。
油断させる仕草。
弱く見せる演技。
相手が勝手に見下してくる、その一瞬。
女しか使えない罠がある。
女だから踏み込める距離がある。
女だから引き出せる隙がある。
葵と美咲は、それを覚えた。
そして、覚えすぎた。
任務のためなら、笑った。
必要なら、震えるふりもした。
無力な女の仮面を被り、相手が喉元を晒した瞬間、その仮面ごと闇へ沈めた。
いつしか二人は、男にも、女にも、簡単には慣れない存在になっていた。
血に染まり、泥に染まり、命令に染まり、任務に染まる。
殺戮マシーン。
そう呼ばれても、否定できなかった。
牧村葵
『私は、人間か?』
美咲は葵を見た。
その問いは、弱音ではなかった。
確認だった。
葵は恐怖を忘れた。
躊躇も忘れた。
任務中の怒りも、悲しみも、痛みも、全部どこかへ置いてきた。
ただ、美咲と二人きりの時だけ。
ほんの少しだけ、胸の奥に残っているものが動いた。
立花美咲
『私の前では、人間です』
葵の目が、わずかに揺れた。
立花美咲
『隊長が完全な機械なら、私にそんなこと聞きません』
ジャングルの風が、二人の髪を揺らした。
遠くで、炎が小さく揺れている。
任務の痕跡。
二人が生き残った証。
そして、また一つ、戻れない場所を越えた証。
牧村葵
『美咲』
立花美咲
『はい』
牧村葵
『私が本当に機械になったら、撃て』
美咲は一瞬だけ黙った。
そして、静かに答えた。
立花美咲
『その時は、撃つ前に呼び戻します』
牧村葵
『戻らなかったら?』
立花美咲
『戻します。何度でも』
葵は、ほんのわずかに息を吐いた。
笑ったわけではない。
救われたわけでもない。
ただ、その一言だけで、まだ歩けると思った。
牧村葵は戦場で人間を捨てた。
立花美咲もまた、多くのものを捨てた。
だが、二人でいる時だけは違った。
葵は隊長ではなく、葵でいられた。
美咲は右腕ではなく、美咲でいられた。
血に濡れたジャングルの夜。
世界のどこにも居場所がない二人だけが、互いの中に、かろうじて人間でいられる場所を残していた。
やがて、この女たちの名は海道勝の耳に届く。
だが、この夜の二人はまだ知らない。
自分たちがいずれ、海道グループの闇を守る刃になることを。
牧村葵が、親衛隊長と呼ばれる未来を。
立花美咲が、その影として動く未来を。
まだ何も知らない。
ただ、生き残った。
そして、また次の戦場へ向かう。
二人だけで。
人間である最後の証を、互いに預け合いながら。
牧村葵と立花美咲は、日本へ向かう輸送機の中にいた。
報酬は支払われた。契約は満了。任務評価は最高。損耗率、想定以下。成功率、異常値。
だが、葵の目に達成感はなかった。
窓の外に広がる雲を見ながら、彼女はただ黙っていた。
立花美咲『隊長、帰ったらどうします?』
牧村葵『寝る』
立花美咲『それだけですか?』
牧村葵『食う。寝る。身体を鍛える。次の仕事を待つ』
美咲は小さく息を吐いた。
立花美咲『相変わらずですね』
葵は美咲を見ないまま答えた。
牧村葵『お前も同じだろ』
立花美咲『否定はしません』
二人は、戦場に慣れすぎていた。
その頃。
海道グループ本社、最上階。
海道勝は、佐伯鈴香が用意した資料を無言で読んでいた。
壁面モニターには、葵と美咲の任務記録が映し出されている。
東南アジア。市街地。密林。民間軍事会社。護衛任務。制圧任務。要人奪還。輸送路確保。
そのどれもが、異様な成功率を示していた。
佐伯鈴香『牧村葵。戦闘能力、指揮能力、判断速度、いずれも極めて高い評価です』
勝は画面を見たまま、ゆっくり葉巻を傾けた。
海道勝『隣の女は?』
佐伯鈴香『立花美咲。葵の右腕です。単独でも優秀ですが、葵と組んだ時の連携精度が異常です』
黒服が補足する。
黒服『現場では、葵一人を雇うより、二人まとめて雇った方が作戦成功率が上がると言われています』
勝は、そこで初めてわずかに口元を歪めた。
海道勝『面白い』
鈴香は静かに続ける。
佐伯鈴香『海道グループの親衛隊構想に組み込むなら、葵を隊長、美咲を副隊長とする形が最も自然です』
海道勝『自然すぎるな』
鈴香の目がわずかに動く。
佐伯鈴香『お気に召しませんか?』
海道勝『いや。自然だからこそ、慎重になる』
勝は椅子から立ち上がり、夜の東京を見下ろした。
海道勝にとって、女は単なる飾りではなかった。
支配する女。抱く女。命を預ける女。心理の奥まで踏み込み、対話できる女。
勝は、それを見誤らない自信があった。
女を金で買うだけなら簡単だった。女を権力で従わせるだけなら、さらに簡単だった。
だが、命を預けるとなると話は別だった。
海道勝『ワシはな、鈴香。女を抱く時も、女を支配する時も、女に命を預ける時も、必ず対話する』
佐伯鈴香『対話、ですか』
海道勝『言葉だけではない。目、呼吸、沈黙、欲、怒り、諦め、忠誠……その奥に何があるかを見る』
勝はモニターの中の葵と美咲を見た。
海道勝『だが、この二人は違う』
佐伯鈴香『違う、とは?』
海道勝『まだ見えん』
鈴香は黙った。
勝が女を見て、すぐに値踏みできないと言うのは珍しい。
海道勝『ワシが今まで出会った女たちは、何かしらの欲で動いていた。金、快楽、名誉、承認、復讐、愛、支配欲……分かりやすいものがあった』
勝は、資料に記された葵と美咲の名前を見下ろす。
海道勝『だが、この二人は、戦場で人間の部分を削りすぎている。欲で釣れる女ではない。権力で膝をつく女でもない。命令だけで心まで動く女でもない』
黒服たちは息を呑んだ。
勝は静かに言った。
海道勝『だから欲しい』
その声には、欲望だけではなく、支配者としての本能が混ざっていた。
佐伯鈴香『親衛隊の隊長と副隊長の椅子を、用意しますか?』
勝はすぐには答えなかった。
葵と美咲。
戦場で女の尊厳を傷つけられ、それでも生き残り、倍にして返してきた女たち。男以上に冷酷になり、女であることすら任務の武器に変えた女たち。血に染まりながら、互いの前でだけ人間でいられる女たち。
海道勝『椅子だけでは足りん』
佐伯鈴香『では?』
海道勝『この二人が座りたくなる理由を作る』
鈴香は深く頭を下げた。
佐伯鈴香『承知しました。接触方法を再検討します』
勝はモニターを見つめ続けた。
そこに映っているのは、まだ海道グループの女ではない。勝に忠誠を誓った女でもない。勝の命を守る刃でもない。
ただ、戦場から帰ってきた二人の傭兵だった。
だが勝は、確かに感じていた。
牧村葵。立花美咲。
