第2話 現状を整理しましょう
『ひとまず、現状を整理しましょう。とりあえず今わかってることから……』
「ちょっ、ちょっと待って! とりあえずここから下りたいんだけど!」
頭の中を整理しようとしたところで、マイの声が挟まれる。リコも現状が全く分からない状態ではあるが、それはマイも同じである。
もしかすると、瓦礫を動かしている感覚がある分、リコの方がまだ冷静に状況を把握できているかもしれない。
『そうだった。とりあえず飯間さんは……どこにいるの?』
現状、リコの視界にマイらしき人影は映っていない。先ほどと変わらず声だけが上の方から聞こえるといった状態。
「えっと、なんというか……やっぱり私、上に居るんだと思うんだ」
『上? それって……天の声みたいな?』
と、ふと思い付いた言葉を発してみる。
もし、マイがどこか遠い場所に居て、スピーカーか何かで話しているのなら、声がずっと上から聞こえることにも説明が付く。
「いやちがくて。なんていうか……」
抑揚の無い否定。
リコは適当な言葉を発したことを反省した。
「本当に上の方にいてさ、もしこれが本当にロボちゃんならって話にはなるけど……私オンザロボちゃんみたいな?」
飯間マイon the 自分。
たしかに、リコの視界に真上は映っていない。
『なるほど……』
多言語アプローチでやっと理解できた。つまりは、リコの上にマイがいるのだろう。そう考えるとまたよくわからなくなってくるが、一回理解できたのだからやることは簡単だ。
『とりあえず、そこから降りられる……?』
◆◆◆
『改めて、現状を整理しましょう』
「うん、わかった!」
地面に座るマイを地上四メートルの位置から見下ろしながら、リコは話を切り出してみる。
ちなみに、この状態に至るまでの間にマイがリコの上から飛び降りようとしたり、リコがそれを止め、自分の「腕」を足場にしてマイを下ろしたりというやり取りが挟まれていたりする。
『とりあえず、わかってることから。私はさっき目が覚めて、起きたらこうなってたんだけど……飯間さんはどんな感じ?』
「えーっとね……私も目を覚ましたのは同じ。気づいたらここにいたんだよね」
ここ、つまりはこの瓦礫の山の上に居たということだ。
瓦礫はほとんどが石材のようだったが、改めて見てみると、まばらに金属や、木材のようなものも混じっていることがわかった。
もちろん、リコがそのことに気付けたのは、その「瓦礫」が自分の身体を構成しているからなのだが……なんにせよ、ただそれだけの情報で、自分たちが今どんな状況に身を置いているか、把握できるはずもない。
『まあ、次に行きましょう。とりあえず今の私たちの状態だけど……見た感じ、飯間さんは普通っぽいわね……』
「うん、多分普通。制服もそのままだし、リュックもあるよ。あとはまあ……日記帳も」
飯間マイの状態はいたって普通。
強いて言うなら、制服が汚れてしまっているくらいだ。
日記帳をしっかり持っているのには少し驚いたが、だからといって何か問題があるわけではない、
『まあうん……大丈夫? 手とか怪我してない?』
「だいじょう……あ、いやちょっと血が出てるかな?」
そう言うマイが手袋を外し、右の手の甲を露わにすると、確かに血がついていた。
ここまでのあれこれで打ってしまったのか、同じ場所には打撲痕のようなものも見える。
『結構酷そうね……テーピングとかした方がいいんじゃない?』
マイの心配をすると同時に、リコはふと不思議に思った。
どうして、四メートルほど上から眺めているのに、打撲痕や、服の汚れがこうもはっきりと見えるのだろう?
