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海道グループ〜欲望の王国で女達は頂点を奪い合う〜  作者: Fujeno Yasuko


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第1章 欲望の王国に見出された女

この物語は、すべてフィクションです。

登場人物は全員成人であり、成人同士の欲望、権力、金、社会の歪みの中で、生存戦略を練る女達のオムニバス官能ノワール群像劇です。

【新女王ランキング編】

― 欲望の盤上に咲く女たち ―


ー藤野靖子 序章ー


日本は、ゆっくりと沈んでいた。


増税。物価高。上がらない給料。

駅前では、疲れた会社員がスマホのニュースを睨み、コンビニの店員は深夜の万引きに怯え、タクシー運転手は「昔はこんな国じゃなかった」とぼやく。繁華街の片隅には、生活に追われた女達が立ち、誰もが見て見ぬふりをして通り過ぎた。


移民政策への不満、治安悪化の噂、貧困の広がり。

それが本当か誇張かを確かめる余裕すら、人々にはなかった。

ただ、皆が薄々感じていた。

この国は、もう以前のようには戻らないのだと。


そんな時代の中で、藤野靖子はまだ普通の女だった。


朝、アラームで目を覚まし、髪をざっと整え、プロテインを飲んでジムへ向かう。

彼女の仕事はスポーツトレーナー。

客の姿勢を見て、硬くなった肩をほぐし、弱った体幹を鍛え、運動不足の中年男性には少し厳しく、年配の女性には明るく声をかける。


靖子の笑顔は、ジムの空気を少しだけ軽くした。

汗に濡れた肌、鍛えられた身体、飾らない明るさ。

男達は彼女に見惚れ、女達はその健康的な美しさに憧れた。


だが靖子自身は、自分が特別だとは思っていなかった。

ただ真面目に働き、身体を鍛え、明日も今日より少し良くなればいい。

それだけの、平凡で前向きな日常。


まだ彼女は知らない。

その身体と明るさが、沈みゆく日本の裏側で力を伸ばす巨大企業――海道グループに見出されることを。


そしていつか、ひとりの権力者の部屋の前に立つことを。


午前十時。藤野靖子は、いつものようにジムの鏡張りのフロアに立っていた。


「はい、もう一回。腰を反らしすぎないで。お腹、抜けてますよ」


「は、はい……!」


 中年の男性会員、田村は息を切らしながらプランクの姿勢を保っていた。靖子の声は明るいが、指導は容赦ない。汗を浮かべる田村の横で、靖子は膝をつき、姿勢を細かく直していく。


「田村さん、ここで逃げたら先週と同じです。あと十秒、できます」


 田村は苦しそうに笑った。

 本当は、靖子に褒められたいだけだった。健康のためと言いながら、彼女の笑顔を見るために通っている。だが、その好意を悟られまいと、彼は必死に真面目な会員の顔を作った。


「……靖子さんに言われると、断れませんね」


「それ、運動不足の人がよく言う言い訳です」


 靖子はからっと笑った。田村もつられて笑い、最後の十秒を耐えきった。


 休憩時間、二人はストレッチマットの端で水を飲んだ。テレビでは、また増税と治安悪化のニュースが流れている。


「最近、変な話を聞きましてね」


 田村が声を潜めた。


「海道グループって知ってます? 警備とか医療とか、富裕層向けのサービスで急に伸びてる会社です。裏では政財界の大物相手に、特別な会員制の集まりをやってるとか」


「へえ、そんな会社があるんですか」


 靖子は興味深そうに目を丸くした。相手の話を気持ちよく続けさせるのが、彼女はうまかった。


「田村さん、そういう話詳しいですね」


「いや、噂ですよ。ただ、今の日本が不安定だから、ああいう会社が力を持つんでしょうね」


 靖子は頷いた。

 けれど、その時の彼女にとって、海道グループはテレビの向こう側にある他人事だった。


 自分の人生に、その名前が深く食い込んでくるなど、まだ少しも思っていなかった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ー海道グループ本社ー