この二人は、海道グループの中枢に置く価値がある。
いや。
置かなければならない。
いずれ、自分の命を預ける日が来る。
勝はそう直感していた。
牧村葵と立花美咲は、戦場の女だった。
銃声。
泥。
血。
命令。
裏切り。
報酬。
そのすべての中で生き残り、任務をこなし、次の戦場へ向かう。
彼女たちは強かった。
少なくとも、戦場では。
だが、戦場の外には、別の戦争がある。
契約書。
買収。
政治的圧力。
企業間交渉。
資金の流れ。
逃げ道を塞ぐための、静かな包囲網。
その戦場で、葵と美咲はまだ素人だった。
海道グループ本社。
佐伯鈴香は、会議室の長机に資料を並べていた。
そこには、葵と美咲が所属する民間傭兵会社の資本構成、取引先、政府との関係、弱点、債務、未公開の契約リスクがすべて整理されていた。
鈴香の指先が、静かに一枚の資料を押さえる。
佐伯鈴香
『この会社を買収します』
黒服の一人が息を呑んだ。
黒服
『会社ごと、ですか?』
佐伯鈴香
『葵と美咲だけを引き抜けば、反発されます。報酬を積めば一時的には動くでしょうが、忠誠は買えません』
鈴香は表情を変えない。
佐伯鈴香
『ならば、彼女たちが立っている地面そのものを、こちらのものにします』
それは、あまりにも静かな侵攻だった。
銃声はない。
爆発もない。
怒号もない。
だが、確実に逃げ道を奪う。
民間傭兵会社の経営陣には、資金難があった。
海外任務での政治的な後始末も残っていた。
政府関係者との貸し借りもある。
表に出せない契約もある。
鈴香は、それらを一つずつ拾い上げ、海道グループの資金と影響力で包み込んでいった。
脅すのではない。
潰すのでもない。
助ける顔をして、支配する。
佐伯鈴香
『買収後も、表向きの社名は残します。葵と美咲には、通常の傭兵契約更新として通達してください』
黒服
『本人たちには、海道グループの直接管理とは知らせない?』
佐伯鈴香
『最初から知らせれば警戒されます。あの二人は戦場の気配には敏い。ですが、契約と企業支配の気配には、まだ鈍い』
鈴香は淡々と言った。
佐伯鈴香
『そこが、弱点です』
その言葉には、感情がなかった。
葵と美咲を軽んじているのではない。
むしろ、評価しているからこそ、逃がさない。
勝様が欲しがった女たち。
勝様が、いずれ命を預けるかもしれない刃。
ならば、鈴香がするべきことは一つだった。
勝様の手元に届くまで、絶対に失わせないこと。
後日。
葵と美咲の元へ、新しい契約書が届いた。
条件は悪くなかった。
むしろ、以前より報酬は上がっている。
医療補償も厚い。
任務選択の幅もある。
装備支給も改善される。
立花美咲
『ずいぶん待遇が良くなりましたね』
牧村葵
『裏があるな』
葵は契約書を眺めながら、低く言った。
美咲は小さく笑う。
立花美咲
『隊長、裏のない契約なんてありました?』
牧村葵
『ない』
立花美咲
『なら、いつも通りです』
葵は契約書の署名欄を見た。
戦場へ行く。
任務をこなす。
報酬を得る。
生き残る。
それだけなら、何も変わらない。
そう思っていた。
二人は知らない。
その契約書の先に、海道グループがいることを。
その報酬の裏に、佐伯鈴香の計算があることを。
その待遇改善が、自由への扉ではなく、檻の内側を広く見せるための餌であることを。
海道グループ本社。
鈴香は、契約更新の報告書を海道勝へ差し出した。
佐伯鈴香
『葵、美咲、両名とも契約を継続しました。所属会社は実質的にこちらの管理下にあります』
海道勝
『気づいているか?』
佐伯鈴香
『違和感は抱いているはずです。ですが、まだ罠とは認識していません』
勝は静かに笑った。
海道勝
『鈴香。お前は本当に、逃げ道を塞ぐのが上手い女だな』
佐伯鈴香
『勝様が欲しいとおっしゃった人材です。失うわけにはまいりません』
鈴香は頭を下げる。
その姿は、忠実な秘書だった。
だが、その忠誠の形は美しいだけではない。
冷たい。
隙がない。
相手の人生の足場ごと買い取り、本人が気づかぬうちに主の前へ運ぶ。
鈴香は、勝様のためならそれをやる女だった。
佐伯鈴香
『次の段階では、単なる契約傭兵ではなく、海道グループ直属の護衛戦力として心理的な接点を作ります』
海道勝
『葵と美咲を、ワシの矛と盾にするか』
佐伯鈴香
『はい。ですが、急ぎすぎれば反発します。あの二人は、命令に従う兵士ではあっても、心まで飼われることには敏感です』
勝は資料を閉じた。
海道勝
『だから面白い』
鈴香は静かに頷いた。
佐伯鈴香
『勝様に忠誠を誓わせるには、契約だけでは足りません。戦場での信頼、居場所、報酬、誇り、そして……勝様という男に命を預ける理由が必要です』
勝の目が細くなる。
海道勝
『その理由を、ワシが与える』
佐伯鈴香
『そのための道筋は、私が整えます』
その時すでに、葵と美咲の未来は動き出していた。
本人たちはまだ知らない。
自分たちが契約したのは、ただの民間傭兵会社ではない。
自分たちが受け取った報酬は、ただの金ではない。
自分たちの足元には、すでに佐伯鈴香が張り巡らせた見えない檻がある。
戦場でなら、葵と美咲は誰よりも強い。
だが、海道グループの戦争は、銃声の前から始まる。
そしてその静かな戦争で、佐伯鈴香はすでに一歩、二人の背後を取っていた。
佐伯鈴香は、嫉妬していた。
牧村葵。
立花美咲。
二人の資料を見るたび、胸の奥に冷たい棘が刺さる。
鈴香にも、武術の心得はある。
身を守る術も、相手の動きを読む目も、最低限の戦闘訓練も受けている。
海道勝の傍に立つ女として、無力でいるつもりなど一度もなかった。
だが、あの二人は違う。
戦場で生き残った女。
血と泥の中で、命令を遂行してきた女。
男にも女にも簡単には慣れず、殺意と冷静さを同時に持つ女。
戦闘面では、別格。
それを認めることが、鈴香には少しだけ悔しかった。
だが、悔しいからこそ、分かる。
あの二人は、勝様の矛になる。
そして、勝様の盾にもなる。
ただし、契約だけでは足りない。
金だけでは、葵と美咲の心は動かない。
役職だけでは、あの二人は膝をつかない。
命令だけでは、あの二人は命までは預けない。
必要なのは、理由だった。
勝様という男に、命を預ける理由。
海道グループ本社、最上階。
鈴香は、勝の前に立っていた。
手元の資料は、すでに整っている。
買収、契約、政治的圧力、傭兵会社の支配構造。
外堀は埋めた。
だが、ここから先は違う。
