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第6話 ジリジリと焼ける


 実のところ、リコはこうした事態を全て正確に把握できているわけではなかった。

 視界に映る光景と、耳に飛び込む声を認識することはできていたが、冷静に状況を分析することはできずにいた。


(痛い、痛い、逃げなきゃ、逃げないと)


 すなわち、あの盗賊に触れられて、全身に凄まじい痛みを覚えてから、リコは恐慌状態に陥ってしまっていた。

 逃げなければならないと思っているのに全身は硬直して思うように動かず、ただ目の前に広がる光景を眺めつづけているだけ。


『【皆殺ス突撃兵】、交戦開始』


 だがしかし、その物騒すぎる名乗りの言葉で。

 その巨大兵器の役割を指し示すような言葉で、リコは強く思うことになった。


(逃げないと……殺される……!)


 もはや、自分が瓦礫の身体を持っていることなど忘れて、リコはがむしゃらに身を起こした。

 両腕を使わず、足腰だけを用いて上体を起こした反動で、リコの上に乗っていた盗賊が甲高い悲鳴を上げつつ跳ね飛ばされる。


 そのせいだろうか。


『あ……』


 物騒な名前の青い人影が振り向いて、リコの方へ身体を向けた。

 騎士兜のように無機質な面が、リコの方へ向き直って大剣を構える。

 彼のそうした反応が友好の印でないことは、誰の目にも明らかだった。


 そう、その場の誰の目にも。


「待って! ロボちゃんを殺さないで!」


 だから、それを見た飯間マイがリコの前に飛び出すのは、自然な事だったと言える。

 【皆殺ス突撃兵】の出現により、盗賊たちは明らかに動揺していたし、戦闘の開始に伴って、生身の盗賊は全員距離を取っていた。


『……何だ?』


 マイの説得によるものか、それとも単にあっけにとられただけか。

 突撃兵は、大剣を構える動きを止め、一言呟いていた。

 訝しげな声色でマイを見据えつつ、明らかに硬直してしまっていた。


『隙ありだなぁ!』


 その硬直の隙を突くように、ブルドーザーに乗った盗賊が襲い掛かる。

 背後からの強襲を受けた突撃兵は、そのまま押し倒される……ことはなく、即座に反転させた大剣の腹で、大きな爪の攻撃を受け流している。

 今、突撃兵の注意は完全に、ブルドーザーの方へ向いている。


(今なら……逃げられる!)


 そう考えてからは早かった。

 リコは起こした上体を立てて膝立ちになり、そのままがむしゃらに駆け出した。

 そうして逃げ出した後で、マイを連れ忘れたことに気が付いたが、幸いにも彼女はリコのすぐ後ろについて来ていた。


 背後からは盗賊たちの喧騒と、巨大兵器同士のぶつかり合う音だけが響いている。

 そんな戦闘が注目を引いたせいか、二人の後を追う新たな人影が現れることはなかった。


◆◆◆


 山地を駆け下りるように走り続けた末に、リコはある場所にたどり着く。

 それは、現代日本で言うところの体育館のようなシルエットをした、巨大建造物だった。

 リコの身体もまだ3、4メートルはあるはずだったが、軽くその三倍はありそうな高さで、広さも十分に取られている。


 もし、リコに十分な知識があったのなら、それはまるで格納庫のように思えたことだろう。軍の滑走路や、その他軍事基地に備え付けられた、戦闘機や爆撃機、戦車や兵員輸送車を格納しておく格納庫のように。


「ろぼちゃ……待って……」


 少し遅れて、立ち止まったリコの後ろに、マイの姿が現れた。

 ひどく息を切らせながら、膝に手をついて立ち止まるマイの姿に、リコは自責の念を覚えるが、それを口に出すことはなかった。


「あ……あの建物を調べるの? 私も一緒に行くよ!」


 フラフラと歩を進めるリコの気を引くようにマイは宣言するが、リコが言葉を返すことはない。先程までの激情とはあまりに異なるテンションにマイは首を傾げるが、その間にリコは進み始めてしまっていた。


 格納庫の入口は今のリコでも通過できる程度に開け放たれているようだ。しかし、中には鉄くずや瓦礫が放置されており、はっきり言って足場は悪い。

 ましてや、今のリコには両腕が無いわけで。


 瓦礫の一つを踏みしめたリコが体勢を崩してしまうのも、仕方のないことだったと言えるだろう。


「ロボちゃん!」


 マイの悲鳴にも似た叫びと共に、リコの体が横滑りする。

 受け身を取る事もできずに瓦礫に突っ込んで、あちこちから破砕音を響かせつつリコの身体は地に伏してしまう。


「ロボちゃん! ロボちゃん大丈夫!?」


 あくまで無言を貫いてきたリコも、流石に平静を保てなくなって来ていた。心配の籠ったマイの叫び声を幾度も浴びせられるにつれ、凪を保とうとしていた精神にも、引っかかるものが生まれてしまった。


『あのさ……ホントに……』


 それは、心配に対する感謝の気持ちとは程遠い、反骨心にも似た感情。


『ホントにうるさいから……』


 八つ当たりじみた憤怒の炎が、リコの内心をジリジリと焼き始めた。


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