第十二話
冬雪はデバイスの振動で目覚めた。休みの日の、よく寝た朝だ。
「もしもし?」
「ああ、リリエル。朝早くにすまない」
電話の相手は雷人だ。
「なによ、ゲームのチャットでも入れててくれれば次にログインした時に連絡を返したわよ?」
朝イチに電話で起こされて少し不機嫌だ。
「昨夜ログインしたら、君のところからNPCがやってきたから確認したかったんだ」
「そう。それじゃあ直接聞くけれど、今夜セントレイアの本店に来てくれるかしら?」
冬雪は内心ため息を吐きながら雷人に聞く。
「わかった。そのことは君のところの遣いにも話しておこう。それじゃあ、また今夜」
「ええ、よろしくね」
無事にアポイントを取れたことに安堵した冬雪は、冴えてしまった頭を再び眠りにつけるため、深く布団に潜った。
* * *
その日、大学から帰った冬雪は一人静かに食事を摂る。桜は新しく始めたアルバイトに行ったようだ。
ついこの前まで賑やかだった食卓は急に静かになった。
冬雪は食器を片付けると、フロンティアネクサスにログインする。
「お待ちしておりました、会頭。ご報告がございます」
クリスはリリエルの出待ちをしていたようで、ログインしてすぐに話しかけられる。
「なにかしら?」
「【センドウシャ】の雷人殿のことでございます。本日夕刻に参られると言伝を預かりました」
「そう、ありがとう。他に報告はあるかしら?」
リリエルはクリスの報告を聞き、今朝のことを思い出す。雷人は使者にしっかりと返答したようだ。
「いえ、ございません。各所通常通りでございます」
「わかったわ。これから雷人が来ると思うから、応接室の準備を頼むわね」
「承知いたしました」
おそらく準備を済ませているであろうクリスが退出したことを確認し、リリエルは秘蔵のクッキーを取り出す。時間の約束をしているわけではない。即応待機だ。
まもなくして雷人は本店を訪問してきた。
「来てくれてありがとう。ウェスティニアのことは聞いているかしら?」
「ああ、少しは耳にしているよ」
リリエルは雷人を応接室へ招き入れ、すぐに本題に入る。
「それなら話が早いわ。ウェスティニアの状況はこの前より悪化しつつあるのよ」
「それで?」
「あなたたちを、正式にウェスティニア支店の防衛に雇いたいわ」
雷人は少し俯いて考える。
「そう来たか。今、北が小康とはいえ、あまり多くの人数は割けないな」
「ええ、3パーティで充分よ」
「馬鹿を言わないでもらいたい。調整役含めて20人はどう頑張っても無理だ」
1パーティ6人の編成に予備人員2人の計算だろうか。いくら【センドウシャ】といえども、無限にメンバーがいるわけではない。
「それもそうね。何も異邦人は常駐している必要がないわ」
「広場か。確かにファストトラベルを使えばすぐに移動できるな」
そういうことで、何かあったらすぐに駆けつけると話がまとまった。
「しかし、君が外に助けを求めるなんてのは、1年ぶりくらいじゃないか?」
「そうね、まだサービスも始まって間もない頃は、私にはリソースが足りなかった。でも、今は私にはこの世界で一番よ」
一番と言い切るリリエルに、雷人は一瞬驚いた顔を見せる。しかし雷人は表情筋の神経をフルに使って顔を取り繕い、話を続ける。
「まあ、そんなところで何かあったらでよければ手を貸そう」
「ええ、頼むわ」
その後、2人で詳細を詰める。
「それじゃあ、何かあったらまた呼んでくれ」
雷人はそれだけ告げると、リリエルに背を向けて商会を後にする。
「ええ、頼んだわよ」
リリエルも、雷人の背中を少しだけ見送り、すぐに中へと戻っていく。
「お疲れ様でございました」
「ありがとう、クリス。さて、私はまたウェスティニアへ行ってくるわ。後をよろしく頼むわね」
リリエルは、少しインベントリを整理すると、すぐにウェスティニアへと出掛けていった。
* * *
ウェスティニアへと降り立ったリリエルは、目的地である支店へと足を向ける。
「いつになっても……いえ、私が今どうこうできる問題じゃないわね」
荒廃した街並みを見て、独り言ちる。
ふと、頭の中に直接響くようなアラートが鳴る。
正面、異常なし。左右、ともに異常なし。リリエルは体ごと後ろを振り返る。
瞬間、先ほどまで心臓があった位置──胸先三寸へと細剣が突き抜ける。
思わず後ろに飛び退るリリエル。追うように正面と背後に1人づつ立つ人影。
リリエルは体制を立て直しつつ、手に細剣を装備する。
「私も、舐められたものね」
「ようやく1人になったな、『会頭殿』。有金全て置いていってもらおうか」
ポップの色は赤。レッドプレイヤーだ。
「あまり見ない顔ね?装備の感じから、最近始めた初心者に見えるわ」
後ろから迫る槍をヒラリと躱わしながら、リリエルは口に出して分析をする。
「初心者だろうが、非戦闘員には負けねぇよ」
「誰が非戦闘員なのかしら?」
リリエルはまずは1人、と最初に攻撃を仕掛けてきた細剣持ちを軽々とキルする。
続いて言葉が出ないなり逃げ出した槍使いを追いかけてキルする。
戦闘が終わると、リリエルは何事もなかったかのようにその場を離れた。
ウェスティニア支店へと到着したリリエルは、顔パスにて支店長室へと踏み込む。
「失礼するわ」
しっかりとノックをした上で──しかし返事の後すぐに扉を開けたリリエルは、驚いた顔の支店長の前に進む。
「これは会頭、いかがされましたか?」
「通達よ。異邦人ギルド【センドウシャ】に支店の護衛を頼んだわ」
突然のリリエルの登場に支店長の体は緊張が駆け巡る。
「何かあれば、彼らを頼りなさい。それと、多少の融通は私の権限で許可するわ」
「承知しました」
「それじゃあ、私の要件は済んだから帰るわね」
リリエルは、一方的に用件を告げてウェスティニア支店を去った。
* * *
本店へと戻ったリリエルは、会頭室へ戻りすぐにログアウト処理を始める。時刻はすでに、0時を回っている。
幸いなことに、明日は昼からの講義だ。ログアウト処理の裏でアラームを少し遅めにセットする。
COCOONから出てきた冬雪は、少しストレッチをしてからベッドへと潜り込んだ。