ここから先は、鈴香自身も震えるほど危険な策だった。
海道勝
『鈴香。次の段階を聞こう』
勝の声は静かだった。
鈴香は一度だけ息を整えた。
佐伯鈴香
『葵と美咲を、勝様の護衛につけます』
海道勝
『それだけか?』
佐伯鈴香
『いいえ』
鈴香の指先が、わずかに震えた。
勝はそれを見逃さない。
海道勝
『震えているな』
佐伯鈴香
『はい』
海道勝
『恐れているのか』
佐伯鈴香
『恐れています』
鈴香は、真正面から勝を見た。
佐伯鈴香
『ですが、勝算はあります』
その言葉に、部屋の空気が変わった。
鈴香は資料を一枚、勝の前に差し出した。
佐伯鈴香
『蟒蛇工業側に、勝様が狙われやすい状況を作ります』
黒服たちが凍りついた。
部屋の温度が一段下がる。
海道勝の目が、鋭く細くなった。
海道勝
『ワシを囮にするつもりか』
佐伯鈴香
『はい』
沈黙。
その一言は、鈴香の首を飛ばすには十分だった。
勝の命を危険に晒す。
主君を囮にする。
それは忠誠の形として、あまりにも危うい。
黒服の一人が思わず口を開きかけたが、勝が手で制した。
海道勝
『続けろ』
鈴香は頭を下げない。
ここで頭を下げれば、ただの謝罪になる。
これは進言だった。
佐伯鈴香
『葵と美咲は、戦場でしか他人を測れません。言葉では動きません。待遇でも動きません。契約でも、心までは縛れません』
鈴香の声は震えていた。
だが、目は逃げていなかった。
佐伯鈴香
『ならば、戦場を作るしかありません』
勝は黙って聞いている。
佐伯鈴香
『勝様を守る任務。命を狙う敵。実戦。裏切りの余地がない状況。その中で、葵と美咲は勝様を見るはずです』
海道勝
『ワシの何を見せる』
佐伯鈴香
『器です』
鈴香は言い切った。
佐伯鈴香
『普通の雇用主なら、護衛を盾にします。危機になれば、護衛を犠牲にして逃げます。ですが、勝様は違う』
勝の目に、わずかな興味が宿る。
佐伯鈴香
『葵と美咲が危機に陥った時、勝様が逆に二人を守る気概を見せる。自分の命を守らせるだけの男ではなく、命を預けた女を見捨てない男だと示す』
鈴香の喉が小さく鳴った。
佐伯鈴香
『それが成功すれば、あの二人はただの傭兵ではなくなります』
海道勝
『ワシの矛と盾になるか』
佐伯鈴香
『はい』
鈴香は静かに続けた。
佐伯鈴香
『そして、それだけではありません。あの二人は、戦場で人間性を削りすぎています。誰かに守られることも、誰かに見抜かれることも、誰かに命ごと受け止められることも、忘れている』
勝は鈴香を見つめる。
佐伯鈴香
『勝様の器の深さと広さなら、葵と美咲の眠っているものを呼び覚ませます』
海道勝
『眠っているもの?』
佐伯鈴香
『女としての本能です。いえ……それ以前に、人間としての本能です』
その言葉に、勝は少しだけ沈黙した。
葵と美咲。
戦場で殺戮マシーンになった女たち。
互いの前でだけ、人間に戻れる女たち。
その二人が、自分の前で何を見せるのか。
勝の中で、興味が欲望へ変わり始める。
海道勝
『失敗すれば?』
佐伯鈴香
『勝様の命が失われます』
鈴香は迷わず答えた。
黒服たちの背筋が凍る。
佐伯鈴香
『そして私は、今の立場を失うでしょう。いえ、それだけで済むとは思っていません』
海道勝
『分かっていて進言するのか』
佐伯鈴香
『はい』
鈴香の声は震えていた。
だが、その震えは恐怖だけではない。
嫉妬。
忠誠。
勝算。
覚悟。
すべてが同居していた。
佐伯鈴香
『私は、葵と美咲に嫉妬しています』
勝の眉がわずかに動く。
佐伯鈴香
『あの二人の戦闘能力は、私にはありません。勝様の命を戦場で守る力では、私は及びません』
鈴香は悔しさを隠さなかった。
佐伯鈴香
『ですが、だからこそ分かります。あの二人は必要です。勝様の傍に置くべきです。私の嫉妬など、海道グループの未来の前では小さな感情です』
勝は、ゆっくりと葉巻を置いた。
海道勝
『鈴香』
佐伯鈴香
『はい』
海道勝
『お前は、恐ろしい女だな』
鈴香は頭を下げた。
佐伯鈴香
『勝様のためです』
勝は笑わなかった。
ただ、深く、鈴香を見た。
海道勝
『ワシの命を賭けるだけの策を、震えながら進言する。嫉妬も認める。負けも認める。そのうえで、勝つ道を出す』
勝は静かに立ち上がった。
海道勝
『いいだろう』
黒服たちが息を呑んだ。
佐伯鈴香
『では……』
海道勝
『ワシが囮になる』
鈴香の肩が、わずかに震えた。
それは安堵ではない。
恐怖でもない。
自分の策が動き出してしまったことへの、重い実感だった。
海道勝
『葵と美咲に見せてやる。ワシが、ただ守られるだけの男ではないとな』
鈴香は深く頭を下げた。
佐伯鈴香
『必ず、成功させます』
その時、鈴香は理解していた。
これは懐柔策ではない。
儀式だ。
牧村葵と立花美咲という二本の刃を、海道勝の傍へ置くための儀式。
勝の命を賭け、鈴香の立場を賭け、海道グループの未来を賭ける危険な賭け。
そして、その賭けが成功した時。
葵と美咲は、ただの傭兵ではなくなる。
勝の矛。
勝の盾。
そして、勝という男の器に触れて、眠っていた人間性を呼び覚ます女たちになる。
鈴香は嫉妬していた。
だが、それでも進める。
勝様のために。
海道グループのために。
そして、いずれ自分の隣に立つことになる、あの二人の女を手に入れるために。
ある日、牧村葵と立花美咲に、ひとつの護衛命令が下った。
依頼主は、海道グループ総帥――海道勝。
資料に映る男は、年老いてなお威圧感を失わない怪物だった。短い白髪。鋭い眼。金と権力と暴力の匂いをまとった、時代そのもののような男。
葵は資料を一瞥しただけで、表情を変えなかった。
美咲もまた、何も言わなかった。
だが、二人の胸中にある感情は似ていた。
好きになれる男ではない。
守りたいと思える相手でもない。
それでも、命令は命令だった。
葵も美咲も、護衛任務のたびに思い出すものがある。
護衛対象は、いつも自分だけ逃げる。
危険が迫れば、真っ先に安全な車へ乗り込む。銃声が鳴れば、部下を盾にする。血が流れれば、守られる側だけが生き延びる。
それでいい。
それが仕事だ。
護衛とは、そういうものだ。
葵は何度もそう自分に言い聞かせてきた。美咲も同じだった。任務だと分かっている。金で雇われた以上、命を張る覚悟もある。
だが、それでも人間である以上、死にたくない本能は残る。
美咲『……この男、資料だけでも面倒そうですね』
葵『口に出すな』
美咲『出してませんよ。今のは感想です』
