第八話
とてもお待たせしました。
2月ってなぜこんなにも短いのでしょうか。
あっという間に1ヶ月が過ぎ去っていました。
次の投稿は、なるべく早めにしたいですね。
三連休明けに提出する課題に一区切りをつけた冬雪は、いつもより早い時間だが夕食の準備をする。
「お姉ちゃん、今日は何か予定があるの?」
「ええ、少しゲームの方で外せない予定が。申し訳ないけれど、適当に食べていてくれるかしら?」
冬雪のいつもとは違う行動に、桜は理解を示す。冬雪はいつもより早い時間に、いつもより少ない量を食べると、食器を食洗機にかけてからゲームにログインする。
桜はそれを見届けてから夕飯の料理を始めた。
* * *
ログインをしたリリエルは、会頭室のデスクでいつものようにクリスから報告を受ける。
普段は朝にログインした時しかしないが、今日は特別だ。噴水を使ったファストトラベルの使えないクリスは昨日のうちにセントレイアを出立し、先ほどセイトレイアに到着したばかりだ。
「では、これから着替えていただき、その後に馬車で大聖堂へ向かっていただきます」
「分かったわ。雷人ももうすぐ着くそうよ」
「かしこまりました。雷人殿も到着次第、着替えていただくよう準備いたします」
クリスは先ほど到着したばかりには見えないほど、段取り良く進める。
リリエルはクリスの段取りに従い、臨時の更衣室に入る。中には青を一切使わない衣装が吊るされていた。
「面白いほどに教団色がないわね」
「はい。教団色である青色はもちろん、泉燈教の黄色は一切使われておりません」
「そう。政治的配慮に感謝するわ」
「恐縮です」
リリエルは吊るされている衣装を一巡り見てクリスに言う。
「製作者への感謝も、頼むわね」
「かしこまりました。それでは、雷人殿も到着されたようですので、説明に伺ってきます」
クリスが退出すると、リリエルは装備を換装する要領で衣装を身に纏う。着てみて分かったが、現実のそれと遜色のない高級なシルクを使っているようだ。
クリスが部屋を出て少し経った頃、更衣室のドアがノックされる。リリエルは側付きの支店職員に目配せをし、支店職員がドアを開ける。
ドアの先には、リリエルと同じく青も黄色も使われていない雷人の姿があった。
「リリエル、とても似合っているね。商会の会頭というイメージにピッタリだ」
「あら、ありがとう。あなたも似合っているわ」
事前に衣装を見ていないリリエルは、当たり障りなく雷人を褒める。
「それじゃあ行きましょうか。クリス、頼むわよ」
支店の玄関前にはすでに一台の馬車が停まっており、主人の乗車を心待ちにしている。
「これは……すごいな、四頭立てじゃないか」
「この世界では二頭立てが主流よ。きっと目を引くに違いないわ」
馬車の側面には大きくアークポラリス商会の紋章があしらわれており、また細部にまで最高級品が使用されている。商会の威信をかけた馬車だ。
「それじゃあクリス、後を頼むわ」
「いってらっしゃいませ、会頭」
馬車は2人が乗り込むと、滑るように走り出した。
* * *
馬車は石畳でしっかりと舗装された道を走り、大聖堂へと乗り付ける。
「着いたみたいね。雷人、準備はいいかしら?」
「もちろん、万端さ」
「よろしく、頼むわね」
返事とばかりに雷人はリリエルの手を取り、馬車から降ろす。喧騒が消える。
「あら、とても注目されているわね」
「願ってもないことじゃないか。異邦人の社交デビューでもあるんだ」
「そうね。それじゃあ初陣と行きましょうか」
リリエルは雷人を促し、会場へと足を踏み入れる。中央に巨大なシャンデリアがあり、天井には教会の紋章があしらわれている。
会場内ではすでに顔見知りのプレイヤーやNPCが歓談をしているが、そちらに混ざるわけにはいかないと2人は先を急ぐ。御簾の前で立ち止まり、頭を下げて声をかける。
「宗主猊下にはおかれましては、ますますのご繁栄を喜び申し上げます。異邦人の商人リリエルと、【センドウシャ】のリーダー雷人と申します」
御簾の中に声をかけると奥の影が何やら動き、横に控えている神官が2人に告げる。
「よく参られた。今日は我らの悲願である、神の残滓探索の慰労会だ。存分に楽しんでほしいと猊下も仰っておる」
「ありがとうございます。ささやかながら、猊下に贈り物をお持ちいたしました」
「ほう、確認しよう」
リリエルはインベントリから高級感の溢れる木製の箱を一つ取り出し、御簾の横の神官とは別の神官に渡す。箱には螺鈿細工が施されており、煌びやかだ。
