第十三話
そろそろ暑くなってくる三限の陽気に、冬雪は静かにまどろんでいる。ふと顔を上げるとそこには、三限の日本史概論IIの教授が立っていた。
「藤咲、もちろん成績優秀なお前なら私の講義を聞いていたよな?室町新仏教六つとその開祖を答えろ」
「はい、法然の浄土宗、栄西の臨済宗、親鸞の浄土真宗、道元の曹洞宗、日蓮の日蓮宗、一遍の時宗です」
「完璧だ。教養科目のこの講義だが、皆も藤咲を見習って──少なくとも寝るなら予習くらいはしてくるように」
ちょうどチャイムがなり、講義が終わる。四限は空きコマだ。
「冬雪、何か悩み事?」
「あら、彩香。あなた、四限は世界史概論をとっていなかったかしら?」
安積彩香──冬雪と同じ国文学科の三年次だ。
「私のことはいいの!冬雪が講義中に上の空なことの方が心配だよ」
「あらありがとう。でも、私は大丈夫よ」
「ま、何かあったら頼ってよね?それじゃ、私は四限に行ってくるわ」
彩香は軽く冬雪の背中をたたき、人ごみの中へと紛れていった。
* * *
帰宅後、冬雪はすぐにフロンティアネクサスへログインする。もちろん課題は大学で終わらせてきた。
「クリス、今日の報告はあるかしら?」
「はい会頭。本日も特に変わりございません」
リリエルは念のためにと追加で確認を取る。
「西もよね?」
「西は私よりも会頭の方が詳しいでしょう」
「それもそうね」
毎日上がってくる報告は1日以上のラグがある。
「それでは、今日もウェスティニアに行かれますか?」
「いえ、しばらくは静観ね。そろそろ南も見に行くべきかしら?」
「南となると、セイトレイアでしょうか」
本店のあるセントレイアの南には、宗教都市セイトレイアがある。
「いいえ、さらに南よ。神聖南方諸邦連合帝国──相変わらず長ったらしい名前ね。何かいい略し方はないかしら?」
「でしたら、南方連合とお呼びください。よほどのことがなければ伝わります」
「ありがとう。それじゃあ、南方連合に行ってくるわ」
そう言うとリリエルは、善は急げと商会を後にた。
* * *
南方連合は帝国首都、サウザラに降り立ったリリエルは、サウザラ支店へ行く前に町を見て回る。
「南方」とはいえ、冬期には雪も多少積もるセイトレイアより少し南。夏前の今日はまだ涼しいと感じる気候だ。
「こちらへ来て、改めて世界の大きさがわかるわ。もしくは、ネクサスは意外と小さいのかしら?」
リリエルは特に目的もなくしばらく歩く。
「おや、こんなところで。奇遇だな、会頭殿」
「あら、これはマルキネス大枢機卿閣下。ご無沙汰しております」
ルミナス教の大枢機卿マルキネス──本来南方連合にいないはずの人物だ。
「南方連合は泉燈教の信仰が篤いと聞いておりましたが……」
「はは、だからこそだよ。なにも、遊びに来たわけではない」
「これは失礼しました。確かに権限をお持ちの方が直接お話しされる方が、早いですからね」
マルキネスはリリエルに気にしてないと笑顔を見せる。
「そうだ、リリエル殿。お時間があるならば、ルミナス教と泉燈教の違いについての話でもどうだろうか」
「これは願ってもいない限りです。ちょうどサウザラには我が商会の支店がございます」
「そうだな、そちらにしようか」
リリエルは、しばらく歩いた後サウザラ支店へと到着する。
「こんにちは、支店長はいるかしら?」
「はい、お名前を伺ってもよろしいですか?」
つい、ウェスティニアのように入っていくと受付に止められる。
「ああ、リリエルよ」
「リリエル様でございますね。少々お待ちください」
まだ正体にピンと来ていない受付員は、後方へと下がっていき、やがて、慌てた様子の支店長が現れる。
「これは会頭、本日はいかがされましたか?」
「ええ、少し会議室か何かを使いたいのだけれど、空いているかしら?こちらの方と大事なお話があるのよ」
「承知しました。こちらの部屋をご使用ください」
支店長はすぐに案内に歩き出す。その後ろをリリエルとマルキネスが並んで歩く。
「案内ありがとう」
「はい、何かあれば何なりとお申し付けください」
支店長が部屋から出て行き、そしてすぐに別の職員がお茶を持ってくる。一等品だ。
「さて、どこからお話しすべきかな?」
マルキネスは一瞬言葉を止め、そしてすぐに話し出す。
「ルミナス教は、原初の異人ルナ・ヒラサカがネクサス最奥に降臨したことからこの世界の歴史が始まったと考えている。だからこそ、ネクサスの最奥には、神の叡智があると信じておる。ここまでは、共通認識だな?」
「ええ」
リリエルの相槌に、マルキネスは続けて話す。
「泉燈教も、原初の異人ルナ・ヒラサカを信奉している。ただそれ以上に、スプリードというルナ・ヒラサカの生まれ変わりを自称する者を信じているのだ」
「つまり、ルミナス教ではスプリードを信じていないということですね?」
「ああ、そこが大きな違いだろう」
スプリード──ルナの生まれ変わりにして泉燈教の神の一柱は、ルミナス教では神を自称する異端である。そう告げるマルキネスは、なぜか遠い目をしていた。
「ところで、ルミナス教の目的はご存知かな?」
マルキネスは、空気を変えるようにリリエルに問う。
「いえ、わかりません。ネクサスの開拓でしょうか」
「たしかに、ネクサスの開拓もその一つだ。しかし、それだけではない」
マルキネスは続ける。
「全ては神──ルナ・ヒラサカの再臨のため」
「今までの説明を考えると、それはスプリードで達成しているのではないでしょうか?」
リリエルの不遜だが想定された答えに、マルキネスは暗い表情を貼り付けて答える。
「ルナ・ヒラサカは唯一にして最高の神であることは間違いないが、それ以上に豊穣の神だ。一柱でこの世界の全ての食をもたらすという」
「つまり、『ルナ・ヒラサカの世界への固定』が目的……」
「そういうことだ。だから、消えたスプリードでは不足なんだ」
少し考えた後、リリエルはマルキネスをしっかりと見る。
「ルミナス教の考えは理解しました。だからこそ、私は私のやり方でこの世界を攻略いたしましょう」
「そうか、それは頼もしい限りだ。我らの道が交わらない限り、私は協力を惜しまないことを約束しよう」
マルキネスは話は以上だと立ち上がった。
* * *
支店の外で、リリエルはマルキネスを見送る。
「今日は貴重なお話をありがとうございました」
「いやいい。我々を知らない異邦人に我々を伝えるのも聖職者の役目だろう」
「そう言っていただけると嬉しいです」
突如、マルキネスがリリエルに一歩近づく。
「しかしリリエル殿、気をつけて欲しい。最近流行りの旅行先は、南からのお客さんが多いようだ」
「まあ、ありがとうございます」
リリエルが礼を伝えると、マルキネスはそのまま去っていく。リリエルは、今日の話をまとめるために本店へ引き上げることとした。