葵『同じだ』
短いやり取りの後、二人は黙った。
その沈黙の中に、戦場帰りの女たちだけが知る冷たい空気が流れていた。
一方その頃。
蟒蛇工業の会長室では、蟒蛇克利が葉巻をくゆらせながら、ひとつの報告を聞いていた。
海道勝が、近く限られた護衛だけを連れて動く。
その情報を聞いた瞬間、克利の目に濁った歓喜が宿った。
蟒蛇克利『ほう……勝が、隙を見せるか』
側近たちは黙って頭を下げた。
克利はゆっくりと立ち上がる。異様に太い腕が、スーツの袖を内側から押し広げていた。
蟒蛇克利『あの男を始末すれば、海道グループは揺らぐ。そうなれば、この国で一番上に立つのは蟒蛇工業だ』
その声は低く、甘く、腐った蜜のようだった。
克利は子飼いの荒事要員たちへ冷酷に命じた。
具体的な手段を語る必要などなかった。
彼らに必要なのは、標的の名と、克利の許可だけだった。
蟒蛇克利『勝を消せ。失敗は許さん』
その一言で、裏の世界が静かに動き出した。
だが、その情報が流れたことすら、完全な偶然ではなかった。
その頃、葵と美咲はまだ知らない。
今回の護衛対象が、これまでの男たちとは違うことを。
自分だけ逃げるはずの男が、いざという時、逆に二人の前へ出るかもしれないことを。
そして、その瞬間から、ただの契約だった任務が、二人の運命を変えることを。
葵は静かに装備を整えた。
美咲は無言で通信機を確認した。
二人の胸にあるのは、いつも通りの覚悟。
死にたくはない。
だが、任務なら行く。
まだ海道勝を信じてはいない。
まだ主とは認めていない。
それでも、戦場の匂いだけは分かる。
今回の護衛任務は、ただでは終わらない。
葵『行くぞ、美咲』
美咲『はい、隊長』
二人は並んで歩き出した。
その先に待つのが、守るべき男なのか。
試される自分たちなのか。
それとも、運命そのものなのか。
まだ、誰にも分からなかった。
ある日、牧村葵と立花美咲に、海道勝の護衛命令が下った。
ー親衛隊 ミーティング室ー
海道グループ総帥、海道勝。
資料に映る男は、年老いてなお威圧感を失わない怪物だった。短い白髪。鋭い目。金と権力と暴力の匂いをまとった、時代そのもののような男。
葵は資料を一瞥しただけで、表情を変えなかった。
美咲もまた、何も言わなかった。
契約上、勝は護衛対象であり、雇い主であり、主人の男だった。
だが、心を許しているわけではなかった。
護衛対象は、危険が迫れば自分だけ逃げる。
銃声が鳴れば、部下を盾にする。
血が流れれば、守られる側だけが生き残る。
葵も美咲も、戦場でそれを何度も見てきた。
立花美咲『……海道様は、本当にこの予定を変更されないんですね』
牧村葵『命令だ。私たちは従う』
立花美咲『隊長…。』
牧村葵『口に出すな』
その日、勝は予定通りに動いた。
午前は海道グループ本社で会議。
昼には政財界の客と会食。
そして午後、次の商談へ向かうため、黒塗りの車列が都市の高架下を抜けていた。
後部座席には海道勝。
周囲には黒服の護衛車両。
そして、勝の車両のすぐ近くに、葵と美咲が配置されていた。
美咲は通信を確認しながら、周囲の違和感を拾っていた。
立花美咲『……隊長。様子が変です』
牧村葵『分かってる』
次の瞬間。
乾いた破裂音が、車列の前方で弾けた。
護衛車両の一台が大きく揺れ、道路に黒い煙が広がる。周囲の車が混乱し、クラクションと悲鳴が高架下に反響した。
黒服たちが一斉に動く。
だが、敵の動きは早かった。
蟒蛇工業の息がかかった荒事要員たちが、複数方向から姿を現す。
目的は一つ。
海道勝の命だった。
牧村葵『美咲、海道様を下げろ!』
立花美咲『了解!』
美咲が勝の車へ走る。
その瞬間、別方向から飛び出した敵が、美咲の死角へ迫った。
葵の反応は速かった。
美咲と勝の間に身体を滑り込ませ、敵の勢いを受け止める。強い衝撃で葵の肩がわずかに揺れたが、足は一歩も下がらない。
牧村葵『美咲、止まるな!』
立花美咲『くっ……!』
美咲は体勢を崩しながらも、勝の側へたどり着いた。
立花美咲『海道様、車内へ。ここは私たちが――』
そこで、美咲は言葉を失った。
勝は伏せていなかった。
車の扉を開け、自ら外へ出ていた。
立花美咲『海道様!? 何をなさっているんですか!』
海道勝『ワシだけ隠れていろと言うのか』
勝の手には拳銃が握られていた。
若い兵士のような速さではない。
だが、老いた素人の動きでもなかった。
構えは静かで、呼吸は乱れていない。勝は迫る敵を牽制し、黒服たちが退路を作る時間を稼いだ。
美咲の目が揺れた。
立花美咲『……本当に、戦うんですか』
海道勝『必要ならな』
葵は勝と美咲を背に置きながら、敵の圧を押し返していた。
しかし守るものが二つある。
勝。
美咲。
その両方を守りながら応戦するには、あまりにも状況が悪かった。
牧村葵『海道様! 脱出してください! ここは私と美咲が抑えます!』
海道勝『お前たちは、そう言うしかないな』
牧村葵『今は問答の時間ではありません!』
海道勝『今だから言うんだ』
銃声と怒号の中で、勝の声だけが妙に低く響いた。
海道勝『お前たちは、護衛対象というものを信用していない。危険になれば、守られる側は逃げる。命を張るのは護衛だけ。そう思っている目だ』
葵の表情が、一瞬だけ硬くなった。
美咲も息を呑んだ。
図星だった。
海道勝『だがな、葵。美咲。ワシは、自分のために命を張る女を、何も見ずに置き去りにするほど安い男ではない』
牧村葵『……海道様、後方へ。あなたが倒れれば、任務は失敗です』
海道勝『ならば、お前たちも倒れるな』
勝は美咲へ視線を向けた。
海道勝『美咲。ワシ信じろとは言わん。だが、如何なる時でも動け。生き残る女は、恐怖を消す女ではない。恐怖を抱えたまま、役目を果たす女だ』
美咲の指先が、わずかに止まった。
乱れていた呼吸が整っていく。
立花美咲『……了解しました、海道様』
その声はまだ冷たい業務敬語だった。
だが、ほんの少しだけ芯が戻っていた。
葵は敵の動きを見据えたまま、短く命じる。
牧村葵『美咲、右を見ろ。私は正面を抑える。黒服、民間人を下げろ! 邪魔な車は捨て置け!』
立花美咲『了解。隊長、右側から来ます!』
葵が前に出る。
美咲が勝の横を固める。
勝は二人の背後から、逃げるのではなく、必要な時だけ静かに銃を構えた。
それは護衛対象として正しい行動ではなかった。
だが、葵と美咲が知っている“逃げるだけの男”でもなかった。