海道勝は、赤い革張りのソファに深く腰を沈めていた。

 会員制ラウンジの奥では、女達の笑い声とグラスの音が、薄暗い空気に溶けている。


海道勝『政財界の客人の件はどうなっている』


 佐伯鈴香は黒いファイルを開き、背筋を伸ばした。


佐伯鈴香『終始、順調です。大臣経験者が二名、現職議員が一名。大手建設、医療、警備関連の代表者も参加予定です。表向きは別件の会食として処理済み。送迎、宿泊、警備導線も整っています』


海道勝『余計な口を開く者は?』


佐伯鈴香『今のところおりません。上原美沙先生の法務確認も通過しております』


 勝は、グラスを揺らしながら目を細めた。


海道勝『女達は』


佐伯鈴香『現ランキング一位の高山響子様には、すでに通達済みです。石川奈緒子様、宮川明里様、黒瀬マリア様、神崎蘭様にも順次確認を進めています。西園寺アスカ様は会場演出の格を一段上げると。須藤さおり先生は医務室の増員を手配しております』


 鈴香の声は淡々としていた。

 だが、その内容はただの宴ではない。政財界の客人、選ばれた女達、法務、医療、警備。すべてが一つの夜へ向かって組み上げられていた。


海道勝『響子が一位のままか』


佐伯鈴香『はい。現時点では、高山響子様が最も安定しております。美貌、実績、スポンサーとしての影響力、客人への対応力。どれを取っても、他の女達より一段上です』


海道勝『だが、永遠ではない』


佐伯鈴香『……新しい女を、お探しですか』


 勝は答えず、グラスの中の氷を鳴らした。

 その沈黙だけで、鈴香は理解した。

 まだ名も知らぬ誰かを、この男はすでに待っている。


海道勝『面白くなりそうだな』


佐伯鈴香『はい。ただし勝様、今回はいつも以上に人の目と欲が集まります。念のため、特別室の警備は私の判断で厚くしております』


海道勝『よくやった。少し近くへ来い』


佐伯鈴香『はい、勝様』


 鈴香は静かに膝を折り、勝の前へ寄った。

 仕事を終えた秘書の顔から、勝に最も近い女の表情へ変わる。


海道勝『今夜も、俺を退屈させるな』


佐伯鈴香『承知しております』


 勝の唇が、鈴香の唇に重なった。

 深くはない。だが、主と秘書、男と女、支配と信頼が一瞬で溶け合うような口づけだった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ー霧島冴子 序章ー


霧島冴子は、警視庁の女警部だった。


 治安の悪化した日本で、彼女は誰よりも現場に立った。外国人犯罪、半グレ、薬物、売春、貧困に沈んだ街。被害者は増え、遺族は泣き、政治家は綺麗事だけを並べる。警察組織も例外ではなかった。全てが腐っていたわけではない。だが、出世、天下り、癒着、見て見ぬふりは確かにあった。


 冴子はそれを嫌悪していた。


霧島冴子『法を守るために、被害者を見捨てろって言うの?』


 彼女は正義感だけの女ではない。冷静で、計算高く、必要なら自分の女としての魅力すら捜査の道具にした。容疑者の欲、虚栄心、恐怖、油断。冴子はそれらを読み取り、時に違法捜査と呼ばれる境界を踏み越えた。


 それは、正しい手段ではなかった。


 だが、その結果、救われた被害者がいた。真実を知ることができた遺族がいた。闇に消されるはずだった事件が、冴子の執念で表に出た。


 しかし世間は、彼女を許さなかった。


 ルールを破った女警部。

 悪の手段で正義を語る女。

 警察の恥。


 テレビもネットも、冴子に悪のレッテルを貼った。


 それでも、冴子はまだ辞めるつもりなどなかった。

 自分が間違っていないとは思わない。だが、何もしない綺麗な正義より、泥をかぶってでも誰かを救う悪の方が、まだましだと思っていた。


霧島冴子『私は、まだ降りない』


 この時の冴子は知らない。

 その信念がやがて彼女を警察から追い出し、海道グループの違法な夜宴を守るバウンサーへと変えていくことを。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

