第7話 真っ白に飛ばして
「ロボちゃん……?」
瓦礫の山に突っ込んでいても、マイの顔はよく見えた。
目を瞑りたくてもできなくて、彼女の表情が目に入った。
茶髪の少女の両の眼は、ショックを受けたように見開かれていた。
『だから、人付き合いは嫌いなの……』
「ど、どういうこと……? 説明してよ……?」
漏れ出てしまった呟きに、大げさな反応をして詰め寄るマイが視界に入って、その光景から目を背けられないことに、リコは心底うんざりしていた。
『もういい……どこか、遠くへ行って』
「な、なんで!? そんな身体で……ロボちゃんすっごくボロボロじゃん!」
『ボロボロ……?』
言葉を受けて、リコはマイの全身を見回した。
血のにじんだ手袋に、泥だらけの靴。
土で汚れた白の制服に、端の方が破けたみすぼらしいスカート。
極めつけは、汗と涙と泥にまみれて、なおこちらを見据えるその表情。
対してこちらは、瓦礫の一部を失っただけ。
『ああ、ひょっとして、嫌味で言ってるの?』
どう考えても、自分よりマイの方がボロボロに決まっていた。
現実味のない自分の身体より、生身を傷つけているマイの方が辛いに決まっていた。
大きな身体を振り回している自分より、それに巻き込まれかけたマイの方が怖かったはずだった。
「そ、そんなこと……」
『ああ、そうなのね』
そうだ。
この状況で自分の心配をする行為が、嫌味でなければなんだというのだろう。
もはやマイの弁解は、リコの耳には入っていなかった。
(あなたもきっと、私のことを見下してるだけ)
リコにはマイが言葉に乗せた「裏の意味」しか伝わっていなかった。
こうして問い詰められてなお、自分を憐れむマイの行動に付けられる説明は、それしか思いつかなかった。
『もう一度言うわ。今すぐ、どこか、遠くへ行って』
「そんな……!」
『見て分からないの? 私、もう動けないのよ?』
「だったら尚更」
「尚更なに? あなたがずっとここに居て、何かできることがあるの?」
「それは……」
ボロボロとは言え、マイは五体満足のはずだ。
自分を置いてすぐに旅立てば、誰か助けてくれる人にでも会えるかもしれないのに、そうしないのは非効率だ。
リコはそういう風に思って、続けてマイを責め立てる。
『悪いけど、私に何か期待してるなら、無理だから』
「無理って……何が……?」
なにせ、リコは分かっていたのだ。
自分がここまで逃げおおせるまでに踏みしめた地面の足跡や、なぎ倒した若木の痕跡をたどれば、ヤツらの内誰かが、すぐにここを突き止めてしまうと。
自分はこの体でいる限り、絶対に追いつかれてしまうと。
だからリコは、気がついてしまったのだ。
『あなたが居ても何にもならないの。だから、私の目の前から消えて』
足手まといは彼女ではなく、身体の大きな自分なのだと。
無法者たちから逃げ延びられるのは、人の身を持つマイだけなのだと。
目の前の少女は、自分に構うだけ無駄なのだと。
『どうせ、友達でも何でもないんだから』
そうだ、全てはあの日記帳を手に取った瞬間から狂い始めた。
友達でもないのに後を追いかけて、義理もないのに手を取った。
必要もないのに一緒に歩いて、守る気も無いのに立ち向かった。
それなのに自分は、死の恐怖を感じた瞬間、マイを置いて逃げ出した。
だから。
(私はやっぱり、人付き合いに向いてない)
改めて、そう思ってしまったから。
リコはあくまで、自分のために動くことにした。
マイとの関係性が深まる前に、一人で消えてしまいたかった。
自分勝手に、塞ぎ込んでしまいたかった。
「ねえ、ロボちゃん……」
こうして自分勝手な物言いをすれば、強く拒絶してくれると思った。
今までは、そうだったから。
今回もうまくいくと思った。
「すーっ……!」
だから――
「いくらなんでもッ!! 嘘、下手すぎだから!!」
先程まで、伏せていた涙目で思いっきり睨まれて。
そんな言葉を叫ばれて、リコの脳内は真っ白になった。
「言っとくけど……!! さっきの言葉も全部全部ッ不器用すぎだから!!」
あっけにとられたリコの身体に、ジャンプしたマイが飛び込んで。
目玉の前に仁王立ちになって、思い切り踏み込んで何かを叫んだ。
「そんなに私を逃がしたいんだったら!! 私だって言わせて貰うから!!」
一拍遅れて意味を理解して。
否応なしに次の言葉を待ち構えてしまった。
「何言われたって絶対絶対――!!」
格納庫の中に響く宣言。
反響して伝わる言葉の意味。
残念ながら、リコ自身が、それらすべてを飲み込むことが出来たとは言い難い。
なにせ、ショックが大きすぎたのだ。
大音量で聴覚を貫いた宣言が……涙を散らして叫ぶマイの表情が……
「絶対絶対!! あなたのこと置いてったりしないから!!」
それ以外の光景を真っ白に飛ばして、脳裏に焼き付いてしまったのだ。