敵の勢いが鈍り始めた時、遠くから別の車列が滑り込んできた。
佐伯鈴香が用意していた援軍護衛部隊だった。
黒服たちの動きが一気に変わる。
退路が開いた。
牧村葵『海道様、今です。移動をお願いします』
海道勝『よかろう』
今度は勝も逆らわなかった。
葵が前を押さえ、美咲が勝の横につき、鈴香の援軍護衛部隊が周囲を固める。
蟒蛇工業の襲撃は、海道勝の命に届かなかった。
車列は安全経路へ入っていく。
後部座席で、勝は静かに窓の外を見ていた。
葵と美咲は、まだ何も言わなかった。
勝を信用したわけではない。
忠誠を誓ったわけでもない。
だが、二人の中で、何かがほんの少しだけ変わっていた。
立花美咲『……隊長』
牧村葵『何だ』
立花美咲『海道様のこと、好きにはなれません』
牧村葵『私もだ』
短い沈黙。
美咲は、まだ熱の残る手を見つめた。
立花美咲『でも……分からなくなりました』
葵は窓の外を見たまま答えた。
牧村葵『それでいい。分からなくなったなら、見極める価値はある』
契約で始まった護衛任務。
冷たい敬語で呼ばれるだけの主人。
命を預けるに値するかどうか、まだ試されている男。
その関係は、この襲撃を境に、わずかに形を変え始めていた。
葵と美咲はまだ知らない。
いつか同じ敬語に、冷たさではなく敬愛が宿る日が来ることを。
そして、その時。
彼女たちの口から出る「勝様」という言葉は、契約の呼び名ではなく、命を預けた主への忠誠に変わっていることを。
ー数ヶ月後ー
あの蟒蛇工業の襲撃から、数ヶ月が過ぎていた。
蟒蛇工業によるあれほど大きな襲撃は、それ以降起きていない。
もちろん、小さな火種はあった。
不審な車両。
情報を探る者。
勝の移動先を嗅ぎ回る影。
だが、葵と美咲が本気で動くほどの危機はなかった。
それでも、あの日の出来事は、二人の中に残っていた。
鋭い傷ではない。
痛みを与える棘でもない。
むしろ、優しい棘だった。
抜こうと思えば抜けるはずなのに、抜こうとすると胸の奥が疼く。忘れようとすればするほど、あの銃声の中で聞いた勝の声が蘇る。
――ワシは、自分のために命を張る女を、何も見ずに置き去りにするほど安い男ではない。
その言葉は、葵の中にも、美咲の中にも、いつの間にか根を張っていた。
ー親衛隊の訓練施設ー
鉄とゴムと汗の匂いが残る、海道グループ親衛隊専用の地下訓練場。
葵は射撃訓練を終え、無言で弾倉を外した。
美咲はモニター室から戻り、端末を閉じる。
立花美咲『……最近、任務が嫌じゃないんですよね』
葵は視線だけを向けた。
牧村葵『疲れているのか』
立花美咲『違います。疲れてはいますけど、それとは別です』
美咲は少しだけ困ったように笑った。
立花美咲『勝様から与えられる任務って、ただの命令じゃない気がするんです』
その言葉に、葵はすぐには答えなかった。
以前なら、美咲は「海道様」と呼んでいた。
冷たい業務敬語。
契約上の主人。
守るべき対象。
だが今、美咲の口から出た「勝様」には、わずかな温度があった。
葵はそれに気づいた。
そして、自分もまた、いつの間にか同じ呼び方をしていることに気づいていた。
牧村葵『……任務に意味を与えるのが上手い方だ』
立花美咲『隊長も、そう思います?』
牧村葵『認めたくはないがな』
葵は手袋を外し、静かに息を吐いた。
牧村葵『勝様は、私たちを便利な駒としてだけ見ていない。少なくとも、そう錯覚させる力がある』
立花美咲『錯覚、ですか』
牧村葵『今はまだ、そう言っておく』
だが、その声に以前の冷たさはなかった。
その頃。
ー海道グループ本社、最上階ー
夜景を見下ろす部屋で、海道勝は窓際に立っていた。
街の光が、怪しげなネオンの光で煌めいている。
背後には佐伯鈴香。
彼女は報告書を手に、静かに控えていた。
佐伯鈴香『葵様、美咲様ともに、親衛隊内での統制力が増しています。黒服たちの反発も減りました。任務遂行率、判断速度、危機対応、すべて上昇しています』
海道勝『そうか』
佐伯鈴香『はい。ですが……』
勝は振り返らなかった。
海道勝『まだ兵士の顔をしているか』
鈴香は一瞬だけ黙った。
佐伯鈴香『はい』
勝は夜景を見たまま、低く笑った。
海道勝『あの二人は強い。だが、強すぎる女は、時に自分が女であることを忘れる』
佐伯鈴香『勝様は、葵様と美咲様を変えるおつもりですか』
海道勝『壊すつもりはない』
勝の声は静かだった。
海道勝『あの二人は、戦場で生き残るために女である前に兵士になった。ならば、ワシは兵士のまま労うのではなく、女として息をつける場所を与える』
鈴香の瞳がわずかに揺れた。
その言葉の意味を、彼女は理解した。
佐伯鈴香『……夜の余興は、どちらでご用意いたしますか』
勝はゆっくりと振り返った。
海道勝『訓練施設だ』
佐伯鈴香『訓練施設、でございますか』
海道勝『高級ホテルではない。会員制の部屋でもない。あの二人が一番落ち着く場所は、まだ戦場の匂いが残る場所だ』
鈴香は深く頷いた。
佐伯鈴香『葵様と美咲様だけが、自然に施設へ残る状況を作ります』
海道勝『命令にはするな』
鈴香の動きが止まった。
海道勝『逃げ道を塞ぐな。断る余地も残せ。あの二人に必要なのは、支配ではない。選ばせることだ』
佐伯鈴香『……承知いたしました』
勝は再び夜景へ視線を戻した。
海道勝『あの二人は、命を張ることには慣れている。だが、労われることには慣れていない』
鈴香は、勝の背中を見つめた。
佐伯鈴香『勝様は、本当に危険な方です』
海道勝『今さらか』
佐伯鈴香『はい。今さらでございます』
その声には、呆れと敬愛が混ざっていた。
勝は薄く笑った。
海道勝『葵と美咲を、本物の女にする』
その言葉は、欲望だけではなかった。
兵士として固まった心をほどく決意。
主として、命を預けた女たちに返す褒美。
そして、二人が自分の意志で一歩踏み込むかどうかを見届ける夜への予告だった。
数時間後。
地下訓練施設の照明は、いつもより少しだけ落とされていた。
無機質な床。
壁に並ぶ武器ラック。
射撃レーンの奥に残る硝煙の匂い。
そこに、場違いなほど静かなテーブルが用意されていた。
水。
軽い食事。
温かいタオル。
高級な酒。
派手な飾りはない。
ただ、戦場帰りの女が、初めて肩の力を抜けるような空気だけがあった。
美咲はそれを見て、目を細めた。
立花美咲『……隊長。これ、罠ですかね』
牧村葵『罠なら、もっと下手に隠す』
立花美咲『じゃあ、何ですか』
葵は答えなかった。