ー松本佐和子 序章―


松本佐和子『あー、今日も稼いだ稼いだ。やっぱ、あたしって持ってる女じゃん』


キャバクラの更衣室で、佐和子は一万円札を扇のように広げた。紫のネイル、金髪のポニーテール、派手なメイク。鏡の前に立つ彼女は、確かに目立っていた。


だが、それだけだった。


店の本当の上位嬢たちは、佐和子を見ても嫉妬しない。笑いもしない。相手にしない。佐和子は騒がしく、派手で、男の目を引く。けれど、夜の世界の中心には届かない。


松本佐和子『なに見てんの? あたし、今日も太客ついたんだけど』


同僚のキャバ嬢『はいはい、よかったね』


その軽い返事が、佐和子の胸に小さく刺さった。


目立っているはずなのに、誰も本気で見ていない。


欲望で遊び、金を掴んだ気になり、ホストと借金と見栄でまた消えていく。佐和子は底辺のまま、派手なだけの夜を繰り返していた。


その夜、佐和子の席に座った太客は、いつもの男たちとは違った。


太客『佐和子ちゃん。もっと大きく稼ぎたいと思わないか?』


松本佐和子『は? そりゃ思うに決まってんじゃん。なに、店でも出してくれんの?』


太客『店じゃない。海道グループのパーティーだ』


松本佐和子『海道グループ? なにそれ、金持ちの乱痴気騒ぎ?』


太客『ただの遊びじゃない。欲望に順位がつく場所だ。女も男も、金も身体も才能も、全部まとめて格付けされる』


佐和子はグラスを置いた。


太客『ランキング一位になれば、月に一億のボーナスが出る』


松本佐和子『……いちおく?』


太客『二位は九千万。三位は八千万。順位がひとつ下がるごとに一千万ずつ落ちる。十位で一千万。十一位以下は、無しだ』


松本佐和子『無しって……ゼロ?』


太客『そうだ。十位以内に入れば勝者。十一位以下は、ただの参加者。客の指名料、ギャラ、裏の契約、贈り物。上に行く女は、夜の桁が変わる』


佐和子の目が、札束を見る目に変わった。


太客『男性参加者は1000万。女性は100万。払えない女は、夢を見る資格すらない』


松本佐和子『女からも取るんだ』


太客『当然だ。海道グループは優しくない。欲望を売る場所じゃない。欲望を持つ者から、金を吸い上げる場所だ』


松本佐和子『でも、上に行けば一億……』


太客『佐和子ちゃんなら、可能性はある』


その言葉は、甘かった。


褒め言葉の形をした釣り針だった。


だが佐和子は、それを褒め言葉として飲み込んだ。


松本佐和子『あたし、いけると思う?』


太客『顔も身体も派手さもある。ただし、あそこには本物が来る。金持ちに選ばれる女、権力者に抱えられる女、業界人に拾われる女。目立つだけじゃ、すぐ埋もれる』


松本佐和子『……目立つだけじゃ、駄目ってこと?』


太客『そうだ。海道グループでは、目立つ女ほど早く値踏みされる』


佐和子は黙った。


鏡に映る自分は、いつも通り派手だった。だが、その派手さの奥にある空っぽさを、初めて少しだけ見た。


松本佐和子『100万で、一億の入口か……』


太客『安い夢だろ?』


松本佐和子『違うね。あたしが勝てば、安かったって話になるだけ』


佐和子は笑った。


強がりと欲望と焦りが混ざった笑みだった。


まだ彼女は知らない。


海道グループの闇では、女の美しさも、欲望も、借金も、野心も、すべて値札に変えられる。


そして十一位以下の女には、名前すら残らない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ー有本由香 序章―


