第九話
シトシトと降る雨を窓越しに眺め、藤咲冬雪は明後日の方を見る。この時期は長雨が続きあまり好きではない。
「なによ桜。私の横顔をつついて楽しいのかしら?」
「んー、楽しいか楽しくないかで言えば楽しくはないね。でも、こう雨が続くと外へ遊びに行こうとも思わないし暇なんだよね」
「それとコレとは関係があるのかしら?まあいいわ。あなた、課題が終わらないって言っていたわよね?」
桜は冬雪の言葉に反応し、指を引っ込めて背筋を伸ばす。
「大丈夫だって、お姉ちゃん。私一人でできるよ」
「それならさっさと終わらせてきなさい」
桜は渋々といった表情でデバイスを開いた。
課題を進める桜を横目に、冬雪はCOCOONを起動する。冬雪はフロンティアネクサスを起動した。
「クリス、いるかしら?」
ログインし、会頭室へ降り立ったリリエルはすぐにクリスを呼ぶ。クリスはすぐに部屋へと入ってくる。
「はい、ここに」
「何か変わったことはあったかしら?」
「ウェスティニアで異様なほど住民が購入しています。何があったのか、現在調査中です」
ウェスティニアといえば、先日リリエルが拘束されたのも記憶に新しい。なにより、その原因となった一件により売り上げを落としていたはずの地域だ。
「先日の件と今回のこれ、少し気になるわね。調査を増強するように頼むわ」
リリエルはそれだけの指示を出すと外へと出ていく。独自の情報収集も大切だと、ウェスティニアの街中を歩くことにした。
* * *
「この前のことを思い出すわね」
ウェスティニアにファストトラベルし、ふと独り言を漏らすリリエル。もちろん返ってくる声もあるはずがなく。
「ほんと、思い出してしまいますよねぇ」
「なんであなたはずっとここにいるのよ」
ギフトボックスがいた。
「それが、ボクって札付きじゃないですか。セントレイアに戻っても捕まるだけですし、その他の都市でも同じです」
「ウェスティニアでも捕まるはずよ。条約があるわ」
「それが、政情不安なウェスティニアなら、出頭しなければ捕まらないんですよ」
なんてこともないとギフトボックスは飄々と話す。そんな様子に、リリエルは少し頭痛を覚えた。
「あなた……まあいいわ。それより、最近ウェスティニアで変わったことはないかしら?」
「そうですねぇ。そういえば、近頃革命10周年になるそうで、町中が浮かれていますよ」
ウェスティニアはつい10年前に革命で王政が廃止された国だ。とはいえ、ゲーム開始前の歴史のため「そういう設定」なのだが。
「それで、売り上げが増えていたとは思えないのだけれど、まあ今のところはそれで納得しておくわ」
リリエルはギフトボックスに礼を言い、その場を離れた。
* * *
ギフトボックスと別れたリリエルは、アークポラリス商会ウェスティニア支店へと足を伸ばす。
「支店長、現地人として革命はどう思っているのか知りたいわ」
リリエルは支店長を呼び出し質問する。支店長にとってリリエルははるか雲の上とまでは言わずとも、上司には違いない。緊張した面持ちで、支店長は質問に答える。
「はい。確かに王政は腐敗していましたが、とはいえ今もたいして変わりませんね」
「それは、どういうことかしら?」
「議会とは名ばかりの、権力を持った人たちの集まりです。むしろ王政時代の方がよく治めていたのではないかと、まことしやかに囁かれています」
「そう、ありがとう」
支店長の私見を聞いたリリエルはその場で考え始める。この後起こりうる可能性と、それを回避するためには何をすればいいか。
「支店長、明日の便で支店の資金の8割と、貴金属をはじめとした高額物を本部に送るように」
「な、それでは支店の運営が立ち行かなくなります」
「織り込み済みよ。あなたに支店を守る職責があるように、私にも商会を守る使命がある。だから、一時的に全ての資金をセイトレイアに集約するわ」
もはや抗えないと悟る支店長。リリエルはさらに話を続ける。
「その上で、政情不安なこの時期にウェスティニアを離れたいという者がいれば、一時的に別支店への移動も考えているわ」
途端、パッと明るい顔をする支店長。もしかしたら、一番ウェスティニアを離れたいと思っているのは支店長自身なのかもしれない。
「もちろん支店長、あなたも含まれているわ」
「しかし、先ほど会頭がお話しされた通り、私には支店を守るという職責があります」
「私の商会を守るという使命には、あなたを守るということも含まれているのよ?」
リリエルの優しさに、支店長は感極まって涙する。
「涙している暇はないわ。理解したなら準備、明日の朝はいつも同じ時刻にやってくるのよ」
余談だが、フロンティアネクサスは毎日同じゲーム内時間に日の出・日の入りをする。
「はい!必ず我が身に変えてでもこの支店を、この商会をお護りします」
「頼んだわよ」
リリエルは、少しやりすぎたかしらと有耶無耶になってしまった情報収集を再開する相手を探しに、街へ出て行った。
* * *
再び街へと出てきたリリエルは、旧王城の方角へ足を向ける。
「おや、リリエル殿ではありませんか?」
ふと、声をかけられてリリエルは立ち止まる。
「あら、だれかと思えばミグル中佐殿ではありませんか。先日はどうもお世話になりました」
「ところで、リリエル殿はなぜまたこちらに?」
ミグルは先日のことは職責の範疇とばかりに話題を逸らす。
「最近、我が商会のウェスティニアでの売れ行きが好調なので、現地視察に参りました。そういえば、革命10周年だそうですね」
「ええ、今の議会ができてからそろそろ10年が経とうとしています。そういえば異人の方々はあまりウェスティニアの歴史に詳しくないと伺っています。もしよろしければ、私の知る限りの歴史をお話ししましょうか?」
リリエルにとっては願ってもない提案だ。
「それはぜひ、お願いします。いつ頃がよろしいですか?」
「今夜、夕食でもどうですか?その時にゆっくりお話しできればと」
「あら、熱心なお誘いだことで」
「はは、私には妻もいますのでご心配なく」
今夜の予定が決まったリリエルは、すぐにセントレイアへと戻る。
「クリス、2点頼むわ」
会頭室の前でクリスを捕まえて要件だけ告げる。
一つ、夕食会の衣装を用意すること。
一つ、夕食会の贈答品を用意すること。
「かしこまりました。商会の威信にかけてご用意いたします」
リリエルは会頭室に入り、椅子に座る。一息を吐いた。
* * *
リリエルは一度ログアウトしたのち、夕刻に再びログインする。会頭室にはすでに今夜の夕食会の衣装が架けられていた。
「会頭、こちらの衣装でよろしかったでしょうか」
先日のパーティの時とは違う、薄いピンクのドレス。おそらく、あの後クリスやその部下が必死になって見繕ってきた商会の在庫だろう。
「クリス、ありがとう。感謝するわ」
クリスに謝意を告げ、一つの紙袋を受け取るリリエル。中には2本の瓶が入っている。
「奮発したわね。いえ、私もこれを選ぶわ」
高級な紙をふんだんに使った「紙袋」は、リリエルの発案だ。
「それじゃあ、私は出発するわ」
リリエルは衣装と紙袋をインベントリに収納し、ウェスティニアへと向かった。
リリエルは、視界の端にあるエリアマップを頼りにミグル邸を目指す。今までに何度か通った道沿いだ。今更迷うこともない。
「着いたわね」
緊張からか、リリエルはつい独り言を漏らす。
衣装を換装し、紙袋を手に提げてドアを叩く。
夕食会の始まりだ。