その時、背後から低い声が響いた。
海道勝『労いだ』
二人は同時に振り返った。
海道勝が、訓練施設の入口に立っていた。
黒服はいない。
鈴香もいない。
勝一人だった。
葵はすぐに姿勢を正した。
牧村葵『勝様。お一人でこのような場所へ来られるのは危険です』
美咲も続いた。
立花美咲『警護を呼びます』
海道勝『今夜は、お前たちがいる』
その一言で、美咲は黙った。
葵も、何も言えなかった。
勝は二人へ近づく。
威圧するためではない。
試すためでもない。
ただ、長い任務を終えた兵士たちへ歩み寄る主の足取りだった。
海道勝『葵。美咲。よく働いた』
たったそれだけの言葉だった。
だが、二人の胸には、奇妙なほど深く刺さった。
褒められることに慣れていない。
労われることに慣れていない。
命を張るのは当然。
生き残るのも当然。
強くあるのも当然。
そうやって生きてきた二人にとって、その言葉は、銃弾よりも避けにくかった。
美咲は視線を落とした。
立花美咲『……任務ですから』
葵も静かに答える。
牧村葵『当然のことをしたまでです』
勝は二人を見つめた。
海道勝『ならば、当然ではない夜を与える』
二人の空気が変わった。
勝は一歩も急がなかった。
命令もしなかった。
ただ、選ばせるように、静かにそこに立っていた。
海道勝『今夜だけは、兵士でなくていい』
葵の喉が小さく動いた。
美咲の指先が、わずかに震えた。
だが、それは恐怖ではなかった。
あの日の銃声の中で刺さった優しい棘が、今、胸の奥で熱を持ち始めていた。
牧村葵『……勝様』
その声には、もう冷たさだけではない何かが混ざっていた。
立花美咲『私たちは……命令されて、ここに残ったわけではありません』
海道勝『分かっている』
美咲は葵を見る。
葵は静かに頷いた。
二人はまだ、完全に自分の感情を理解していなかった。
忠誠なのか。
憧れなのか。
救われたいという弱さなのか。
それとも、女として初めて主に向き合いたいという欲なのか。
だが、ひとつだけ分かっていた。
今夜、二人が勝の前に残ることを選んだのは、任務ではない。
契約でもない。
自分たちの意志だった。
葵はゆっくりと勝の前へ進んだ。
美咲も、その隣に立つ。
牧村葵『勝様。今夜だけは、任務ではなく……あなたのお側におります』
立花美咲『私もです。勝様』
勝は二人を見た。
そして、低く静かに言った。
海道勝『ならば、来い。今夜は、ワシがお前たちを労う』
訓練施設の扉が、静かに閉じた。
ー深夜の海道グループ 訓練施設ー
二人の女は、自分たちが「戦士」から「女」へと書き換えられる運命にあることに、まだ気づいていない。ただ、深い忠誠心と名付けようのない渇望を胸に、静まり返った訓練施設の中で、一人の男がもたらす夜が訪れる…。
汗と埃の匂いが染み付いた無機質な訓練施設の休憩所。そこにあるのは、場違いなほどに贅沢なソファと、クリスタルグラスに揺れる琥珀色の液体だけだった。外の世界から隔絶されたこの閉鎖的な空間に、酒の芳醇な香りと、男女三人の濃密な熱気が充満していく。
(不意に引き寄せられ、勝の逞しい腕が肩に回った瞬間、身体がびくりと跳ねる。しかし、すぐにその体温に心地よさを感じ、自ら深く寄り添った)
葵
『……っ。』
(軍服の硬い生地越しに伝わる男の体温に、心拍数が跳ね上がる。グラスを持つ手が震え、琥珀色の液体が小さく波打つ。視線を彷徨わせた後、抗えない引力に導かれるように彼を見上げた)
葵
『こんな場所で、こんな風に……。勝様が、私たちをこうしてくださるなんて。』
(もう片方の腕にぴったりと密着し、蕩けるような笑みを浮かべる。普段の凛とした態度はどこへやら、今はただ、彼に触れられている悦びに身を任せていた)
美咲
『……。この場所が、世界で一番贅沢な空間に思えます。』
(甘えるように、彼の胸元に自分の身体を深く擦り付ける。酒のせいで火照った頬を彼に寄せ、吐息が触れ合う距離で囁いた)
美咲
『ねえ、勝様。私たちに、もっと別の『ご褒美』をくださらないのですか?』
クリスタルグラスの中で琥珀色の液体が揺れ、勝の口の中に含ませ。静まり返った休憩所に、彼が酒を口に含んだ微かな音が響いた。隣で期待に胸を膨らませていた二人の視線が、同時に彼の唇へと釘付けになる。
(不意に顎を掬い上げられ、視界が彼の顔で埋め尽くされる。間近で見る勝の瞳に射抜かれ、思考が白くなる)
葵
『……んっ!?』
(唇が重なった瞬間、熱い液体が口内に流れ込んでくる。アルコールの刺激と彼の濃厚な体温が混ざり合い、肺の中の空気がすべて奪われる感覚に、身体が弓なりに反った。意識が混濁し、ただ彼から与えられる快楽に溺れていく)
葵
『ふ、あ……んぅ……っ。』
(葵が唇を離れた直後、待ち構えていたように彼に寄り添う。口角から一筋、酒が滴り落ちるのも構わず、熱い吐息を漏らした)
美咲
『あぁ……っ。次は、私の番ですね……?』
(自ら唇を突き出し、彼が含んだ酒をすべて飲み干そうとするかのように深く、貪欲に吸い付く。舌が絡み合い、酒が二人の口腔を行き来するたびに、下腹部の奥が疼いて堪らなくなった)
美咲
『んぐ……っ、ふぁ……っ。すごい……熱い……。』
酒の酔いと、禁断の口移しによる興奮。二人の女の呼吸は激しく乱れ、軍服の襟元は乱れ、肌からは甘い汗が滲み始めている。もはや理性の枷は消え失せ、彼の手で完全に「女」に塗り替えられる快感だけが、そこにあった。
(呼吸を整えながら、迷彩の戦闘服が、ゆっくりと脱ぎ捨てられて、膝をついて頭を垂れる。肌に触れる冷たい空気さえも、今の自分には心地よい。この鍛え上げた身体も、心も、すべては彼に捧げるためにあったのだと、確信に近い思いが胸を満たしていた
葵
『勝様……。この身に刻まれたすべての傷も、鍛え上げた筋肉のひとつひとつも、今この瞬間から、すべてはあなたのためのものです。』
顔を上げ、潤んだ瞳に揺るぎない決意を宿して彼を見つめる。軍人としての忠誠を超えた、魂の隷属。それが彼女にとって最大の幸福だった
葵
『私のすべてを、勝様の為にこの身を捧げます。……死してなお、私はあなたの盾となり、剣となりましょう。』
葵に寄り添い、同じように深く頭を下げ、情熱的な口調で言葉を継ぐ。その声には、戦場の痛みに蕩け切った後の、澄み渡るような純粋な忠誠心が込められていた
美咲
『私もです。迷彩服の下に隠していたこの身体は、あなたに暴かれ、愛されるためにあったのだと感じます。』