視界がズームされているというより、そこにあるものが「視える」のだ。どんなに小さくとも、はっきりと。
「小さい救急箱なら持ってるから大丈夫……というか、私のことは大丈夫だけど、問題はロボちゃんのほうだよ!」
リコがまた考えこみそうになったところで、マイが大きな声を上げた。
考えてみれば当然である。
どう考えても、現状を振り返るべきなのはリコの方である。
『それはそうなんだけど……本当にさっき話した通りなの。言っちゃうと、何もわからない』
「まあ、だよね……」
再びの沈黙。
先ほどまでは勢いで会話できていたが、二人は朝一の挨拶以外、まとも喋ることすら無かったわけで。
その挨拶もほとんど一往復ほどで終わっていたので、いざ話してみると会話が続かない。
『……なんでこんなことになってるんだろ』
リコの心の声が漏れる。あるいは、誰かに聞いてほしいと思ったから、発してしまったのかもしれないが。
なにやら、その声がマイに気付きを与えたようだ。
「……そう、そうだ! 目を覚ます前のこと、ロボちゃんはどこまで覚えてる?」
『あっ、たしかに!』
現状の整理より、先にやるべきことがあった。
目を覚ました後、こんなことになっているのなら、当然、目を覚ます前になにかがあったはずである。
いざ思い返そうとしてみれば、記憶は続いて出てくるもので、リコがその日のことを言語化するまでに、そう長い時間はかからなかった。
『それで……飯間さんの手を取って走ったら、変な声が聞こえて。気付いたら地面に倒れてた。はっきりしてる記憶はそこまでかも』
できるだけ感情の動きは省いて、簡潔に。
日記帳を届けに言った理由や、手を取った理由については「そうしようと思ったから」で済ませて事実を述べる。
「そっか。途中からは私が見たことと同じだね。それからのことは覚えてる?」
『それから……たしか、またあの男の人が何か言った後、真っ白な何かに包まれた……って感じ?』
リコがそう言うとマイは深く頷いた。
「そう! 私絶対あの人の仕業だと思うんだよ!」
大きく声をはってマイが叫ぶ。
突然怒りをあらわにしたマイにリコは少し驚くが、概ねリコの意見も同じだった。
「そうじゃなくても、なんか氷みたいなの取り出して投げつけてくるし! 私の携帯落としちゃったのだってアレのせいだもん!」
どうやらマイは携帯の充電を切らすどころか、携帯自体を落としてしまっていたようだ。
文面だけ見ればうっかりにも思えるが、突然他人に何かを投げつけられればそうもなるだろう。
『ひょっとして飯間さんって、あの時防犯アプリ鳴らしてた?』
「えっ? う、うん、鳴らしてたよ。夜道で詰め寄られちゃったから怖くて……」
あの時、すぐに途切れた防犯アプリの音。使い間違いかと思っていたが、極めて正しい使われ方をしていたらしい。
(それであんなに怯えてたのね……とんだ面倒に巻き込まれたと思ってたけど、巻き込まれたのは飯間さんも同じか……)
そんなことを考えながらリコは静かにマイを見つめる。
マイも思い返しているのか、表情は暗く、視線は下方を向いている。
「……ごめんね、ロボちゃん。変な事に巻き込んで」
『えっ?』
突然の謝罪に、リコは内心慌てだす。
(ひょっとして、今のも聞こえてた!?)