円の価値は下がり、かつて先進国と呼ばれた日本は、夜景だけを美しく残して腐っていた。


高層ホテルの最上階。

窓の外には、外資に買われたビル群、政治家が密会する会員制ラウンジ、そして欲望を高級と呼び替えた街の灯りが広がっていた。


その部屋に、有本由香はいた。


今夜の名は、ユウカ。

高級コールガール。

本当の顔は、海道グループの闇を追うジャーナリスト。


相手は、須江晴賢。

財務省大臣官房審議官、主計局担当。

各省庁の予算要求、国有地、補助金、外郭団体への金の流れに影を落とせる男。政治家が表で叫ぶ前に、金の蛇口を握る側の人間だった。


須江晴賢『君が、ユウカか』


有本由香『はい。今夜は、好きにしてください』


須江晴賢『そういう女ほど、扱いにくいものだ』


須江の皮肉まじりの台詞に、人間性がでている。


有本由香『怖い人ですね』


須江晴賢『怖い男が嫌いなら、帰ればいい』


有本由香『帰るには、少し景色が綺麗すぎます』


須江は笑わなかった。

だが、由香を見る目にわずかな興味が混じった。


この男は、簡単には油断しない。

由香は最初からそれを分かっていた。


だから、賢さを隠しすぎない。

馬鹿な女を演じすぎれば、須江は退屈する。

頭の切れる女を見せすぎれば、須江は警戒する。


その境目に立つ。


有本由香『須江さんみたいな人は、普通の女じゃ退屈でしょう?』


須江晴賢『君は普通ではないと?』


有本由香『普通に見せるのが、仕事です』


須江晴賢『……面白い』


その一言で、夜が始まった。


唇が重なった。

由香は目を閉じた。


キスは、取材ではなかった。

けれど、取材の入口だった。


須江の呼吸、指先の癖、警戒が強まる瞬間、緩む瞬間。

由香はすべてを感じ取り、記憶に刻んでいく。


有本由香『……んっ』


短い喘ぎだけが、部屋に落ちた。


須江は由香の反応を見ていた。

女として夢中にしているのか。

それとも、自分が試されているのか。

その疑いを、由香は肌の温度と吐息で少しずつ溶かしていく。


夜景の光が、二人の影をガラスに映した。


由香は須江を急かさなかった。

媚びすぎず、拒みすぎず、ただ相手の支配欲が満たされる角度で身を預ける。


有本由香『あ……須江さん……』


声は甘く。

意識は冷たく。


須江の手が強くなる。

由香は息を乱し、須江の視線を受け止めた。


須江晴賢『君は、頭の中まで計算しているように見える』


有本由香『そんな余裕……ないです』


嘘だった。


余裕などない。

けれど、計算はしている。


須江がどの言葉に反応するか。

どの沈黙で支配した気になるか。

どの喘ぎで疑いを忘れるか。


由香は自分の尊厳を削りながら、記者としての刃を研いでいた。


やがて、二人は深く重なった。

合体の瞬間、由香は思わず息を呑んだ。


有本由香『……っ、ん……』


須江の衝撃は、荒々しさよりも、権力者特有の確信を帯びていた。

自分は選ぶ側だ。

自分は失わない側だ。

そう信じている男の重さだった。


由香はそれを受け止めた。


喘ぎ、震え、視線を逸らし、また戻す。

そのすべてを、須江に「この女は自分に夢中だ」と思わせるために使った。


須江の呼吸が深くなる。

警戒の角が、少しずつ丸くなる。


由香は何も聞かなかった。

聞くのは、後だ。


今は、この男を夜の中へ沈める時間だった。


長い熱が過ぎ、須江が果てた後、部屋には夜明け前の静けさが降りた。


須江は酒を口にし、窓の外を見ていた。

肩から力が抜けている。

目はまだ鋭いが、先ほどよりも人間の疲れがある。


由香はシーツを胸元に寄せ、甘えるように須江の腕へ頬を寄せた。


有本由香『須江さんって、やっぱり普通の人じゃないですね』


須江晴賢『今さらか』


有本由香『だって……お金持ちのお客様はたくさん見てきたけど、須江さんは違う。お金を持ってる人じゃなくて、お金の流れを決める人みたい』


須江の目が、横へ動いた。


有本由香『あ、ごめんなさい。変なこと言った?』


須江晴賢『誰に聞いた』


由香は内心で息を止めた。

ここからが本番だった。


有本由香『噂です。前に来たお客様が言ってたんです。財務省の人で……名前は忘れましたけど、酔うと偉そうで』


須江晴賢『財務省の誰だ』


有本由香『本当に覚えてません。ただ、海道って名前は覚えてます』


須江の指が、グラスの縁で止まった。


有本由香『その人が言ってたんです。海道グループに流れる金は、表から見ると綺麗だけど、裏では別の帳簿があるって』