指先で自らのしなやかな太ももをなぞり、それを捧げ物のように勝の方へと差し出す
美咲
『勝様の元で、どのような命令であっても遂行いたします。どうか、私たちを勝様の矛と盾として、永遠に繋ぎ止めてください。』
勝がソファの背もたれに深く身を沈め、支配者のようにどっしりと構える。その威圧感と余裕に、二人の女は本能的にひれ伏すような快感を覚えた。軍服のベルトやボタンが乱雑に外され、露わになった男の猛々しい象徴が、熱を帯びて脈打っている。
震える指先で、その硬い質感にそっと触れる。今まで銃やナイフしか握ることのなかった手のひらが、今はこの世で最も価値のある宝物に触れているという事実に、背筋がゾクゾクと震えた
葵
『……すごい。こんなに、熱くて……。』
(隣の美咲と視線を交わし、自然と呼吸を合わせる。自分たちの役割を理解したように、指先を滑らせてその根元から先端までを、いたわるように、そして丁寧になぞり上げた)
葵
『勝様……。私たちが、ここを心地よくして差し上げますね。』
(葵がなぞった後を追うように、もう一方の手で優しく包み込む。指の腹で敏感な部分をゆっくりと刺激しながら、蕩けた瞳で勝の顔色を伺った)
美咲
『ふふっ、葵隊長と合わせると、もっと気持ちいいはずです。』
(連携して、左右から挟み込むようにして滑らかな曲線を描き、先端から溢れる先走りの液を指で塗り広げる。軍人としての規律を完全に捨て去り、ただ男を悦ばせることだけに没頭する快楽に、頬が紅潮していた)
美咲
『あぁ……こんなに脈打って。私たちが欲しくてたまらないのが、よく分かります。』
二人の柔らかな指先が、交互に、あるいは同時に、猛り狂うモノを愛撫していく。埃っぽい休憩所の空気は、女たちの甘い吐息と、男の昂ぶりによって、濃密な情欲の渦へと塗り替えられていた。
静寂を切り裂くように、二人の女が同時に顔を寄せた。指先での愛撫では飽き足らなくなった飢餓感が、彼女たちを突き動かす。戦場という極限状態で、味覚さえも鈍らせていた二人が、今、目の前にある唯一の快楽の源へと牙を剥いた。
(迷いを捨て、勢いよく口を開けてその先端を深く迎え入れる。不慣れな舌使いに、喉の奥まで突き上げられる圧迫感で涙が滲むが、それが心地よかった)
葵
『んぐ……っ!!』
(血と硝煙にまみれていた日々の中で忘れていた、男の濃密な匂い。不器用ながらも、必死に吸い付き、喉を鳴らして奉仕する。自分が「女」として機能しているという実感が、快感となって脳を灼いた)
美咲
『ふーっ、んんっ……!』
(葵が空けた隙間に、貪欲に舌を這わせる。根元からシャフトにかけて、丁寧に、かつ激しく舐め上げる。戦場では決して見せない、雌としての本能に忠実な動きだった)
美咲
『ちゅる……んぅ、れろ……っ。』
(葵と競い合うように口腔を使い、快楽の波を勝に送り届ける。不格好な奉仕であっても、それが自分たちの忠誠の証であり、唯一の愛の表現だと信じて疑わなかった)
葵
『んっ、はぁ……っ。勝様、私の舌……、どうですか……?』
交互に、あるいは同時に。二人の女が口内で繰り出す不器用な連携が、男の理性を激しく揺さぶる。汗ばんだ肌が触れ合い、唾液がねっとりと絡み合う音が、殺風景な休憩所に非日常的に響き渡っていた。
我慢の限界に達した勝が、葵の腰を強引に掴み上げ、そのままソファの上で自身の膝に跨がらせる。軍服の布地が激しく擦れ、乱暴に剥ぎ取られた下着が床に散らばった。準備を整える間もなく、猛々しく昂った勝のモノが、葵の狭い秘所へと容赦なく突き立てられた。
(あまりに唐突で暴力的な快楽に、背中が大きく反り返る。肺の中の空気がすべて押し出され、喉からひきつった悲鳴が漏れた)
葵
『あぁっ……! あぐっ……!』
(内側を無理やり押し広げられる痛みに目尻に涙が浮かぶが、同時に、彼に完全に征服されたという絶頂に近い充足感が全身を駆け巡る。逃げ場のないソファの上で、彼の肩に爪を立ててしがみついた)
葵
『勝様……っ、深い……っ! 全部、入って……っ!』
(二人の結合部を間近で見つめ、濡れた瞳に情欲を湛える。空いた手で、葵の震える胸を揉みしだき、葵を執拗に弄んで彼女の快感をさらに増幅させた)
(葵の腰を指が食い込むほど強く握りしめ、逃げ道を完全に塞ぐ。突き上げるたびに彼女の身体を激しく揺さぶり、男としての絶対的な力を見せつけた)
勝
『いいか葵。戦場ではお前は強いかもしれないが、ここでは俺が戦場だ。』
(最深部を容赦なく突き上げ、彼女の呼吸を乱しながら、低く、抗えない威圧感を持って囁く)
勝
『この強さに、この快楽に、お前のすべてを完成させるのは、俺だけだ。』
肉と肉がぶつかり合う激しい衝撃音が、密室に絶え間なく響き渡る。強靭な肉体を持つ葵が、勝の圧倒的な力に翻弄され、快楽の海に溺れていく。二人の絆は、言葉ではなく、激しく衝突し合う肉体の対話によって、より深く、より濃密に結ばれていった。
美咲
『ふふっ……葵隊長、いい顔。そんなに気持ちいいんですね。
』
(同時に、勝の耳元に唇を寄せ、熱い吐息と共に囁く。空いた方の手は、結合部の隙間に指を潜り込ませ、溢れ出る愛液をかき混ぜるように刺激した)
美咲
『勝様、もっと激しくしてあげてください。この葵隊長の身体は正直に、あなたを締め付けて離さないんですから。』
美咲の心地よいサポートが、葵の理性を完全に破壊していく。肉と肉がぶつかり合う激しい音が休憩所に響き、汗と情欲の匂いが混ざり合い、空間全体の濃度を濃くしていく。支配し、支配される快感の渦の中で、三人の意識は快楽の深淵へと突き落とされていった。
葵が絶頂の余韻に浸り、激しく肩で息をつく傍らで、美咲が静かに、そして妖艶に身を乗り出した。彼女は自ら四つん這いになり、豊かな臀部を勝の方へと突き出す。背面から突き立てられることを待ち望む、誘惑的な体勢だ。
(振り返り、勝ち誇ったような、それでいて期待に満ちた笑みを浮かべる。腰をわずかに揺らし、自身の熱い秘所を勝の猛りに擦り付けた)
美咲
『ふふっ……葵隊長だけズルいですよ。次は私の番です。』
(期待に震える身体をさらに低くし、最大限に突き出した臀部を彼に委ねる。軍人としての矜持さえ快楽のスパイスに変えて、最高の悦びを享受しようとしていた)
美咲
『さあ、勝様。私にも、身体の芯まで届くような……激しい『訓練』をお願いします。』
(美咲にモノを食い込ませ、容赦なくその最深部へと突き入れる)
勝
『いいか美咲。ここからは体幹の特別訓練だ。俺の突き上げに耐えて、一歩も引かずに受け止めろ。』
