第十一話
その日も、リリエルはログインをするとクリスから報告を受ける。
「ウェスティニア支店からの引き上げはおおかた完了しました。残ったのは支店長をはじめとした主だった面々と、自称『身寄りのない老人』の方々です」
「そう、ありがとう。私も向こうに行くことは増えると思うわ。こちらはいつも通り、あなたに任せるわね」
「お任せください、会頭」
一礼をしたクリスに、リリエルは微笑む。
「いつも頼りにしているわ。早速だけれど、ウェスティニアを見てくるわ」
「いってらっしゃいませ」
* * *
リリエルはいつものようにウェスティニアに降り立つと、支店の方へ向かう。この一ヶ月で歩き慣れてしまった街並みは、やはりもの寂しさがある。
「支店長、いるかしら?」
「はい、ここに。ようこそお越しくださいました、会頭」
「現状の確認よ。空いている部屋はあるかしら?」
リリエルが最近よくウェスティニアに顔を出しているからか、支店長はリリエルの突然の訪問にも驚かず支店長室へ案内する。
リリエルは案内された部屋の上座に座ると、単刀直入に話を始める。
「ここに残った人員は全体の何割かしら?」
「1割です。今朝、最後の便がセントレイアに出立しました」
「そう、あなたはここに残るのね」
リリエルは先日の支店長との会話を思い出す。
「ええ、私はここの支店長です。王が城から逃げなかったように、私もここを逃げ出すことはありません」
「わかったわ。それで、そのほかの残った人員はどうなっているのかしら?」
先日の泣き言がなかったかのように、支店長はリリエルの質問に淡々と答える。リリエルはその変わった様子を見て、安堵した。
「はい、残ったのは老人と子供が幼かったり、親が老いていたりでここを離れられない従業員のみです」
「有事の際のここの防備についてはまた考えるわ。あなたはここの、資産を守ることについてだけ考えればいい」
「承知しました」
リリエルはそれだけ伝えると、部屋を出る。
続いて、支店の巡視を始めた。
* * *
巡視の最後にリリエルと支店長は、階段を登って支店の最上階から街を見下ろす。決して開けた視界ではないが、しかし資産を象徴するような大窓が通りに面て光を取り込んでいる。
「いい場所ね。バルコニーに出れば遠距離から捌けるかしら?」
「はい、入り口前に空堀を掘ると効果的だと思います」
古来より、戦争は防御側が優位だ。
「そうね、考えておくわ」
「しかし、ここには空堀を掘る人員も、弓の使い手もおりません」
もっとも、人員が充分に足りていればだが。
「安心して。私に考えがあるわ」
「考え、ですか」
「ええ、各所との兼ね合いはあるからまだ話せないけれど」
そう言うと、リリエルはとても楽しそうに微笑んだ。
* * *
最上階から支店長室へ戻ろうとする階段上で、リリエルは喧騒を聞く。
「何かあったのかしら?」
「おい、会頭がお尋ねだ。すぐに調べろ」
支店長が指示をする。静かな、しかし急いだ足音が遠ざかっていく。
「確認してまいりました。ミグル卿がお越しになりました」
すぐに戻ってきた従業員は、リリエルと支店長に報告をする。
「そう、ありがとう。おそらく目当ては私ね。支店長、下に行くわよ」
支店長を促して階段を下るリリエルは、ミグルの要件を考える。
「支店長、空いている部屋はあるかしら?」
「はい、第一応接室をご使用ください」
リリエルは少しだけ身だしなみを整えてからロビーに出る扉をしっかりと開き、まっすぐに喧騒の方へ進む。
「ようこそミグルさん。本日はどのようなご用向きでしょうか?」
「どうもこうもあるか!あなたは先日、ウェスティニアの問題には手を出さないと言ったはずだ」
ミグルは興奮しているのか、普段の何倍にも大きな声量でリリエルに詰め寄る。しかし、リリエルとの間には何人かの従業員が挟まりたどり着けない。
「立ち話もなんですし、ゆっくりできるところでお話ししましょうか。支店長、ご案内差し上げて」
「承知しました」
支店長はミグルを第一応接室へと案内する。リリエルもその後に続いた。ロビーの喧騒の後処理は、従業員の仕事だ。
リリエルが応接室へ入ると、すでに落ち着いたミグルが座っていた。
「ミグルさん、落ち着きましたか?」
「ええ、見苦しい様を見せました。正式にお詫び申し上げます」
「ところで、本日のご用件を伺いましょう」
リリエルの促しにミグルは早速とばかりに話し始める。
「はい、貴商会のウェスティニアからの撤退についてです。先日、あなたはウェスティニアは現状を維持すると約束いただきましたね?」
「いえ、勘違いされては困ります。私は問題に関して干渉しないことを約束したまで。ここ最近売り上げの落ちたウェスティニアから撤退するのは商人としての判断です」
リリエルの言葉にミグルは少し考える。
「それは、承知しました。本日のところは引き上げましょう」
「外までお送りしますよ」
「いえ、ご足労には及びません。では、失礼します」
要件は済んだとばかりに引き上げるミグルを、リリエルは応接室のドアが閉まるまで見送った。
* * *
ミグルが帰ったことを確認したリリエルは、急いで本店へと戻る。
「クリス、いるかしら?」
「はい、会頭。どうなさいましたか?」
「急ぎウェスティニア支店の防衛予算を組むわ」
その一言でクリスは動き出す。5分後、いくつかの木簡を持ったクリスが会頭室へと入ってくる。この世界では、まだ紙は高級品だ。
「確認したわ。攻略ギルド【センドウシャ】の雷人に遣いをだして。明日のアポイントを押さえて欲しいわ」
「承知いたしました」
クリスが部屋を出ていったことを見送ると、リリエルはログアウトした。