最終的に箱は御簾の横の神官の手に渡り、箱が開けられる。中には先日討伐された雷毒竜の竜髭と雷毒竜の骨から削り出された弓と、鏃に雷毒竜の逆鱗を使用した矢が入っている。
「見事な弓矢だ。猊下もたいそうお喜びだ」
御簾の奥の人物の影は動かなかった。
御簾の前を離れたリリエルと雷人は、人混みの中に見知った影を見つける。
「これはボゴミル総督閣下ではありませんか。最近はいかがですか?」
「リリエル殿に雷人殿。久しいな。あれから動きはない。静かなものだ」
「そうですね。私の方にも、他の方面から何も話が聞こえないほどです」
「何もない状況でなければ、私もセントレイアを超えてセイトレイアまで来ることも叶わないだろうがね」
停滞とは、跳躍のための助走期間だ。ボゴミルはスルマークでは見せたことのない笑顔を垣間見せている。
「それではまたご挨拶に伺います。また何かあれば、ご用命くださいね」
ボゴミルと別れたリリエルは、雷人を連れて別の所へ行く。パーティは、始まったばかりだ。
ボゴミルと別れた後、リリエルは雷人を連れてしばらく歓談に興じていると、不意に会場全体が静かなざわめきに変わってゆく。
「ご来場の皆様、ご静粛に願います。ここで、宗主猊下よりお言葉を頂戴いたします」
先ほど御簾の横にいた神官が、よく通る声で告げる。
「つきましては、皆様にとあるアイテムをお配りします。どうぞお一人お一つお持ちください」
下級の神官だろうか。会場内に多くの神官が入ってきて出席者に一辺の葉を配る。
「皆様お持ちのようですので、宗主猊下よりお言葉を頂戴いたします」
司会の神官が御簾の脇に身を避ける。
「皆の者、常よりネクサスの開拓ご苦労である。我らが教会が神の御威光に近づくために栽培している特別な葉を配った。存分に味わってほしい。我らが神のために」
宗主の言葉が終わると、多くの人が一斉に葉を口に含む。リリエルもそれを真似して口に含む。
視界に[system:『神の葉』の仕様を確認]と大きく映し出される。
次に視界に映ったのは、現実世界でCOCOONの中にいる自分自身だった。
どれくらいの時間が経っただろうか、ゲーム世界に意識を戻したリリエルは、実績が一つ解除されていることに気づく。
「雷人、生きているかしら?」
「ああ、生きているよ。しかし、不思議な光景だったな」
「あなたも現実に戻されかけたのね。ところで、実績が解除されているわね」
リリエルは雷人と話しながら、実績を確認する。
「『神の葉の使用回数:1』?随分と簡素な実績ね」
「そういえばアイテム名も神の葉だったな」
「おそらく、使用回数のログを取っているのでしょうね」
なぜとリリエルは思案するが、答えは出てこない。また一つ、この世界の謎が深まった。
* * *
現実世界から戻ったリリエルは、少し休憩とばかりにバルコニーで月明かりを浴びている。
「おや、会頭殿はこちらだったか」
「あら、マルキネス大枢機卿ではありませんか。あらためて、本日はこのような豪勢な場にお招きいただきありがとうございます」
「私が企画したわけではないが、まあ受け取っておこう。それはそうと、神の葉はいかがだったかな?」
マルキネスの問いかけにリリエルは悩む。現実世界を見れるのはおそらくプレイヤーだけだろう。それでは、NPCは何を見ていたのだろうか。
「ええ、とても刺激的な体験をさせてもらいました。あれは教会の管理下にあってこそのものでしょう」
「そうだろう。中位の神官で停滞するものは、あれに飲まれやすいとも聞く。しっかりと管理してきなければいけない嗜好品だ」
マルキネスはそれだけ告げるとその場を離れる。リリエルも、夜風に背中を押されながら喧騒の中へと戻ってゆく。
* * *
翌朝、ログインしたリリエルはいつものようにクリスの報告を受けない。クリスはまた1日かけてセントレイアへ戻ってきているところだろう。
「私のためとはいえ、クリスも大変ね。帰ってきた時のために何か用意しておこうかしら」
つい独り言を漏らしながら、フレンドリストからお気に入りのクッキーを発注する。
(それにしても、なぜあの場にウェスティニアの人が1人もいなかったのかしら?)
動き出そうとする世界に、リリエルは楽しそうに微笑んでいる。
これで第一章が完結しました。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
そして、これからもどうぞよろしくお願いします。