(身体を激しく打ち付けながら、耳元で低く、支配的な声を浴びせる)
勝
『声を出していいが、身体を逃がすことは許さん。俺のすべてを、その身体に刻み込んでやる。』
勝が美咲の腰をがっしりと掴み、逃げ場を塞ぐように固定する。体幹を鍛え上げるという名目の、極めて私的で過激な特別訓練。激しく衝突する鈍い音が、静まり返った休憩所に再び鳴り響こうとしていた。
(腰を激しく打ち付けられるたび、視界が白く弾ける。体幹を維持しようと必死に腕に力を込めるが、内側から突き上げられる衝撃に身体がガクガクと震え、理性が溶けていく)
美咲
『あぁっ! んぎゅっ……! すご、い……っ!』
(絶頂の波が何度も押し寄せ、呼吸が追いつかない。背面から深く突き刺さる快楽に、ただただ翻弄され、涎を垂らしながら快楽の悲鳴を上げ続けた)
美咲
『勝様……っ! 壊れる……っ、私、壊れちゃいますぅ……!』
(葵に舐められている感覚と、後ろから突き上げる衝撃が同時に押し寄せ、脳内が快楽の火花で埋め尽くされる)
美咲
『あぁっ! あ、あぁっ!! もう……無理……っ! いっちゃう……っ!!』
(美咲の腰をがっしりと掴み、最深部まで根元なく突き刺すと、溜まっていた熱い奔流をすべて彼女の胎内に解き放った)
勝
『受け取れ、美咲。お前の身体の隅々まで、俺の印を刻み込んでやる。』
(美咲の呼吸が静まったのを確認し、濡れた瞳で勝を見上げる。右腕の美咲が脱落したことで、この空間に自分と勝だけが残されたという事実に、言いようのない独占欲と昂ぶりが込み上げてくる)
葵
『ふふっ……。美咲、本当に、お疲れ様。』
(彼に抱きつくようにして、まだ熱を持ったその肢体に身体を擦り付ける。美咲を介して伝わっていた彼の温度を、今度はダイレクトに、もっと深く、自分の内側で感じたいと願っていた)
葵
『勝様。次は……私の番ですよね?』
(美咲の静かな寝息が聞こえる中、ゆっくりと膝をついて彼の股間に顔を寄せる。まだ熱く脈打つその剛直をじっと見つめ、自身の渇きを再確認するように、そっと指先で先端をなぞった)
……ふふ。今度は、もっとちゃんと、あなたを悦ばせたい。
(迷いのない動作で、熱いものを根元まで深く、一気に口に含み込む。喉の奥を突き上げる圧迫感に涙が滲むが、それを快感へと変換し、舌を器用に使いながら吸い上げた)
葵
『んぐ……っ、んんぅー!』
(美咲の時の不器用さを塗り替えるかのように、丁寧に、そして貪欲に。口腔内の粘膜で彼を締め付け、唾液で濡れた音が部屋に響き渡る。上目遣いで彼を見つめ、自分がどれほど彼に心酔しているかを、その奉仕に込めた)
葵
『ふーっ、んっ……。勝様、私の口の中……心地いいですか……?』
もはや前戯など必要なかった。勝の理性が完全に焼き切れた瞬間、葵の身体は乱暴にソファへと押し付けられる。準備を整えた口腔の濡れが潤滑剤となり、猛り狂ったモノが、逃げ場のない最深部まで一気に突き刺さった。
(あまりに強烈な衝撃に、肺の中の酸素がすべて弾け飛ぶ。視界が白く染まり、思考が快楽の濁流に飲み込まれていく)
葵
『あぐっ……!! あぁぁーーっ!!』
(身体が跳ね、背中がソファから浮き上がる。内側を強引に抉られるような感覚に、恐怖さえ忘れるほどの絶頂が何度も波のように押し寄せた。彼に完全に支配され、塗り潰されていく感覚に、至上の幸福感を覚える)
葵
『勝様……っ! もっと……っ、もっと壊して……っ!』
(内壁を焼き尽くすような熱い液体の奔流に、身体が激しく痙攣する。自分が女として完成させられたという、強烈な実感が脳を灼いた)
葵
『ひぅ……っ!! ああぁっ!!』
(快感の飽和点を超え、意識が急速に遠のいていく。白濁した快楽に包まれながら、彼にすべてを注ぎ込まれた充足感に浸り、深い闇へと落ちていった)
激しい運動の後の静寂が訪れる。ソファの上には、絶頂の果てに意識を失い、心地よい疲労に身を任せて眠る二人の女と、すべてを出し切った勝だけが残されていた。
気配を察した鈴香は、静かに、一人立っていた。
中の声は聞こえない。
扉は厚く、訓練施設の奥は、外へ何も漏らさない造りになっている。
だが、彼女には分かっていた。
荒々しかった気配が、ゆっくりと静まり返っていく。
張りつめていた空気がほどけ、勝の濃厚な余韻だけが、扉の向こうから滲むように伝わってくる。
鈴香は目を伏せた。
これは単なる余興ではない。
勝が、葵と美咲を兵士から女へ戻す夜。
そして葵と美咲が、契約上の主人ではなく、心から
「勝様」
と呼ぶ主へ、一歩近づく夜だった。
鈴香には、何も聞こえない。
けれど、分かる。
今、終わったのだ。
勝が、あの二人を、力ではなく、温もりと本能で抱き締めた夜が。
そしてこの瞬間から、牧村葵と立花美咲は、ただの護衛ではなくなった。
海道勝の命を守る女になったのだ。
海道勝
海道グループを率いる巨大な支配者。
金、権力、人材、欲望を見抜く目を持ち、ただ強いだけの男ではなく、人間の奥に眠る本質を引きずり出す危険な器を持つ。
彼が誰に興味を持ち、誰を手元に置こうとするのかは、物語全体の流れを大きく左右していく。
佐伯鈴香
海道勝を支える筆頭秘書。
冷静な実務能力、先読み、根回し、危機管理に優れ、勝の意思を現実に落とし込む役割を担う。
表向きは忠実な秘書だが、その内側には強い覚悟と嫉妬、そして勝への揺るぎない忠誠が隠れている。
槇村香織
海道グループの裏側に存在する、危険な監視者。
表舞台に立つ女たちとは違い、情報、弱み、欲望、人間の闇を静かに見つめる存在。
味方なのか、敵なのか、あるいはそのどちらでもないのか。彼女の本心は簡単には読めない。
シャイラ・スタイルズ
海外から現れる、圧倒的なスター性を持つ女。
場の空気を支配する華やかさと、世界基準のプロ意識を併せ持つ存在。
彼女の登場は、海道グループの中にいる女たちへ大きな刺激を与え、物語の格を一段引き上げていく。
牧村葵
戦場を生き抜いてきた、冷徹な戦闘美女。
感情より任務を優先するタイプであり、護衛、戦闘、判断力において非常に高い能力を持つ。
だが、海道勝との関わりによって、彼女の中に眠っていた“兵士ではない部分”も少しずつ動き始める。
立花美咲
牧村葵の右腕にして、副隊長格の存在。
ステルス、潜入、情報戦に優れ、葵とは違う危険な鋭さを持つ。
忠誠心は強いが、そのやり方にはどこか影があり、表に出ない場所でこそ真価を発揮する女。