「本当は、ノート届けるだけのつもりだったんだけど……」
マイの視線は下を向いたまま。
どうやら、ただ唐突に落ち込んで、謝罪の言葉を口にしただけらしい。
「なんか、こうなっちゃった」
リコはホッとした気持ちになるが、マイの顔から何かがこぼれたのを見て、また慌てだす。
無色透明の液体。汗ではないだろうから、おそらくは涙。
リコには落ち込む友人を慰めた経験が無い。
このままどん底まで行ってしまっては自分の方が困ってしまう。
「別にいいわよ。飯間さんが悪いわけじゃないし」
「そう……だね」
試しに責任をあの男性の方に流してみたが、あまり効果はなかったらしい。マイの声はか細く、消えてしまいそうだ。
(これどうしよ……どうすれば……)
リコはまたまた思考を巡らせ、結局、行きついた先にあった言葉をそのまま口にしてみることにした。
『まあ、日記帳まで届けられたのは困ったけど』
「あ゛っ!! そうだ! 結局あれ中身見たの!? みてないよね!!?」
思った以上の食いつきに困惑する。
勢い良く持ち上がったマイの顔には涙が浮かんだままだが、表情から見て取れる感情は、明らかに別物になっていた。
その理由はリコにはわからない。
だって、本当に見ていないのだから。
『う、うん。なんでそんなに慌てるのかわかんないくらいには見てないわ』
「そ……そっか。ならいいんだけど」
少しの沈黙の後、今度はマイが顔に笑みを浮かべる。今の流れに面白いところがあっただろうかと、リコは怪訝な気持ちになる。
『今度は何?』
「……ふふっ、いや、ちょっと嬉しくなっちゃった」
『嬉しい?』
先ほどまで涙を流しておいて、今度は喜びだしてしまった。
涙がまだ残っているせいか、やけに目が輝いて見える。
リコはオウム返しで反応してしまったものの、頭の中は「?」で埋まっている。
「うん、なんていうか、ロボちゃんとこんなに話せてるのが嬉しくて」
『えっ……あっ』
言われて気付いた。思えばリコは、今までマイに話しかけられても、一言二言で会話を終えてしまっていたわけで、リコから話題を提供したことなど、おそらく一度もなかっただろう。
それが今は、「現状を整理しましょう」なんて言って、自分から話しかけてしまっている。
『……そう』
そのことに気付いた瞬間、リコは決して小さくはない、後悔にも近い羞恥心を感じてしまった。つまりはなぜ、自分はこんなにも余計なことを話してしまったのだろうと、
『……まあ、現状の整理はこんなものかしら』
「えっ? あ、うん……そうだね」
マイの表情が普通に戻る。残っていた涙にも気づいたようで、制服の袖で顔を拭った後、マイはリコに向き直した。
◆◆◆
ただでさえ高低差の激しいゴツゴツとした岩肌を、瓦礫の足裏で踏みしめて進む。歩を進める度に石材が擦り合わされる音が響いて、耐え難い不快さが耳を突く。
もちろん、今現在自分の耳の位置が分かっているのはマイだけなのだが、彼女は足元の瓦礫にしがみつくのに必死で、耳を塞いでいる余裕はないようだった。
(やっぱり、別々に歩いた方が良かったかな)
現在、約4、5メートルの身長を持っているリコがこうして、再びマイを自分の上に載せているのには訳がある。
先ほど、足元で話している分には問題なかったのだが、あまり離れすぎるとリコの声が届かなくなってしまうようなのだ。
マイによると、極端にすぐそばでしか聞こえないというわけはないのだが、一定距離離れるとぷっつりと何も感じられなくなってしまうらしい。
頭の中に直接声が聞こえているような感覚に近い、とマイは少し興奮気味に語っていた。
『辛そうなら、やっぱり降ろしましょうか?』
「いや、大丈夫! なんか平らな石にうまいこと引っかかれてるから!」
『そう……?』
大丈夫の理由はよくわからなかったが、彼女がそう言うのなら、きっとそれでいいのだろう。リコもなるべく振り落としたりしないようにはするつもりだったが、如何せん慣れない身体である。
一歩一歩、配慮して進もう思っても、全てに気を配るのは不可能だ。
『あ』
「え?」
ちょうど今動かした足裏の瓦礫と、岩肌の噛み合わせが悪かったらしい。リコはバランスを崩さないように努めたが、岩肌の方が欠けてしまったらしく、ガガガッと寒気のする音を立ててリコの下半身が沈みだす。
『ごめん、飯間さん。踏ん張って』
「えっ!?」
せめて大事にならないよう、両手で尻餅をつくように身体を屈めたら、全身が斜面に突っ込んでしまった。滑り台を滑るように訪れた滑落感に、マイも状況を理解したらしく、目を見開いて息を吸った。
「ろぼちゃああああああああ!!?」
舞い散る瓦礫と麓へ吸い込まれる悲鳴。上にいるマイが盛大にリアクションしてくれているおかげで、リコの頭の中は随分と冷静だった。
(もうどうにでもなれ……)
あるいは、ただこのわけのわからない現状に対して、自暴自棄になっているだけかもしれなかった。