須江晴賢『……君は、コールガールのくせに耳が良すぎる』


有本由香『夜の女は、聞いてないふりが仕事ですから』


須江晴賢『その話を、他で喋ったか』


有本由香『喋るわけないじゃないですか。怖いもの』


由香は、怯えた女の顔を作った。

だが、その奥でジャーナリストの有本由香が目を開く。


須江晴賢『海道の名前を軽く出すな。あそこは、政治家の遊び場じゃない』


有本由香『じゃあ、何なんですか?』


須江晴賢『金を洗い、人を選び、弱みを保管する場所だ』


由香の心臓が大きく鳴った。


須江晴賢『政界、財界、官僚、外資。表で繋がれない連中が、あそこで繋がる。書類に残せない合意ほど、ああいう場所で決まる』


有本由香『須江さんも、そこに?』


須江は由香を見た。


須江晴賢『君は、知りすぎる女だ』


有本由香『今夜だけ、馬鹿な女でいます』


須江晴賢『馬鹿な女は、そんな目をしない』


一瞬、由香の背筋が冷えた。


見られている。

この男は、まだ疑っている。


それでも由香は逃げなかった。


有本由香『じゃあ、賢い女として聞きます。須江さんは、海道に利用されてるの? それとも、海道を利用してるの?』


長い沈黙。


窓の外が、少しだけ青くなり始めていた。


須江晴賢『利用し合っている。私は金の流れを知っている。海道は人間の欲を知っている。国を腐らせるには、その二つがあれば足りる』


夜明け前だった。


由香は、ついに確信した。


海道グループは、ただの闇のパーティーではない。

国家の金、人間の弱み、権力者の欲望が交差する場所。

そして須江晴賢は、その入口に立つ男だった。


有本由香『……怖い話』


須江晴賢『忘れろ』


有本由香『忘れます…。』


須江はその意味に気づかなかった。


由香は静かに目を伏せた。


売春婦ユウカは、夜明け前に男の腕の中で眠るふりをした。

だが、ジャーナリスト有本由香は、心の中で最初の一行を書いていた。


――この国の腐敗は、夜景の一番美しい部屋から始まっている。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


ー第1章 終章 まだ見ぬ女王ー


海道グループ本社、最上階。


夜の東京を見下ろす会議室には、濃い葉巻の煙と、金の匂いが沈んでいた。

壁一面のモニターには、海道グループが管理する女達のランキング、指名料、顧客満足度、VIP評価、裏の評判までが数字として並んでいる。


その最上段にある名前は、ただ一つ。


高山響子。


現在ランキング一位。

海道勝のビジネスパートナーであり、女としても、経営者としても、夜の世界を支配する頂点の存在だった。


だが、海道勝の目は満足していなかった。


海道勝『響子は強い。金も、身体も、頭もある。だがな……完成された女は、時に退屈だ』


黒服達は誰も答えなかった。


勝は椅子に深く座り、太い指でランキング表を弾いた。


海道勝『俺が欲しいのは、響子を超える女だ。まだ誰にも磨かれていない。自分の価値にも気づいていない。だが、一度火がつけば、会場全体の空気を変える女だ』


その言葉に、部屋の空気が変わった。


勝の隣には、海道美桜がいた。


金の玉座のような椅子に背を預け、風神と雷神を思わせる像を左右に従えた彼女は、一言も発しない。

黒く長い髪、鋭い視線、勝譲りの闘争本能。

黒服達が“女神”と呼ぶだけの威厳が、沈黙の中にあった。


美桜は父の欲望を知っていた。

そして、その強さも認めていた。


勝は、人を見る目を持っている。

金と欲望を結びつけ、女達の才能すら商品に変える冷酷な嗅覚がある。


だが、美桜は女だった。


だからこそ、父のその目を軽蔑した。


女を宝石のように見つけ、刃物のように磨き、最後は自分の舞台に飾る。

それが海道勝という男のやり方だ。


美桜は何も言わない。


ただ、沈黙だけで父を見ていた。

その沈黙は、反抗ではない。

軽蔑を飲み込んだ、王族の沈黙だった。


佐伯鈴香『勝様。すでに包囲網は組めます』


鈴香が一歩前に出た。


黒のタイトなスーツ、整った髪、秘書としての完璧な所作。

だが、その目はただの秘書ではない。海道勝の欲望も、機嫌も、危険も読み取る女の目だった。


佐伯鈴香『まず、既存のスカウト網を拡張します。銀座、六本木、歌舞伎町、博多、中洲、北新地。キャバクラ、ラウンジ、撮影会、地下アイドル、インフルエンサー、配信者まで対象を広げます』


海道勝『表の女だけでは足りん』


佐伯鈴香『承知しています。裏の噂も拾います。男達の酒席で名前が出る女。SNSでは無名でも、一部の界隈で異常に語られる女。店では下位でも、客の記憶に残る女。金ではなく、本能で男を振り向かせる女』


勝の目が、わずかに光った。


佐伯鈴香『さらに、黒服を街に散らします。派手な女だけではなく、本人も自覚していない逸材を探させます。男が列を作る女。女が嫉妬する女。場の空気を変える女。響子様のように完成された女ではなく、未完成のまま頂点へ届く可能性を持つ女を』


黒服リーダー『対象を見つけ次第、身辺、金銭状況、交友関係、家族構成まで洗います』


海道勝『いい。だが、壊すな。逸材は、雑に扱えば輝く前に濁る』


鈴香は静かに頷いた。


佐伯鈴香『勝様が求める女は、商品ではなく、現象です。現れた瞬間に、ランキングの意味そのものを変える女』


その言葉に、美桜の瞳がわずかに動いた。


現象。


父が求めているのは、ただ美しい女ではない。

響子を超え、女達の序列を狂わせ、海道グループの舞台そのものを変える存在。


海道勝『探せ』


勝の声が、会議室に重く落ちた。


海道勝『響子を超える女を。俺の舞台に、新しい女王を連れてこい』


黒服 A『承知しました』


美桜は最後まで沈黙していた。


だがその胸の奥で、冷たい予感が生まれていた。


父が探している女は、きっと来る。

そしてその女は、海道グループに富をもたらすだけではない。


この腐った王国の玉座を、揺らす。


夜明け前の東京で、まだ誰もその名を知らない女が、どこかで息をしていた。


藤野靖子

本作の中心人物。

明るく健康的で、人を惹きつける笑顔を持つスポーツトレーナー。本人はまだ自分の価値に気づいていないが、その存在はやがて海道グループの視線を集めていく。


海道勝

海道グループを率いる男。

金、権力、欲望、人間の価値を冷徹に見極める支配者。靖子のような“原石”を前にした時、その目は経営者ではなく、獲物を見つけた男のものへ変わる。


霧島冴子

鋭い観察眼と実戦的な判断力を持つ女。

元刑事としての経験を感じさせる冷静さがあり、ただ美しいだけではない危険な存在。彼女がどの立場で物語に関わるのかは、今後の見どころ。


高山響子

美貌、財力、実績を兼ね備えた大人の女。

海道グループと関わる側の人間であり、ただ流される女ではなく、自分の価値と武器を理解して動く人物。靖子とは違うタイプの“完成された女”として登場する。


松本佐和子

欲望の街で生きる、どこか危うい女。

金、承認欲求、男、成り上がりへの憧れを抱えながら、まだ自分の本当の武器を理解していない。光に向かうのか、闇に沈むのか、読者に見届けてほしい人物。


有本由香

危険な場所にも踏み込むジャーナリスト。

ただの取材者ではなく、相手の懐へ入り込み、空気を読み、真実へ近づく度胸を持つ女。海道グループの闇を追う存在として、物語に別の視点を与える。


海道美桜

海道の名を持つ、ただならぬ存在。

まだ多くを語れないが、血筋、気配、存在感だけで周囲に緊張を走らせる人物。彼女の本質は、物語が進むほど明らかになっていく。


佐伯鈴香

海道勝のそばで動く筆頭秘書。

冷静で有能、そして誰よりも勝の意図を読み取る女。表に出す感情は少ないが、海道グループの秩序を支える重要人物として、海道勝の裏側を支えている。

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